病院ということは、何かよくない状態なんだろうか……?
だが、それにしては伊吹のあの目……
あれは、ただの病気や怪我じゃないような気がする……


「一体、どういうことだ……?」


俺の呟きに、答えてくれる人は、誰もいなかった。



















二次創作 はぴねす!
Magic Word of Happiness!



















結局、その後伊吹たちに遭遇することはできずに終わった。
春休み中も、魔法の特訓をする傍ら、機会があれば探しに出かけたりもしたが、伊吹たちを見つけることはなく、ただ時間が過ぎていくだけだった。
そして、春休みが明け、瑞穂坂学園に再び通う日が来た。


「さて……今日からまた学校か……」


目に付くような騒動も起こらず、ティアに時々周囲の魔力探索をしてもらったが、何も成果が得られない日々が続いた。
学校が始まれば、もしかするとまた何か進展があるかもしれない。
そんな漠然とした願いを考えつつ、ティアをカフスとして身に付け、居間へと降りていった。


「おはよう、かーさん」
「おはよー、ゆうまくん」


何故か、顔を出すとやたらと上機嫌なかーさんがいた。
なんだろう、この手の上機嫌さは俺にとってはあまりいい思い出がないような気がするんだが……


「あれ……すももは?」
「ふふ、もう少し待ってね〜多分もうすぐ来ると思うから」


かーさんがそう言った時、丁度良くすももが入ってきたらしい。
ドアの開く音がして、俺は振り返った。


「おはよう、すも……」


そこにいるのは、いつもと変わらない俺の妹のはずだった。
だけど、一瞬だが、俺には別の、知らない女の子のような錯覚を感じさせた。


「あの……どうですか、兄さん?」
「あ、あぁ……うん、似合ってる、と思うぞ」
「はい、とてもお似合いです、すもも様!」


俺からも、ティアからも、感嘆と取れる言葉がこぼれた。


「わぁ〜い!兄さん、ティアちゃん、嬉しいです!!」


感極まったのか、すももは勢い良く俺に抱き着いてきた。
その時に、普段から知っているはずのすももなのに、そうじゃないような香りがした気がした。


「わ、こらばか!抱きつくんじゃない!!」
「照れ照れですね、マスター」
「あら、ゆうまくん、そうなの?」
「断じて違う!!」


すももが抱きついてきたことを、かーさんとティアがからかってきたが、まぁ、今回は良しとしよう。


「いってらっしゃーい」


かーさんに送り出されて、すももと共に家を出る。
休み中、もしかしたら一番大きな出来事はこれだったかもしれない。
すももが、俺たちの通う瑞穂坂学園、その普通科の受験に合格した。


「〜〜〜♪」


すももからは、鼻歌がもれるくらい上機嫌なようだ。
俺からしたらすでに変わりのない道だが、すももからすれば総てが新しいと感じているんだろう。
それに、心が弾んでしまうのは俺もわからなくはない。


「それにしても、嬉しそうだな」
「もちろんです!兄さんと学校に行くのなんて久しぶりですし、それに兄さん達と一緒にいれるのが一番楽しいんですから!」
「……そうか」


年が違うということで、やはり少なからず寂しい思いをさせてしまっていたらしい。
家にいるときはできるだけすももやかーさんと一緒にいるようにしていたが、どうしても魔法の練習とかをするときには出かけたりしていたからな。
そう考えているうちに、準たちとの待ち合わせ場所に着いた。


「悪い、待たせたか?」
「遅すぎだ!!!」


目の前に、ハチの顔がどんどん迫ってきた。


「……ティア」
「……申し訳ありません、八輔様……ディ・アストゥム」
「ぶべっ!!」


寄って来たのを確認した瞬間、俺はティアに命じて防御魔法を弱めに展開した。
やれやれ……なんで朝からこんな無駄なことをしなくちゃならないんだ。


「雄真、お・は・よ」
「……お前、ハチの後ろにいなかったか?」


気づけば、準が俺の後ろからよしかかるように抱き付いてきていた。
おかしいな……気配が動いたようには感じなかったんだけど。


「ま、そんなのどうでもいいじゃない、すももちゃんもティアちゃんもおはよ」


俺の背中によしかかったまま、準はすももとの挨拶を始めた。
重くはないんだが……いつまでくっ付かれていなきゃいけないんだろうか……?


「おはようございます、準さん、八輔さん」
「おはようございます、準様」
「きゃー、すももちゃんの制服姿とってもかわいいわぁ!」
「ありがとうございます、でも、準さんの方がとっても可愛いですよ」


すももは礼儀正しくも、ハチにまで挨拶したが、当のハチは目を回して地面に転がっていた。
哀れ、ハチ。


「さて、挨拶はそのくらいにしてそろそろ学校に行こう」
「あ、はい」
「そして準、そろそろ降りろ」
「やん、もう雄真ったらいけず」


いけず、じゃない。
大体俺は男に抱きつかれ続ける趣味なんてない。


「あの、兄さん」
「ん、どうした?」
「八輔さんはそのままでいいんでしょうか……」


そういわれて、転がっているハチに少しだけ視線を移し……


「ま、あいつのことだから大丈夫だろう」
「それもそうね、ハチだもんね」
「は……はぁ」


無情にも、ハチはその場に捨てていった。
どうせ、俺たちが学校に着く頃にはひょっこり現れるだろう。
だってハチだし。
























「遅いぞ、雄真!!」
「……お前もつくづく謎だよな」


学校にたどり着き、クラス分けが発表されている掲示板の前で、なぜか仁王立ちしているハチがいた。
おかしいな……あそこから俺たちを抜くような近道はなかったと思うんだけど。


「今年も俺たちは一緒のクラスだったぜ」
「なんだ、もう見たのか?」
「あたぼうよ!」


どうやら、あの人ごみにまぎれる必要性はなくなったらしい。
こういうときには、ハチの謎の特性も便利だなぁと感じられる。
こういうときだけとも言うが。


「それじゃ、兄さん、私も行って来ますね」
「あぁ、気をつけてな」


すももは、新入生がまず集合しなければならない場所に移動していった。
大丈夫かな、新入生入場のときに緊張していなければいいんだが。


「それじゃぁ、俺たちもクラスに行くとするか?」
「そうね」
「あ、ちょっとおーい、苦労してクラス分けを見た俺をスルーかよ!」


ハチが何かを叫んでいたような気がするが、そんなことを気にしちゃいけない。
何故なら相手はハチなのだから……
それで説明がつくあたり、ハチも十分哀れだと思った。


「おぉ……本当に姫がいる、ほら、見てみろよ雄真」


クラスに到着し、いざ中に入ろうと思った時、ハチが教室のドアに張り付いて中を覗き込んだ。
とてつもなく、邪魔でしょうがない。


「……準」
「いつでも」


俺が準にそう一声かけると、準からは阿吽の呼吸の如く答えが返ってきた。


「発射」
「パトリオット・ミサイルキーック!!」
「ぐへぇ!!」


準に吹き飛ばされたハチが、教室を窓際まで転がっていった。
この突然のことにも、またかというような反応をしているのが俺たち、普通科の反応。
そして、もう一方、何事かと目を疑っているのが、魔法科の反応だった。


「ん、準。ご苦労さん」
「いえいえ、愛しの雄真のためだから」


障害のなくなった教室に悠々と足を踏み入れると、見知った顔も数人いた。
あぁ、よかった……
準たち以外が知らない人だけだとどうしようかと思った。


「あ、あの……」
「ん……?」
「あら、春姫ちゃんじゃない」


クラスを見回していると、声をかけられた気がして、その方向を向いたら、意外にも見知った人がいた。


「クラス発表の掲示物を見た時に、知ってる名前があったから、もしかしてと思ったけどやっぱりそうだったんですね」


少し不安だったんです。と、そういいながら神坂さんはやわらかく微笑んだ。
その微笑みに魅せられて、一瞬だがボーっとしてしまったが、それも仕方がないことだろう。
それだけ、神坂さんの微笑みは綺麗だったから。


「雄真ったら、見とれちゃってるわ」
「……そんなことはないぞ」
(ようやく、マスターにも春がっ!私は感激です!!)


なんのことだ、ティア。
確かに今の季節は春だが……俺に春っていうのはどういうことだ?


(訂正します、マスターにはまだ遠そうです……)


なんのこっちゃ。


「ま、それはともかく、人見知りが少ないって言うなら、いくらでも頼ってくれていいから、これからよろしく、神坂さん」
「雄真の言うとおりね、バンバン頼ってくれちゃっていいから、春姫ちゃん!」


そう言って右手を差し出すと、少し驚いたような顔をしたが、すぐに笑顔になって応じてくれた。
隣では、同じく準が手を差し伸べていた。


「あ、ありがとうございます、小日向君、渡良瀬さん」


神坂さんは、笑顔で応じてくれた。


「あ、あたしのことは準で良いわよ?」
「え、でも……」
「いいのいいの、渡良瀬って呼びにくいでしょ?」
「そ、そんなことないですよ!……それじゃぁ、準さん、よろしくお願いします」
「うん、こちらこそ!」


あっちはあっちで、仲良くなれているようだ。
とりあえず、俺はこっちをどうにかするか……


「ほら、ハチ……拗ねて地面にのの字書いてないで、後で紹介してやるからしゃきっとしろ」


話に入りそこね、地面で拗ねていたハチをなげやりに宥める。
放っておいても問題ないとは言え、クラスのみんなの迷惑になるのがわかりきっている物体を放置しておくわけにはいかない。


「ほんとかぁ……ゆうまぁ……」
「情けない声を出すな、ホントにお前の紹介だけはしてやるから」
「ありがとぅ……ありがとおぉぉ」


ハチは、感極まったように泣き出した。
まったく、世話の焼ける友人だよ、こいつは。


「え、準さんって男の人なんですか!」
「そうよぉ、ほら、コレ証拠」
「……本当」


あっちでは、準がどうやら春姫に自分の性別のことを教えているらしい。
神坂さんなら教えておかないと、本当に女だとずっと思い続けそうだからなぁ……
さすがに準もそれを感じ取ったんだろう。


『連絡します、始業式を始めますので、生徒の皆さんは速やかに体育館へ移動してください』
「ん、始まるのか……準、神坂さん、ハチ、そろそろ行こう」
「えぇ」
「はい」


みんなに声をかけてから、移動を開始する。


――――さてさて、すももは緊張しないでちゃんとできるかね。


そんなことを考えていた俺だが、この後俺に降り注ぐ苦労に、気づくことはできなかった。
まぁ、それも仕方がないだろう、まさかあんなことになるなんて思いもよらなかったんだから。















From 時雨  2007/12/10