「失礼します」
「あれ、小日向君……?」
「あ、え……神坂、さん?」


ティアも……俺の考えを知っているんだから教えてくれればいいのに。
本当にどうしようか。
神坂さんと対面したまま、俺は何を言えばいいかわからず、ただ固まってしまった。
……あぁ、ちくしょう……情けない。



















二次創作 はぴねす!
Magic Word of Happiness!



















「…………」
「…………」


さて……どうしたものか。
目の前には魔法服を着込んだ神坂さんが、俺の方を怪訝そうな目をしながら見ている。
それはそうだよなぁ……
俺は一応普通科で、鈴莉母さんは魔法科の筆頭教師だし。
普通に考えたとしたら、俺がここに来る理由なんてない。


「……小日向君、どうしてここに?」
「えーっと……」


さて、どう言うべきなんだろうか……
俺が魔法を使えるっていうのは、神坂さんは公園の一件で知っている。
でも、理由は明かせないって言ってある手前、どう切り替えしていいかわからない。


「うーんと、なんて言えばいいのか……」


神坂さんの魔法の先生、御薙鈴莉は俺の実の母さんでしたー!
……なんて軽く言えるようなことでもないし、まず第一に俺は魔法のことを隠しているのに、わざわざ母さんの研究室に来ていることの説明にならない。
じゃぁ、素直に理由を言えばいいかというと、そういうわけにもいかない。


「……どうしたの神坂さん?あら、雄真君?」
「え……えぇ!先生と小日向君、知り合いだったんですか!?」
「えーと、まぁ、そんな感じ」


知り合いというか、正真正銘親子です。


「雄真君、神坂さんに教えてあげてないの?」
「え、え?」


一体、鈴莉母さんは何が言いたいんだろうか……?
俺が神坂さんに教えること……?
特に、思いつくことはないと思うんだけど。


「それじゃぁ、私から言うけれど、いいかしら……?」
「何を言うのか、によるかな?」


すでに、俺と母さんの間でしか話が成立しておらず、神坂さんは混乱して付いてこれてない。
申し訳ないけど、もう少しだけ混乱していてもらおう。


「私と雄真君の関係と、雄真君が魔法を隠している理由……かしら?」
「……最初のはかまわないけど、後のは勘弁して欲しいかな」


母さんと、家族だって言うのがばれたとしても、そこまで問題はない。
それに、俺が魔法を使える理由だって、家系だからと言ってしまえば、納得してもらえるだろう。
だけど、もう一つはまだ俺の誓いが果たされていない。
小雪さんはすでに縁は結ばれたと言った、ならそう遠くないうちに果たせるんじゃないかと期待している俺がいる。


「……そう、わかったわ。……神坂さん」
「は、はい!」


俺の表情から察してくれたのか、母さんはこれ以上俺に余計なことを聞かず、神坂さんの方に向き直った。
一方の神坂さんは、なぜか緊張しているように見える。


「今の雄真君は幼い頃に友人の家に預かってもらったから、小日向を名乗っているんだけど……本当の名前は御薙……つまり、私の息子なの」
「…………」


そう言われ、すぐには理解しきれなかったんだろう。
神坂さんの動きは目に見えて固まった。


「え、えええ!!」


そして、すぐに再起動を果たすと、大きな声でそう叫んだ。
前に見た大人しい雰囲気とは全然違うそのギャップに、ちょっとだけ面白いと思ったのは俺の心の中にしまっておこう。
そういうことをいってろくな事があった例がない。


「こ、小日向君が御薙先生の子供なんですか!?」
「そうよー」
「ほ、ほんとうなの、小日向君?」


なぜか恐る恐ると言った感じで、神坂さんが尋ねてきたが、俺は首を縦に振ることで肯定の意を示す。
そうすると、なおさら神坂さんは驚いた顔をした。


「っていうことは、小日向君の魔法の呪文が先生と同じなのって……」
「魔法使いの家系は、呪文が受け継がれていくケースが多いのは、昔教えたわよね?」


魔法使いを代々生み出してきている家系は、ある程度魔法の呪文が受け継がれる。
完全にオリジナルと一緒になるわけじゃないが、やはり基盤として自分が使うものを利用して教える方が、効率的になるからだ。
そこから自分なりに発展させていくのが、次の世代の魔法使い達ということになる。
俺の魔法の呪文がいい例になるかもしれないな。


「でも、雄真君の場合、私が教えるよりも早く、見て覚えちゃったみたいだから、ほとんど私の呪文と同じなのよね」
「……じゃぁ、やっぱり?」


一瞬、神坂さんが何かを呟いたような気がしたけど、次の瞬間にはまた何かを考えるような表情をしていた。
……俺の気のせいだったのか?


「雄真君」
「ん、なに母さん……!」


母さんに呼ばれ、神坂さんから視線を外すと、母さんが笑顔で俺に何かを放り投げてきた。
飛んでくるのは……格子か?なんでこんなものを……?
魔法を使うまでもなく、とりあえず受け止めてしまえば問題ないだろう。


「あぶない、小日向君!」
(マスター、微量ですが魔力を格子から感じます、普通にキャッチするのは危険です)
「――――っ!?」


神坂さんが叫ぶと同時に、ティアに念話で言われ、瞬時に出した手を引っ込め、身体を捻って格子を避ける。
ゆっくりと地面に落ちていく格子の束。
それを見ながら、母さんは飛んでもないことを言ってきた。


「雄真君、落したら今晩はご飯抜きって音羽に伝えちゃうわよ」
「なっ!!」


もしかすると、今日の晩御飯はすももコロッケが出るかもしれない。
いや、鈴莉母さんから連絡を受けたら、音羽かーさんは確実にすももコロッケを出そうと計画を立てるだろう!
そんなご馳走を逃すような、辛い思いはしたくない!!


「ディ・フィルス!」


瞬時に物体を宙に浮かせる呪文を詠唱し、とりあえず地面に落ちるのを防ぐ。
そして、格子の束を俺の肩くらいまでの高さをキープさせ、母さんにとりあえず文句を言わせてもらおう。


「……はぁ、母さん、そういうことは投げる前に言って欲しい」
「だって、そうじゃないと雄真君とティアちゃんならただ避けるって思ったもの」


――――それじゃ、それをキューブ状にしてね。
と、母さんはそのまま笑顔で言ってきた。
真意がいまいちわからないが、母さんは何か考えがあって俺にこんなことをさせるんだろう。
……何か考える事があるんだと、そう信じよう。


「神坂さんよく見ててね」
「え、あ、はい」
「エル・アムダルト・リ・エルス……」
「…………!」


成り行きとは言え、これもある意味魔法の修行と言えるかもしれない。
だからこそ意識を集中する、精神を自分の中に埋没させていく。
深く、深く、何事にも揺るぐことのない集中力を発揮するために。


「す、すごい……」


集中から少しだけ意識を格子に向けると、俺の目の前には10面体のキューブになった格子があった。
前に比べると、だいぶ集中力と魔法精度が上がってきたな。


「……ディ・アムンマルサス」


詠唱の終了と共に、キューブを崩し、格子を束に戻して俺の手の上に収める。
ティアがやめたほうがいいと言わなかったところ、どうやら、格子に仕組まれていたのは、魔法を受けると効果が消える類の罠ってとこか。


「で、母さんは何がしたかったんだ?」
「ふふ、秘密よ」
「なんだよそれ」


母さんにこれ以上何を言っても、恐らく秘密としか返ってこないだろうという、なんとなく諦観にも似た感情を抱きつつも、神坂さんに視線を向ける。
そこにいたのは、クラスで姫と称され、誰にでも幸せを振りまきそうな神坂さんではなく。


「…………」


何か、衝撃的なことを受けたかのような顔をした、顔色の優れない神坂さんがいた。


「神坂さん……?」
「あ……すいません、先生。気分が優れないので今日はこれで失礼します」


顔色が優れない事が気になって声をかけたつもりが、どういうわけか、一瞬避けられた気がした。
そしてそのまま、神坂さんは逃げるように母さんの研究室から出て行った。


「……どうしたんだろう?」
「雄真君」
「ん?」


名前を呼ばれたので振り返ってみると、普段あまり見せることのない真面目な顔をした母さんがそこにはいた。


「雄真君は雄真君らしく、がんばりなさい」
「……?」


よくわからないことを言われた。
一体、母さんは何が言いたいんだろうか……


「那津音のことはまだ、時期が早いわ……だからこそ、雄真君は今、雄真君ができることをして欲しい」
「……その口ぶりだと、伊吹と会ったことは知ってるみたいだね」
「えぇ……」


どういう経緯で情報を手に入れたのかはわからないけど、どうやら俺と伊吹が遭遇したことはお見通しということらしい。


「そっか……なら、一つだけ」
「なにかしら?」
「那津音さんのお見舞いくらいは、問題ないよね?」
「えぇ、きっと那津音も喜ぶわ……」
「ん、わかったよ」


とりあえず、これ以上ここにいてもわからないだろう。
母さんは今回のことに関して、何もいえないというのは本当らしい。
確かに、手探りの状態で進まなくちゃいけないけど、母さんに無理に聞いて、辛そうな顔をさせるよりは全然マシだろう。


「とりあえず今日はもう帰るよ」
「えぇ、またいつでも遊びに来てね」
「うん、それじゃぁまた」
「失礼します、鈴莉様」


なんか……今日はもう無駄に疲れた……
神坂さんには完璧に魔法を使うところを見られたし、伊吹がよくわからないことを言うし、母さんも母さんで何も教えてくれないし……
それにしても、神坂さんはどうしてあんなに顔色が悪くなったんだろうか?


「別に、特に状態異常になるような魔法を使った記憶はないんだけどな……?」
「そうですね……マスターが魔法を使用しているときから、徐々に表情が優れなくなっていましたが……」
「俺が魔法を使ってるとき……?」
「はい、原因はわかりかねますが、確実に詠唱開始時から顔色が徐々に……」


俺の魔法が、何か気に触るようなことでもあったんだろうか?
過去に何かトラウマを負った……?
いや、それはないか……確か神坂さんの呪文も母さんの呪文が基盤になっている。
それがトラウマなら、そもそも今、魔法を使えないだろう。


「……何か、顔色が変わるくらい心境が揺らいだと考えるのが妥当かと」
「……それってやっぱりトラウマってことか?」
「トラウマ……とは語弊がありますが、記憶で印象に残っている事がマスターの魔法詠唱をキーとして想起された可能性が一番高いかと……?」


……俺が人前で魔法を使ったことなんて、幼い時のアノ事件と、あとは周囲に気を配ってはいたが、朝早くの魔法の練習くらいだ。
朝の練習の時に、見られていた……?
でも、それをトラウマとして取るなら、神坂さんを巻き込んだことになる。
だけど、俺は魔法を使うときは誰もいないことをティアと一緒に確認しているからなぁ……


「結局、わからない事が増えるだけか……」
「とりあえず、那津音様の所に訪れてみるのも一案かと」
「そうだな……瑞穂坂病院だったっけ、行ってみるか……」















From 時雨  2007/12/10