……俺が人前で魔法を使ったことなんて、幼い時のアノ事件と、あとは周囲に気を配ってはいたが、朝早くの魔法の練習くらいだ。 朝の練習の時に、見られていた……? でも、それをトラウマとして取るなら、神坂さんを巻き込んだことになる。 だけど、俺は魔法を使うときは誰もいないことをティアと一緒に確認しているからなぁ…… 「結局、わからない事が増えるだけか……」 「とりあえず、那津音様の所に訪れてみるのも一案かと」 「そうだな……瑞穂坂病院だったっけ、行ってみるか……」 二次創作 はぴねす! Magic Word of Happiness! 「すいません、式守那津音さんの病室はどちらでしょうか?」 「……貴方は?」 「那津音さんと縁の者です、御薙と言えば通じますか?」 「あぁ、御薙様の知人の方ですか」 むしろ、息子です。 と、いうか何で御薙という名前を出して通じるんだろうか……? 「不安でしたら、御薙鈴莉に確認していただいて構いませんが」 「……少々お待ちください、お名前をお伺いしてよろしいですか?」 「小日向雄真です」 名前を言うと、一瞬だけ表情が変化したが、すぐに最初の応対時に戻ると、ナースセンターの人は奥に引っ込んだ。 恐らく、母さん……瑞穂坂学園に連絡でも入れているんだろう。 「お待たせしました、式守那津音様の病室は、特別棟の3012号室になります」 「ありがとうございます」 「あ、こちらを特別棟に入る前に、待機している警備員の方に見せてください、通行許可証になります」 「わかりました」 ……通行許可証、ね。 病院に入ったときに、一瞬だけ魔法の力を感じたが、この病院に魔法使いでもいるんだろうか……? 魔法使いの中には治癒魔法を買われて病院に勤めるような人もいるらしいし、そういう人たちの魔力だろうか……? 「……ティア」 (申し訳ありませんが、この場での解析はオススメできません) 「……どういうことだ?」 (先ほどから治癒魔法の発動を数件感知しました、解析により、悪影響が出ないとは断言できません) 「そうだな、人の命が懸かってるなら、邪魔にならないようにした方がいいか」 とりあえず、特別棟への案内板を見ながら、病院内を歩き進む。 その途中、小さな女の子が、俺の方にぶつかってきた。 「おっと、大丈夫かい?」 「うん、ごめんなさい、おにいちゃん」 「走ってると危ないよ、気をつけてね」 「うん!」 ……あの子も、病院にいるということは、何かの病を患っているんだろうか。 俺の力で、治せないのか……そんなことを考えてしまう。 「……ダメだな、ついつい思考が暗くなる」 (マスターはまだ勉強中です、これから、少しずつ力を手に入れていけばいいのですよ) 「そうだよな」 (幸せにするための魔法は、今はまだ遠いかもしれませんが、マスターが道を見失わなければ、達成できると信じています) 「ありがとう、ティア」 ティアに励まされながら歩いていると、警備員に守られた物々しい雰囲気のある扉に着いた。 ……ここが、看護士さんの言ってた特別棟か。 「申し訳ありませんが、ここから先は通行許可証を持つ方のみしか通ることはできません」 「これですね」 「少々お待ちください……確認しました、どうぞ」 警備員に許可証を渡すと、カードリーダーのようなものにかけた後、扉が開いた。 さて……3012号室だったかな? さっきまでの病棟とは違い、ここはとても静かだった。 だけど、寂しいと言った雰囲気はなく、どこか心が落ち着くような感じがした。 「……いい所なんだな」 (そうですね……) 原理はわからないけど、もしかすると魔法を使っているのかもしれない。 こういう魔法の使い方は、俺の目指すものの一つな気がして、少しだけ気分が軽くなった。 ―Interlude― 先生から言われた言葉、それが未だ私の頭の中を回っている。 きっと、先生は私のことで考える事があったからこそ、小日向君が自分の息子であることを明かして、さらに魔法を使ってもらったんだろう。 そして最初に彼を見た時から、頭の片隅にしっかりと、その考えは息づいていた。 「……エム・アムダルト・リ・エルス……か」 記憶の……私の初恋の男の子が使っていた魔法の呪文。 視界いっぱいを埋め尽くすほどの強い光と、それに反して感じられる暖かい気持ち。 そして、最後に屈託なく笑ってくれた彼。 私……神坂春姫という存在は、その時から魔法の虜になった、いや虜になったのは本当に魔法にだったんだろうか? 「……どう思う、ソプラノ」 魔法の虜になったのがこの道に入った元だとするのなら、今はもう見習いとはいえ、魔法使いになった。 でも、私の気持ちは晴れることなく、今も尚記憶の男の子の事を探している。 無知故の無邪気さがもたらした魔法の爪痕を見て、怯えていた彼の姿を見たくなくて、お気に入りだったヘアピンを渡した時に一緒に作った約束。 もしかしたら、彼はもうそんなことは忘れているかもしれない。 「……私の方からはなんとも、ただ、春姫は春姫の思うように動くのが最善ではないでしょうか」 信頼するパートナーからは、どちらとでも取れるような曖昧な台詞しか返ってこなくて、私の思考は尚更堂々巡りを続ける。 「……小日向君が、あの時の男の子なのかな?」 彼は、初めての出会いはきっとあの公園だと思っているだろう。 確かに、顔をあわせての挨拶は、あれが始めて。 でも、彼を始めてみたのは、早朝というには早すぎる、公園。 「あの時は、ソプラノが魔法を探知したのよね」 「えぇ、攻勢魔法ではなかったのですが、感じたことのないくらい強い魔力でしたからね」 どこか胸騒ぎにも似た感覚で早くに起きてしまった日、そのまま再び眠りにつくこともできずに、仕方なくソプラノと共に公園へと散歩に出かけた。 その時、ソプラノが魔力を探知したのだ。 そしてその時、私が見た人、それが小日向雄真君だった。 「……記憶の中の呪文と一緒なんだけど……これって偶然なのかな?」 「はぁ……春姫?」 「え、なに、ソプラノ」 彼が思い出の……そして初恋の男の子かもしれない。 偶然だと思いたい自分と、そう思いたくない自分がせめぎ合い、ぶつかり合う。 そんな私のことを見ていたソプラノが、ため息を吐くかのように一瞬だけ光ると、私のことを呼んでいた。 「悩むのは春姫らしくありません、ならば小日向さんに聞いてみたらいかがです?」 「……うん、それは……わかってるんだけど」 恐らく、私は否定されることを恐れている。 彼が思い出の男の子であるのなら、これ以上幸福に思えることはない。 何せ十年来の思い人との再会になるし、私のこの思いが均衡を取れるのだ。 だけど、それ以上に、彼に……小日向雄真という存在に、それを否定されることを恐れている自分がいる。 「……どうしたら、いいのかな」 昔、初恋の男の子に片方だけあげた、澄んだ色をした雫型の宝石がついたヘアピン。 それを無意識に握りしめて、この迷いは晴れる事無く、夜はゆっくりと更けていった。 今の私は、小日向君と思い出の男の子、どちらのことを大切だと考えているんだろう……? ―Interlude Out― 「3012号室……ここか」 ネームプレートには、式守那津音としっかり書いてあった。 いざ入ろうと、扉に手をかけると、鍵が掛かっているのか、なぜか扉は開かなかった。 「……鍵?」 本来、病室には鍵というものは設置されてないと思っていたんだけどな……? 「君」 「はい?」 周りに人がいないから、恐らく俺のことを呼んだんだろう。 声のした方を向くと、この病院の医師だろうか、白衣を着た男性が立っていた。 「ナースセンターから連絡のあった、小日向君だね?」 「はい、そうですが……貴方は?」 「あぁ、これは失礼。僕はこの病院の医師で、式守さんの担当医の佐伯と言う」 「もうご存知でしょうが、小日向雄真です。こちらに那津音さんがいると聞いて面会に来たのですが」 そう尋ねると、佐伯と名乗った男性は、何も言わず鍵を開けてくれた。 そして、病室に一歩踏み出そうとした瞬間、反射的に俺は後ろの壁まで飛びのいていた。 「特殊な入院患者のいる部屋は、防犯のために鍵をかけることになってるんだが……どうか、したのかね?」 佐伯さんに続いて部屋に入ろうとしたが、何かとてつもない悪寒を感じた。 だが、佐伯さんは何も感じていなかったのか、訝しげな視線を隠そうともせず、俺を見ていた。 まぁそれはそうだろう、入ろうとした瞬間、バックステップをするような人がいたら、俺でもそんな目を向けない自信はない。 「いえ……付かぬことをお聞きしますが、佐伯さんは今、何も感じませんか?」 「感じるもなにも……中にいるのは式守さんだけだ、特に他はなにもないが……」 俺が感じた感覚、それは単純に言ってしまえば恐怖感と虚脱感だ。 部屋に踏み出そうとした瞬間、何かまではわからないがものすごい勢いで魔力が引っ張られる感覚があったのだ。 「……ティア、なんともないか?」 (私はなんともありませんが、マスターの魔力が一部奪われました。永続的なものではなく一時的なのが救いでしょうか……) この虚脱感の正体は、魔力が強引かつ強制的に奪われたせいか。 すぐに気づけたからいいものの、何も知らないで入っていたら俺の魔力は根こそぎ持っていかれたかもしれない。 魔法使いの魔力とは、すなわち精神力とも生命力とも言える。 それを根こそぎ奪われたとしたら、その人に残るのは「死」のみだ。 「佐伯さん、この病院で医療魔法を使える方が那津音さんの病室に入ったことは……?」 「いや……さすがにそこまで詳しいことはわからないな」 「できるのなら、今後魔法使いの方の入室は止めた方がいいかもしれません、俺だけに反応したのかはわかりませんが、下手をすると命に関わる危険性があります」 「……確証は、あるのかね?」 今俺が感じた感覚と、佐伯さんが何も感じない事が何よりの証拠にはなる。 だけど、魔法を使えない人にとっては、意味が通じないからこそ、確証とは成りえない。 だからこそ、確認のために聞いてきたんだろう。 「……俺の言葉では納得いただけないのでしたら、魔法使い御薙の縁の者としての言葉、としてお取りください」 「……わかった、一般は問題ないのかね?」 御薙と言う言葉が聞いたのか、はたまた俺の言葉を真摯に受け止めてくれたのか。 そこまではさすがにわからないが、佐伯さんは俺の言うことを信じてくれたようだ。 「恐らくは……佐伯さんがよほど特殊な力を持たれていない限りは、魔法使い以外の人にはなんの問題もないと思います」 この場合一つの疑問が俺の中に湧き出てきた。 鈴莉母さんも伊吹も、那津音さんがここにいることを知っていた。 ということは、病室に入ったことがあるという仮説に行き当たる。 だがもし、俺と同じ感覚があったとしたら、伊吹はまぁ、おいておくとして、母さんが忠告をくれないとは考えづらい。 ……まさか、こんな状態になるのは俺だけなのか。 「すいません、鍵を開けてもらっておいてなんですが、今日はここでお暇します」 「そうかい?」 「えぇ、考えなければならないことも少しできたようなので」 俺に発生したと思われる魔力略奪の原因、そしてこの病院にいる那津音さん、学園に現れた伊吹と信哉、上条さん。 考えなきゃいけない事が多々できた、だけどこれは遠回りじゃなく、必要なことなんだと、魔法使いとしての俺の思考はそう告げていた。 この時期に発覚し、発生したすべての出来事は、何かで繋がっているのか……? 「……そういえば、神坂さんの態度が急変したのと、母さんのあの一言もよくわからなかったな」 さらに問題が増えた割りに、結局答えらしい答えなんて何一つ持ってない。 だけど、ヒントだけは少なからず手に入っているはず。 なら、俺は俺なりに、一つずつ解決していけばいいのか。 「……とりあえず、那津音さんには申し訳ないけど、原因がわからない以上暫く後回しにさせてもらおう」 無鉄砲にあの空間に突入できるほど、俺はそこまで勇猛果敢じゃない。 どちらかといえば、逆に臆病な方だと思っている。 「まず伊吹は……最悪真正面からの制圧か、説得できるのがベストなんだけど……あの調子じゃ話を聞いてなんてくれないだろうし」 それでも、少なからずは顔をあわせて、何をしようとしているのかを聞いて、場合によっては止めなきゃいけない。 何があるのかはわからないが、もしもの事があったら、伊吹の友達を自認する身としては全力を尽くしてやりたい。 「……そういえば、式守の秘宝って言ってたな……ティア、該当するのはあるか?」 (……申し訳ありませんが、式守の秘宝で該当するものは私の記憶にはありません) 「そうか……これも調べてみないとダメかな」 式守の秘宝というものに答えが隠れているんじゃないだろうか? だけど、調べるのは今度にして……今日は、とりあえずもう帰ろう。 魔力を強引に持っていかれたから、予想以上に疲労感として現れている。 こんな状態で考え事してたって、きっといい答えなんて出せないだろう。 「……やれやれ、これは相当めんどくさいことになりそうだ」 From 時雨 2007/12/10 |