この頃、人前で魔法を使う事が多くなっている気がする。
それだけ、小雪さんが前に占ってくれたことを期待しているってことかな。
そんな自分に苦笑しつつも、意識を集中して、魔法を使う。


「……エル・アムダルト・リ・エルス・カルティエ・リディア・フローリア!」


魔法に集中しているために、俺は気づいていなかった。
神坂さんが、俺を、そしてティアを見つめる目が、真剣そのものだったということに。



















二次創作 はぴねす!
Magic Word of Happiness!



















「……はたして、俺の気のせいか?」


昨日の今日で、いまいち疲れも取れるはずがない。
だけど、それに負けず気だるいながらも日課である魔法の練習はこなした。
そして帰宅した後、軽い仮眠を取って、早々にすももと共に学校に来たわけなんだが。


「うーん……」


ちなみに、昨日の花見の話になるんだが。
結局は神坂さんが魔法でみんなを起こしたということにしてもらい、事なきを得た。
イチゴが好きだと花見の時に聞いたから、今度何かを買ってきてあげようと思う。


「……気のせい、じゃないよなぁ?」


とりあえず。
周りには特に誰もいない。
なのに、なぜか薄ら寒い感覚に襲われているのはなんでだろうか。


「どうしたんですか、兄さん」
「……いや、なんでもない」


すももに心配をかける訳にはいかないよな。
そう考え、原因がはっきりするまで、俺はこの感覚に耐えなくてはいけない。
タダでさえ昨日は花見があったし、その前は魔力を強引に持ってかれた影響がまだあるというのに。
……あぁ、なんか腹まで痛くなってきた。


「おっはよー、雄真にすももちゃん……ってなんか調子悪そうね?」
「ん、どれどれ……ホントだ、どうしたんだ、お前?」
「よう、準、ハチ」
「おはようございます準さん、八輔さん」


どうやら、耐えようと思っていた矢先に、表情に出てしまっていたらしい。
長い付き合いでもある準やハチにとっては、俺の変化を感じ取るのなんて慣れているんだろう。


「いや……なんかこう監視されてるような感覚があってな」
「なぁに雄真、とうとう人の恨みでも買うようなことでもしたの?」
「馬鹿言うな、俺がそんなことするなんて……」


ない……と、思うんだが……
どうにも先日の母さんの研究室で、神坂さんの反応を見てしまったという前例がある。
もしかすると、俺が気づかないところで誰かを傷つけたのではないかという気持ちが現れていた。
あぁ、ダメだ……この頃考えることが多すぎて精神的に参ってきている。


「……本当に辛そうね……今日は学校を休んだら?」
「いや、平気だ。この程度で倒れてるようじゃかーさんの子供なんてやってられない」


茶化しながらも、大丈夫だと言うと、準はまだ何か言いたそうだがこれ以上の追求はしてこなかった。
ちなみに、かーさんと伸ばしたものの、俺がどっちの母さんについて言ったのかは秘密だ。
さすがにどちらの母さんも怒らすと後が怖い。
それに、下手に休んで心配をかけるのは、俺の本意じゃない。


「とりあえず、さっさと学校に行こう。学校でなら少しは休めるだろ」
「それもそうだな、なら早くいこーぜ」
「本当に、大丈夫ですか、兄さん?」


今も尚心配そうにしてくるすもも。
そんな優しい心の持ち主である妹に心配をかけまいと、頭を撫でることで大丈夫だと伝える。


「あー、すももちゃんいいなぁ」
「えへへ、撫でられちゃいました」


……撫でられるのがそんなに良いんだろうか?
俺にはいまいちわからない感覚だ。



























「あ……」


教室に入ると、少し早い時間にも関わらず、神坂さんは教室にいた。
俺たち……いや、正確には俺か、に気づくと何かを言いたそうな雰囲気が伝わってきた。
なんだ……この感じは、迷い……か?


「おはよう、神坂さん、朝早いんだな」
「おっはよー、春姫ちゃん」
「お、おはようございますです!」


とりあえず、神坂さんの様子がいまいちわからないが、朝の礼儀は大事だから挨拶はキチンとする。
しかし、ハチは何を緊張しているのか、いまいち語尾が変な気がした。
まぁ、どうせハチのことだ、気にするだけ無駄だろう。


「おはようございます、皆さん早いんですね」


俺には、表面上……まるで仮面をつけたかのようなぎこちない挨拶に見えた。
花見の時は、普通に話せていたと思ったのに、どういうことだろうか?


「まぁ、俺はすももに起こされてるからな」
「雄真ったらすももちゃんがいなきゃ起きてこれないのよねぇ」
「……勝手に言っててくれ」


失礼な、あえて訂正しておくと、そんなこともない。
朝はしっかり魔法の練習をするくらい早起きができる。
ただ、すももは俺を起こすことを一種の生きがいとしている節がある。


「クスクス……仲が良いんですね」


だからこそ、俺が起きていると微妙に悲しそうな表情を見せるんだ。
俺が起こしてもらうだけで、その表情がなくなるなら、みんなを幸せにする魔法使いを志す者として、当然の行動なだけだ。


「まぁ、自慢の妹だからな」


そう言うと、若干雰囲気が和らいだような気もするが、何故だろうか。
根本にあるなんとも言いがたい感覚が拭い去れないのは。


「…………」
「ん、どうかした?」


気づくと、神坂さんが俺をしっかりと見つめていた。
その視線に気づいた俺が、神坂さんにそう問い返すと、言われて初めて気づいたのか、驚きといった表情になった。


「あ、いえ……ただちょっと小日向君が疲れてるように見えて……」


……どうやら、俺の疲れは耐え切る以前に表に出てきてしまっているらしい。
準やハチに気づかれるならまだわかるが、神坂さんにまで気づかれるとは思わなかった。
神坂さんは、何かを考えるようなそぶりを見せた後、唐突に申し出てきた。


「あの、ちょっとじっとしていてください。……ソプラノ」
「えぇ、春姫」


俺が言われたとおり、大人しくしたのを確認すると、神坂さんはソプラノを構えた。


「……エル・アムニア・リ・レフス・ミディア・リ・アムスレイン」
(……魔法?)


神坂さんが魔法を唱えていくと、俺の周りに魔力の粒子のようなものが薄いヴェールを作って俺の回りを覆った。
そして、そのヴェールに触れたところから、少しずつではあるが魔力が回復していくのがわかった。


「……すごいな」
「ふふ、気分が落ち着ける魔法です」
「ありがとう、だいぶ楽になったよ」


神坂さんは気分が落ち着ける、と言ったが、恐らくこの魔法の本来の効果は魔力回復なんだろう。
そうでなければ、俺の減っていた魔力が回復するはずがない。
これは、神坂さんに返さなきゃいけない恩が、もう一つできたな。


「すっごーい、春姫ちゃん!!」
「おぉ、あんな魔法使えるんだなんてやっぱり魔法科No,1は伊達じゃないんだな!」


俺の両隣にいた二人からだけじゃなく、教室で一連のことを見ていたみんなから賞賛の声が上がる。
当の魔法を使った張本人は、どこか恥ずかしそうにしながら、謙遜していた。


「ちょーっと待ったぁ!!」


その光景があまりに平和すぎて、俺はすっかり失念していたんだろう。
学校が始まった初日から、盛大に魔法をぶっ放してハチを保健室送りにした存在を。


「……柊か?」
「杏璃ちゃん?」


声のした方を向くと、そこには当然の如くというか……
なぜか戦闘態勢に入っている柊がそこにはいた。


「春姫がそんな魔法を見せたんなら、ライバルとしては魔法を見せないわけにはいかないわよね!」


高々と宣誓されたその言葉は、俺の危機感知本能を刺激するには十分すぎるほどの台詞だった。


「へー、杏璃ちゃんも魔法を見せてくれるの?」
「おぉ、杏璃ちゃんの魔法かぁ、楽しみだなぁ」


特に何も感じていないのか、準とハチ、それとクラスにいたやつは、やんややんやと柊を煽っている。
……非常に、嫌な予感が強くなってきた。
っていうか、ハチ、お前初日に吹っ飛ばされたのを忘れたのか?


「いっくわよぉ、パエリア!!」
「はい、杏璃様」
「オン・エルメサス・ルク……」


パエリアと呼んだマジックワンドを構え、唐突に詠唱に入る柊。
一応魔法科に在籍しているんだ、一応大丈夫かと思ったんだが。
そういうわけでもないらしい、詠唱と同時に神坂さんは慌てだした。


「あ、杏璃ちゃん、フィールドもなしにそんな魔法を使っちゃ……!」
「もしかして、これ攻勢魔法か……?」
(攻勢魔法ではないようですが、無駄に魔力が篭もっていますから下手をすれば暴走かと)


だよなぁ……魔法式も、言っちゃ悪いが拙いように見える。
意気込みばかり空回りで、式が魔力においついていない。


「ソプラノ、解除間に合う!?」
「……厳しいですが、やらなければならないでしょう」
「みんな、とりあえず逃げろぉ!!」


神坂さんが魔法の解除を始めたのを横目で確認して、俺は大声で避難を呼びかけた。
自体を把握したのか、一斉に伏せるなり教室の外へなり逃げていくクラスメイト。
みんなの視線が、騒動の原因から離れたことを確認した後、俺も隠れて魔法の解除に入る。


(……ティア、準備は!)
(いつでも。あとはマスターの命令のみです)
「……行くぞ、ティア」


騒動の原因(ひいらぎ)と、懸命に解除を試みている神坂さんは、どうやら俺の方には気づいていないらしい。
まぁ、気づいてない方が俺にとっては好都合なんだけどな。


「やめて、杏璃ちゃん!」
「もう遅いわ!行くわよ、……アルサス・アスターシア・ルース・エウローサス・メテア!!」


そして、柊の呪文が完成し、教室に光が満ち溢れた。
だが、次の瞬間には、その光も薄れ、何事もなかったかのような静寂だけが教室に残った。
……ふぅ、魔法式が拙いおかげで結構簡単に解除できたな。


「な……」
「……0.2秒ほど遅れましたが、解除に成功しました」
「さすがだね、神坂さん」
「え、でも……」


言いたいことはあるんだろう。
何故なら、柊の魔法に対して、神坂さんたちが解除したのは、全体構成のほんの三割なのだから。


「柊、とりあえずこんなところで魔法使うな、周りにいい迷惑だ」
「む……わ、わかったわよ」


実際みんながみんな、逃げ出した後の様子を見て観念したのか、柊はマジックワンドを下ろした。
俺はその下ろされた手に握られていたマジックワンドに対して、声をかけた。


「……パエリアって言ったか?お前の御主人の面倒くらい、もう少し見てくれよ」
「申し訳ありませんのぉ……杏璃様はそれはもう気丈な方でございまして」
「……その気持ちは察するが、努力を期待するよ」


……恐らく、このパエリアには柊は止められないだろう。
何はともあれ、柊の暴走という人騒がせこの上ない騒動がなんとか治まり、教室は元の雰囲気に戻っていった。
そう、元の雰囲気だと思ってしまったからこそ、油断してしまったんだろう。
解除された柊の魔法が、まだ生きていた(・・・・・)なんて、考えもしていなかったんだから。


(……っ!?マスター!!)
「……なっ!?」
「こ、小日向君!?」


唐突の浮遊感、一瞬で教室の天井にまで浮き上がった。
ち、これじゃ、解除は……間に合わない!


「この、なんで受け付けないのよ!?」


一瞬で思考を切り替えたのか、神坂さんと柊が制御しようとしていた。
だが、柊の手からはずれ、完全に暴走した魔力は、その制御を受け付けなかった。
その魔力は、すでに俺を浮かせるだけの力しか残ってなかったんだろう。
魔力と言う力がなくなったために、重力に逆らうことも出来ず、地面へと吸い寄せられた。


「ぐっ……!」


叩きつけられる俺の身体。
辛うじて受身は取ったものの、一瞬だけ意識を失いかけた。


「小日向君、大丈夫ですか!?」
「雄真、怪我は!?」
「ん、なんとか大丈夫だ……つぅ!」


周りを見ずに無理な体勢から強引に受身を取ったから、机にでもぶつけたんだろうか。
俺の足首は、鈍い痛みを訴え続けていた。


「でも、とりあえず保健室には行きたいかな」
「ほら、雄真、捕まれよ」
「ちょっと大丈夫、雄真?」
「ご、ごめんなさい……解除しきってたと思ったのに……」


申し訳なさそうに謝ってくる神坂さん。
あぁ、そんな顔をしないで欲しい、解除したと思って油断してたのは俺もそうなんだから。


「あぁ、そうだ……柊」


俺が声をかけると、今まで黙っていた柊は、びくっとして顔を上げた。
……まったく、そんな泣きそうな顔してるんじゃねぇよ。


「これは事故だ、お前は悪くないから気にするなよ?」
「でも……」
「でももなんもない、事故ったら事故だ、気にするな」
「雄真動くなよ、支えずらいだろ」


あぁ、しかし……不測の事態ごときで察知が遅れるなんて……まだまだ修行が足りないな、俺も。
いち早く動き出した準やハチ、それに神坂さんに付き添われて、俺はそれだけを考えていた。















From 時雨  2007/12/26