「ま、聞いた感じ悪いようにはならないから、雄真君は安心していってらっしゃい」
「……その笑顔を、今ほど不安に思ったことはないよ」


俺に出来ることは、時間まで大人しく待っているしかないって事か。
……あぁ、腹痛くなってきた。


「マスター、ファイトです」
「……おー」


















二次創作 はぴねす!
Magic Word of Happiness!
















「……さて、母さんの所で時間を潰していたら、もう約束の時間まですぐそこか」


……神坂さんの変化も、なんで放課後に屋上に呼ばれたのかも。
俺がうだうだ考えていても、仕方がないよな。


「何があるかは、行けばわかるだろうし、とりあえず向かってみるか」


ティアの変化も含めて、屋上に行けばきっと解る、そう言っていたしな。
神坂さんの表情は真剣だった。
何を言うのかなんて想像がつかないけど、その真剣さに答えられるようにはしていかないと。


「マスター、そろそろお時間です」
「あぁ、わかった。それじゃ、行こうか、ティア」


母さんから返してもらったティアを、カフスにして耳につける。
さぁ、小日向雄真、覚悟を決めろ。
そう自分を叱咤して、俺は屋上へと続く扉を開けた。


「…………」


夕焼けという光で埋め尽くされる視界。
そこには、魔法服に着替えた神坂さんが立っていた。


「……来て、くれたんだ」


その姿に、少しの間見惚れたが、神坂さんが声をかけてきてくれたことで正気に戻る。


「まぁ、約束したからね」
「うん……」
「それで、話って何かな?」


このまま、神坂さんが話題を切り出してくれるのを待っていても良かった。
だけど、俺はなぜかそうすることを良しとせず、自分から切り出していた。


「見て、欲しい魔法があるの」
「魔法?」


俺の問いかけに答えるように、神坂さんはソプラノを手に取った。
そして、目を閉じ、ゆっくりと詠唱を始める。


「エル・アムダルト・リ・エルス……」


ここまでは、俺も知っている魔法の綴りだ。
これが、見て欲しいと言った魔法なんだろうか……?
それに、俺が今感じている……この感覚は……


「ディ・ルテ……」


……何故だ。
なんで、今の神坂さんに……昔の俺の姿が重なる。


「カルティエ・エル・アダファルス」


そして、神坂さんの前には、美しい光を放って、完全に制御されている光があった。
……この魔法は、俺が……子供の頃に制御し切れなかった魔法……か?
やがて光はゆっくりとふくれあがり、辺りを優しい輝きで満たした。


『たすけてもらったお礼と、私が君を怖がらないって言うあかし!』


その光の中に、記憶に残る女の子の姿が見えたような気がした。
何故だ、何故、神坂さんとあの時の女の子が……重なる。


「…………」
「…………」


そして、光はゆっくりと治まり、世界は元の夕焼け色に戻った。


「……今の魔法は?」


かすれた声になっていないか、自分にはわからなかった。
それだけ、今の俺は平静でいられている自信がない。


「私が初めて見た魔法。そして、私が魔法使いを目指すきっかけになった魔法だよ」


ゆっくりと、しかしはっきりと神坂さんはそう言った。


「そこに座って話しましょうか」
「……あぁ」


指差された椅子に、言われるがままに腰掛ける。
そして、俺の腰掛けたすぐ後ろに、神坂さんが背中合わせになるように座った。


「ごめん、今は雄真君の顔をまっすぐ見れそうにないの……だから、このままでいい?」
「わかった、俺も神坂さんの方は見ないようにする」
「うん……ありがとう」


俺も、今は神坂さんの顔を見ていられる……いや、見る余裕がない。
記憶に残る女の子が神坂さんに重なって、それをいいと考える自分と、そんな馬鹿な事があるわけがないと考える自分がいる。
そんな考えがごちゃごちゃと混ざり合って、今どんな顔をしているのかもわからない。


「あのね……私が魔法使いを目指したのは、一人の男の子だったの」


そんな俺の心情を知る由もない神坂さんは、ポツリと、語り始めた。


「その男の子は……私の初恋の人」


初恋。
その言葉を聞いて、俺の中で揺れていたモノが、さらに大きくなった。


「もう会えるかどうかわからなかった、でも、ずっと大切な人だと思ってた」


そこまで言って、神坂さんは一度大きく息を吸い込んだ。


「今はなくなっちゃったけど、この近所によく遊びに行っていた公園があったの」
「……すももと、知り合った公園?」
「うん……ある時ね、その公園で近所の男の子たちに絡まれた事があったの」


また、俺の中で昔の記憶が鮮明に蘇ってくる。
公園で男の子に絡まれている女の子……それを助けるために、向かう自分。


「一生懸命睨み返してたけど、実際は怖くて足がすくんで動けなかった」
「そこに……男の子が来た」
「え……?」


気づけば、自然と俺も言葉を形にしていた。


「男の子の台詞は『やめろ』……そして、向かってきた男の子を囃し立てる(はやしたてる)他の子」
「…………それでも、男の子は私を背中に庇ってくれて」


そうか……ティアが言っていた事、母さんの行動の訳。
もっとよく考えていれば……答えなんてもう、出ていたんだ。


「そして、その男の子は……魔法を使った」
「その魔法が、さっきの……」


あの時の女の子……
俺を、小日向雄真を魔法使いでいることを認め、怖がらないでいてくれると言ってくれた女の子。


「そう……エル・アムダルト・リ・エルス・ディ・ルテ……」


そして……俺が、再開を望んでいた女の子。
それが……神坂さんなのか……


「雄真君なの……?」
「…………」


俺の記憶に残ることと、神坂さんの言っていることは寸分違わずに一致している。
そして……神坂さんが、俺の魔法を始めて見たあの時の反応。


「あの時、私を助けてくれたのは……雄真君なの?」
「……一つだけ、いいかな?」


神坂さんが、あの女の子であるなら、きっとわかる……いや、持っているかもしれない。
すでに、俺の意識は神坂さんをあの時の女の子だと言っている。
でも、これだけは確認しておきたかった。


「……その時の男の子が、その女の子に貰った物……それは」
「……この、宝石の付いたヘアピン……だよね」


そう言われて、弾かれたように神坂さんの方を振り向く。
いつの間にか立ち上がって、俺の方を向いていた神坂さん。
その手にあったものは、雫のような澄んだ色をした宝石がついたヘアピンだった。
あぁ……彼女が……神坂さんが俺の探していた人だったんだ。


「……神坂さんが……あの時の女の子だったのか」
「―――っ!」


無意識に、俺は神坂さんを抱きしめていた。
言えるとしたら、喜び……ようやく、探していた女の子に、会えた。
抱きしめられた神坂さんは、少しだけ驚いたようだったが、すぐに俺に身体を預けてくれた。


「……ありがとう、あの時……俺を救ってくれて」
「……雄真君」


あの時の言葉がなかったら、俺はもしかすると魔法使いをやめていたかもしれない。
でも、あの時のあの言葉があったから、俺は魔法使いでいる、みんなを幸せにするための魔法使いを目指していられる。
感謝してもしきれない……俺がずっと探していた大切な恩人。


「……神坂さん、俺は君に謝らないといけない事がある」


抱きしめていた神坂さんをゆっくりと離し、しっかりと目を見つめる。
俺が抱きしめてしまったからか、神坂さんの顔は赤く、どこか瞳は潤んでいるように見えた。


「……君に貰ったヘアピン……勝手にマジックワンドにしてしまった」


そう言って、ティアをカフス状態からマジックワンドの状態に変化させる。


「俺の誓いを形にするために……君との思い出を忘れないために……」
「うん……ティアさんが、あのヘアピンだって言うのは、途中でなんとなく気づいてた」
「……もしかして、あの時?」


ティアを渡したとき、神坂さんは確かに何かを言っていた。
神坂さんはその時には何かをわかっていたのかもしれない。


「しっかりと見せてもらうまで、自信はなかったの。でも、しっかり見せてもらった時、やっぱり……って」
「そっか……」
「マスター、申し訳ありませんでした」


今まで、黙って話を聞いていたティアがそう言ってきた。
その声を聞いて、俺は考えていたことを口にしていた。


「……お前が変だった理由はわかった……それで、ティア。お前はこれからどうしたい?」


すでにワンドとして確立してしまったティア。
だけど、ティアが望むのなら、本来の持ち主である神坂さんに返そうと思った。
確かに大事な相棒だし、長い年月を一緒に過ごしてきたからこそ、別れがたい気持ちもある。
だからって、それに甘えちゃいけない。


「……私は」


だからこそ、俺はティアの意思を聞かなくちゃいけない。


「……確かに、私の本来の持ち主は神坂様です……ですが、この身はすでにマスターのモノ、マスターさえ宜しければ、傍に置いていただきたいです」


――――神坂様には申し訳ありませんが。
そして、ティアは自分からカフス状態に戻って、俺の耳に付いた。


「ふふ、振られちゃいましたね」
「……ごめん、神坂さん」
「あ、いいんです。ティアさんももう雄真君の大事なマジックワンド(パートナー)だから」


そう言って神坂さんは微笑んでくれた。
あまりにも優しい微笑みで、俺はまた、神坂さんに見惚れてしまった。


「雄真君」
「え……あ、なに?」


呼びかけられて正気に戻り、慌てて聞き返す。
すると、神坂さんは、さっきとは違った真剣な顔で、俺をしっかりと見ていた。


「さっきのお話ね、続きがあるんだ」
「……続き?」


オウム返しのように問いかけると、神坂さんは頷いた。


「その時助けられた女の子は、その男の子に恋をしました。そして、その淡い思いは消える事無く、十数年の歳月が経ちました」


昔語りのようにも聞こえる。
だけど、それを言っている神坂さんの表情は、少しずつ怯えの色を含ませていた。


「そして、その女の子は一人の男の子に出会います。その男の子は、優しくてどこか暖かくて……女の子は、そんな男の子に惹かれて行きました」


ゆっくりと、神坂さんは深呼吸をした。
まるで、続きを言うのを恐れているかのように。


「女の子は悩みました……思い出の男の子と、今惹かれている男の子。その人が別人だった時、女の子はどちらが好きなんだろう……って」
「……でも、その男の子は」
「うん……同じ人だった」


そうか……いつだったか、神坂さんに感じられた迷い……それはこれだったのか。
思い出の女の子との再会だけを考えていた俺とは違う。
……違う思いを抱いていたからこその、迷い。


「俺を、ここに呼んだのは……」


その迷いも、答えが出たことで折り合いがついた……
彼女にとっては、最良とも言える形で。
だからこそ、神坂さんは行動に出た。


「……私は、小日向雄真君が……好きです」


そんな神坂さんの思いに……俺は、どう答えればいいんだろうか。
俺には、今の自分の気持ちがわからない。
























      〜 あとがき 〜


さてさて、またこんな展開で止める鬼です。
いやぁ、すげぇ俺としては真面目に考えて書きました。
頭の使いすぎでウニウニしてますよぉ。

次回ですが、雄真の回答は如何に!
そんな感じで次も頭使ってウニウニやっていきますよぉ。

          それでは、このへんで。


                          From 時雨  2007/12/30