「良かったな……信哉」


何故か徐々に暗転していく視界の中で、俺は信哉に一言だけ告げる。


「雄真君!?」


心配そうに声をかけてくれた春姫にも答えたかったが、その望みも適う事がなく。
俺は急激に襲い掛かる疲労感と倦怠感に流され、意識を手放した。


















二次創作 はぴねす!
Magic Word of Happiness!


















ゆっくりと、意識が浮き上がっていくような感覚。
目を開けると、視界は白い天井で埋め尽くされていた。


「……ここは……っ!」


上半身を起こそうとしたが、全身が筋肉痛になったかのように痛む。
身体が重い……無理矢理魔力を呼び起こした反動か……
あの鬼神を吹き飛ばすのに、本当に出来うる限りの魔力を使ったからな……


「失礼します……」


キィと、静かな音を立てて、ドアが開かれた。
影響が辛うじて少ない首を回して、その方向に視線を向ける。
そこには花瓶の水を取り替えてきたのだろうか、花が飾ってある花瓶を持った春姫がいた。


「……おはよう、春姫」


とりあえず、起き上がれないが顔だけでも向けて、笑顔で挨拶をする。
俺の笑顔を見た春姫は、瞳に涙を浮かべた後、俺に飛びつくように抱きついてきた。


「良かった……雄真君……全然起きる気配が無かったから……」


俺の上で抱きついたまま涙を流す春姫。
ギシギシと痛む腕を無理矢理動かす。
落ち着いて欲しくて、なんとか春姫の頭に手を置くと、優しく梳くように撫でた。
……しかし、ここまで反動がひどいとは思わなかったな。


「魔力の使いすぎによる昏倒って所か……そういえば、ティアは?」


朝起きた時に、必ず挨拶をしてくる相棒が、何故か沈黙をしたままな事に気づいた。
マジックワンドが見当たらないから、耳にあるのかと思いもう片方の腕を動かして触れる。
確かにそこにはティアが、カフス状態でついてはいるが、感じ取れる魔力反応が微量だった。


「先生の話だと、雄真君の魔力の回復を優先しているから、魔力供給が最小限の状態みたい」


俺の魔力が魔力供給を開始しても問題ないくらいの量まで回復したら、また自然と喋り出すらしい。
……それだけの無茶を、黙って見届けてくれてたんだよな。
軽くカフスを撫でながら、感謝の想いを伝える。
ティアが、俺のマジックワンドで本当に良かったと思う。


「そうだ、あの後の事は……?」
「それじゃ、順を追ってお話しするね」


意識を失ってからこの場に移動するまでの記憶が当たり前だが一切ない。
結局秘宝の封印や、那津音さんの魔力がどうなったのか、俺はまったく知らない。


「その前に雄真君、お腹空いてない?」
「……言われて見れば」


俺がどれだけの日数気絶していたのかはわからないが、そんなに長い期間ではないはず。
でも、昏倒していた間は食事など当然取れているはずがなく。
春姫の問いに応えるかのように俺の腹が盛大に鳴った。


「ふふ、お腹空いてるみたいだね」
「…………」


ここまで自己主張が激しい腹だとは思ってなかった。
今後、空腹には気を使っておこう。
教室でこんな音が鳴ったら、恥ずかしくて悶死する。


「リンゴなら、食べれるよね」


そう言って手馴れた様子で篭の中にあったリンゴを剥き出す春姫。
……っていうか、篭があったのに今気づいた。
そして、剥きながらも、春姫は思い出すかのようにその後の出来事を語り始めた。


「あの後雄真君が倒れて、先生と私で一度、保健室まで運んだの」
「そうなのか……ごめん、手間をかけて」


太いとは言わないが、俺もそれなりに体格はしっかりしている男だ。
母さんと春姫の2人でとは言え、重たかっただろう。
だが春姫は、それは全然構わないと言って、話を続けた。


「式守さんも、雄真君が保健室に運ばれた後すぐに目を覚ましたわ」
「そっか……伊吹も無事に目が覚めたか」


はい、あーん。と自然に口に持ってこられた一口大のリンゴを、食べさせてもらう。
動けないから仕方が無いとは言え……これはかなり恥ずかしい気もするんだが。
だが春姫は気づいていないのか、ただ嬉しそうに俺の食べるのを見ていた。


「式守の秘宝は、先生が今封印作業をしているの。
 人の記憶から消え去るまで、厳重な管理下に置かれるんだって」


那津音さんの魔力も、伊吹の魔力も奪い返した以上、あんなものを使う必要なんてない。
強大な力は、力を呼び寄せて悲劇を生み出す。
二度とこんな事が起きないように、しっかりと封印してしまった方がいい。


「……結局、俺はどれだけ寝てたんだ?」


丸々1個のリンゴを、春姫の手により全て胃の中に収めた後、俺はそう聞いた。
そして、那津音さんがいる所と同じ病院に移され、丸1日眠り続けていたという事を教えて貰った。


「それじゃぁ、那津音さんはもう目覚めた?」


俺が保健室に運ばれてすぐに伊吹はすでに目覚めていると言った。
なら、すぐにでも那津音さんを起こすために動いている事だろう。


「いいえ、まだ完全に那津音さんに魔力は戻してないわ」


だが、春姫の口から出てきたのは、予想外の言葉だった。
まだ……那津音さんに魔力を戻していない……?


「……なぜ?」
「それは、私から説明しよう、雄真」


入り口から、聞き覚えのある声と共に、数人の気配が近づいてくる。
首をまた動かして視線をズラせば、そこには母さんや伊吹、上条兄妹に小雪さんがいた。
春姫の説明を引き継ぐように、伊吹が事の詳細を教えてくれた。


「そうか……数回に分けてゆっくりと魔力を戻していたのか」


秘宝に奪われた魔力を、一気に戻してしまえば流れが滞った所が暴発してしまう危険があった。
無抵抗の人体に、その暴発は死に直結する可能性がある。
だからこそ、回数を分けて、ゆっくりと浸透させるかのように魔力を戻していったらしい。


「それももう終わる、那津音姉さまはもうすぐ、目覚めるのだ」


傍から見てもわかるくらいに、伊吹は嬉しそうな顔をして言った。
そうか……丁度いい時に目が覚めたのかもしれないな。


「これから、最後の那津音の魔力を移すの。その為に雄真君を迎えに来たのよ」
「……それは嬉しいんだけど、俺、まだ動けそうにないんだ」


気持ちはとてもありがたいが、今の俺は全身に力が入らない状態だ。
まさかみんなに抱えてもらうというわけにもいかない。


「当然、その事も解っておる……信哉」
「はっ」


だからみんなで行って来てくれていい、と言おうとしたのだが。
俺の言う事など予想済みだとでも言わんばかりに、伊吹は俺から視線を外し信哉を呼んだ。
呼ばれた信哉は、何処から持ってきたのか、車椅子を押してきた。


「……もしかして、それに乗れと?」
「この件を預かると言ったのはそなただ、ならば最後まで見届ける責任があるのではないか?」


それを言われると、これ以上俺が何も言う事ができないじゃないか。
苦笑しながらも俺は、信哉に肩を借りながら、車椅子へと身体を移す。


「それでは、行くぞ」


伊吹の声に頷いた信哉が、俺の車椅子を押してくれようとした。
だが、それより早く春姫が車椅子の持ち手を取り、押し始めた。


「神坂殿?」
「雄真君のお手伝いは、私がしたいの……お願い、信哉君」


力仕事だからと思い信哉が受け持とうとしていたんだろう。
春姫にそう言われた信哉は、普段余り見せない笑顔を見せると、快く承諾した。


「何、頼まれる必要などないな。お任せしよう、神坂殿」
「……それじゃあ……頼むよ、春姫」
「うん、任せてね、雄真君!」


春姫に車椅子を押してもらいながら、俺たちは那津音さんの病室へと移動を開始した。
移動の途中、あのリンゴのアーンの場面を見られていた事を教えられた。
とても嬉しそうな母さんと小雪さんにからかわれたのは、忘れておこう……


「ここからは、通行証をご提示くだ……失礼しました。どうぞお進みください」


過去に来た時にもいた警備の人が、俺たちに向かって事務的にそう言って来た。
だが、すぐに母さんや伊吹の事に気づいたのだろう。
居住まいを瞬間的に直すと、ドアのロックを開けてくれていた。


「……顔パスになるくらい来てたのか?」


余りにも早い変わり身に、若干呆れながらも伊吹に聞いてみる。
俺のときは訝しげな目とかで見られたんだが、伊吹を見た時のあの表情は恐怖だった。


「なに、何回来ても顔を覚えぬのでな……少々身体に教え込んでやっただけだ」
「あんまりそういう物騒な事に魔法は使うなよ……」


伊吹ならほんとにやりかねないとため息を吐きながら、一応当てにならない忠告はしておく。
予想通り、伊吹は鼻で笑うと考えておこうという一言しか返してこなかった。
考えるだけで、守るかはわからないってことか……


「さぁ、ついたわ……雄真君、この状態で魔力の略奪はありそう?」


他愛も無い話をしている間に、病室の前についたらしい。
母さんが心配そうに俺にそう聞いてきた。


「……今の所、そういう感じはないかな?」


確かに前は部屋に入ろうとしてすぐに略奪が起こったんだよな。
もしそんな事が今起きてしまえば、俺はあっさり魔力を持っていかれるだろう。
なにせ自分じゃほとんど動けないような状態なんだし。


「まずは私と式守さん、高峰さんで先に入って、魔力を戻してしまいましょうか……」


完全に魔力を戻してしまえば略奪は起こる事がなくなるだろう。
そんな予測を立てた母さんが、提案した。
反論がないのか、伊吹も小雪さんも頷いていた。


「信哉、沙耶。わかっているな?」
「御意」
「はい」


病室に入る直前、伊吹が信哉と上条さんにそう命令を出した。
すると、命令を理解しているであろう2人が、俺と春姫の前を守るかのように立った。


「雄真殿、神坂殿、俺の後ろへ」
「私たちがもしもの場合、お2人をお守りいたします」
「那津音様と伊吹様の恩人、何人たりとも傷つけさせはせぬ!」


風神雷神とサンバッハを構えて、いつでも詠唱できるように待機する2人。
それを確認した後、母さんたちは病室の中へと姿を消した。
少しだけ時間を置いた後、俺は表情を崩すと、油断なく構えている2人に告げた。


「……どうやら、マジックワンドをおろしても問題なさそうだよ」


ティアがいないから、いまいち精度が落ちるが、それでも感じられる懐かしい感覚。
静かに内側から開かれた扉から、姿を見せたのは母さんだった。
どこか、母さんの瞳にも涙が浮かんでいるようにも見えた。


「……終わったわ。いいわよ、入ってきて」


完全に扉が開かれた事を確認した後、信哉と上条さんはマジックワンドをおろした。
俺は春姫に車椅子を押してもらいながら、病室へと入った。


「姉さま……那津音姉さま……」


そこで見たものは……
那津音さんに抱きついて涙を流している伊吹と、目に涙を貯めながらも微笑んでいる小雪さん。
そして、抱きついている伊吹の頭を優しく撫でて微笑んでいる、那津音さんの姿だった。


「……よかったな、伊吹」


年相応の表情で、喜びを表している伊吹を見ながら、俺は小さくそう呟いた。
俺の声が聞こえたのだろうか、伊吹は俺の方に顔を向けた。
嬉し涙で濡れたその顔を隠す事無く、伊吹は掠れるような声で告げた。


「ありがとう……雄真兄様……」


その笑顔を見て、俺は肩の荷が1つ、下りたような感覚を感じた。
……よかった……ちゃんと大団円(ハッピーエンド)を迎えられたみたいだ。
























      〜 あとがき 〜


喋ってないけど那津音さん復活完了!
さて、チャプター1のラストはもう決まってますからね。
34では那津音さんの台詞とかそこらへんで潰す事になるかと思いますよ。

あ、それと次でちょっと大事な出来事を混ぜていかないと45話が書けなくなるのか。
気をつけてやらないとまずいかな?

まぁ、とりあえずはここら辺で。

          From 時雨


初書き 2008/02/24
公 開 2008/03/06