信哉から目を離さないようにしながら、春姫の隣にいる柊に声をかける。
柊がどういう反応をしたかはわからない、でもきっと柊は一瞬たりとも見逃さないようにしているだろう。


「行くぞ……風神の太刀……風斬(かざきり)!」


そして、信哉が上段に構えた風神雷神が、強く振り下ろされた。


















二次創作 はぴねす!
Magic Word of Happiness!


















信哉が振り下ろした風神雷神。
それが地面に触れるかという寸前まで振り切られた。


「……しっ……ぱい?」


呟いたのは誰の声だったのだろうか。
それを理解する前に、その変化は起こった。


「……っ! 信哉、下がれ!!」
「ぬっ!」


俺の叫びを聞いて、信哉が後ろへ大きく飛び退く。
他のみんなは何があったのかわかっていないようだったが、俺と信哉はある意味では特殊と言える。
片や、ティアという相棒のおかげで魔力を探知できる俺。
片や、空を飛べないマジックワンドを持つ、接近戦のスペシャリストである信哉。


「ティア、解析開始」


俺たちが感じ取ったのは、信哉が振り下ろした空間から感じた妙な感覚。
そして、ティアに解析を頼むと同時に、その反応は顕著になった。


「……切れてる……の?」


呆然と呟く柊の言葉どおり、まるでまぶたが開くように裂けた。
そして、その隙間から覗く光景は、俺が記憶している式守家の門だった。


「……解析完了、亜空間は発生していないようですね」


淡々と解析を続けていたティアからの報告で、亜空間への干渉が無い事は分かった。
……確かに魔法は発動していて、目の前には別の景色が見えるんだけど。
でも……


「……もうちょっと、やり方を考えなきゃダメ……かな?」
「そう、みたいだな……」


問題は、その見える景色への隙間が狭すぎるのだ。


「この大きさでは、兄様は元より、私や柊さんでも通る事はできませんね……」


今の隙間だと、せいぜい犬や猫くらいの大きさしか通す事はできない。
人が通るためには、これよりもっと大きな幅を必要とする。
しかし、魔法式の構造上、これ以上幅を広げるという方法が浮かんでこない。
何か、俺が見落としている事はないだろうか……


「……ふむ」


目の前に見える光景と、自分の風神雷神を見比べていた信哉。
だが、唐突に何かを思いついたかのように、再び構えた。


「……刺突・風斬!」


今度は、振り下ろしていた風神雷神を、突きとして放った。
隙間へと寸分違わずに通すと、小さかった隙間が徐々に広がっていった。


「……どうやら、問題なかったようだな」


信哉が構えを解く頃には、人一人が余裕で通る事のできる大きさに広がっていた。
まさかとは思うんだが……


「信哉、もしかして力技で無理矢理広げたのか……?」
「いかにも」


―――――風斬には、振り下ろさねばならぬという制限はなかったのでな。
そう言って、信哉は笑っていた。
あまりにもあっけなくやってのけた信哉に呆然としていたが、


「……なるほど、魔法を維持したまま、必要範囲まで広げたんですか」


信哉のやった事に対するティアの解析が頭の中に流れ、俺は平静を取り戻した。
要するに、風神雷神を中心として、無理矢理幅を広げてしまったというのだ。


「でも、信哉君。それだと必要以上に魔力を消費しちゃうんじゃ……?」


春姫が呟くように言った疑問は、一瞬とは言え俺の頭も過ぎった。
魔法を維持するためには、確かに魔力を消費する。
しかし、今回の信哉の場合はそれほど魔力を消費したようには見えない。
つまりは……


「風神雷神には、風斬を行う最低限の魔力しか使っていない。そうだろ?」
「うむ、発動してしまえば神坂殿の火球と同じのようだ」


俺のように、火球を放った後に変化をつけるというのなら、それに応じた魔力が必要になる。
だが、完成したものをただ放つだけなら、余計な魔力は一切かかっていない。
風斬も発動した状態にしてしまえば、魔力消費は火球を放つのとそう変わらないんだろう。


「…………?」


まだ理解が追いついていないように見えた柊にも解る様に簡単な説明会を始める。
信哉たちに渡してあった紙に、大体の事は書いてあるにはある。
だが、使い手と作り手でしかわからない細かい所を説明するのが目的だ。


「あらあら、こんな魔法まで考えるなんて、さすが雄真君ね」


すると、そんな俺たちの後ろから聞きなれた声が聞こえた。


「先生、どうしてここに?」


春姫が驚いたような声を上げると、みんながみんな驚いたような表情をしていた。
母さんはといえば、最初からそこにいたと言わんばかりの雰囲気で輪に混ざっていた。


(……魔力の気配は無かったのに、いつの間に来たんだ?)
(……私にも解りません、本当にいつの間にかそこにいらしてました)


念話で、ティアとそんな会話をしている間にも、俺は母さんの動向を見ていた。
確かに、雰囲気などは穏やかに見える。
だが、時折見せる目が大魔法使い、御薙鈴莉としてこの魔法を見ている事を窺わせる。


「那津音から電話を貰ったのよ、雄真君がまた何か面白そうな事をしているってね」


景色の変わり目をまじまじと見ながらここに来た理由を話す母さん。
だがその目は真剣で、確実に今発動されている魔法の安全性を確かめていた。


「次元の断層が発生しているわけじゃなさそうだし、ホントに問題ないみたいね」


確かめていたかと思えば、ヒョイと、気軽に母さんがその境界を“渡った”。


「なっ!」
「鈴莉先生!?」


俺や春姫、柊が驚く中、母さんは面白そうに目の前の式守家を眺めていた。


「これは複数人で移動する時なんかは、結構便利かもしれないわね……」


向こう側で満足したのか、何か手招きするような動作をした後、母さんがこっちへ戻って来た。
そして、それに続くように現れる、護国さんと那津音さん……


「って、二人ともなんでこっちに!?」


母さんと一緒に戻ってくるから反応が遅れたが、本来二人は式守家からそう簡単に出られる立場の人間ではない。
そのはずなのに、二人はさも当然というかのようにこっちへ渡って来た。


「やぁ、雄真君。いつぞやは世話になったね」
「こんにちは、雄真くん、神坂さん」
「こんにちは、護国さん、那津音さん……二人とも、こっちに来て良かったんですか?」


上条兄妹は、護国さんたちが現れたと同時に、臣下の礼を取っていた。
そんな上条兄妹に、護国さんは楽にしなさいと告げると、大らかに笑っていった。


「何、あんな所に篭り続けていたら、見える物も見えなくなる。たまには気晴らしも大切なのだよ」


……式守の現当主が、こんな調子でいいんだろうか。
そんな疑問が浮かんできたが、無理矢理考えなかった事にしておいた。
これで何か問題が発生したとしても、その被害を受けるのは式守家の人たちだろう……多分。
それから暫く、護国さんと那津音さんは鈴莉母さんと談笑した後、再び元の居場所に渡っていった。
気付けば、母さんもいつの間にかいなくなっている。


「……まぁ、こうして鈴莉母さんたちが問題なく渡れたみたいだし、  後はこれを信哉が独自に直すくらいで大丈夫なんじゃないかなぁ……?」


俺の声を合図に、信哉が魔法を解除しそれを確認した俺がフィールドを解除する。
どこにも悪影響が出ていない事を確認し、俺たちはその場に座って一息付いた。


「助力、心より感謝する、雄真殿」


基礎となる部分が出来上がった以上、後は信哉が自分なりの使い方を見つけていくだろう。
それに対して、助言はできるかもしれないが、俺がこれ以上直接手を出すというのはできない。
さらに言えば、信哉は基礎がしっかり出来ている分、応用も出来るだろう。


「……さて、と。今まで見てもらった通りだ、柊」


魔法式の大半を組み立てたのが俺とは言え、実行したのは信哉だ。
人が組み立てた魔法式を理解できるくらいの知識がなければ、到底発動は見込めない。
良くて暴走、暴発が精々と言った所だろう。


「……春姫、一つ聞きたいんだけど」


俯いて何かを考えるようにしていた柊が、強い意志を込めた瞳を見せた。
そして、何かを決意したのか、春姫に向かって静かに問いかけた。


「なに? 杏璃ちゃん」
「あたしの魔法式をベースにしてあたしがあの魔法を使っても、同じ効果が出せると思う?」
「え……?」


同じ効果とは、おそらく信哉がやったような力技で広げる事を指しているんだろう。
問われたのが春姫だからこそ、俺は何も言わず聞き役に徹している。
だが、結論から言えば、魔法式の理解が甘い柊には無理としか言えない。


「……多分、無理だと思う」
「……そう……雄真」
「なんだ?」


思ったよりも落胆したように見えない柊が、次は俺に問いかけてきた。
それは、容易に予想できるものであり、しかし、それ以上の決意を感じ取れる声だった。


「あたしも、魔法式をちゃんと覚えれば、あんな事ができるようになる?」


柊の声を聴いた俺は、肩を軽く竦めてやると、意地の悪い表情を浮かべて、その問いに答えた。


「見込みが無いなら、そもそもこんな事を言ったりしないさ」


半分は本当で、半分は嘘だ。
きっと俺は柊に見込みがあろうとなかろうと、魔法式の事を切り出していたと思う。
なぜなら、柊は春姫の友達で、上条兄妹や、俺の友達だからだ。
友達がそんな壁に躓いているのなら、手を貸してやるくらいはしてやりたい。


「……春姫、とりあえず1年の最初から、魔法式の基礎を教えて!」


言うが早いか、俺たちに背を向け、ズンズンと教室の方へ戻っていく柊。
それを見て、笑いながら春姫がその後に続いていった。
柊を追いかける直前、俺の方を向いたが、俺は頷くだけでそれに答えた。


「……あれ?」


ここまで時間が経ってから気付いた。
……いや、思い出してしまったと言った方がいいのかもしれない。


「信哉、上条さん、伊吹はどうしたんだ?」


ついつい忘れていたが、普段は上条兄妹と一緒にいるはずの伊吹が見えない。
目的地を式守家にしていた以上、伊吹がいても不思議じゃあなかったはずなんだが……


「伊吹様ならば、すもも殿と共に昼食を取っておられるはずだが?」
「はい、お昼休み開始のベルと共に現れたすももさんと共にどこかで昼食を取っていると思います」
「なるほど、だからこの場に伊吹がいないんだな……」


恐らく、俺たちに見つからないような場所で、すももの好き好きオーラの餌食になっている事だろう。
少しその様子を見てみたい気もするが、故人が偉大なことわざを残してくれている。








それ即ち。








触らぬすももに崇りなし。





















      〜 あとがき 〜


ドタバタの合間に少しずつ書き上げてみました。
まじはぴちゃぷたー2です。
こっから杏璃が少しずつ強くなってい……けばいいなぁ。

まぁ、信哉を育てつつも、やっぱり信哉は迷います。
こればっかりは修正しようがありません、生まれ持っての天性ってことで。

          From 時雨


初書き 2008/05/26
公 開 2008/05/30