「それにしても、こんな所にこんなお店があるなんて知らなかったな」
「あぁ、ここは普通の人が来るお店じゃないからね」
「え……?」

俺の台詞に驚いたような表情をする春姫。
それを見て、笑いを堪えつつも店の説明をしようとした時、奥から声がかけられた。

「おやまぁ……騒がしいから誰かと思えば……御薙の所の坊ちゃんじゃないかぇ」


















二次創作 はぴねす!
Magic Word of Happiness!


















ゆっくりと、俺たちへと姿を見せたのは、黒いローブを纏った老婆だった。
初めて見た人は、大抵このばーちゃんにびっくりするんだけどな。
なにせ生き物が持っている気配っていうのが、すごく希薄なばーちゃんだから。

「久しぶり、元気だったか。ばーちゃん」

奥からやって来た老婆、それに軽い感じで声をかける俺と、なんて言っていいかわからない様子のまま、礼儀正しく頭を下げる春姫。
そんな対照的な雰囲気が面白かったのか、ばーちゃんは笑いながら頭を上げるように言った。

「そこまで固くなりなさるな、お嬢ちゃん。相手は老婆じゃ、坊ちゃんを見習ったらええ」

若干まだ固さを残しながらも、春姫は元の落ち着いた状態に戻った。
それを笑顔で見て頷いた後、ばーちゃんは視線を俺の方に戻した。

「それで、坊ちゃんが来た理由は新しい魔法書かぇ?」
「いや、それも魅力的なんだけど……今回はたまたま逃げてきただけなんだ」

ホントなら、今日はここに来る予定なんていうのは一切無かった。
だけど、予想外の相手の出現のせいで、こっちまで逃げてくる事になった。

「ほほぉ、坊ちゃんが逃げるとは、相手はお友達かぇ」
「そう言うこと、悪いけどちょっとだけ匿ってくれないかな」
「ええよええよ、気の済むまでのんびりしてったらええ」

――――まぁ、さして面白い物があるとは言えんがの。
そう笑いながら、ばーちゃんは店の奥へと再び戻っていった。
その後姿に礼を言いながら、春姫へと視線を戻すと、春姫は周りを見ながら視線をいろいろなところに送っていた。

「すごい……これ、全部魔法書なの?」
「うん、ここにあるのは古今東西、現存している魔法書だよ」

もし、この店の前まで辿り着く事が出来たとしても、ここがそういった品を扱っているとはわからないだろう。
なにせこの建物は外から見たらちょっと古い普通の民家にしか見えないんだから。

「英語に、こっちは欧州……すごい、これ御薙先生が書いた魔法理論の外国版!?」
「簡単に言えば、ここは魔法使いのための教材を売ってる道具屋って所かな」

目を輝かせ、いろいろな魔法書に手を伸ばしては棚から取り出している春姫。
それに苦笑しながらも、来たついでにと俺も魔法書を新しく買おうかと考えた。

「ばーちゃん、新しい魔法書を見繕ってくれないかな?」
「ふむ、それは構わんが……隣のお嬢ちゃんも魔法使いかぇ?」

疑問というよりは、確信を込めて問いかけられた。
それに頷く事で答えてやると、ばーちゃんはそれは結構と喜びを見せ、春姫の方へと近づいた。

「お嬢ちゃん、すまないがそのマジックワンドを見せてもらってもええかぇ?」
「え、あ、はい。ちょっと待ってもらえますか?」

唐突に聞かれ、魔法書に夢中だった春姫は驚いたような顔をした。
そして、背中にあったソプラノに問いかけると、あまり気乗りはしないようだが了解の返事を貰ったらしい。

「安心おし、特に何をする訳でもないよ」

ばーちゃんは、春姫からソプラノを受け取ると、軽く撫でるような動作をしただけで春姫へと返した。

「なるほどねぇ……Class B、それも中位を越えておるとは、お若いのに対したもんだ」
「え……!?」

そして呟くように、しかしはっきりとばーちゃんは春姫のClassを言い当てた。
唐突に、しかも初対面の相手にClassを言い当てられた春姫の表情は、もはや驚きしかなかった。

「ソプラノ、私のClassをおばあさんに教えた?」
「いいえ……ただ、私は撫でられただけです……」

そんな二人の様子を見ながら、俺は苦笑するしか出来なかった。
このばーちゃん、方法はわからないがマジックワンドに触れるだけで、相手のClassがわかるらしい。
過去に解析を試みたが、ただ触れているだけで魔力的な要因は一切見当たらなかった。

「それにしても、ばーちゃんが自分から行くなんて珍しいな」

自分に見合った魔法書というのは、思っているよりも選ぶのが難しい。
そのためにこの店を知っている魔法使い、俺や母さんみたいな存在は、一度必ずばーちゃんに力量にあった魔法書を見繕ってもらう。
その時に、自分のマジックワンドを預け、力量を見てもらうのだ。

「ほっほっほ、坊ちゃんの相手じゃからな、粗相する訳にも行くまいて」
「なっ……!」
「えぇっ!?」
「この程度で赤くなるとは、やっぱり坊ちゃんもお嬢ちゃんもまだまだ青いのぅ」

唐突に言われた事を理解してしまった瞬間、俺の顔は熱を持ったかのように熱くなった。
恐らく、他から見れば赤くなっている事はまず間違いないだろう。

「さて、坊ちゃんもティアを貸してくれんかの?」
「あ……あぁ、はい」

飄々と、何事もなかったかのように次は俺のマジックワンドを貸してくれと言われ、落ち着きを取り戻した俺は、ティアをばーちゃんに預けた。

「……ふむ、ついに坊ちゃんも天蓋魔法まで使えるようになったかぇ」

やっぱり、ばーちゃんには教えてもいないのに俺が最近使えるようになった魔法までわかるらしい。
まるで孫の成長を喜ぶかのような表情をして、俺にティアを返してくれた。

「あぁ、理由は……まぁ、不純な気がしないでもないけどね」
「人の進歩はそれぞれじゃ、理由がどうあれ地力が上がったのは素直に喜べばええ」
「そう、だね」

俺と春姫の魔法使いとしての力量を把握したばーちゃんは、まるで淀みなく本棚の間を歩き、数冊の手を持って戻ってきた。

「坊ちゃんはこれからは内に眠る魔力の制御、お嬢ちゃんは魔力をさらに効率良く使う方法じゃ」
「ん、サンキュー」

渡された本を受け取って、ばーちゃんに礼を言う。
春姫も、渡された本を受け取りはしたものの、どうしていいか解らないといった表情をしていた。

「あの、おばあさん。この本のお代は……?」

ここにあるのは、普通に買ったらそれなりの値段がする物ばかりだ。
値札がついていないそれを渡され、春姫は困惑していた。

「ええよええよ、魔法書もこんな所に置かれておるより、使われた方が嬉しかろうて」
「それでも……」

なおも引き下がろうとしない春姫。
真面目な子だねぇ、と笑いながらばーちゃんはそれでも嬉しそうだった。

「それなら、それはこの老婆からの贈り物だと思ったらええ。あんなちっちゃかった坊ちゃんが可愛い相手を連れて来たんじゃ、こんな嬉しい事は他にはないよ」

ばーちゃんの台詞に、また少し頬が赤くなりそうになったが、さすがに何度もあたふたしてられない。

「春姫、ばーちゃんはそう言った以上お金は受け取ってくれないよ。それより、またここに顔を出してあげる方が、ばーちゃんは嬉しいってさ」
「……雄真君」
「そういう事じゃ、何分来客なんてほとんどない店だからねぇ、また顔を見せておくれ」

俺たちは、再びばーちゃんに礼を言うと見送られながら店を後にした。
またおいで。
その声に、また来るよ。と返しながら。

「そろそろ、あいつらも諦めた頃だろうし、買い物の続きに戻ろうか」

商店街の方へと足を向けながら、俺は再び春姫に向かって手を差し出した。
それに、笑顔で春姫は答えてくれて、俺と春姫は手を繋いで歩き出した。

「いいおばあさんだったね」
「あぁ、あの店の真価は魔法書じゃなくて、あのばーちゃんだと思ってるからね」

心からそう思う。
確かに古今東西の魔法書があるのは魅力だと思う、でも俺はそれ以上にあのばーちゃんがいなければあの店に行く事はなかっただろう。

「また、行こうか」
「うん、また連れてってね、雄真君」

きっと、俺たちが行ったら、用事が無かったとしてもばーちゃんは喜んでくれるだろう。
あの最後に見せた笑顔が、何よりの証拠だと思った。

「うーん……想像してたよりも、やっぱりすごいな」
「えっと、雄真君、疲れちゃった?」

身体は男、心は女の準に付き合わされて、ウィンドウショッピングなんかは行く事があった。
だが、本家本元の女の子である春姫の買い物に対する情熱は、脱帽の一言に尽きる。

「いや、これでも体力はある方だから、大丈夫だよ」

気になる物があればそこに向かい、そしてそれに付いて行く俺という光景だったが、ころころと変わる春姫の表情を見て、俺は俺で楽しんでいたから問題が無かった。

「それで、次はどこに行く?」
「えっと、雑貨屋さんが見たいなって」

下から覗き込むようにして、俺の事を見る春姫。
はっきり言って、その表情は反則だと思う。
元から俺に断るなんて選択肢はないんだけどな。

「オーケー、それじゃ道案内よろしくな」
「うん!」

その後、再びニ〜三件のお店を巡ることになったが、そこでも春姫の表情はころころと変わり、俺もそれを見て楽しむという事が続いた。

「……ん?」

そして、次を最後にしようかと話がまとまった所で、春姫オススメの雑貨屋に足を運ぶことになったんだが。
その途中、俺はある店を見て思い出した事があった。

「……そういえば、いろいろあって忘れてたな」

そんな考えを抱きながら、俺は何事もなかったかのように装って、最後の雑貨屋へと入っていった。
もしかしたら、何か丁度いいのが見つかるかもしれない。










「今日はありがとう、雄真君」
「いや、楽しんでもらえたんだったら何よりだよ」

楽しかった一日の終わり。
春姫を寮の前まで送り、そこで繰り広げられるなんて事のない会話。

「こんないい魔法書も貰っちゃって……あのおばあさんには本当に改めてお礼を言いに行きたいな」
「あぁ、いつでもやってるから、暇を見つけてまた行こうか」
「うん!」

いつまでもこんな会話をしていたいような気もしたが、時間とはゆっくりとでも過ぎていく。
そして俺は後ろ手に隠していた物を、春姫の前にゆっくりと差し出した。

「春姫」
「えっと、これは……?」
「最後の雑貨屋に行く前に、チョコワッフルの店を見つけてね。前に貰ったバレンタインのお礼、してなかったなって」

あそこであの店を見かけたのは、本当に運がよかったとしか思えない。
そうでなければ、きっと俺はもっと後になって準に言われて思い出すのが精々だろう。

「開けても、いいかな?」
「うん」

ゆっくりと、壊れ物を扱うかのように箱を開けていく春姫。
そして、中から出てきたのは小さな白いふくろうの置物だった。

「わぁ……可愛い!」
「魔法使いに白ふくろう、定番って言ったら定番すぎて面白みには欠けるかもしれないけどね」
「ううん、そんな事無い! すごく可愛い、ありがとう、雄真君!」

華の咲いたような笑顔を見れたから、お返しを忘れないで良かった。
心の底からそう思った。

「それじゃ、俺はそろそろ帰るよ」
「あ、うん。じゃあ、また明日ね」
「ああ、明日な」

小さく手を振る春姫に手を振り返し、俺はティアに乗るとゆっくりと空へと昇っていった。

「良かったですね、マスター。喜んで貰えて」
「あぁ、買った甲斐があったよ」
「まぁ、見惚れていた事には、目を瞑ってあげましょうか」
「……うるさい」

帰り道にからかわれたが、まぁ春姫の笑顔で帳消しにしといてやるか。





















      〜 あとがき 〜


自分でやっといてなんだけど……
ばーちゃん何者だ……?
まぁ、今後出てくるかは不明なお方ですけどね、名前すら出してないし。
……おっけーおっけー、気にしない気にしない。

          From 時雨


初書き 2008/10/03
公 開 2008/10/15