小さく手を振る春姫に手を振り返し、俺はティアに乗るとゆっくりと空へと昇っていった。 「良かったですね、マスター。喜んで貰えて」 「あぁ、買った甲斐があったよ」 「まぁ、見惚れていた事には、目を瞑ってあげましょうか」 「……うるさい」 帰り道にからかわれたが、まぁ春姫の笑顔で帳消しにしといてやるか。 二次創作 はぴねす! Magic Word of Happiness! 「……さすが、ばーちゃんの選んでくれた魔法書だな」 家に帰ってきて、早々に魔道書を読み始めて見たが、今の自分に欲しい事が全て書かれているのではないかという錯覚を覚える程ピンポイントを示した本だった。 「マスター、楽しむのはご自由ですが時間感覚だけはしっかりと把握してくださいね?」 「あぁ、解ってるよ。これに書いてあるのを試すにはフィールドとかが必要になりそうだ」 その本には今まで俺が試した事のない魔法制御の方法が書かれていた。 室内でやるには、必要範囲が足りていないから、これは母さんの研究所にある練習場か、朝早い公園でやる方がいいだろう。 「それにしても、結構危険が混ざっているような気もするんだけどな……」 記述されていた練習方法は、要するに これだけ聞くと、普段使っている魔法となんら変わりないように思えるかもしれない。 だが、この方法は純粋に魔力だけを自分の周囲全てに等しく作り出さねばならない。 「目に見える範囲じゃなく、後ろもちゃんと制御しないといけないのか……」 格子を使った魔力制御の練習方法は、基本的に目の前に展開される格子に集中して行われる。 だが、格子という目に見える媒介もなく、純粋な魔力と言う塊だけを維持するのはより多くの集中力を必要とするだろう。 「まぁ、まずこれを試すのは朝早くの公園でやってみるか……」 「そうですね。家で行った場合、もしもの可能性もありえますから」 もしもの可能性…… 家の中だからこそ、音羽かーさんやすももが部屋に入ってくる可能性も否定できない。 魔法に対抗する手段を持たない二人は、たとえフィールドの恩恵があったとしても、万が一の可能性が起こりえる。 「俺自身も、式守の一件以来使用可能魔力量が上がったからな……全てを制御できる自信がないよ」 眠っていた、というべきだろうか。 那津音さんを救い出すために式守の秘法に関わった後、俺の魔力は完全に覚醒状態になっていた。 今までの努力の賜物か、その魔力量に翻弄されるという事は起こっていないが、予想よりも制御の面で甘くなっているような気がしている。 「目指すべき目標の一つが身近に出来た事を喜ぶべきでしょう」 現状の自分の魔法について考えていると、そうティアが言った。 確かに、秘法の一件で俺は魔法使いとして成長したかもしれない。 だが、それはあくまで成長に過ぎない。 「その通りだな、目標は果てしないけど、千里の道も一歩からって言うしな」 「己が実力に驕るべからず、ですよ」 「それじゃ、久々に明日は早朝練習でも始めるか」 「そのためにも、まずは今日は早めの睡眠ですよ、マスター」 言外に、魔法書にのめりこみ過ぎないようにという注意を受けて、苦笑を返す。 きっと、ティアに言われなければ一睡もしない状態で魔法書を読み耽り、魔法練習に繰り出していただろう。 精神力が必要な魔法練習に、寝不足という状態はリスクしか生み出さない。 「とりあえず、今日はもうすぐ寝るよ。それでいいだろ?」 魔法書を閉じ、机の上に置いてティアにこれでいいだろ? と顔を向けると、カフス状態だったティアが、マジックワンドの形態を取りながら一言付け加えた。 「はい、ですが私のお手入れも忘れないでくださいね?」 そういえば、最低限の手入れはやっていたけど、本格的な手入れはここ暫くやっていなかった気がする。 決して蔑ろにしている訳じゃなかったが、柊や信哉の魔法式改良の為に意識を裂く事が多かったからな…… それを理解してくれていたからこそ、ティアは自分から手入れについて特に言わなかったんだろう。 何よりも、俺の事を優先してくれる、優しいマジックワンドのティアだから。 「そうだな、丁度いいし、寝るまでティアのやって欲しいように手入れでもするか」 ついついそう言ったこと後悔しそうになるほど、ティアの手入れは予想以上の長さになったとだけ言っておく。 ここまで時間が掛かったのは、どうやら魔法を公けにするようになって以来、ティアがマジックワンドとして人目につく可能性が増え、こだわりが出来上がったらしい。 ……残念ながら、俺にはよく解らなかったが。 「……朝、か?」 夜が明ける少し前、鳥が目覚めのさえずりを奏でるよりも早く、俺はかけていた目覚ましによって目覚めた。 「おはようございます、マスター」 「おはよう、ティア」 久々にマジックワンドの状態でティアを机の上に置いておいたと思う。 普段ならば、カフスのまま手の届く範囲に置いていたんだが…… 手入れが終わった後、ティアが珍しくもそう望んだのだ。 なんでも、折角綺麗になったからこのままいたいと。 「お手入れしてもらってさっぱりしましたし、張り切って練習に行きましょう」 「ご機嫌だなぁ……」 「そりゃそうですよ、他の誰でもない、マスターにお手入れして貰ったんですから」 きっと肉体を持っていたら、小躍りしているんじゃないかと思うほど、ご機嫌のティアを連れて、俺は出来るだけ静かに家を出て、いつもの公園へと足を向けた。 「なんだろう、歩いてここに来るのも久々な気がするな」 「そうですねぇ、普段なら飛行系魔法で飛んできてましたから」 早朝とは言え、健康的にランニングしているや、通行人だって少なからずいる。 その人たちに、こんな朝早くから公園で何をするのかという疑念を抱かせない様にするために俺は空から来ていた。 まぁ、結局のところ気付かない内に春姫に見られていた事から考えると、他にも目撃されていた可能性は否定できないんだけどな…… 「マスターは肝心な所はしっかり決める癖に、自分の事となると無頓着ですからねぇ……」 「そんなツモリはないんだけどなぁ……?」 ティアの軽口に付き合っていると、いつもの場所まで到着していた。 周囲を見回して、フィールドを張る範囲に誰もいない事をしっかりと確認して置くのを忘れない。 「……よし、ティア。 「 そして俺は、ばーちゃんに見繕ってもらった魔法書に記されていた制御の練習をすももが起こしに来る少し前の時間まで存分に試す事にした。 「……予想以上に、後ろの魔法制御が難しいんだな」 カフス状態に戻ったティアを耳につけたまま、俺はのんびりと帰路を歩いている。 その途中で、今日の結果を復習しながらこれからの魔法練習の予定を考えていた。 「そうですね……視覚で言うところの死角。文字通り人間が視認する事が難しい範囲という事でしょうか」 ハチのように、可愛い子が入ればどんなところであろうと見つけ出すような特殊能力がない限り、人間は目に見えない範囲へと気を使うのは難しい。 これは、目に感覚の大部分を頼っている人間として基本性能と言える。 だがあえて、この制御の練習にはそこへも意識を裂き、全てが等しく制御できるようにするための方法だ。 「だけど、これをこなせるようになれば、目に見えない範囲へも魔法の使用が可能になるな」 「それだけでなく、天蓋魔法を発動させながら、周囲へと意識を配る事ができるようになるでしょう」 「当面の目標は、この制御方法を完璧にこなせるようにする事……かな」 俺の最終目標は、今もなお変わることはない。 その為に自分が出来る事があるのなら、例えどんな些細な事であろうとやっていこう。 家の前で何故か待っていたすももの出迎えを受けながら、俺は学校へと行く準備のために、少しだけ歩くペースを上げた。 「二人とも、おっはよー」 準備も滞りなく済み、すももと共に学校へと向かっている途中、昨日の騒動の片割れが明るく挨拶をして来た。 まるで、昨日の事はなかったと言わんばかりの笑顔で。 「準、ちょっとこっち来い」 「きゃあ〜ん」 準の襟首を掴んで、すももやハチとは少しだけ距離を取る。 突然の俺の行動に、二人はどうしたんだろうという目をこちらに向けていた。 「どうしたの、お兄さん?」 「さぁ? よくわかりません」 気にはなっているようだが、こっちに来ないでいてくれる二人の心遣いに感謝をしながらも、優先順位はこちらが先だろう。 「やんっ、雄真ったら朝から激しすぎよ〜」 「やかましい。 それよりも準、昨日のアレはどういう訳だ。弁明があるなら聞いてやる」 昨日のアレとは、もちろんパパラッチもどきの事だ。 一体いつ情報が漏れ、準の耳に入ったのかはっきりとさせて置かないといけない。 しかる後に主犯を全員暴き出し、相応の罰を受けてもらおう。 「だって〜、杏璃ちゃんが面白い事があるって教えてくれて、行ってみたら雄真と春姫ちゃんがデートしてるじゃない。これはもう 悪びれる様子すらなく、飄々と言ってのけた準。 ついでに名前が挙がった黒幕に、俺は後で説教をすることを心に誓った。 「だってぇ〜、他でもない今まで色恋に縁のなかった雄真のデートよ、見守らなきゃって思うじゃない」 恐らくからかい半分、本気が半分と言ったところか…… 「雄真も春姫ちゃんも私の大事な友達だもの」 腐れ縁が長い準が言っているのは、親友としての友情から来る物だと思いたい。 そこはかとなく見え隠れしている、目の好奇心にはあえて目を瞑ろう。 「まったく……あんまりデバガメなんて褒められた事じゃないぞ……」 今回はなかった事にしておく。 次にあったら、春姫と一緒に制裁を加えると考えながら。 「今度は、みんなで遊びに行くか」 「いいわねそれ!」 毎回毎回尾行られたらこっちが落ち着けない。 だからこそ、たまにガス抜き代わりにみんなで遊ぶのもいいだろう。 ただでさえ、俺と準やハチの接点が魔法科に転入した事で減ってしまったんだから。 「話はそれだけだ。さっさと学校に行くか」 今だ疑問符を頭の上に浮かべているすももやハチに合流し、俺たちは瑞穂坂学園へと向かった。 今度、みんなで遊ぶ為の計画をみんなで考えながら。 「雄真様、少しお話があります」 玄関先ですもも達と別れ、魔法科の教室へと入った俺を待ち受けていたのは、妙な迫力をかもし出しているソプラノだった。 ……俺、何かしたかなぁ? 〜 あとがき 〜 次回予告。 教室で雄真を待っていたのは、妙な迫力をかもし出したソプラノだった! 果たしてソプラノの目的とは? 雄真に、無事な明日はあるのか! 次回、「私の話をきけぇ!」 お楽しみに! 出来心です、やってみただけです。 本編と次回予告は一切関係がありません。 From 時雨
初書き 2008/10/20
公 開 2008/10/25 |