さて、冬も過ぎ、春の気配が見え始めるこの時期。
今までのような、肌を突き刺すような冷たさを帯びた風も、徐々に暖かさを含んだ緩やかな対流を生み出しつつあるこの数日。
新緑が芽生え、今か今かと咲き誇る刻を待つ木々。
その木々の上で、鳥が歌い春を告げているような暖かい日に。














─────拝啓、神様


あなたは、俺に怨みでもあるんですか?














「大変ですね、貴方も」
「そう思うんだったら変わってくれ」
「おっと、それは遠慮しておきます。そもそも僕では相手にもならないようですから」


まぁ、隠す必要もないからな、俺と古泉のセリフの意味をお答えしよう。
ここはいつもの文芸部部室、SOS団の拠点である。
いつも通りハイキングコースじみた登校をし、いつもと変わらない授業を受け、そして放課後に恒例となった、朝比奈さんの御手が煎れてくれるお茶を味わいつつ古泉とボードゲームに興じていた訳だが。
平和な時間とは、いつの世も長く続くことは無いわけで。



「ちょっと、みんな!いる!?」


バタバタと、激しく廊下を走る足音が聞こえたと思ったら、その次の瞬間、ヘタしたら壊れるんじゃないかという威力で扉を開け放ち、そう第一声を発したのが我らがSOS団団長、涼宮ハルヒである。


「……なんだ、今日はどうしたんだ?」
「これよこれ!」


そう言って喜色満面といった感じで取り出して来たのは、今朝、ウチにも届いていた気がするが、新聞の折り込みチラシのようだ。


「……それがどうしたんだ?」
「もー、冴えないわね、相変わらず」


失礼な、これでもそこそこの観察眼は持ち合わせているつもりなんだが。
そもそも、知りもしないチラシの内容をどうやって俺は知ればいいんだ?
さらに付け加えるとするなら、知らない内容から何を連想すればいい?
あっさり連想できるヤツがいるなら教えてくれ、この現状を変わってやる。


「仕方ないから教えてあげるわ、これは駅前にある喫茶店のチラシよ」
「ほぉ……で、それがどうした」


駅前の喫茶店とは。
不服ではあるが、SOS団恒例となった不思議探索パトロールで、これまた不服ではあるが恒例となった俺の奢りでよく行く喫茶店である。
重ねて言おう、不服ではあるが、俺がよく奢らされる喫茶店である。


「なによ、まだわからないの?フェアよフェア!季節もののフェア!」


……俺の経験から言おう。
これは俺にとって大変よろしくない兆候である。
長門や朝比奈さん、古泉に取っては喜ばしい兆候ではあるらしいが。


「で、そのフェアがどうした」
「今度の不思議探索パトロールは中止よ!変わりにここ、駅前の喫茶店に10時集合よ!遅れたら死刑だからねっ!」


と、いうわけで。
俺と古泉の会話に繋がるのである。
なに、話が繋がらない?
確かに。
だが俺とSOS団の現状を考えてみて貰えれば納得行くだろうと思う。
俺が時間通りに集合場所に訪れたとしよう、すると当然の如く長門、朝比奈さん、古泉はすでにそこにいるのだ。
勿論、言うまでもないが団長殿は仁王立ちしているというおまけ付き。
そして、最後に来た者には遅刻の有無に関わらず罰金という掟がある。
こういうイベントが発生したとき、俺の決して重くはない財布から野口さん方が旅立っていくのも恒例とされている。
忌々しい、あぁ忌々しい忌々しい。


















某日。
集合場所に指定された駅前の喫茶店、その店の前に俺は集合時間の30分前に到着した。
どういう訳か、長門も朝比奈さんも古泉も、当日の今日になって俺に連絡してきた。
長門曰く、


「…無視するのは可能、しかし放置しすぎるには問題がある事態が発生した」


らしく。
朝比奈さんが言うには、


「少し未来へ戻らなくてはならない事態になっちゃいました…詳しくは禁則事項なんですけど……」


ということで。
古泉が言ったのは、


「少々『組織』の上に呼ばれまして…これからすぐに向かうことになりました、涼宮さんには申し訳ないとお伝えください」


と、いうことだ。
……どういうことだ?
前もって口裏合わせをしていたかの如く、全員が欠席の旨を俺に伝えてきた。
しかも全員が全員、ハルヒには何も伝えてないらしい。
何故だ?


「いらっしゃいませ、お一人様ですか?」


店員の女性の営業スマイル、それに付随したマニュアル通りの対応を視界の隅に収めつつ、俺はとりあえず店内を見回してみた。
すると、見覚えのあるリボンのついたカチューシャが目に入った。
人違いでもない限り、おそらく間違いは無いだろう。


「いや、待ち合わせしてるヤツがいるみたいなんで」
「かしこまりました、お席の方にお水、お持ちしますね」


俺は軽く会釈するだけして、とりあえず席の方に行くことにした。
さて、これで人違いだったとしたら大層な赤っ恥をかくことになるな。


「よ」
「あら、珍しいわね、2番目がキョンだなんて」


どうやら、間違ってはいなかったらしい。
ハルヒの前には水だけが置いてあった。
どうやらみんなが来るまで何も頼まずに待っていたらしい。
こういう微妙な気遣いができるあたりは感心するんだがな、今までの学校生活の事は一億歩ほど譲っておくとして、だが。


「長門も朝比奈さんも古泉も今日は欠席だとよ、朝方俺の携帯の方に連絡があった」


ようするに、これで今日の不思議探索パトロールは全員揃ったというわけだ。
やっぱりコイツのことだ、不機嫌という感じの表情になっているだろうと予測していたんだが。
……あれ?
なぜに俯いてる、というか微妙に嬉しそうな顔に見えるんだが、さらに言うなら若干顔が赤いように見えるんだが気のせいか……?


「そっか、みんな用事なら仕方がないわよね……」

「気のせいか、ハルヒ。なんか嬉しそうに見えるが」


これを嬉しそうという風に見れない場合、個人的に眼科に行くことをお薦めする。
というか、なんで嬉しそうなんだコイツ。
普段ならば「団員としての意識が」とか「みくるちゃんには今度罰ね…」とか言うもんだと思っていたんだが…


「べ、別に嬉しそうになんてしてないわっ!そ、それはそうとアンタも何か頼みなさいよね」
「あぁ、そうか。今日はそもそも季節のなんとかってのタメに集まったんだったな」


本来の目的を忘れていた。
とは言っても、そこまで俺は食に貪欲というわけもなく、人並み程度にしか食べないわけで。
ただでさえチラシなどは興味がそそられない限り見ることもなく、それ故の事前知識の欠如というか、どんなフェアをやっているのかもいまいち知らないわけなんだが。


「ところでハルヒ、一体どんなフェアをやっているんだ?」
「あっきれた…あんた何も知らないでほいほい来たの?」
「別に今回限りで来なくなるような場所でもないからな、特に深くは調べていないぞ」
「はぁ……仕方ないわね、特別に…そう、特別に教えてあげるわ」


そういってハルヒは胸を反らせてまたいつもの団長様スタイルで話し始めた。
余分な会話も含まれたので割愛してご紹介しよう。
なんでも、もうすぐ来る春を題材としたフェアらしい。
時期はずれすぎるのではないかとも思うが、桜餅なども置いているそうだ。
なんというか……


「随分とまた……ピンク色なメニューだな……」


先に挙げた桜餅、イチゴのケーキ、これはご丁寧にもイチゴのクリームらしい。
ピンク色の牛皮で包んだ和風デザート、なるほど、中にはあんこが入ってるのか。
おぉ、イチゴのムースもあるのか。
他にも普通のデザートも人気があるらしい。
ここ、本当に喫茶店か?
メニューの量がレストラン並にあるんだが……


「綺麗よね、どれを食べようかついつい迷っちゃうわ」
「好きにしたらいい、食べたいのを食べればいいだろう?」
「わかってないわねぇ…女の子には常に重大な敵が付きまとってるのよ」
「なんのこっちゃ……」


まぁ、いわゆる食べ過ぎの後にくる体重計との戦いの事を言っているんだろうが……
そこはあえて分からないふりをしてやるのが親切心というものだろう。


「それに……太って嫌われたくないじゃない……」
「ん、何か言ったか?」
「べ、別に何も言ってないわっ!それより、キョン、何頼むの?」


なにやら強引に話題転換してきたな……
まぁいいか、そうだなぁ……
ここのコーヒーはまぁまぁ美味いから、それをメインで考えたとすると……
ムースあたりが妥当か?
牛皮の和風デザートも捨てがたいが、これを頼むならばお茶が欲しいところだ。
欲を言うなら朝比奈さんが煎れてくれるお茶で。


「そうだな、コーヒーとムースにでもするか」
「そう……なら、私は……やっぱりイチゴのケーキね!飲み物は……そうね、ダージリンでいいわ」


さて、そうと決まれば早速注文するとしますか。
水だけではいささか店員の目も痛くなりつつあるしな。


「んん〜〜〜っっ!!おいしいわっ、コレ!」


喜色満面とはまさにこのことだろう。
さっきから一口食べる事に同じようなことを言っている。
だが、事実なかなかのクオリティーだ。
コーヒーと合うかと聞かれると若干の疑問も生じ得ないが。
俺がそんなどうでもいいことを悶々と考えていると、すでに完食を果たしたハルヒが俺の方をじっと見ていることに気付いた。


「どうした、というか、もう食ったのか……」
「いいでしょ、おいしかったんだからっ!」
「で、さっきからこっちを見てどうした」


そう俺が声をかけると、ハルヒは目に見えてビクッと固まった。
なんだ、何か俺は言っちゃいけないことでも言っただろうか?


「べ、別にあんたの方なんて見てないわよっ!!」
「……そうかい、そこまで強く言う必要もないだろうに」


で、どうしたんだ?
俺が問いかけてやると、ハルヒは外に目を向けてボソボソと何か言っているようだ。
微妙に聞き取れないんだが、なにを言っているんだ?


「ちょっとちょーだい」
「はぁ?」
「それ、ちょっとちょーだい」


何を言い出すんだコイツは。
さっきしっかり自分の分を完食していただろうに。
その上さらに俺のモノにまで魔の手を伸ばそうというのか。


「断る」
「えぇ、なんでよ」
「お前はさっきしっかり自分の分を食べきっていただろうが」
「いいじゃない、ねぇ〜ちょうだいよ〜」


えぇぃ、そんな甘えた声を出すんじゃありませんっ!
普段は不遜な態度しか取らないくせになんでこう言うときだけしおらしい態度をとるんだコイツは。


「……やれやれ、仕方ねぇな。ほら」


俺はつくづく甘いと思う。
いつでもコイツの無理難題に根負けして言うことを聞いているのは俺だ。
結局、俺は団長様に逆らうという勇気ある行動はできないらしい。
まだ半分ほどしか手を付けていないムースを皿ごとハルヒの方に押し出してやる。
さらば、まだ半分しか味わっていない俺のムース。
そんなに味自体は悪くなかったぞ。
機会があれば妹も連れてきてやろう。
フェア中に覚えていれば、だがな。


「ふふん、最初から素直に渡してればいいのよ」
「……あぁ、そうかい、俺の分も存分に食ってやってくれ」


ちくしょう、あげてから若干後悔してきたぞ。
やっぱり自分で食ってしまえばよかった。
俺の所には若干冷めつつあるコーヒーのみが残ったわけだ。
ハルヒは早速俺のムースの解体作業に入ったらしい。
先程と変わらないセリフが聞こえてくるのがその証拠だろう。
くそ、忌々しい。
この若干の腹立たしさコーヒーとともに腹の奥に流し込む。
ここのコーヒーは案外冷めかけでも美味いらしい。
その苦さのおかげで思考回路が正常に戻ってきたようだ。


「美味いか?」
「もうさいっこう!フェアなんて大した物でないと思ったら予想以上よっ」
「そうかい……そりゃ、よかったな」
「なによ、まだムースに未練でもあるの?」


そりゃな、折角考えて選んだものだから最後まで食べてみたいと思うのは人間として当然の反応だろう?
まぁ、コイツにそれを言ったところで馬の耳に念仏、糠に釘、のれんに腕押し、意味はないんだろうけどな。
それでも少しは言いたくなる気持ちも分かって欲しい。


「そりゃな、そこそこ味も悪くなかったしな」
「…………」


某偽スマイル超能力者のように肩をすくめつつ、軽く答える。
するとハルヒはなにかを考えるような動作をしつつ、ムースと俺を交互に見ていた。
なんだ、無性に嫌な予感というか、今までの経験からするとなかなか上位に入るくらいの悪寒が俺を襲っているんだが……
是非とも、この感覚が気のせいだと思いたい、思う、思わせろ。


「し、仕方ないわねぇ、団員の事も考えてあげるのが団長の仕事だし……」
「ほほぉ、それはそれは。殊勝なことだ、それで、何を企んでいる」
「企んでるなんて失礼ね、ただ私は純粋に団員の事を考えてあげようとしてるだけよ」
「ほぉ、で?」
「だから……はい、アーン」


…………なんですと?
……あー、いかんいかん。
俺の耳はついにいかれたのか?
昨日音楽をイヤホンで音量を上げて聞いたせいか?
なにやら普段のハルヒなら到底言いそうも無いことを言っている気がするんだが?


「……とりあえず落ち着こう、何をしている?」
「なにって……アンタがあんまりにも物欲しそうな顔をしているから食べさせてあげようと思っただけよ」
「ならば、皿を俺の方に戻してくれるだけでいいだろう?」


何故にそこらのカップルがやるような、そんな甘酸っぱい関係みたいな事をよりにもよって、そこそこよく来る喫茶店で、さらに団長と一団員という関係の俺達がやらねばならんのか。
確かにコイツは普段、黙っていればとてつもない美人ではあるし、あまり褒められたことでもないが、社交性もある。
なんだかんだで暴走しがちではあるが、SOS団団員、とりわけ俺以外に対しては、まぁ朝比奈さんについてはある程度は目を瞑るとして、気遣いというものを見せている。
何故に俺だけ?
いや、話がずれたな。
問題は、何故カップルの王道ともされる『アーン』をしなくてはいけないということだ。


「なによ、私にこうされるのは嫌なの?」


俺が動かないことにいらだってきたのだろう、元来気の長い方ではないようではあるからな。
しかし、ただの団員に対してそこまでのことを平気でできる程我らが団長は羞恥心というものとは無いらしい。
現にハルヒ程の美人がいるだけで、店内の男共がハルヒを見ているというのに気付いているのだろうか、コイツは。
あぁ、くそ、そこの野郎、変な目でハルヒを見ているんじゃない!
俺がトイレかなんかで席を立った瞬間群がってきそうな目しやがって……!


……いやまて、俺。


なんでこんな事を考える必要がある。
別に俺とハルヒはそういう関係のわけでもない。
ましてや、コイツに対して俺が嫉妬のような感情に悩まされるなんてことがあるはずがない。
あるはずが……ないんだ。


「どうしたのよ、何か怖い顔してるわよ、アンタ」
「……いや、なんでもない」
「……そう?」


前も考えたが、結局の所、俺はハルヒをどう思っているんだ?
クラスメイト?たまたま席が後ろになった知人?団長と団員?
いや……考える必要もないか。
答えなんて、前にすでに出していた。
結局、俺はこの回答に対する明確な自信が無かっただけだ。
なんだ、答えなんて決まっていたんだ。


「で、どうするの?食べるの、食べないの?」
「……そうだな」














その後俺がどうしたかって?
……そうだな、それは禁則事項って事にしておこう。
その方が、ミステリアスだろ?











───ただ、ムースの味がさらに少し美味しく感じられたってだけ追記しておく。















 後書き

唐突に書きたくなった『涼宮ハルヒの憂鬱』の二次創作です。

まぁ、気にしない、とりあえず頑張ってみますのでよろしゅうに

それでは!

            From 時雨  2007/03/13