珍しく朝に妹の襲撃もなく、かといって目覚ましで起きるわけでもなく。 学校があるにも関わらず甘美な二度寝という世界を選んだ愚かな俺。 そして、寝坊したという事実を認め、学校へと続く道を自転車で全力疾走し駆け抜けている途中。 まず俺がしっかりと確認できたのは、目の前に迫り来るトラックの正面だった。 プァプァーン! 人間、自分の危機に瀕した時は、走馬燈が走り、時の流れる速度が遅く感じるという。 あれは嘘じゃ無かったんだなぁ、と目の前の現状を理解しようとしつつも、所詮、ただの学生に過ぎない俺には、悪足掻きの如く思考を巡らすことくらいしか出来なかった。 あぁ、ちくしょう。 こんなことなら、もう少し早起きしておくんだったぜ。 ドンッ そして、微妙に的はずれなことを考えつつ、俺の意識は闇に堕ちた。 その日、あたしは朝から機嫌が良いとは言えなかった。 自分でも詳しくはわからなかったけど、多分それは目の前の席が空いているっていうのが要員の一旦だろうと思う。 あたしの前の席、キョンが遅刻してきているのだ。 普段なら、岡部が来る前、HRが始まる前くらいにはいつも通り眠そうな、しまりのない顔をして現れるはずだった。 結局、その後、キョンが来ないまま岡部が現れた。 でもおかしいわね……? 普段となにか様子が……違う? 「すまん、今日のHRは無しだ!各自、授業開始まで自習でもしててくれ!」 そう言い残して、岡部は慌ただしく教室を出ていった。 ……なんだろう、すごい嫌な……予感がする。 ヴィー、ヴィー 唐突に、あたしの携帯がなった。 誰だろ……? 着信画面には、古泉君と出ていた。 えぇっと、これはメールね。 『少々よろしくない事件が発生しました、SOS団の部室までご足労願えますか?』 事件……? 古泉君がこんなのを送ってくるくらいだから、本当に重要な事件なんだろう。 とりあえず、自習ってことらしいし、行っても問題ないわよね? 『わかったわ、これから向かうわ』 よし、急いで行ってみましょう。 「古泉君、来たわよ!」 あたしのSOS団の部室、旧文芸部部室。 そこに着いたときにはすでに古泉君はいて、他にも有希とみくるちゃんがいた。 みんなどこか深刻そうな顔をしている。 みくるちゃんはすでに涙が目に溜まっていた。 なんだろう、嫌な予感があたしの中で急速に膨れあがるような……そんな感覚があたしを襲っている。 「す、涼宮さん……キョン君が……キョン君が……」 「……涼宮さん、まず落ち着いて聞いてください」 「……これから話すことは全て事実」 「長門さんでは少々言葉が極端になりそうなので、僕が簡潔に言いましょう……彼が……今朝、通学途中にトラックに轢かれました」 え……? 今、古泉君はなんて言ったの……? 彼……古泉君がそういう言い回しをするのはキョンしかいない…… 今朝、教師が慌てたように教室から出ていったのもそのせい……? 「……う、そ…でしょ……」 キョンが……轢かれた? そんな、昨日までここで座って、いつもみたくあたしのやることに文句言いながら…それでも苦笑いしながらも近くにいたのに…… 「……頭部を強く打ち、衝突した左腕の一部が骨折、その時トラックと自転車の間に挟まれた左足大腿部の損傷が激しい」 「現在、病院のICUで手術中です……意識は今も不明、容態も思わしくないそうです……今夜が峠になるそうです」 古泉君のセリフを最後まで聞くことなく、無意識にあたしは走り出していた。 「涼宮さん!?」 「くっ……長門さん、朝比奈さん僕たちも行きましょう」 「……わかった」 ここら辺の大きな病院なんて限られている。 とにかく、今はキョンの姿が見たいと思った。 嘘だよね……キョン…… ピッピッピッピッピッピ…… あたしが病院に着いたときには、一応手術は終わっていたらしい。 病院のICU、その奥とここを区切るガラス窓の向こうにキョンがいた…… まるでテレビなんかでやってる、重症患者みたいな酸素マスクを付け、血の気のない顔をして眠っているかのように病院のベットの上に包帯だらけの身体を横たえたキョンがいた…… 「……きょ……ん……」 いつもなら触れられる距離にいるはずなのに…… ガラス窓一枚しか間にはないのに…… どうしてだろう、すごくキョンが遠くにいるように感じる…… なんだろう……わからないけど……心が……寒い…… 自分の血の気が引いていくのが分かる…… 「きょん……キョン……ねぇ、返事してよ……」 今夜が峠……? それってかなり危ないってことだよね……? 「いや……イヤ……」 「くそっ間に合わなかった!……涼宮さん!落ち着いてください!!」 キョンが……死ぬ……? そんなの……イヤ…… 「イヤよ……キョンが死ぬなんて……そんなの……」 「僕達の声が聞こえてないのか……涼宮さん!」 「イヤ……いや……イヤアアアアアア!!」 意識が無くなる寸前、キョンの苦笑いの、それでいてどこか優しい雰囲気をした顔が浮かんだ…… 暗い世界だ…… 音も無く、光もなく、自分が立っているのか、寝ているのかもわからない。 手を上げてみようとしても、身体が拘束されているかのように動けない。 ここは……どこだ? 「 」 声を出そうとしても、口が動いたような感覚だけで、実際に声は出なかった。 俺は……一体? 「 !? 」 唐突に世界が開けた……とでも言うべきなのだろうか、この場合。 光1つない世界の空が唐突に縦に割れたかと思うと、そこは俺が何回か訪れた記憶のある世界のように思えた。 これは…… 「閉鎖空間……か?」 自分で呟いた後に驚いた。 この世界に来た途端、目が見えるようになるわ、口は利けるようになるわ。 さらに、目の前に突然、涙を瞳一杯に溜めたハルヒが出てきた事で、俺の驚きはさらにでかくなった。 だってそうだろう? 文字通り突然『出現』したんだから。 「……ハルヒ?」 「………」 俺の目の前に現れたハルヒは、変わらず瞳に涙を溜めたまま、俯いて立ちつくしていた。 どうしたんだ、普段ならあの威圧的姿勢というか、なんにでも首を突っ込みそうな雰囲気があるはずなんだが。 「おぃ、どうしたんだ?」 「……キョン……キョン……」 「……!?」 一体何がどうなっている!? 天上天下唯我独尊を地でいくようなあの涼宮ハルヒが俺を呼びながら抱きついてきている。 なんだ、何があった、こいつが泣くようなことなんてそうそうないだろう!? 分かるヤツはここに来てくれ、説明を求める! 「お、おい、どうしたんだ、ハルヒ」 「あんたが……こで……いし…いで……」 半分嗚咽のせいで何を言ってるのか正直聞き取りきれなかったが、だんだん俺の頭も活性化し、なんとなくだが事態が繋がってきた。 そう、俺は登校中に車で轢かれた。 さらにハルヒの話から要約すると、意識不明の重体、骨折多数の結構ヤバい状態ということらしい。 ……なんてこった。 じゃぁ今こうしているウチも、俺は病院のICUで戦っているということか。 「えぐっ……うっく……」 「あー、もうわかった、とりあえず泣くな、泣きやめ」 コイツが泣いてるなんてこっちまで調子が狂ってくる。 いつもみたいに不敵な笑みを浮かべている方が俺にとっても好ましい。 さて、個人的要望をここに付け加えるのならば、そろそろ古泉あたりが出てきて、現状の詳細を教えてくれると助かるんだが…… ハルヒがこうして俺の傍にいる以上、現れる可能性は低いな。 「さて、これからどうしたもんかね」 あいにく、普通の人間である俺にこういった状況を打破するスペシャルな手段など持ち合わせているわけなく、ただ流れるまま、流されるまま現状を受け入れるしかないわけだ。 かといって、コイツがこのまま閉鎖空間に居続けるとすると、もしかすると前の二の舞を演じる可能性も捨てきれない。 できるなら早急に元の世界へ帰還を果たすべきなんだが…… 「目、覚ましたくないな……」 「なんだって?」 ちょっと待て、今なにやらとてつもないくらい不穏なことを言わなかったか? 「だって、目が覚めたら、またキョンは病院で……寝た……ままだし……」 なるほど、確かにそれは俺もいささか困る。 元の世界に戻ったとしても暫くは入院を余儀なくされると言うことか。 本来ならばもっと焦ってもいいのだろうが、どういうことか俺は少々楽観しつつある。 なにせ俺の周りには古泉曰く神とまで言われるハルヒや、なんでもできる宇宙人に作られた万能インターフェイスの長門、果ては未来の情報を持っている朝比奈さんなどが勢揃いだ。 例えば、これが原因で新たな世界が構築されかけたとすると、必ず俺は前日に朝比奈さん(大)にあっているハズなのだ。 だがしかし、今回はそれがなかった。 ということは、今回のこれは朝比奈さん(大)の言うところの予定調和とかそんなところなんだろう。 「ハルヒ、落ち着け。そんな言いぐさだとまるで俺がそのまま死ぬかのようじゃないか」 「だって!医者が今夜は峠だって!!」 「医者はあくまで可能性を述べるだけだ、考えても見ろ、俺がそう簡単に死ぬように見えるか?」 とりあえず、こんな灰色の世界からはとっととおさらばするに限る。 現実に戻れば、あとはどうとでもなるだろう。 だが、そう言ってハルヒがそう簡単に納得してくれるだろうか? なによりもそれが一番難しいんじゃないのか……? 「………」 「……やれやれ、いつからお前はそんなにしおらしくなったんだ?」 本当に、まったく似合わないことこの上ない。 コイツはいつもみたいに笑っていてくれればいいんだ。 また馬鹿をやって、朝比奈さんを巻き込んで、それを俺が諌めて、古泉はうさん臭い笑顔で、長門は変わらず本を読んで。 そんな空間にいることが、不本意ながら俺の普通になっているわけで。 「ハルヒ、目覚めても俺を待ってられるか?」 「………」 「そんな顔をするな……信じて待ってろ、俺は絶対戻るから、な?」 「……うん……」 「よし、ならもう眠れ、寝るまでここにいてやるから」 「…………うん」 少しすると、ハルヒから寝息のようなものが聞こえ始めた。 それと同時に、目の前が暗転し、世界が足下からねじ曲がるようなそんな喪失感。 閉鎖空間が崩壊するのか。 さて、あとは俺が目覚めれば、とりあえずはめでたしめでたしってところか。 「……さんっ!………ずみやさん!…涼宮さん!!」 「……古泉君……?」 どうやらあたしは眠っていたらしい。 ちょっと良い夢だったな……キョンが元気で、ちゃんとあたしの言うことに反応してくれて…… それに……ちょっと優しかったし…… 「おはようございます、涼宮さん。朗報ですよ」 「……容態の峠は越えた、後遺症の類も見られない。彼はもう大丈夫」 「……キョン君、もう大丈夫だそうですよ、よかった…よかったですぅ」 「ホント!?」 古泉君が笑顔で頷いてくれた。 「えぇ、後は意識が戻るのを待つだけです」 そっか、キョンはもう大丈夫なんだっ!大丈夫なのね!! 夢で言ったとおり、キョンは約束を守ってくれた。 早く起きなさいよね、バカキョン! 団長や団員を心配させたんだから、喫茶店の奢りくらいじゃ済まさないんだからっ! 「……ここはどこだ?」 目を開けて最初に見えたのは、病的なくらい真っ白な天井だった。 なんだこりゃ……? 少しの間呆けてしまったが、少しずつ思考が正常化され、自分の状態が理解できるようになってきた。 「そうか、俺、轢かれたんだったな」 「そうです、意識不明の重体。こんなに早く意識が戻るのは奇跡だとお医者様もおっしゃてましたよ」 「古泉か」 生きているという実感を覚えることは素晴らしいが、なにが悲しくて目覚めて一番に聞いた声と、見た存在がお前なんだ。リテイクを要求したいところだ。 「それは、失礼しました。涼宮さんの方がよろしかったですかね?」 「そうだな、その方が何十倍もマシだ……ってハルヒ?」 どこにハルヒがいる? 見たところお前くらいしかいないように見えるが? 「そうですね、視線をもう少々ご自身のお腹の付近に向けていただけるとご理解頂けるんじゃないかと」 「腹?」 視線を向けた先には、ものの見事に俺の腹のあたりに、まるでしがみつくかのようにして眠っているハルヒがいた。 なんだ、左脇腹のあたりの重たい感覚は布団の重みじゃぁなかったのか。 しかしなんだ、年頃の娘さんが、同じ年齢の男の布団によしかかって寝るとは、親御さんが泣くぞ? 「古泉、現状は?」 「そうですね、まず貴方を轢いたトラックですが、長門さんが言うには強行派の仕業と言うことらしいです」 まぁ、犯人はすでにこの世に存在はしてないそうですが。 そう言って古泉は肩をすくめた。 「轢かれた貴方は普通ならば半年は入院、意識不明状態でもおかしく無いというくらいまでのケガでしたが……」 「まぁ、なんとなく予想はつくんだが」 「多分ご想像の通りでしょう。涼宮さんの願いを現実にする能力と、長門さんによる身体の治癒能力の向上、この2つのおかげで、せいぜい2〜3週間の入院程度で済むでしょうね」 半年が2〜3週間か、医学の発展のためとか言って、医者に人体実験されそうな記録だな。 おそらく、古泉の言う組織だかが関係してきて、そんなことにもならないんだろうが。 「骨折の完治には時間が掛かりますが、退院自体は2〜3週間で済むと思います。そうですね、とりあえず、現状として理解していただければいいのはその程度かと」 「そうか、わかった」 「では、僕はここで失礼します。涼宮さんが起きてきたらよろしくお伝えください」 「あぁ、すまなかったな」 なんだ、その顔は。 俺がお礼を言うのはおかしいか? 「いえ、貴方からお礼を言われるとは予想外だったもので」 いつも冷静に見えるが、お前は案外表情に出るからな、どの程度俺が危険な状態だったのか、今の顔を見ればある程度は理解できる。 普段はまぁ微妙に勘にさわる笑顔を振りまいているが、苦労をかけて礼を言わない程俺は人格破綻者じゃないつもりだぞ。 「それは失礼いたしました、とりあえず今はゆっくりと休んでください。また、お会いしましょう」 素直に出ていくかと思いきや、顔だけ再び覗かせてきた。 どういう体勢だ、器用なヤツめ。 「忘れていました、長門有希と朝比奈みくるからの伝言です」 ほぉ、あの2人から伝言か。 まるであの時みたいだな。 「朝比奈みくるからは、無事でよかったです。また学校で待ってますね。と長門有希は、こちらの不手際、申し訳ないとのことです」 言うだけ言って、古泉は本当に去ったらしい。 古泉が出ていくと一気に部屋の中が静かに感じるようになった。 今になって気付いたが、どうやらここは個室らしい、ウチの家族に個室を用意できるほどの資金があったのか…… いや、おそらく機関とやらのおかげだと言うことにしておこう。 「……すぅ……すぅ……」 たく……、よくもまぁそんな変な体勢で寝れるものだ。 左手を動かそうとしたが、ギプスで固められた上にどうやらまだ動かすには痛いらしい、やってから後悔した。 左がダメなら右がある。 右手は幸い影響がないようなので、そのまま寝ているハルヒの頭に手を持っていくことにした。 「心配かけて済まなかったな……でも、約束通り俺は戻ってきたぞ?」 「……バカきょん〜……心配……かけさすんじゃないわよ……」 寝ている事をコレ幸いと、普段やったら唸るようなローキックが飛んできそうだが、寝ているハルヒの綺麗な髪を梳きながら撫でる。 おぉ、引っかからずに梳けた。 髪の手入れも余念がないのか、コイツは。 「すまなかったな、心配かけて」 そう声をかけると、ハルヒの顔が若干赤くなったように思えたが、まぁ気のせいだろう。 さて、静かになったことだし、現状の把握も大体できた。 そうなると人体とは不思議なことに眠気が襲ってくるんだからよくできている。 俺の体調も完全ではないから身体が休息を求めているんだろう。 そう結論付けて、俺は睡魔に身を委ねることにした。 あぁ、そうだ、1つ忘れていた。 ────────ただいま、ハルヒ キョンが再び寝たのを確認して、あたしは身体を起こした。 実は、キョンが目覚める時、あたしは寝ていたわけじゃない。 古泉君が部屋に現れたから、慌ててタヌキ寝入りしただけ。 本当なら、キョンが起きたとき嬉しくて、いの一番に声をかけたかったけど、ちょっと照れくさくてできなかった。 古泉君が来たことで尚更タイミングを逃してしまったわ、らしくないわね。 かといって、古泉君が出ていった時にすぐ起きたらタヌキ寝入りしてることがバレそうだから、あたしは仕方なく寝たふりを続けることにしていた。 その後にいろいろあって、あたしは顔から火が出るほど恥ずかしかったけど、寝たふりをし続けた。 だって、バカキョンったらよりにもよってあたしの頭を撫でたのよ! 団長であるあたしの頭を! そりゃ嬉しかったけど……でも恥ずかしいじゃない!? この恥辱は絶対に晴らすわよ、覚悟してなさい。 次に起きたら、ただじゃおかないんだからっ!! でも…… きっとあたしは最初にこういうんじゃないかって思う。 ───────おかえり、キョン ……ダメね、ホントにらしくないわ。 後書き 『涼宮ハルヒの憂鬱』の二次創作でした。 イッツご都合主義! 良いんです、なにせ俺が書いたヤツですから。 ある程度のケガなら本当に万能インターフェイスの長門さんが治しそうだなぁとか思いつつ。 まぁ、細かいところの突っ込みはないようにお願いしますよー(・ω・) それでは! 時雨 2007/03/16 |