目覚めて、最初に見たのは、白い壁、白い天井、そして白い布団。
俺はその上に寝ていたらしい……
だがなぜ俺はここに寝ていた?
……それ以前に。
















――――――俺は……誰だ?




















いや、これは正確じゃないか。
なんとなくだが、自分のことはわかる。
ただし、本名がいまいち思い出せないのはなぜだ?


「目が覚めましたか、気分はどうです?」


寝ていた身体を起こして、声のしたほうを見る。
微妙に薄ら寒い笑みを浮かべた美青年と言った雰囲気の男が問いかけてきた。
まぁ、いまいち思い出せないことを無視すれば、気分的には悪くはない。
それにしても、こいつは誰だ……?


「そうだな、これといった問題ない。ところで……お前は誰だ?」


そう言った瞬間、男の表情が笑顔のまま文字通り固まった。
なんだ、変なことでも言ったか、俺は?


「僕が、誰だかわかりませんか?」
「あぁ、すまんがわからん、俺の知り合いか?」
「……それでは、SOS団という言葉に覚えは?」


SOS団……?
名前からして何かの団体か?


「……それもわからないな」
「これは……かなり危険ですね」
「ん、何か言ったか?」


いえ、こちらの事です。という台詞ではぐらかされた。
それにしても、笑顔のはずなのにどこか違和感を感じるのは気のせいか?
なんだ、そんな変な生物を見るかのような目で俺を見て。


「キョン!生きてる!!」


えらい美人が現れた。
俺のほうを見てキョンと言ったところから見るに、俺が「キョン」ということらしい。
ふむ、これでひとつまた自分についてわかったな。


「生きていなかったら今ここで動いていないだろう」
「それもそうね、でも本当になんともないの?」


まさか似たようなことをこんなに短時間で聞かれるとは、よほど俺は何かをやったのだろうか?


「いや、特になにもないが……すまないが、君は誰だ?」


今度は、この美人が固まった。
なんだ、またしても俺は何か変なことを言っただろうか?


「ちょっと、それ本気で言ってるわけ……?」
「本気も何も……俺と君は初対面じゃないのか?」


なんだろう、俺が言葉を重ねるたびに、背中に嫌な汗が流れている気がするのは気のせいだろうか……
というか、現在進行形で危機が迫っているように思えるのは、気のせいだと信じたい。


ピピッピピッ……


いるに耐えない沈黙空間が発生しかけた時、唐突にその均衡を崩す音が鳴った。
正直に言おう、マジで助かった。
音の発生源は笑みを浮かべた美青年と思われる人間からだった。
どうやら携帯らしい……病院では電源を切るべきじゃないのか?


「失礼。…………ッ!」


携帯のディスプレイを確認したかと思えば、今度は笑顔が身を潜め、唐突に真剣な顔をしだした。
雰囲気から察するに、どうやら看過できない出来事でも起こったように見える。


「……緊急でアルバイトを手伝ってほしいと連絡が来てしまいました、申し訳ないですが、僕はここで失礼します」


若干の申し訳なささを出しつつも、やはり笑顔で去っていった。
……しまった、結局名前を聞きそびれた。
まぁ、俺に対する話しかけ方からまた会う機会があるだろうとこの場は流すことにする。
だがしかし、俺は気づいていなかった。
今の青年が出て行ったことにより、この空間には俺と、名も知らない美人さんの2人ということに!
いかん、これはかなり気まずいぞ……


「あー……なんだ、君の呼び方がわからないんだが、なんて呼べばいい?」
「…………認めない」
「ん?」
「ぜったい認めないんだから!あんたがあたしを忘れるなんて!!」


俯いていた顔を唐突に上げたかと思えば、瞳の端に涙を小さく浮かべながら、面と向かって宣言された。
忘れる……どういうことだ?
この美人と俺は知り合いなのか?



ズキッ!



「……っ!」


一瞬だが、何か映像が流れたような気がした。
あれはなんだ……灰色の空間、そして青い巨人……?
俺はなにかを忘れているのか……


「本当に覚えてないの!?あたしのことも、SOS団のことも!」


襟首を掴みあげられた。
ベッドから上半身を起こしていただけの体制だったせいで、若干目の前の彼女に引っ張られる形になった。
すでに、彼女の瞳からは溜めきれなくなった涙があふれ出ている。



ズキッ!



なんだ、彼女の、泣き顔を見るたびに頭に痛みが走る。
だが、それと同時に何か違うビジョンが見える。
ネクタイをつかまれ引っ張られる俺、首根っこをつかまれて引き摺られる俺。
引き摺る彼女はどこか不機嫌そうな顔をしていても、雰囲気はそう感じられなくて……



「そんなのは嫌!あんたが……キョンがあたしを忘れるなんて絶対嫌!」



ズキッ!



何か、大切なものを俺は忘れている。
この頭の痛みが、きっとこの考えが正しいと証明している。
灰色の空間……
何かを訴えている彼女……
迫り来る青い巨人……


「思い出してよ、キョン!!」


そして唐突に、唇になにか暖かいものが重なった。
彼女が、涙を浮かべたままキスしてきた。



パキンッ!



それが引き金になったのか、俺の頭の中で何かが弾けとんだような感覚が起こった。
次々と、せき止められていた川が決壊し流れ出すように。
俺の頭の中にかけていたピースが流れ込んでくる。
どのくらいの時間そうしていたのだろうか、長いのか、はたまた短かったのか。
繋がっていた俺とこいつの唇がゆっくりと離れた。


「…………ハル、ヒ?」
「っ!……キョン!?」


顔が、驚きで染まる。 SOS団、正式名称、「世界を 大いに盛り上げるための 涼宮ハルヒの 団」
俺はその団員1…
さっき出て行ったのがボードゲーム好きの癖にめっきり弱い自称エスパー青年の古泉……
そして、今、目の前で瞳に涙を浮かべているのが……
容姿端麗、文武両道、成績優秀。
内面の性格を除けば絵に描いたかのような美人で。
我がままで、意地っ張りで。
それでいて、案外寂しがり屋なところがある。
そんなかわいい面を持った我等の団長様である。
























―――――涼宮ハルヒだ。


























「この場合、なんていえばいいんだろうな…?」
「…………」


記憶喪失になど、そうそうなるものでもない。
そんなわけで、なんというか、こういう場合に、俺の頭が捻り出せる語彙などたかが知れるわけで。
結局のところ俺は陳腐でありきたりな台詞でしか表現することができないが。
今だけはそれでもいいと思う。
それで、こいつからまた笑顔というものが引き出せるなら。


「……ただいま、だな、ハルヒ」


俺は、いくらでもその言葉を言おう


「…………バカっ!バカキョン!!」


花が咲くように、こいつに笑顔が戻った。
やっぱりこいつはこうでなくっちゃな、泣いてる顔はらしくない。
いつでも、笑顔のこいつが俺は好きなんだから。


「このあたしを泣かせるなんて、罰金なんかじゃ済まさないんだからねっ!」
「そいつは困ったな、じゃぁどうすれば許してもらえるんだ?」
「罰なら、今あげるわ!これがその罰!!」
「!?」


唐突に、俺の首に手を回してきたかと思えば、またしてもキスしてきた。
しかも、ご丁寧に目まで瞑ってやがる。
そこまで見て、ハルヒの顔が真っ赤になっていることに気づいた。
それがどうしても微笑ましくて、どうしようもなく愛しくなって。
ゆっくりと俺もハルヒの身体に手を回して抱きしめたとしても誰も俺を責めれまい。

















責めさせてなどやるものか。























そして、俺も目を閉じた。


















































後から詳しく聞いたが、事の顛末を少しだけ教えよう。



なんでも俺は、階段から転げ落ちたらしい。
なぜ、俺が階段から転げ落ちたのかはいまいち定かではない。
特に障害物もなかった場所だったからな。
そのときに頭を打ち、気絶、無様なことだが、病院行きになったらしい。
そして冒頭に至る、という訳である。


ハルヒとあの後どうなったかって?
それは禁則事項だ。
聞かれたって教えてやる気はない。



「キョン!ほら部室に行くわよ!!」
「わかった、わかったからそう急かすな」



そうそう、もうひとつ。


記憶が戻り、その次の日に普段どおり登校してきたとき、靴箱近辺で古泉が待ち伏せていた。
俺が記憶喪失ということがハルヒに知れた次の瞬間、発生した閉鎖空間と神人、その神人の強さが半端ではなく、苦労したと愚痴られた。
こいつが愚痴を言うとは珍しいと感じつつも、原因が俺にあるために不本意だが、重ねて言おう、はなはだ不本意ではあるが、謝罪することになった。
くそ、忌々しい。


「そんなに急ぐと転ぶぞ!また記憶喪失になったらどうしてくれる!」
「そんなことがあっても、またあたしが思い出させてみせるわよ!」


本当に記憶喪失になったら困るが、きっとなんとかなるだろう。
今はまぁ、この笑顔に引きずり回されるのも良いかと思う。

















 後書き

またしても唐突に思いつきました、『涼宮ハルヒの憂鬱』の二次創作です。
俺の書く涼宮ハルヒの憂鬱は確実にキョンに不幸が降りかかってるような気がする。
しかもかなりの高確率というか、的中率というか、そんな感じで。
まぁ、キョンだし、役得も与えてるからそれはそれでいいか!

そんな感じで、展開が少々強引ですが。
また、次回作にて。

            From 時雨  2007/03/21