唐突だが、はっきりと言おう。 誰か、助けてくれ。 「すぅ……すぅ……」 俺の手の中で眠る赤ん坊を前にして、俺は本気で神頼みしたくなった。 事の始まりは、約2時間ほど前に遡る。 「はぁ!子供を預かれって!?」 久々に早起きをする必要のない平日、何があったか知らないが、午後からしか授業のないという特殊な日。 その幸福を甘受すべく、惰眠を貪っていた俺の携帯に、その言葉は響いた。 相手は俺の旅行に行った親。 しかも、妹は連れて行ったくせに、俺をおいていった薄情な親からだった。 「いやぁ、俺の携帯に突然親友から電話が来てなぁ、なんでも奥さんは旅行中で、奴は会社の都合で出社しなくちゃいけないらしく、子供を預かって欲しいってことなんだ」 「それがなぜ俺に来る、第一今家にいるのは俺だけだぞ!」 「なぁにお前なら子供の1人や2人や5人くらい面倒が見れるだろう?」 なんだその人数の飛び方は! そもそも、なんで引き受けるんだ! 「受けてしまったのは仕方がないだろう?まぁ、もうすぐそっちに着くらしいからよろしくやってくれ」 ガチャ……ツーツーツー 「き、切りやがった……」 そして、その本当にすぐに現れた親父の友人と思われる人から、赤ん坊を預かったという訳である。 俺しかいないということは聞いていたらしく、しきりに申し訳なさそうにしながら子供を俺に預け、猛スピードで車で走り去っていった。 名も知らないおじさん、そんなスピードで走ると事故りますよ? 「すぅ……すぅ……」 しかし困った…… 時刻はすでに11時を回り、そろそろ学校へ向かわなければならないというのに…… さすがに、眠る赤ん坊を置いて行くわけにもいかず…… 俺はやむなく、学校にウソの報告をすることになった。 つまり、仮病で学校を休むことにしたのだ。 「はい、すいません。少し体調を崩しまして……はい、わかりました、失礼します」 ふぅ……これでよしと。 これで学校の問題は攻略した。 とりあえず、現状をどうすべきか…… ピピッピピッ ん、携帯か。メール……? 誰だ、こんな時間に。 『こんな時間に失礼します。現在、小規模な閉鎖空間が発生しています、涼宮さんに何かしましたか?』 ……なんでだ。 今日の俺はまだハルヒに会ってすらいないんだが…… とりあえず、返すか…… 『俺は今日一身の都合で休んでいる、心当たりはないな』 送信っと。 それにしても、なんで閉鎖空間が……? ピピッピピッ 『そういうことですか、わかりました。あと、涼宮さんが先ほど早退したらしいです。そちらに伺うかもしれませんよ?』 はぁ? ハルヒがウチに来るっていうのか? 早退って……風邪じゃないのかよ。 「なにやってるんだ、あいつは……」 はぁ、なんで休んでる日まであいつの心配しなきゃならんのだ。 とりあえず、本当に来る可能性がある以上、ただのんびりしてるわけにもいかんか。 ……やれやれ。 ピンポンピンポンピンポンピンポーン! って、ホントに来たぁ!? 人の家で、こんなにはた迷惑なインターホンを鳴らすやつなんて、俺の知り合いでは1人しかいないっ! 「だぁ、少し待てって!」 「遅いわよ!」 無茶を言う。 来るのが予想できていたなら開けておけとでも言いたいのだろうか、こいつは。 「大体何よキョン!誰に断って学校休んでるのよ!!」 「あぁ、わかったわかった。言い分なら中で聞いてやるから少し落ち着け」 あんまりギャアギャア騒いでると、中で寝ている子が起きるじゃないか。 せっかく大人しく寝ていてくれる子を起こすのもかわいそうだ。 って、待てよ。 今あげたら嫌な予感がするんだが…… 「ハルヒ、ちょっとま……」 「キョン!あの子はなに!!」 どうやら、遅かったらしい。 ものすごい形相で、こちらに戻ってくる。 あぁ、あの顔はマジで切れる5秒前ってところか…… 「落ち着け、それも含めて、これから説明してやるから」 「ふんっ!納得のいく説明、してもらうわよ?」 状況を、事細かに説明して、やっと納得したらしい。 ようやく絶対零度の視線が、通常時まで戻った。 なぜか昼飯を食っていないというハルヒに、なぜか希望を受け、オムライスを振舞ったりしたが…… ……やれやれ。 「それにしても、あんた意外に料理できたのね……」 「まぁ、こんなもんしか作れないけどな」 というか、意外にとはどういう意味だ。 俺はそんな料理ができないような人間に見えるのか。 「で、どうするのよ」 「どうするって、何をだ?」 「あの子の事よ、両親もいないんでしょ?面倒見切れるの?」 実際、平気と言えば嘘になるが、まぁ夜くらいまでならなんとでもなるだろう。 「今日中には迎えに来るって話だからな。なんとかなるだろうさ」 「…………」 赤ん坊の面倒をみたことはないが、まぁ人間やってみれば案外こなせるものだと思いたい。 「……ご両親はいないのよね?」 「ん、あぁ、とりあえずまだしばらく帰ってこないんじゃないか?」 なにせ息子を放っておいて旅行中だしな。 くそ、忌々しい。 「決めたわっ!この子の親が来るまであたしもここにいる!!」 「はぁ!?」 何を突然言い出すかと思えば、突拍子もないことを言い出した! 「ば、バカを言うな!何時になるかわからんのだぞ!」 「別に、泊まるわけでもないからいいでしょ?」 結局、なし崩しで押し切られた。 俺って立場弱いんだろうか……? 「と、いうわけで、よろしくっ!」 まぁ、この笑顔が見れてるならいいとするか。 ……本当にいいのか? ピンポーン! 「ん……誰だ?」 「おぃーっす!元気かぁ、サボりよ!」 「一応、名目上でお見舞いに来たよ、キョン」 玄関を開けて、そこにいたのはクラスの友人、国木田とアホの谷口だった。 というか、何しに来たんだ、お前ら? 「一応、今日の学校で配られたプリントだね、あとは唐突に休んだから何かあるって谷口が張り切っちゃってさ」 「そりゃお前、昨日までぴんぴんしてたヤツが風邪引いたなんてうそ臭くて信じられるかって」 「あぁ、さんきゅ。谷口、お前はいい、帰れ」 それでわざわざ見に来たのか。 どーでもいいが暇なやつらだなぁ。 だが、現状としては少しヤバい…… こんな漫画みたいな展開だとすると、次に起こるのは…… 「キョン、誰か来たの?」 ははは、神様、出て来い。ぶん殴ってやる。 「あがぁ…!?」 「あれ、涼宮さん?」 俺がすぐ戻ってこないことを不審と思ったのか、ハルヒが赤ん坊を抱いて現れた。 なんだってこのタイミングで…… 「お前らいつから子供まで作ったんだああああ!?」 「待て!落ち着け谷口!!考えてもみろ!俺の年で子持ちになってたまるかっ!」 「わぁ、かわいい子だね」 「国木田!お前も落ち着いてないで手伝え!!」 あぁ、なんだってこんな阿鼻叫喚。 ハルヒは谷口の台詞で真っ赤になって固まってるし。 国木田は赤ん坊を見てほほえましそうな顔をしてるし。 谷口はバカみたいに暴れだすし。 やっぱり神様、いるなら出て来い、殴らせてくれ。 「まぁ、これ以上いたらお邪魔かな、僕らは帰るよ。ほら谷口、行くよ」 「くそー!キョン〜!!俺を差し置いて幸せになんかなるんじゃねぇぞぉ!!」 「あぁ、そうそうキョン」 国木田が谷口を引っ張っていってくれることに若干の感謝を感じつつ、脊髄反射というか、そんなような自然な感じで国木田の呼びかけに答えてしまった。 そして、超ド級の爆弾は落とされた。 「なかなか似合ってるよ、二人とも、若い夫婦って感じでね。それじゃ、また明日」 「なっ―――!」 「えっ―――!」 多分、俺の顔は今どうしようもなく赤いだろう。 隣で赤ん坊を抱いてるハルヒですら真っ赤なんだ、きっと俺もそうなんだろう。 それを見て満足したのか、国木田は谷口を文字通り引っ張って帰っていった。 くそ、よりによってやつらに見られるとは…… えぇぃ、忌々しい。 「あー、その、なんだハルヒ」 「っ!?な、なによ」 「とりあえず中に入ろう、もしこれ以上誰かに見られでもしたら死ぬ」 むしろ今死にたい。 明日谷口に何を言われるかわかったもんじゃない…… その上誰かに見つかったら本当に明日は不登校になるだろう。 「そ、それもそうね」 その後はもういろいろと大変だった。 唐突に泣き出す赤ん坊、ろくに対処もできずうろたえる俺、ある程度ソツなくこなすハルヒ。 情けない男の構図がこうして出来上がったのである。 赤ん坊のあやし方なんて知らんぞ…… 「ふぅ、疲れたわ……」 「お疲れさん、スマンな……結局俺は何にも役に立ってない」 あれだけ泣いていた赤ん坊も、今はハルヒの腕の中で眠っている。 しかし、ハルヒがいなかったらどうなっていたか、なんて想像もしたくない。 きっと何もできなくて、下手したら赤ん坊の命にかかわることまでしていたかもしれない。 結局、俺はハルヒの言うことを聞いて、サポートする以外何もできなかった。 「それは仕方ないわよ、あたしだって聞いたことあったからできただけだもの」 「それでも、スマン」 「なによ、らしくないわね」 「……そうかもな」 本当にらしくないとは思う。 「でも、赤ん坊も結構可愛いわね、ほら見てすごい可愛い寝顔よ」 「ん、どれどれ」 本当だ、騒いで疲れたのか、抱かれているのに安心しているのか。 とてもさっきまで騒いでいた本人だとは思えないな。 「こんな子なら将来欲しいかもね」 ハルヒがポツリとつぶやくかのように言った言葉。 将来、俺もハルヒも家庭を持つだろう。 そのときも、きっとハルヒは今みたいに赤ん坊をあやしているのだろうか。 ふと、その光景が頭に浮かんできたて、それがとても綺麗だと感じた。 「……って、何を考えているんだ俺は……」 「ん、どうしたの?」 「いや、他愛もないことだ、気にするな」 そういって顔をそらす。 なぜかって? そうしないとさっきの考えがまた浮かんできそうだったからだよ。 「ありがとう!本当にありがとう!!」 「いえ、俺は特に何もやれてませんから……」 「ばいばい、元気でね」 「あーぅー」 ハルヒがしつこく追求してくるも、赤ん坊がいるからか普段よりは強引さもなく。 おかげで追求をかわしきることに成功した。 そして、ある程度日も暮れ、そろそろ夜の帳が下りるころ。 朝の光景を逆回ししたかのような猛スピードで、我が家の前に車が止まった。 そう、赤ん坊の親が帰ってきたのだ。 子供を抱いて玄関まで行くと、子供の無事な姿を見て安心したのか、だらしないくらいに顔を緩ませていた。 「いやぁ、君しかいないというから急いで仕事を終わらせてきたんだ!本当にすまない」 本当に申し訳なさそうに、しかもお土産までくれた。 父親に抱かれた赤ん坊は心なしかうれしそうに父親のネクタイを小さな手で握っていた。 いやぁ、さすがにほほえましい光景だなぁ。 「それじゃ、本当にありがとう!」 「いえ、お気をつけて」 そして、子供をちゃんとチャイルドシートに乗せた車は、やはり猛スピードで去っていった。 おじさん……子供乗せてる時くらい安全運転しましょうよ…… 「……いっちゃったわね」 「……そうだな」 気のせいか、心なしかハルヒが大人しい。 これはなんだ……ハルヒから感じ取れる雰囲気は……羨望? 「可愛かったな、赤ちゃん。ホントに、あんな子なら生んでも良いかもね」 「……そうだな、お前なら母親も似合いそうだ」 「当たり前でしょ?でも、それじゃ足りないものがあるのよね」 足りないもの? 子供がいて、母親がいて、それで足りないものといったら…… あぁ、アレしかないか。 「父親……か」 「そ、それもとびっきりあたしと子供を愛してくれるようなね!」 きっとハルヒの旦那になるような男なら、お前やお前の子供だって愛してくれるさ。 「でもね、そんな旦那になりそうな男なんていないのよねー、今のところ」 「そうかい、じゃぁこれからゆっくり見つけてったらいい」 そういうと、なぜかハルヒは急に不機嫌をあらわすアヒル口になっていた。 なんだ、俺は何か悪いこと言ったか? 特に何を言ったとは思ってないんだが…… 「でも、1人だけ、そうなってもいいかなって思える人はいるのよね」 「…………ほぉ」 ハルヒの目にかなうヤツがウチの高校にいたのか…… さぞ特殊な人間なんだろうなぁ…… だがなんだ、この微妙な気持ちは…… 「でも、そいつってば鈍感だし、可愛い子にばっかり優しいし、どうしようもないくらい普通の人間なのよね」 ……誰のことだ? さっぱりわからん。 「まだわかんないの……?やっぱり鈍いわね」 「あぁ、さっぱりわからん」 「……バカ」 唐突に、襟首を掴まれ、引っ張られたかと思うと唇に何かがあたった。 そして、目の前にはハルヒのアップが映っている。 俺は……ハルヒに……キスされている!? 「な、何をする!」 「ホントにバカね!あんたのことよ!」 100万ドルの笑顔とでも表現するべきか。 ハルヒは掴んでいた襟を離し、一歩下がって、唇に人差し指を当てたままウインクしてきた。 「好きよ、キョン。誰にも負けないくらいね」 ……やれやれ。 あぁ、俺の将来は決まったようだ。 どうやら俺は気づかないうちにこいつに惚れていたらしい。 それをこんなタイミングで実感するとはね。 「ところで、返事が欲しいんだけど?」 どこか確信していて、それでも片隅に不安を滲ませた大きな瞳で俺をまっすぐに見てくる。 まいった、完敗だな。 でもまぁ、それもいいんじゃないかと思う。 「……俺も好きだぞ」 照れくさくてぶっきらぼうに言ったかもしれない。 でも、ハルヒは俺の言葉を聴いた瞬間、弾けるような笑顔になって抱きついてきた。 「やったぁ!もう離さないんだからね!浮気したら死刑だからっ!」 ……やれやれだ。 これからもずっと、よろしく頼むぞ、ハルヒ。 後書き やっぱり唐突です、『涼宮ハルヒの憂鬱』の二次創作。 なんだろう、人格が微妙に違うような……? まぁ、気のせいだろうということにしちゃいましょう、そうしよう! さて、次はどんなネタで書こうかなぁ? それでわ、また、次回作にて。 From 時雨 2007/03/22 |