さて、コレはいったいどういうことか。
現状を表すのに最適と思われる言葉は、前門の虎、後門の狼。
おそらく間違ってはいないだろう。
ただし、俺を待ち受けているのは。


「キョン君、お話があるんだけどちょっといいかな?」


前門に朝倉。


「…………」


後門にハルヒだ。
なぜこんな事に……?




























その日も、やはりというか騒動というのは唐突に俺の元に降ってきた。
いつもどおり強制ハイキングコースを登り、学校に到着し、変わらない教師の授業を半分眠りながらも学び、いざ、昼飯を食べようと思ったとき。
そいつは前触れもなく登場した!


「キョン君」
「ん……?ってお前は!?」
「お久しぶり、元気だった?」


そこにいたのは、長門の情報操作により、転校したことになっているはずだった朝倉だった!
な、なぜこいつがここにいる!?
こいつは確か前に長門の手によって消えたハズだろう!?
くそ、もしかするとまた急進派とやらの攻撃が始まるのか……


「警戒しなくてもいいわ、こんな人目のつくところでそんなことはしないわ」
「どうだかね、お前らなら空間を切り離すくらいの芸当はやってくれそうなもんだが……」
「まぁ、それもできなくはないけどね、今日の用事はちょっと違うもの」


どうやら攻撃の意思はないらしい、だが油断もできんな。
なにせ宇宙人が作ったなんとかインターフェイスだ。
あくびをするくらいの手間でナイフかなんかを出してきそうだ。


「貴方を殺そうとするなら、もうすでに終わってるわ。今だって、周りと私たちでは流れてる時間が微妙に違うもの」


なんだって?
慌てて意識を回りに向けると、全員がスローモーションのような速度で動いていた。


「一応情報操作して、私の存在はある程度認識してもらっているわ。私が平然といられるのもそれが理由」


そういえば、朝倉がいるのにも関わらず誰も気にした風に見えない。
さらに、若干ハルヒに聞かれたら危ないことも口走っていた気がするが……
そういうことか……気づかないうちに引き込まれていたのか!?


「そうやって、意識をすぐ他へ持っていってしまうのも貴方の甘さ。今の瞬間で首を切るなんて私には容易いのよ?」
「っ!?」


首筋に冷たい感触があった……
朝倉が、どこから取り出したのかわからないナイフを俺の首筋に当てていた。
動いたら殺される……
くそ……ペースがあっちに持っていかれている……
冷や汗が、背中を濡らしていくのがわかる。


「……くすっ、本当に貴方は不思議ね。呆れるくらいに普通の人間だもの」


俺のこの有様を愉快と思ったのか。
朝倉は首筋に突きつけていたナイフを離すと、次の瞬間にはそのナイフが消失していた。


「今のはちょっとした冗談、今回の用事はちょっとした私怨混じりってところかしら」
「……私怨……だと?」
「そ、私怨。ちょっと貴方に困ってもらおうかなってね」


顔は笑っているが目が笑っていないとはこのことだろうか。
きっと谷口あたりなら見惚れそうな笑みを浮かべているんだろうが、俺にとっては恐怖を感じるものでしかなかった。
何をするつもりなんだ……まったく読めんぞ……


「と、いうわけで。涼宮さん、悪いけど、キョン君の事ちょっと借りるね」


なんですとっ!?


「……なんであたしに聞くのよ、そんなこと。勝手にすればいいじゃない」


いつの間にか時間の流れが元に戻ったらしい。
周りの喧騒が俺の耳に入ってくる。
だが、俺の精神はそんな空気を甘受できるほどの状態じゃなかった。
先ほどとは別物の雰囲気……
なんというか、修羅場という言葉がこれほど似合う空間も少ないんじゃないかと俺は思うね。


「そんな顔しないで、別にあなたからキョン君を取るわけじゃないんだから」
「べ、別にあたしとキョンはなんでもないんだから!」


と、いうか……
さっきまでのシリアスな雰囲気はどこへいったんだ?
なにやら修羅場とまた違った空気の悪さというか、居心地の悪さを感じるんだが……
と、いうかハルヒ。
朝倉がいることに関しての突っ込みはないのか。


「いったいどうなってる……」
「それは後で説明してあげる、とりあえずこっちに来てもらっていいかな」


どうせ拒否権なんてないんだろう?
せいぜい命の危険がないというこいつの信じきれない台詞を信じるさ。


「すぐ返すからね、涼宮さん」
「べ、別にいらないわよ!キョンなんて熨斗つけてくれてやるわっ!」


いくらなんでもそれはあんまりだと思うぞ、ハルヒ。
と、いうかそれ以前に俺はお前の所有物なんぞになった覚えはないんだが……


「あら、じゃぁ私が貰っちゃおうかな?」
「――――っ!?」


火に油……どころか、油に火炎放射な切り返しはやめてくれ。
俺の胃に穴どころか亜空間まで発生しそうだ。


「……キョン……わかってるでしょうね、SOS団の活動に支障が出たら死刑よ……」
「じゃ、行きましょキョン君」


ハルヒ、頼むからその百獣の王ですら尻尾を巻いて逃げ出しそうな目で睨むのはやめてくれ。
ただでさえそこまで肝っ玉が据わっているわけじゃないんだ。
本当に胃に穴が開くかもしれん。


「……本当に不思議ね」


朝倉、ボソッとつぶやくな、聞こえているぞ。
大体お前はなにがしたいんだ。
結局俺は、引き摺られるままにハルヒにはじめて恐喝……じゃないが、脅された場所に行くしかできなかった。
どういうわけか身体も俺の思う通りに動かせないしな。


「で、なんでまたこんなところまで……」
「あら、もう忘れたの?理由なんてさっき言ったじゃない。貴方を困らせたいだけのただの私怨だって」
「いまさらそんなうそ臭いことを言われてはいそうですかと信じられるか」


そういうと、朝倉は少し困ったかのような顔をした。
実際困っているかはわからん。
長門もこいつも、その気になればハルヒと違った意味でなんでもできそうだしな……


「そうね、それじゃぁ本題に入ろうかしら」


そうしてくれ、そして願わくば騒動を起こすことなく去ってくれ。
ただでさえハルヒに巻き込まれてから平穏な日常というのが手を振って去って行ってるんだからな。


「貴方は、涼宮さんをどう思ってる?」
「…………はぁ?」
「例えば、ここに来るまでに涼宮さんが私たちを尾行していた、としたら、貴方はどう思うのかな?」


ハルヒが?
そんなバカな、出る前まであんなに不機嫌なオーラを発していた奴だぞ?
それに、俺たちをつけてくる意味がないだろう?


「どう思うも、仮定からして間違っているだろう。あいつがそんなことをするとは思えん」
「そう、それが貴方の涼宮さんに対する認識。でも、現実は違うものよ?」


そういって、朝倉が階下の踊り場を指差す。
釣られるままにそちらを向くと、何か人影のようなものが慌てて逃げたように見えた。


「…………」
「あれが、現実。気づいてなかった?涼宮さんが貴方を見る視点に」


気づいてないかと聞かれれば、答えは簡単だ。
いつの頃からか、あいつが俺を見る目が昔と違うことになんてとっくに気づいている。
ただ、俺は怖かっただけだ。
今の関係が壊れるのが、この均衡が崩れ、SOS団のみんなにまで影響が出るのが。


「あら意外、その様子だと自覚はある程度あったんだ」
「……どうだかね?」


精一杯の強がり。
知られたからといってなんてことはない、だけどこれは俺の中に秘めておくべき問題。
結論は、まだ、出したくない。


「どうして貴方が選ばれたんだろうね……そこで、ちょっと私はそんな貴方たちに意地悪をしてみようと思うの」
「……どういうことだ?」
「……ふふ、それはね」


そういうと同時に朝倉が抱きついてきた。
な、なんだ!?
何がどういうことでどうなってこんな状況に陥っている!?


「……キスしよっか?」


ガタンッ!


一際大きな音が、階下から聞こえた。
逃げたと思ったが、いたのかハルヒ。
だが、そのおかげで混乱していた俺の頭も若干冷えた。
……なるほど、そういうことか。


「そこまでにしておけ、それ以上やると、また長門あたりに消されるぞ」


朝倉の身体を離しながら警告混じりの言葉を投げかける。
これ以上なにかしてたら、本当に冗談じゃ済まなくなりそうだしな。


「ふふ、残念。私のほうもそろそろ限界みたい」


見ると、前と同じく足元から朝倉が消えていった。
と、いうことは長門のおかげか。
どうやら、すでにこいつがまた消えるのは確定事項らしい。


「要するにお前は何がしたかったんだ」
「別に、何回も言ったけど、単なる私怨よ。後はそうねちょっとしたおせっかいってところかな?」


つまりあれか、お前はこんなことをするためだけに現れたってことか。


「ま、そんな感じかな。それじゃぁ、涼宮さんと仲良くね、ばいばい」


結局、いまいち真意が測れないうちに朝倉という存在はまたこの世から消えた。
はっきり言おう、まったくもって理解できん。
結局煮え切らないまま、俺は教室に戻ることになった。
しまった、飯、食い損ねた。


「……よう」
「随分と長かったわね、なにしてたのかしら?」


教室に戻って、若干頭を抱えたくなった。
ハルヒの機嫌が変わらず最悪だったからだ……
もしかして、私怨ってこれも含まれているのか、朝倉よ。


「別に特になんもしてないが、ただ話を聞いてただけだ」
「どうかしら、き、キスくらいしてたんじゃないの?」


視線は外を向いているが、確実に意識は俺のほうに向いているようだ。
と、いうか嘘が下手だなハルヒ。
動揺してるのが目に見て取れるぞ?


「そうだなぁ、されかけたが良いところで邪魔が入った」


冗談交じりでつぶやくと、ハルヒの身体がビクッと震えた。


「だが、まぁ、結局断ったんだがな」


その後消えたことは内緒にしておこう。
また不思議を見つけたとでも言って探すために動き出すかもしれないからな。
ハルヒはすごい勢いでこっちを見てきた。


「どうした、ハルヒ?」


ニっと笑ってやる。


「別に、なんでもないわ」


すぐに、プイッと外に目線が戻った。
まったく、面白いくらいまっすぐな目で俺を見てくれるな。
だが、それでこそこいつらしい。







「今日は、なにをするんだ?」







もう少し、今の関係を楽しんだら。
打ち明けてみようかと思う。







「そうね……今度の不思議探索パトロールの打ち合わせでもしようかしら」







朝倉に後押しされたみたいで少々癪に障るが……







「また、爪楊枝で班分けか?」
「そうよ」







俺の、ハルヒに対する気持ちを。







「そうだな、今回は俺と回らないか?」
「…………!?」







この、ちょっとした事で顔を赤くしてしまうような、可愛い存在に。







「き、キョンがどうしてもっていうなら、それでもいいわよ!」













涼宮ハルヒが好きだっていう、俺の、この気持ちを。
















「そうかい」


















 後書き

最後の台詞がやりたいが為だけに書きました、『涼宮ハルヒの憂鬱』の二次創作。
なぁに、他意はない、ただ、動かしやすそうなのが朝倉さんなだけさっ!

それでわ、また、次回作にて。

            From 時雨  2007/03/23