うららかな日差しが舞い降り、とてつもない幸福を受け入れる窓際の俺の座席。
だが、今の俺はその恩恵を受ける事無く、俺の座席の後ろにいる存在に会話を切り出そうとしていた。
そう、その存在とは、誰であろう他ならぬ、涼宮ハルヒである。


「さて、唐突だが……」
「なによ?」
「勝負をしないか?」















人間とは、時に愚かなものである。
彼我の戦力差を把握していても、勇猛とも、無謀とも取れる戦いを挑んでしまうのだから。
しかし、俺という存在は今、戦わなくてはならない現状に立っているのだ!


「勝負……なんのよ」
「そうだな、四日後にある物理の模擬テスト、その得点勝負なんていうのはどうだ?」
「へぇ……いい度胸じゃない、あんたがあたしに勝てるとでも思っているの?」


正直な話、かなり難しいというのも分かっている。
今のハルヒは優秀と言っていい学歴を誇っている。
はっきり言って、現状での戦力差は天と地ほどもあるだろう。


「さぁ、それはやってみなけりゃわからんだろう、それでだ、ただの点数勝負じゃつまらない。勝ったほうは敗者を一つだけ好きなことを命令できる。という条件をつけてみようじゃないか」
「……何を企んでるか知らないけど……乗ったわっ!このあたしにぼろ負けして、泣いて謝っても許してあげないからねっ!」


いや、スマンが実はすでに泣きたい。
はっきり言おう、俺がハルヒに勝てるかと聞かれれば、即答で無理!と答えよう。
それでも、俺は勝負を挑まなければマズぃ状況だったのだ。
簡潔に言おう、金が無い!!


「上等だ、いつの世にも下克上があるということを教えてやろう」
「ふん、負けたときは覚悟するのね」


そう、今の俺は決定的なほど金が無いのだ。


「さぁて、今回はキョンになにをさせてやろうかしら……」


すでにこいつは勝った気でいるらしい……まぁ周りから見れば妥当な判断と移るかもしれないがな……
そもそも、俺がこんな事を言い出したのは、世の週休二日制、その片方で確実といって良いほど行われる不思議探索パトロール。
その罰金と称した奢り地獄、そのせいで壊滅的に今の俺の懐状況は氷河期すらをも凌駕している。


「言ってろ、今回ばかりは俺が勝つ」


それならば、誰よりも早く行けばいいと思うやつもいるだろ。
俺だってそう思って定時の30分前になど行った事もあるさ。
だがしかし!どういうわけか、その時間にもすでに全員が揃っていたのである!
あいつら、いったい何時間前から来ているんだ……


「ふふん、当日が楽しみだわっ!」


とりあえず、今はテストのことだけ考えるとしよう……












そして運命の日っ!!


「さぁ、キョン。泣いても笑ってももう後が無いわよ、覚悟はできてるかしら?」
「ふ……俺を今まで俺だと思わないことだ、油断していると足元をすくわれるぞ?」


お互いの間に火花が散っているような錯覚。
きっと映画とかならご多分に漏れずさぞ激しく火花が散っていることだろう。


「条件は覚えてるわね?」
「あぁ、一つだけ好きなことを命令できる権利だ」
「楽しみだわ、この日のためにいろいろ考えてきたんだから!」


俺は不敵な笑みを崩さないようにしてはいるが、背中には大量の汗が流れていることだろう。
はっきり言って、選択を間違えた気がしないでもない。
後悔先に立たず、先人はまったく良いことを言ってくれる……
忌々しい。


「さて、席に着け、言ってあったとおり、テストを開始するぞー」


物理担当教諭が現れて、すぐにテストを配り始めた。
泣くか笑うか、いざ……勝負だっ!


「…………ふっ」


今回の俺はついているらしい、前日にヤマを張った場所がものの見事にどんぴしゃだった。
これは、行けるっ!!
















「キョン、どうだった?」
「あぁ、手ごたえはあったぞ、今回はいけるような希望も沸いてきたくらいだ」
「まぁ、それくらい見栄がないと、張り合いが無くてつまらないものね」


ハルヒのやつ、すでに勝利を確信しているのか。
身体を精一杯踏ん反り返らせて不敵に俺のほうを見ていた。
だが俺も負けていない。
今回のテストばかりは、九十点どころか、もしかしたら百点だって狙えるんじゃないかという手ごたえだったからな。


「さて、結果は明日、俺が勝つか、お前が勝つか……」
「バカねぇ、あたしが勝つに決まってるじゃない!」


……ハルヒ以外の神がいるのなら頼む、できれば俺を勝たせてくれ。
圧倒的なハルヒの自信の前に、俺は信じてもいない神頼みをするのだった。

















そしてさらに次の日っ!


「……覚悟はいいか?」
「……そっちこそ」


よくわからない緊迫感と共に、俺とハルヒは返却された答案を手に向かい合っていた。
半分寝てばかりという俺がこの点を取れたのは奇跡的と言っても過言ではないだろう。
果たしてハルヒは何点か……
俺の命運が、今、決まるっ!


「じゃぁいくぞ、いっせーのー」
「せっ!」


俺、九十八点。
ハルヒ、百点


「ぐぁ……ま、負けた……」
「ま、とーぜんの結果よねっ!!」


お、俺の下克上が……
所詮一庶民たる俺には勝ち目など無かったと言うことか……
さらば、数少ない俺の福沢さん、フォーエヴァー……


「それにしても、結果なんて見えてたのになんでこんな勝負持ちかけたのよ」


あぁそうさ、どうせ結果なんて最初から見えてたさ……
それでも俺は挑まなきゃならなかったんだ、リスクなくリターンを求められるなんて甘い幻想を抱くほど子供でもないんでな。


「別に理由なんてなんでもいいだろう、完敗だ、俺の負けだ」
「怪しいわね、いいから言いなさい」


拗ねる子供のように視線をハルヒから外しながら投げやりに言う。
すでに俺の心はとめどない涙を流していることだろうよ。
死んでも表面になんか出さないがな。


「……理由なんて無いと言っただろう」
「嘘ね」


逸らした先に、ハルヒの顔がアップで映った。
どうやらわざわざ覗き込んできたらしい。


「言いなさい、団長命令!」
「……断固拒否する」


再び目を逸らす。
すると、またもハルヒは俺の目の前にもぐりこんできた。
懲りずに逸らす。
もぐりこむ。
逸らす。
もぐりこむ。


「えぇぃ、しつこいわね!」
「ぐおっ!」


痺れを切らしたのか、ハルヒが俺の顔を両手で押さえつけて強引に向けてきた。
そんな強引に首を捻るな、痛いだろうが!


「さぁ、もう逃げらんないわよ、きりきり吐きなさい」
「…………」
「黙秘、できると思ってる?」
「っ!?」


まるで万力に頭を挟まれているかのような感覚。
なんだ、こいつのこのバカ力は!?
って、考えてる間も威力がっ!
死ぬ!マジで死ぬっ!


「わ、わかった、言うから離してくれ!」
「ホントでしょーね?」
「あぁ、マジだ!だから手を離せ!!」
「そ、ならさっさと言いなさい」


……本音、かなり言いたくない。
金が無さ過ぎて、こんな勝負を挑みましたなんて言ってみろ。
次の瞬間には血を見るぞ、主に俺が。


「なに、もっかいやられたい?」


ハルヒの目が妖しく光ったかと思うと、手を開けたり閉じたりしてにじり寄ってくる。
ヤバぃ、こいつの目、マジだ……


「あー、もうわかった!実はだな……」


結局、一から十まで説明させられた。
仕方が無いだろう、はぐらかそうとしたらまた顔面を掴まれたんだから……
あぁ、ちくしょう、なさけねぇ。


「ふーん、そういうこと……」
「と、言うわけで今回のこれで勝って罰金方式を無くそうと思ったんだがな……」


結果は所詮ご想像通り負けたってわけだ。
ははは、もうどうにでもしてくれ。


「でもまぁ、勝ちは勝ちよね」
「あぁ、もう抵抗もしない、好きにしてくれ……」


あぁ、さらば、俺の平穏な日々。
そう諦めて達観している俺をよそに、ハルヒは何かを考え込むような表情をしていた。


「……ちょっと着いて来て」
「ん、どこへだ?」
「いいから、来る!」


いつかの再現か、これは。
ハルヒが立ち上がったかと思うと、俺のネクタイを掴み、有無を言わさずと言った感じで引っ張られた。
なんだ突然、いったい何をするつもりなんだ?


「おい、ハルヒ、どこまで行くんだ。というか、離せ、ちゃんとついてくから!」
「…………」


……無視ですか。











そして、やってきました、屋上へと続く階段の踊り場。
そう、俺がSOS団結成前にハルヒに連れてこられたあそこだ。


「さて、好きなことを命令していいのよね、キョン?」
「さっきも言ったろう、俺の負けだ。好きにするといい」


相変わらずネクタイは掴まれたままだが、俺は逃げる気も起きなかった。
人間、諦めるとなるとここまで来るんだなぁと妙な感心までしてしまいそうだ。


「一度しか言わないから良く聞きなさい。あたしの命令は……」
「…………」


そこまで言って、ハルヒの顔が唐突に俯いた。
なんだ、そんなに言いづらいことでも俺にやらせようとしてるのか……?
まさかっ、朝比奈さんみたいに俺にも何か着せる気じゃないだろうな!?


「め、命令は……あ、あたしとずっと……一緒に……いなさい」
「……はぁ?」


今、なんて言った?
一緒にいろって……?
聞き間違いかと思い、ハルヒの顔を見るが、俯いていて表情まではわからない。
だが、ひとつはっきりしていることがある、確実に俺と、こいつの顔は今真っ赤になっているだろう。


「……あー、なんだ、その、ハルヒ」
「……なによ、一回しか言わないわよ」
「今のは、いわゆる告白と、とってもいいのか……?」


俺の耳と頭がおかしくなっていなければ、そうとっても問題ないように思われる。
しかし、普段のこいつを見ている限り、そんなことを言うようにも思えない。
確かにハルヒは黙ってれば美人だし、性格はまぁ、慣れればなんてこともなく、今では我がままですら可愛いと思えるわけで。
って、何を考えているんだ俺は。


「それ以外に……なにに聞こえるのよ、あんたは」


普段の俺の扱われ方を見てると、奴隷宣言にも聞こえないことも無い。
とは、口が裂けても言わないほうがいいだろう。
まだ命は大切に使いたいものだ。
……それにしても、こいつ本気か……?


「恋愛感情は、一時の気の迷いとかじゃなかったのか……?」
「そう思ったわよ……そう思おうと思ってたわよ……でも……」


真っ赤になった顔を俺に向けてくる。
その瞳の端には、涙が浮かんでいた。


「ダメだったのよ!いつでも……一人でいるとあんたのこと考えちゃうのよ!あんたがいないと寂しいの!学校がつまらなく感じるの!」


せき止めていたものが溢れ出るかのように。


「それで、結局気づいちゃったのよ……あぁ、あたしはあんたが好きなんだって……どうしようもないくらいキョンのことが好きなのよっ!!」


ハルヒは捲くし立てるかのように言葉を紡いでいった。


「ホントはまだ言わないつもりだったわ、でも、現状じゃ……今の関係のままじゃもう耐えられないのよっ!!」


限界だった、いや、それ以上に俺も嬉しかったんだろうさ。
ハルヒが俺のことを考えて泣いてくれる。
普段のこいつじゃ考えられないくらい、泣いて、叫んで、それでも俺のことを好きといってくれている。
そう思うと、頭が真っ白になって、気づいたら俺は、ハルヒを抱きしめていた。


「……キョン?」
「……バカだなぁ……」


自嘲気味につぶやく、本当に俺はバカだ。
こいつがこんなにも思ってくれていたのに、気づかなかったバカな俺だ。
そして、自分の思いすら気づけなかった、本当に、どうしようもなくバカな俺だ……


「……そういうのは、普通、男から言うもんだろう?」
「……」


だからこそ、俺は答えなきゃいけない。
俺の思いに、そして、こいつの思いに正直に。


「すげぇ恥ずかしいからな、俺も一度しか言わないぞ」
「……うん」
「……涼宮ハルヒさん、俺は貴女が好きです、俺でよければ付き合ってくれないか?」


くそ、かなり恥ずかしいぞ、これは……
それでも、俺はハルヒの目をしっかりと見て言い切れた。


「……バカッ!遅いのよっ!!でも……大好きっ!!」


会心のロイヤルスマイル。
まぁ、この最高の笑顔が見れただけで、よしとするとしようか。



















 後書き

さて、大いに人格改変が行われております、『涼宮ハルヒの憂鬱』二次創作。

長門さん!君の出番だっ!!
と、いうこともなく、まぁ世の中のハルヒがツンデレ要素満載なので、あえてこんなんになってます。
……っていうかコレもツンデレ?
うん、わかんに。
まぁ、こういうのもありかなって個人的に考えてゴーゴーなのですよ。

とりあえずーそれでわ、また、次回作にて。

            From 時雨  2007/03/23