くそ、忌々しい!
そうぼやくのももはや何度目か、散々自分の中でついた悪態がまた出てきたとしても、許していただきたい。
あぁ、そうだ、俺の現状を説明しよう。
俺は今、全速力といって問題ない速度で自転車に乗って駅前に向かっている。
事の始まりは、やはりというかなんというか、ハルヒからの電話が原因だった。


『キョン!今時間空いてるわね?すぐにいつもの集合場所に来なさい!!』



















これだけで、ある程度はご理解いただけると思うが、そう、我らが団長様の拒否権無し、絶対命令権が発動したのだ。
その時の時刻は10時、健全な学生ならば、貴重な休日を惰眠に使っていてもおかしくない時刻であろう。
かく言う俺も、その惰眠を貪る一員だった訳なのだが。


「くそ、なんだって俺は言うとおりに動いちまってるんだっ!」


これも古泉達の言うハルヒの願望が現実になる力の影響ってか!
だとしたらはた迷惑な!!
電話が切れた後の行動は、自分でも目を見張るほどのモノだったと思う。
それも仕方が無いことだろう、なぜなら、俺が遅れれば遅れるほど、世界の危機か、俺の財布への大打撃に繋がるのだからなっ!
余裕があるなら冗談じゃないと叫びたいところだ。


「はぁ……はぁ……」
「遅い!罰金!!」


件の電話から過ぎる事約20分、俺は、過去最短記録で駅前に到着した。
息も絶え絶えになり、体内の細胞が急激に酸素を欲するような状態の俺に待っていたのは、完全無欠、無常なる一言だった。
この現状をうらやましいと思う奇異な方がいたらぜひ連絡を頂きたい、変わってやるから。


「唐突に呼び出したあげくに、出迎えの一言がそれか?」


どうせなら、待ち合わせ場所に遅れた彼氏にちょっと拗ねたように言うような彼女といった感じで言っていただきたいものだ。


「なに言ってるのよ、団長の呼び出しがあったら5分で来なさいよね!」


無茶を言うな、ウチから駅前まで自転車で飛ばしても15分以上かかるんだぞ。
この時間で来れただけ、逆に感謝して欲しいものだ。


「……はぁ、で、何の用だったんだ?」
「何よそのため息は……まぁいいわ、それじゃ、行くわよっ!!」
「――――っ!おい、どこ行くんだ、説明してから行動しろ!服を掴むな!人の話を聞けぇい!!」


本当に、これを羨ましいという奴がいたら申し出てくれ、喜んで変わってやる。
結局、俺の話などどこ吹く風、俺は売られていく子牛の如く、ハルヒに連れられて、どこへ行くかもわからない目的地へと向かうことになるのだった。


「……そろそろ、どこに行くのか教えてくれてもいいんじゃないのか?」


よくわけもわからないまま、電車の切符を買わされ、電車に乗り、乗換えがあるといい駅のホームに降りて、今に至る。
突発的な行動はいつものことではあるが、いったいこいつは何がしたいんだ?


「そうね、もうすぐどうせわかるんだし。いいわ、特別に教えてあげる」
「そりゃ光栄だ、で、目的地はどこだ?」
「水族館よ」


……はぁ?
なんだって突然水族館なんだ……?


「何よその顔は、文句あるの?」
「それ以前に、なぜ水族館に行くことになっているのか説明してもらいたいもんだ」


俺のその言葉を待っていたかのように、ハルヒは肩から提げたバックから一枚の広告を取り出して俺の目の前に突き出した。
これは……あぁ、水族館のチラシだな。


「これがどうした?」
「ホントに察しが悪いわね!ほら、ここ見て!!」


ハルヒが指差した箇所を見てみる。
えー、なになに?


「特別企画!カップル限定発売、当水族館最大の人気商品、イルカの2分の1スケールぬいぐるみペアセットをジャスト1万でお送りします?」
「そ!その人形、すごい人気商品で、発売されてもすぐ売れるっていう代物なのよ!」


ほー、そりゃすごい。
で、なにか、今日は俺にそのぬいぐるみを買うための彼氏のフリをやらせるためだけに呼んだのか?


「そうよ?」
「……帰る」


うん、次の駅に止まったら乗り換えて、家に帰ろう。
何が悲しくてぬいぐるみを買うためだけにこんな苦労をしにゃならんのだ。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!」


回れ右をして、ちょうど到着した帰宅便に乗り込もうとした俺の服を、ハルヒは大慌てで掴み、引き止められた。
その一瞬のスキが致命的になって、無常にも帰宅便の電車はドアを閉め、発車してしまった。


「……なんで俺なんだ、別にこういうのなら誰でも問題ないだろう?」


ハルヒの機嫌を取る為なら、古泉あたりなんかは喜んでついてくるだろうよ。
わざわざ俺を呼び出す必要なんてないだろうに。


「そ、それは……古泉君は古泉君で予定があるかもしれないじゃない!」


待て、それだったら俺もその可能性はあったはずだぞ?
その気遣いを俺に使おうっていう気はなかったのか?


「どうせあんたなんて、休日だからって家でぐーたらしてるだけでしょ?」


……否定はしない。
どうせ俺は家でのんびり昼寝に興じるくらいしかやることがなかったさ。


「……はぁ」


つい、空を見上げてため息が出てしまうのも、仕方が無いと思って諦めてくれ。


「……嫌ならいいわよ……」


てっきり、何ため息をついているのよ!とでも反論が来るかと思えば、俺の予想を斜め上に行く台詞がハルヒから出てきた。


「―――!?」


驚いて、ついついハルヒの顔を見ると、そこには普段の底抜けに明るい笑顔はなく、どこか罪悪感にかられたような、そして悲しそうな顔をして俯いたハルヒがいた。
……あぁ、まったくもって卑怯だ。
そんな顔をされて、わざわざ戻るなんていう選択肢が選べるほど、俺という人間は非情にはできていない。
まぁ、こいつのことだ、無意識に表情に出ているんだろうが。


「もう少ししたらまた戻りの電車が来るわ、それで戻りましょう……」
「……やれやれ」


ついつい、封印していたはずの口癖がもれた。
本当に、俺はつくづく甘いんだよな、こいつに。
ちらりと、ハルヒに気づかれないように財布の中身を確認しておく。
福沢さんが二人はいるな、まぁなんとかなるか。


「ここまで来ちまったんだ、電車代がもったいない。幸いなことに俺の時間も余っているからな、行くか、その水族館とやらに」


俺の台詞を聞いた途端、俯いていたハルヒがばっとものすごい勢いで顔を上げて、驚いたように俺の顔を見た。


「……いいの?」
「なんだ、行きたくないのか?」


きっと、今の俺は苦笑混じりの、開き直ったような顔をしているんだろう。
ハルヒは、おずおずといった感じで、俺に問いかけてきた。
……こんなハルヒも結構来るものがあるなぁと、普段では考えないようなことが頭に浮かんだが、とりあえず今は振り払う。


「なんだ、ここまで引っ張ってきたのはお前だろう?仕方ないから付き合ってやるさ」


ニセスマイルほどじゃないが、肩をすくめて言ってやると、みるみるウチにハルヒの顔が満面の笑みに変わっていった。
……やっぱり、こいつには悲しそうな顔より、笑顔の方が似合っている。


「丁度電車も来たな、行くんだろ、ハルヒ?」
「もちろんよ!」


まぁ、こんな時間のつぶし方もいいさ。


「ほら、キョン!早く行くわよ!!」
「わかった、わかったから落ち着け!」


カップルの真似事というのはこの際頭の隅によけておいて、俺は俺なりに、ハルヒと行く久々の水族館というものを楽しむことにした。
二人でイルカのショーをみて、そのときに飛んできた水しぶきが何故か俺に直撃し、軽く服が濡れたり。
でっかい水槽の中を悠々と泳ぐ魚たちを見上げ、二人で感嘆の息を漏らし。
普段見ることのない変な形をした魚を見て、二人して笑いあったり。
一通り水族館を回り、気づいた頃にはそこそこの時間が過ぎていた。


「ハルヒ、そろそろ、お前の目的の物、買いに行くか?」
「そうね、一通り見たし、もう見たいものもないわ」


一応ハルヒの了解を得て、俺たちは、水族館の片隅にあるみやげ物屋に足を向けた。
そこについて、俺は驚愕した!
それなりにしかいなかった水族館に比べ、ここには大量のカップルと思われる二人組みが大量にいたのだ。


「……これ、全部お前と同じものが目的なのか……?」
「……みたいね」


人気商品というのは誇張でもなんでもなかったらしい。
これだけの人の量をみれば、それも納得できるというものだ。


「……下手したら売り切れてるんじゃないのか?」


そう、俺が不安に思うのも仕方が無いだろう、それくらい人が多いのだから。


「行って見なきゃわかんないわ、行きましょ」
「……それもそうだな」


人ごみを掻き分けて、とりあえず店の奥のほうに進む。
本当にすごい人だな……俺はまだ平気だが、ハルヒは大丈夫か?
そう思い、後ろを振り返ってみると、案の定ハルヒは人ごみのせいでいまいちうまく進めないらしい。
普段のこいつなら、邪魔者は吹き飛ばしてでも進みそうだが、さすがにこういった場所じゃそういうことはできないらしい。
……しかたねぇな。


「ハルヒ、ほれ」
「……え?」


何をきょとんとしているんだお前は。
俺が手を差し出すのがそんなに意外か?


「なにしてんだ、早く行くぞ?」
「あ、うん」


ハルヒが恐る恐るといった雰囲気で俺の手を掴んだ。
……やばい、予想以上に恥ずかしいかもしれない。
普段は気にしたことも無いが、ハルヒの手は、小さく、でも、確かなぬくもりがそこにあった。
顔に、体中の熱が集まってきているかのように熱くなった。
くそ、この程度で赤くなるな、俺の顔!
内部の葛藤を表には出さず、俺は努めて冷静なフリをして、ハルヒを引っ張ってレジまで向かった。


「いらっしゃいませー」
「すいません、チラシ見て来たんですが、まだ残ってますか?」
「あ、はいはい、イルカのペアセットですねー、運がいいですよー、残りひとつだったんですから」


店員の声を聞いた瞬間、周りからいくつかの残念そうな声が上がった。
どうやら、別のものも物色している間だったんだろう。
隣の彼女であろう女の人を一生懸命なだめている男の姿が目に入った。
悪いな、早いもん勝ちだ。


「じゃぁ、それください」
「はい、毎度ありがとうございます、消費税込み、1万円です!」


俺は財布から福沢さんを1枚取り出すと、マニュアルどおりの笑顔を浮かべた店員に渡した。
お金を受け取った店員は、手際よくでかいぬいぐるみを包み始めた。


「あ……お金、後で渡すわ」
「いや、いい、気にするな」


別に、特に何かを考えていたわけじゃない。
ただ、水族館でのこいつの普段とは違うきらきらとした顔を見ていたら、こういうのもまぁいいだろうと思っちまっただけだ。


「お待たせしましたー」


包むといっても、なにせでかいぬいぐるみだから、ペアのイルカを寄せ、腹辺りを紙で包み、それを紐で結ぶという案外雑な手段だった。
店員は、俺とハルヒを軽く見た後、なにやらどこぞのニセスマイル超能力者のような顔をして、イルカのぬいぐるみをハルヒに渡した。
その際、何かを耳打ちしたのか、ハルヒは顔を真っ赤にして、それでも嬉しそうに頷いていた。
……なんだ、何を言ったんだ?


「それじゃぁ、行くぞ、ハルヒ」


何を言ったのか気になりはしたが、結局この場にいても邪魔になるだけだと判断した俺は、とりあえず今だ真っ赤なハルヒの手を引いて駅に向かうことにした。
いったいどうしたんだ?


「なぁ、ハルヒ」
「なに?」


帰りの電車の中、ぬいぐるみを嬉しそうに抱いたハルヒを見て、ついついさっき店員に何を言われたのか気になった俺は、せりあがる好奇心に負けて、聞いてみることにした。


「さっき、店員に何を言われたんだ?」
「……っ!?」


思い出したのか、またハルヒの顔が真っ赤になった。
こいつがこんな顔をするなんて、よほど変なことでも言われたのだろうか?


「……に買ってもらえて良かったですね……って」
「ん?すまんが、前半聞こえなかった、もう一度頼む」
「だめっ!もう言わない!!」


結局、そのあと何回も聞いてみたが、答えてもらえなかった。
本当にいったい何を言われたんだ?
ただ、その後のハルヒは、これ以上ないんじゃないかってくらいご機嫌だった。
その笑顔をみて、まぁ、なけなしの福沢さんを出した甲斐があったんじゃないかと思ってしまったあたり、俺も結構単純だと思う。





















数日後、いつもどおり変わらないSOS団の活動風景。


「あぁ、そうだ、朝比奈さん、聞きたいことがあるんですがいいですか?」


ハルヒは掃除当番でいないが、朝比奈さんは奉仕活動に勤しみ、長門は物言わぬ部室の飾りとなり、俺と古泉がボードゲームをしているとき。
ふと、水族館で買ったぬいぐるみのことを思い出して、丁度いいとばかりに朝比奈さんに問いかけることにした。


「はぁぃ、なんですか、キョン君?」
「前にハルヒに水族館に連れて行かれたんですが、あそこで売ってるイルカのぬいぐるみって、なんであんなに人気があるんです?」
「あ、それってイルカのペアのやつですよね!?」


思い当たることがあるのか、朝比奈さんはタンポポのような笑顔を浮かべ、とんでもないことを言ってくれた!


「あれを、カップルで買うとそのカップルはずっと仲良くいられるそうですよ」


ロマンチックですよねぇ〜なんて言って素敵な笑顔で笑う朝比奈さん。
一方の俺と言えば、面白いくらいに赤い顔をしていることだろう。
こら、古泉、そのニセスマイルを止めろ。
そして俺は、ハルヒがあの時に言われた言葉が、なんとなく予想がついてしまった。




『彼氏に買ってもらえて、良かったですね、これからも末永くお幸せに』




くそ、あの店員め……そういうことか。
ハルヒが赤くなった理由もこれで納得がいった。
結局、その後俺は赤くなった顔を見られないように机に突っ伏し、ハルヒが来てもまともに顔が見れなかった。
あぁ、忌々しい、いまいましい、忌々しい。


















 後書き

『涼宮ハルヒの憂鬱』の二次創作でした。
おかしいなぁ……途中までは日常話にしようかなって考えてたはずなんですが……?
どこをどう間違ってこうなったんでしょうね?
まぁいいか、そんな書き方こそ俺イズム!

それでわ、また、次回作にて。

            From 時雨  2007/03/25