きっかけなんてない、きっと誰にも予想できなかっただろう。
体調不良かもしれないし、寝不足で頭が正常に機能しきっていなかったのかもしれない。
普通に生きてる人間なんだ、もしかしたら虫の居所が悪かったのかもしれない。
ただでさえ、変な力の入り混じる謎な空間にいたせいだったのか。
普段なら、ため息ひとつで流せたはずなのに、その時はできなかった。


「な、なによキョン、変な顔して……」




















放課後、部室に来て、古泉とどこから取り出したのかもわからない軍人将棋なんてものをやっていた時。
教室の掃除で遅れてきたハルヒが現れて、朝比奈さんにこれまた恒例で強引に衣装チェンジを敢行し、長門はそれを気にする事無く読書にふける。
その時、ハルヒがもらした一言が、その時の俺の心にとってとてつもない歪みのようなものを湧き上がらせた。


「ほーら、みくるちゃん暴れないの!ほらキョンも見てないで手伝いなさい!あんたもSOS団の一員でしょ!ま、あんたはあたしの奴隷みたいなもんだけどねっ!!」
「……ふざけるな」


本当に、普通なら何を言っているんだとでも小バカにしたように笑って、ハルヒの頭を軽くはたく程度の対応にできたはずだ。
それが、なぜかできなかった。
ハルヒの台詞はどこまでが本気かわからないところもあるが、さすがに人の人権を無視するような発言はしないと思っていた。
……いや、所詮俺の身勝手な思い込みだったってことか。


「ちょ、ちょっとキョン、どこ行くのよっ!」
「帰るんだ、文句あるか?」
「――――っ!?」


自分でも、信じられないくらい冷淡な声が出たもんだと思う。
だけど、それだけ俺の精神が平常じゃ無かったってことなんだろうな。
あぁ、朝比奈さんすいません、貴女を怖がらせるつもりなんてちっともなかったんですが。
なんだ長門、古泉そんな見たこと無い生物をみたような反応は、俺だって人並みには感情があるんだぞ?
頭の片隅ではこんなことを考える余裕があるのに、結局俺の思考の大多数はハルヒに対する怒りのみで埋め尽くされている。


「じゃあな」


そして、俺は部室の扉を荒々しく閉めた。
くそ、なんだってんだ、どうしようもなく、いらいらする。
















結局、昨日の苛立ちも1日で治まることがなかった。
そんなやりきれない気分のまま教室に着くと、すでに登校していたのか、ハルヒがいつもの勝気な瞳でこっちを見てきた。
そんな瞳も、今の俺にとっては苛立ちしか生み出さず、俺はハルヒを無視するように席について、窓の外を眺めることにした。


「ちょっとキョン!」
「…………」


悪いが、今は何を言われようが返事してやる気になれない。
何度も話しかけられたが、俺は全て無視することにした。


「…………」
「…………」


強引な手段に出ようとでもしたのか、ハルヒが立ち上がるような気配があったが、丁度良く岡部が来て、断念したらしい。
その後、ハルヒの険悪そうな雰囲気が背中越しに伝わってきたが、今の俺の心に波風立てることはできず、気づいてないフリをし続けることになった。


「……おい、キョン。ちょっといいか?」


昼休みという貴重な時間。
俺とハルヒの険悪な雰囲気は午前を通してクラス全体に浸透するに至ったらしい。
それに耐え切れなくなったのか、谷口と国木田が俺の側まで寄ってきた。


「なんだ?」
「ここじゃ場所が悪い、ちょっときてくれや」


そりゃ丁度いい、俺もこれ以上休み時間のたびに睨んでくるハルヒの前にいるのは願い下げだ。
ここから抜けられるなら今の俺は例え朝倉の時のように命の危険があったとしても着いていくだろうさ。
ま、途中で逃げるのは確実だけどな。


「で、なんのようだ?」


結局、谷口達に連れられてきたのはいつぞやの階段の踊り場だった。
あぁ、そういえばここで初めてハルヒについて教えられたんだったか。


「単刀直入で行くぞ、お前、涼宮となんかあったのか?」
「……何故だ」
「何故って……キョン、気づいてなかったの?すごいみんな居づらそうな雰囲気だったんだよ?」


みなまで言うな、とっくの昔に気づいている。
それに気づいてなかったら精神科あたりにでも行くことをオススメするね。


「別に特に何も無い。第一、俺はハルヒに巻き込まれた哀れな被害者だぞ?何故俺に言いに来る、直接ハルヒに言えばいいだろう?」


そう、俺の立場はあくまで巻き込まれた側のはずだ。
古泉たちがいうなら選ばれたとかなんとか言っていたが、俺からすれば迷惑なことこの上ない。


「アホか、俺が涼宮になんか言えるわけがないだろう」
「それで俺ってわけか」


そういえば、ハルヒと付き合って5分で破局したとかいう話を聞いたな。
それなら言えるわけがないか、そもそもハルヒは谷口の台詞なんか聞きゃしないだろうし。


「まぁ、そんなのはどんでもいい、とりあえず、だ。俺が言いたいのはせめてクラスの雰囲気にもう少し気を使ってくれ」
「僕からも頼むよ」
「……できたらな」


確実な返事なんてものはできなかった。
それだけ、あの発言に対して俺が怒っているってことか。
そう思い返して、逆に気分が重くなった。
……やれやれ。


















事の発端からさらに1日ほど過ぎたある日。
俺は結局あの後一度もハルヒと話すことなく、SOS団にも顔を出さず、放課後になるとすぐに席を立ち、帰宅していた。
その間、何回もハルヒが声をかけようとしたように見えたが、すべて見なかったこととして突き放していた。
そしてまた、俺が部室に寄ることなく帰宅し、ベッドに横になりうたた寝を始めたとき。


「――――っ!?」


世界が、灰色で包まれた。いや、飲み込まれたといった方が正確か。
俺は、この世界を嫌というほど知っている……
これは……


「閉鎖空間」


くそ、なんだってまたこんな場所に来るはめになったんだ。
急いで立ち上がって後ろを振り向いてみたが、そこにハルヒの姿はいなかった。
前はすぐ近くにいたはずなんだがな……


「なんだってんだよ……」


予測不能な出来事に少しばかり茫然自失となりかけたところに、野球ボール大の赤い球体が飛んできた。
この赤い球体は……古泉か。


「こんな姿で失礼します、貴方が見つかって良かった」
「……どうなっている」
「すでにお分かりかと思いますが、そちらは閉鎖空間内部です」


そんなものはわかっている。
俺が聞きたいのはそれじゃない、発生した理由を話せ。


「原因として考えられるのは、まず間違いなく数日前の貴方の反応でしょう」
「……あれか」
「僕としてもあの涼宮さんの発言には少々行き過ぎた発言と感じましたが、あの時の貴方の反応もまた異常と言ってもいい」


仕方が無いだろう、人間誰にだって虫の居所の悪いときはある。
ソレに対していちいちケチを付けられていたらハルヒの行動に巻き込まれ続けるなんてできるはずがない。


「それもそうですね、ですが、現状は笑っていられる状態でも無さそうです。下手をすれば、世界が再構成される」
「たかだか俺が怒ったくらいで世界の危機か」


俺がそう呟くと、赤い球体のはずなのに古泉が肩をすくめる動作をしたように感じた。
くそ、それだけ俺がこいつの行動に慣れているということか。


「貴方には、今一度自分の立場を認識していただきたいモノです。過去にも言いましたが、貴方は涼宮さんに選ばれた。それを忘れないでいただきたい」
「選ばれたのがなんだというんだ。俺は宇宙人でも未来人でも超能力者でもない、ただの平凡な学生だぞ?」


第一、 未だハルヒが俺を選んだという台詞すら信じられん。


「まぁ、その件については追々自覚していただきましょう」


追々があるのか……


「とりあえず、涼宮さんを探してください。このままでは、彼女が望んだようで、望んではいない世界に陥る可能性がある」
「……どういうことだ、それは」


ハルヒが望んだが、それは望んではいない世界……?
ハルヒが望めば、世界はそのとおりになりえるんじゃないのか?


「涼宮さんが選んだのは、あくまで自分の意思を伝え、決して涼宮さんの傀儡となり得ない貴方です。このままでは、その世界の貴方は、涼宮さんの言う、望むことにはすべて従ってしまう人形のような存在になる可能性があるのです」
「……なんなんだそれは……」
「そんなの、貴方も嫌でしょう?ですから、出来れば早い段階でこちらに帰還していただきたいものです」


確かに、ハルヒの言うことやることを肯定し、実行するなんて……まるで古泉のようじゃないか。
そんなのは断固としてごめんだ。
仕方ない……結局のところ、また世界の命運とやらは俺の肩に押しかかってくるわけか。


「ご苦労をおかけします」
「まったくだ、そう思うのなら多少は打開策でも考えてくれ」
「簡単な問題ではあり、反面、とても難しい問題でもあるのですよ。突き詰めてしまえば、貴方次第、となるんですが」
「……意味がわからん」


のんびりと話しているように見えるが、その間にも赤い球体はどんどんと小さくなっていっていた。
さて、こんなことを悠長にしていられる時間も無さそうだ。
さっさとハルヒを見つけて、現実に戻るとするか。


「それじゃぁ、俺はハルヒを探しに行くとするか……」
「あぁ、そうだ。これだけは覚えておいてください」


今にも消えそうな状態の時に、いかにも今思い出しましたかのような前フリで、古泉は言葉を紡いだ。


「涼宮さんは強い人です、それは精神的、肉体的両方を含めて、ですが。しかし、その反面、彼女の心は孤独や拒絶にとても弱い。ましてや、それが自分の少なからず想っている人物から向けられたのなら……」


古泉が言い残せたのはそこまでだった。
すでに赤い球体が浮かんでいた空間には、元の灰色の世界が広がっているのみだ。
……干渉できる限界を超えたということか。
少し急いだほうがよさそうだ。


「……こんなところにいたのか」


教室から始まり、部室、グラウンド、おまけに食堂。
ハルヒがいそうな場所をしらみつぶしに探して走り回ったが、どこにもハルヒの姿がなく、いったいどこにいるんだとぼやきながらも走り続け、走りぬいた末に辿り着いた屋上、そこにハルヒは立っていた。


「いったい何をしているんだ、お前は……」
「…………」


普段の元気さは影も形もなく、そこにいたハルヒは、まるで別人かと思えるような表情をしていた。
全てに絶望し、生きる気力すら失ったかのような生気の無い瞳。
その瞬間、古泉が言っていたことを納得してしまった。


『彼女の心は孤独や拒絶にとても弱い』


なるほどな……


「……なによ、キョンじゃない……何しに来たの?」
「さぁなぁ、それは俺が聞きたいところだ、なんでこんなところにいるんだ」
「別に、どうでもいいじゃない。あんた、あたしのことなんて嫌いになったんでしょ」


まったく、怒っていたのは俺のはずなのに、なんでまたこんなことになっているのかね。
わかる奴がいたのならぜひとも教えてもらいたいものだ。


「さてね。その前に聞きたいんだが、あの時、俺がどうして怒ったかわかっているのか?」


そういうと、ハルヒはビクッと震えて俯き、開いていた口を閉じた。
その反応を見ると、どうやら心当たりはできているらしいな。


「……あたしが、あんたのことを……奴隷扱いしたから」
「ご明察、そのとおりだ」


古泉のように、肩をすくめて言ってやる。
自覚したのなら、まぁもういいだろう。
すでに俺の中でも怒りなんてものは無いからな。
自覚させただけでももう十分だろう。


「……めな……さい……」
「……ん?」


聞きなれない単語が、耳に届いた気がした。
俯いていて、表情はわからないが、何かを言い続けているように聞こえる。


「ハルヒ……?」
「……ご…め…なさい……」


正直言おう、驚いた。
近づいて、ハルヒの顔を覗き込むと、大きな瞳いっぱいに涙を溜めて、ハルヒが泣いていた。
俺に見られたことで、隠す必要がなくなったからか、ついに大きな声を上げて泣き出した。
さらに、さっきから何回も同じ事を言い続けている。


「……ごめんなさい……ごめん……なさい……ごめん……」


あぁ、こんな時、俺はなんて言えばいいんだろうな……?
泣きじゃくるハルヒを前にして、俺は不覚にもそんなことを考えてしまった。
まったく、気の利いた台詞ひとつ言えない自分が情けない。
そんな俺が出来たことといえば、子供をあやす親のように、ハルヒを優しく抱きしめて、少しでも早く泣きやめるようにと頭を撫でてやるくらいだった。


「……ぐすっ……うぅ……きょぉん……」


どうやら、逆効果だったらしい。
さっきより泣き声が大きくなった気がする。
やはり抱きしめるのはよくなかったんだろうかと思い直し、身体を離そうとしたが、ハルヒにしっかりと服を掴まれているのでそれも不可能となった。
……俺にどうしろと?


「とりあえず……落ち着け、ハルヒ」


声をかけ、身体を離してみようと試みるも、しっかりとしがみつかれ、その上首を横に振って拒否された。
さて、どうしたもんか。
それでも、少しは落ち着いたのか、ハルヒがポツリともらすようにしゃべり始めた。


「バカよね……あたし……キョンなら……なんでも許してくれるって自惚れてた……」


そうだな、さすがにあのときのお前の発言は行きすぎだったと今でも思うぞ?


「……夢でなら素直に言えるのに……ごめんね、キョン……」


まったく、普段からこういうしおらしさを少しでも見せておけよな。
そうすれば、今よりも違う意味で人気が出たろうに……
いや、それはそれでこいつらしくないか。


「そういうのは、現実で実際に言ってくれ。その方がいまの何倍もいい」
「……うん、目が覚めたら……きっと……」


泣きつかれたのか、俺の腕の中に納まったままハルヒは眠ってしまった。
それと同時に、灰色の世界にひびが入り、少しずつ崩れ世界に色が戻っていった。
そして、俺の見ている世界が足元から歪んでいく感覚。
あぁ、戻るのか……


「……おやすみ、ハルヒ」


目覚めると、そこはやはり自分の部屋のベッドの上で。
時間を見れば時計は5:30と表示されていた……
うん、おやすみ。
問答無用で俺が二度寝を選択したのは言うまでもないだろう。
眠いんだからしょうがない。



















結局1時間ほどで妹に文字通り叩き起こされ、眠気も覚めやらぬまま学校へ向かうことになった俺。
あぁ、どうせなら休んでゆっくり寝ていたいものだ。
そうぼやきつつ、早朝強制ハイキングコースを踏破した俺は、教室の扉を開けた。


「来たわね、キョン。ちょっと来なさい」


開けてそうそう、待ち構えていたんじゃないかと錯覚するようなタイミングで現れたハルヒにまたしてもネクタイを掴まれ、階段まで引き摺られる俺なのだった。
引き摺られ辿り着くのはこれまた恒例か、文化祭の時に使われたような材木が置かれた階段の踊り場だった。


「で、なんのようだ」
「…………」


今になって気づいたが、ハルヒはポニーテールにしていた。
あぁ、相変わらずこいつのポニーテールは反則的に似合っているなぁと、正常に働いていない頭で考えていると、ハルヒは何かを決断したかのような強い意志を秘めた目で俺のほうを見た。


「……ごめんなさい」


その行動があまりにも似合ってるようで似合っていなくて、ついつい俺から苦笑が漏れてしまったのも仕方が無いだろう。
こいつほど謝るなんて動作が似合わない奴もそうはいない。


「な、なによ、人がせっかく謝ってるっていうのに!」
「いや、すまんすまん」


そりゃあ自分としては真剣に謝ったのに笑われたら怒るだろうさ。
俺の態度が不服なのか、頬を膨らませてそっぽを向かれた。
やめてくれ、その行動、似合いすぎてどうにかなりそうだ。
そうだな、仲直りの印ってわけじゃないが……








「ハルヒ」
「……なによ」








たまには素直に言ってやろうじゃないか。







「その髪形、似合ってるぞ」
「――――っ!?」













その時の、真っ赤になったハルヒを見ものだと思ったのは、内緒にしておこう。


















 後書き

以上、『涼宮ハルヒの憂鬱』の二次創作でした。
シリアスを目指してみたにも関わらず、微妙に違う気がするのは俺の気のせいだろうか。
うーん、書きなれてないから難しいね、以後課題としましょう。

とりあえず喧嘩するハルヒとキョンを書いてみたくなって頑張ってみたつもりです。
もうちょいいい表現あったかなーとか思ってますけど、まぁこれはこれでアリかな?

それでわ、また、次回作にて。

            From 時雨  2007/03/27