さて、人にも寄るところではあるが、大抵寝る前にすることの代表格というのは風呂と言っても問題ないだろう。
我が家でも、その例によって例の如く、さも当然と言わんばかりに風呂に入るわけなのだが、今回の問題は、そこで発生した。


「さーて、今日は1番風呂だし、ゆっくりと日ごろの疲れを癒すとしますかね」


そう、俺は日々疲れている……
否、疲れさせられていると言っても過言でも誇張でもましてや、空想夢想妄想ストーリーでもなんでもなく、ハルヒに押し付けられる雑用という雑用のおかげで、心身ともに疲れているのである。
その疲れを癒す、プライベートテリトリーのひとつが、我が家の風呂である。


バシャ


「つめてえええぇぇぇ!」


そう、問題とは、我が家のボイラーが故障したのだ。





















風呂釜に入っていた水は、無残にもボイラーの恩恵を受けることがなかったためお湯にはならず、そのままの状態を保ち、俺を迎え入れたというわけだ。
ええい、忌々しい。


「へっくし!」
「……なによ、それ、くしゃみ?」
「やかましい」


結局、昨日は銭湯に行く気にもなれず、気合で入浴を済ませたのだが、さすがに悪影響が出てしまったらしい。
今朝からくしゃみが止まらない、風邪でなければいいのだが。
親が言うには、ボイラーの型が古かったらしく、取替えに最低1週間はかかるということらしい。
なんていうことだ、俺のプライベートテリトリーでも最高峰を誇る癒しの空間が使用不可能になるとは……


「今日からどうしたもんか……」


さらに親が言うには、銭湯代も馬鹿にならないということで、できるなら友人の家の風呂を借りれないか聞いておけと言って来た。
普通、そんなこと聞けるわけが無いだろう?
そんなずうずうしいことを聞けるほど、俺の精神は図太くはない。
仕方ない、親が出し渋るのならば自腹を切って銭湯に行くか……


「どうするって、何を?」
「我が家のボイラーが壊れてな、しばらく風呂が使えん」


ハルヒがついつい自然に聞いてきたので、ついつい反射的に答えてしまった。
しかしまぁ、この程度のことでまぁ、何かが発生することはないだろうと思ってしまった俺が甘かったのか、はたまた、その予想の斜め上をいくハルヒがただものじゃないのか、どっちなんだろうな?


「…………」


ハルヒは、何かを考えるような素振りを見せ、結局その後しばらくは俺が何を問いかけても反応すらしなかった。
……なんだというんだ?


「さぁて、今日も授業が終わったぞっと、帰るかー」
「待ちなよ谷口、今日は掃除当番だろ?ほら、諦めてやってきなって」
「くっ、邪魔をするな国木田、俺のさりげなく逃げる作戦が!」
「諦めろ、というかお前逃げる気だったのか……」


放課後になった瞬間、谷口が自然な動作で立ち上がり、帰宅しようとしたところ、国木田によって見事な妨害にあっていた。
誰しも回ってくる定めだ、諦めて清掃活動に従事するがいい。
俺は掃除当番でもなんでもないから帰らせてもらうがな。


「じゃ、せいぜい頑張れよ」
「くそぉ、キョン!お前には友を手伝うという心優しき気持ちはないのか!」
「あいにくだが、今日は切らしているな」


と、いうか。
どうせ嫌でも回ってくるものにわざわざ自分から手伝いを申し込むなんてするわけがないだろう。
もしこれが、朝比奈さんと一緒というのならば、考えること事態はやぶさかでもないが。


「ハルヒ、部室、行かないのか?」


結局、ハルヒは午後の授業一杯を使い悩み続けたのか、比較的平和という午後の時間を俺は獲得することができた。
だがどうにもこいつが黙っているっていうのは不気味だ。


「あ、行くわ。ちょっと待って」
「早くしてくれ」
「うるさいわね、ちょっとくらい待ちなさい!」


少し煽っただけだろう、なぜにそこまで強く言われねばならんのだ。


「さ、行くわよ」


言っても無駄だから言わないがな。
やれやれ、少しは俺の話を聞いてくれると嬉しいんだがな。


「今日はコレなどいかがでしょう?」
「……またオセロか」


部室に行われる定例会議、と、名のついたただのくつろぎの時間。
恒例となりつつある古泉との不毛なボードゲームをこなしつつ、朝比奈さん謹製のお茶をすすりゆったりとした時間を味わう。
ただ、今日はやはりハルヒの雰囲気は微妙に違っていた。
そのハルヒは、現在確認してくるといって席を立って部室にはいない。
……確認って、なにをだ?


「ところで、ボイラーが故障したそうですね?」


唐突に、ニセスマイルからそんな一言が出てきた。
……お前はいつからハルヒだけじゃなく、我が家の状態まで管理するようになったんだ?


「いえいえ、もはや貴方は『組織』にとってもそれだけの重要人物になっているということです」
「……一般人の俺を見張ってどうするんだ」
「それは認識が甘いと言わせていただきます」
「……涼宮ハルヒにとって今の貴方は他の誰にも変えることができない存在になっている。それは同部活内に存在している我々にも共通している。しかし、貴方はその中でもさらに特別」


部室の飾りと化していた長門が、ご丁寧にも古泉の台詞を補完するかのように説明してきた。
俺が、特別……?
長門の方を見ると、読んでいる本もそのままに、俺に顔を向けたまま、続きを話し出した。


「現在の涼宮ハルヒがもっとも親しい交友を持つ一般人は貴方のみ、情報統合思念体は涼宮ハルヒの能力にのみ自律進化の可能性を見出しているが、一方古泉一樹が所属する組織は涼宮ハルヒと共に行動し続けられる貴方にも関心を抱き監視の手を伸ばしている」
「そういうわけです」


要するに、お前の組織はハルヒと俺を一緒くたにした監視対象としているということか?
だとしたらなんて迷惑な……
第一、ハルヒと俺をひとまとめにする理由がわからん。


「おっまたせー、あら、どうしたのキョン?なんか深刻そうな顔して」


結局、ハルヒが戻ってきたことによって強制的にこの話題は止めざるおえなくなってしまった。
聞きたいことがほとんど聞けていないぞ、まったく……


「まぁいいわ、キョン、ちょっとこっち来てもらえる?」
「来てと言うわりに、俺に拒否権が無いのはどういうわけだ」


ネクタイを掴んで引っ張っている奴が言うべき台詞じゃない。
言葉でこそ疑問系を使っているようだが、行動はいつもと変わらんぞ。


「いいから、来る」
「はいはい」
「いってらっしゃいませ」


こらニセスマイル、少しくらいハルヒを止める努力をしてみろ。
おい、肩をすくめて誤魔化すな!こっちを見てみろ、微笑ましいみたいな顔をしているんじゃない!


「で、わざわざ場所を移して何のようだ?」
「今日、ボイラー故障したって言ったわよね?」


確かに、不覚にもそんなことをぼやいた記憶が無いような気がしないでもない。


「それがどうした?」
「今日、あんたお風呂どうするのよ?」
「おそらく、自腹を切って銭湯だろうな」


ただ問題が、家の近隣に銭湯があったかなということなのだが。
もしや、親が人の家のを借りれないかと言っていた理由はこれか?


「それでね、モノは相談なんだけど……う、ウチのお風呂使う?」
「……はぁ?」


今、こいつはなんと言った?
ハルヒの家の風呂……?


「な、何を言ってるんだ!?お前の家にだって親くらいいるだろう!?」
「別に大丈夫よ、さっき確認したら今日は両方とも遅いから」
「そういう問題じゃないだろう!?」
「なによ、嫌なの!?」


どうして逆ギレされなきゃならんのだ。
いや、提案自体は助かるといえば助かるのだが。
公共浴場でくつろげるかといわれるといまいち俺は好きじゃないから疑問が残るしな。


「それにしたって倫理的な問題とか、あほらご近所づきあいってものがあるだろう?」
「別に言いふらさなきゃ家の中でなにしてたなんてわかりゃしないわよ、それとも、キョンは言いふらすの?」
「んなわけあるか!」


誰がそんな寿命を縮めるようなことをするものか。


「なら、問題ないわよね?」


結局、放課後はハルヒの家に行くように、とハルヒにそう押し切られた。
ご丁寧にも、ちゃんとウチに来ないと死刑だからねとまで脅されて……
なんだっていうんだ。



















でかいな……
ハルヒの家を見た正直な感想だ。
ウチよりも一回りくらいでかいんじゃないだろうか……?


「やぁっと来たわね」
「わざわざ待ってたのか……?」


玄関前にはハルヒが仁王立ちしていた。
まったく、俺が来ないという可能性は考えていないのか?


「べ、別にあたしの勝手でしょ」


……そうかい


「そしたら、すまないが風呂、借りるぞ?」
「お風呂はあっち、上がったらこっちの居間に来なさいね?」
「わかった。……覗くなよ?」


冗談で言ったら、スリッパが俺の顔面に直撃した。
相変わらず直情的な奴だ。


「うっさい、さっさと行け!」
「はいはい」


男の入浴シーンなんて、聞いてもつまらないだろう、割愛させてもらう。
ただ、ハルヒの家は風呂もでかかった。


「ふぅ、やっぱり風呂は一人ではいるに限る」
「お湯加減どうだった?熱かったりしかなった?」
「いや、丁度良かったぞ?」
「そ、ならよかったわ」


ハルヒが、カップに入ったコーヒーを持ってきてくれた。
風呂から上がったらすぐ帰ろうと思っていたんだが。
飲まなきゃ何かしら言われそうだよなぁ。


「コーヒーでよかった?」
「いや、なんでもいい。ありがとう」


お礼を言った瞬間、ハルヒが驚いた顔をして固まった。
……俺がお礼を言うのはそんなにおかしいか?


「別に、なんでもないわ」


……そうかい。
コーヒーをご馳走になって少しばかりゆっくりしていたが、いい加減時間も遅くなってしまった。
いかんな、そろそろ帰ろう。


「それじゃぁ、俺はそろそろ帰るとするかね」
「あ、もう帰るの?」
「さすがにこれ以上長居するのも悪いだろう」


それにしても、結構遅くまでいたんだが、親御さんが帰ってくる雰囲気がないな。
帰るといったときのこいつの表情、どうにも普段と違うように感じたんだが、気のせいか……?


「ハルヒ、親御さん、まだ帰ってこないのか?」
「……いつも遅いから、どうせまた日付が変わる頃に帰ってくるんじゃない?」


さて、ここで俺の頭の中にひとつの仮定が生まれたわけだが、果たして俺の想像がこいつに当てはまるかと言われればそれはそれで疑問は残るわけだ。
でもまぁ、聞いてみるだけ聞いてみてもいいか。


「寂しいのか?」
「――――っ!」


どうやら、ビンゴだったらしい。
ハルヒは顔を赤くして、そっぽを向いてしまった。
この広い家に、他の誰もおらず一人で過ごすのは俺だったらきっと多少の寂しさを感じると思って聞いてみたのだが、こいつにもそれは当てはまるらしい。
風呂上りの俺を引き止めていた理由はこれか。


「ハルヒ」
「な、なによ」


仕方ない、俺はこの団長さんを寂しくさせないためにも一仕事しますか。


「お前がよければ、ついでだから勉強で分からないところを教わりたいんだが、時間はあるか?」


俺は、SOS団の雑用係だからな。
そう自分に言い聞かせて、ハルヒに問いかけてみた。


「……き、キョンがそこまで言うなら教えてあげるわ。でも、教える以上しっかり理解させるからね!」
「まぁ、お手柔らかに頼むよ」


相変わらず赤いまま、それでも嬉しそうな顔でこっちを見た。
まったく、素直じゃないな。
だが、寂しそうな顔をされているよりはずっといい。
親が帰ってくるだろう少し前に帰れば……まぁ、問題もないだろうしな。


















「違う、またそこ間違ってるわよ!」


















……しかし、帰れるんだろうか?


















「何回説明させるのよ!!だからこれは……」






















ムリかもしれない。


















 後書き

ハルヒは、キョンを引き止めるためならどんな手段でも用いそうな気がする。
そんな考えが浮かぶ中書き上げてみました、その17です。
タイトルってまともにつけたほうがいいんでしょうかねぇ……?
最初の予定ではこんなにハルヒ系SSが増えると思ってなかったんで、こういった形で書いてたんですが。
まぁ、それは追々考えましょうかね。

次は頑張ってまた甘いの書いてみようかなぁと思ってますが。
はてさてどうなることやら。

それでわ、また、次回作にて。

            From 時雨  2007/03/31