いつからだろうか、俺がこんなことを考えるようになったのは。 いや、始まりなんてそんなもの随分と前から分かってた。 だけど、言う勇気が無くて、今というこの心地よい時間を壊すのが怖くて。 そして……あいつに拒絶されるのが怖くて…… 「……ふぅ」 だから今日も、俺は自分を、自分の心を偽る。 みんなのために、ハルヒのためになんていう気はない、そんな高尚なことを言えるような人間じゃないんだ、俺は。 コレは全て、自分の為、そう言い聞かせて、俺は教室への扉を開けた。 「やっと来たわね、キョン」 「よぅ」 いつもどおり、足を組んで、机にひじを突いた不敵な笑みで俺のほうを向いてくる。 やめてくれ、そんな笑顔を俺に向けないでくれ。 心が嫌な音を立てて軋んでいく…… 「随分と、機嫌がいいな」 「もっちろん、だって今日は新しいみくるちゃんの衣装があるんだから!」 大きな瞳をキラキラと輝かせて、俺を見据える。 「……そうかい、あんまり無茶なことはするなよ、朝比奈さんが泣くぞ?」 「なによ、またみくるちゃんの味方する気?」 「そういうわけじゃないさ、ただ人としての正論だろう?」 その笑顔を見ていたら、言ってしまいそうだった。 俺がハルヒを好きだと言うことを。 だけど、言わない……いや、言えない。 結局俺は、それ以上、ハルヒの顔を見ていられなかった。 「どうしたのよ、なんか変ね、今日のキョン」 「気のせいだろ、もしかしたら眠いからかもしれないな」 ハルヒの方を見ないまま、机に突っ伏して、半分強制的に会話を終了させた。 後ろの方で何か唸るような声が聞こえたが、それを俺は黙殺した。 ……なさけねぇな、俺。 「……変なキョンね」 「…………」 放課後になってからも、普段どおり接しようとしても上手くいかなかった。 ハルヒの発言に対して応対してやろうとすれば、言葉が詰まり、笑おうとすれば、ただ無様にひきつったような、笑いとは程遠い顔しかできなかった。 「ねぇ、キョン、あんた本当に今日は変よ?」 「……言っただろう、気のせいだって」 SOS団の部室で、ハルヒがガラにも無く心配そうな顔をして俺のことを覗き込んできた。 止めろ、今、俺はお前の顔を見て普段どおりにいられる自信がない。 ……普段どおり……? 俺の、普段どおりってのはどういうのだった? ……どういう態度で、俺はハルヒに接していたんだ……? 分からない、わからない……ワカラナイ……自分が、分からなくなっていく…… 「……スマン、調子悪いから今日は帰るわ」 「あ、ちょっとキョン!?」 もう、限界だった、これ以上、今このSOS団の中にいるのも、朝比奈さんや長門、古泉と顔を合わせるのも……そして、ハルヒのことを見ることも。 俺は、逃げるようにカバンを持って部室を後にした。 「……なんなんだよ、いったい」 家に着き、部屋に戻り、カバンを適当に投げ捨てて、制服のままベッドに倒れこんだ。 ……ちゃんと分かってはいるんだ。 俺の態度が変なことも、普段とは違うってことも。 一番心配をかけさせたくない相手に、結局心配をかけさせてる自分が情けなくて、悔しくて、そして心が切なくて……気づけば、俺の頬に何かが流れていた。 「……泣いてんのか、俺……は、ははは!」 この年で、高校生にもなった男が、ただ一人のことを考えて涙を流すなんて、滑稽にも程がある。 何がみんなのためだ、何がハルヒのためだ…… 結局、俺は俺自身の心が傷つくのが怖くて、それから逃げてるだけなんだ。 こんな……こんな自分本位で、周りのためだなんて言ってる偽善者には、さぞお似合いの姿だな。 「ははは……はは……くっ……う……うぐっ……」 張り裂けそうなくらい、心が痛い。 無様に、まるで赤ん坊のように泣き喚いてしまいたい。 だけど、それをしてしまえばきっと、俺は自分の中で何かが許せなくなる。 ハルヒや、SOS団のみんなともう顔を合わせることすらできなくなる。 そんな確信めいた予感が頭をよぎった。 それだけは、絶対に嫌だった。 なにより、ハルヒを見れなくなるのが……辛く、怖い。 「……くっ……っ……」 ピピピッ!ピピピッ! 「…………?」 静寂が支配する空間で、携帯が突然鳴り響いた。 緩慢な動作で携帯のディスプレイを覗き込むと、そこに表示は『着信:涼宮ハルヒ』と表示されていた。 「登録した、覚えなんてないんだけどな……?」 今の俺は、誰とも会話したくない、いや、できなかった。 きっと、SOS団の誰かの顔を見たら、声を聞いたら、情けなくも泣くだろう、縋りついて、泣き喚くだろう。 「ごめん、ごめんな……ハルヒ、今は……出れない」 通じるはずもないディスプレイに向かって謝罪の言葉をかけた。 そして、開いた携帯を閉じて、ただ、今だけはこの着信が早く終わることだけを祈った。 ピピピッ!ピピ…… 留守録に変わり、電話が切れるのを確認してから、俺は携帯をサイレントモードに変更して、部屋の隅に放り投げた。 すでに視界は狭くなって、頭の中はなにも考えられないくらいにめちゃくちゃだった。 頼むから……今は、今だけは、一人にしてくれ…… ……なんだ……眩しい? あぁ……結局あのまま寝ちまったのか。 気だるい身体を無理やり動かし、まだはっきりとしない頭で洗面所まで歩いていく。 気持ち自体は、昨日からまったくと言っても問題ないくらい変わらず、沈んだままだった。 「……はは、ひでぇ顔だな、おい」 目の周りはむくんで、まるで一昼夜泣きつくしたかのような様相だった。 とりあえず、顔を洗い、歯を磨いて部屋に戻る。 そこで、部屋の隅にあった携帯が目に付いた。 「そういえば、昨日着信着てたな」 携帯を開いて、履歴を確認してみると、着信とメールが大量に来ていた。 『キョン君、調子悪そうでしたけど、大丈夫ですか?』 朝比奈さん…… 『……無理しないで』 長門…… 『僕でよろしければ、いつでも相談に乗りますよ?』 古泉…… そして…… 『なんであたしからの電話に出ないのよあんたは!』 『どうしたのよ、なにかあったの?』 『……返事、返しなさいよ』 ……ハルヒ。 SOS団のみんなが、俺なんかを心配して連絡をしてくれていたらしい。 また、涙が出そうになった。 ダメなんだよ……俺は、みんなに心配してもらえるような人間じゃないんだ…… 携帯を握り締めて、必死に涙を流さないようにしていると、暗くなっていたはずの画面が光っていることに気づいた。 「……メール?こんな早くから?」 宛名はハルヒからだった。 『何があったか知らないけど、学校には来なさいよね……それと、心配させるな、バカ』 ハルヒらしい文だと、なぜかわからないがそう思った。 そうだよな、みんなに……ハルヒに心配かけるわけにはいかないんだよな。 気持ちの一部だけでも切り替えて、気だるい身体に鞭を打ち、とりあえずよれよれの服を最低限着替えて家から出た。 玄関から出てすぐ見えた外はどこまでも遠い青空で、俺の心とは真逆なくらい綺麗な色をしていた。 「――――っ!?」 視線を空から前に戻したとき、目の前にあったあり得ない光景に一瞬、息が詰まるかと思った。 だってそうだろう? そこにいたのは…… 「おはようございます、キョン君っ」 「……おはよう」 「おはようございます、今日もいい天気ですね」 「……朝比奈さん……長門……古泉……?」 天使の笑顔の朝比奈さん、相変わらず無表情だけど、どこか雰囲気がやわらかい長門、片手を上げて、いつもどおりの胡散臭い笑顔の古泉。 そう、SOS団のメンバーだった。 そして、その3人の少し後ろで少しだけ不機嫌そうなアヒル口をした…… 「遅いわよ、遅刻しちゃうじゃない」 俺が会いたくても会うのが怖くて、それを上回るくらい会いたいと思う少女、涼宮ハルヒがそこにいた。 「みんなが誘ってくるから、仕方なくSOS団総出で迎えに着てあげたわよ、感謝しないさい。昨日のあんたの様子も変だったしね、仕方なくなんだから」 あぁ、そうか…… 俺は本当にバカだな…… こんなにも、みんなから支えられてるっていうのに、ただ、そんな単純なことを見失っていたなんて。 「ほら、さっさと行くわよ」 ハルヒが歩き出し、みんながそれについて歩き出す。 俺も、一歩遅れる形になったけど、みんなと一緒に歩き出すことができた。 ……大丈夫、俺は、まだ耐えられる。 耐えて耐えて、いつか、この気持ちを素直に、自信を持って言えるような人間になろう。 「……それで、調子は大丈夫なの?」 ハルヒが前を向いたままそう問いかけてきた、他の3人は、歩きながらも俺の方に顔を向けて、心配そうな顔をしていた。 それに対して、俺は、笑顔で言えたと思う。 「悪かったな、もう平気だ」 たとえそれが、今は偽りの仮面であったとしても。 でも、今はまだ、この関係のままで。 「そ」 いつか、ハルヒの隣に、笑顔で立てるように。 俺はゆっくりと進んでいこう。 後書き タイトルつけるならキョンの苦悩、みたいな? シリアスラブみたいなのが読みたいという要望があったので挑戦してみたのですが…… なんていうか、シリアスラブ書いたこと無いので綺麗に玉砕した気がします、無念 やっぱり腕がまだまだ足りませんな、精進精進、喝っ 機会があれば、すこしずつこういったのに挑戦してみようと思います。 どれほどのものが作れるかは疑問ですがね? それでわ、また、次回作にて。 From 時雨 2007/04/10 |