春麗らか、そう表現したとしてもなんの差し障りも無く、逆に良く似合うんじゃないかと思うような日常。
教師の声は最強の睡眠効果を発生させ、クラスの大半はすでにその攻撃に耐えかねて夢の世界に旅立っていた。
そして、俺もまた、その睡眠という強敵に抗う事無く、身を委ねようとしているとき。


「……ん?」


綺麗に折りたたまれた紙が、後ろのほうから俺の目の前に投げ込まれた。



















とりあえず、大半のクラスメイトが睡眠という理想郷に旅立っているときに、こんな事をしてくるだろう人物の心当たりは、俺には良くも悪くも一人しかいなかった。
そもそも、俺の座席は、教室の後ろから2番目という好ポジションであり、その後ろには一人しかいないので、考えるまでも無いのだが。
一応言っておこう、その心当たりとは、涼宮ハルヒ、その人だ。


「……開けてみろ、ね」


投げ込まれた紙には、ハルヒが書いたであろう綺麗な文字で、それはもう物騒なことに「開けないと死刑」と書かれていた。
……まったく、毎回毎回なんで俺は死刑という言葉で脅されなきゃならんのだ。


「……はぁ」


小さく、ため息をこぼしてしまったが、どうやらハルヒには運良く聞こえていなかったらしい。
聞かれていたらそれはもう大変な事態が、俺の身に降りかかってきていることだろう。
……勘弁して欲しいものだ。
こう余分なことを考えていて、後ろの存在が不機嫌になるのはよろしくない。
仕方なく、俺は折りたたまれていた紙を広げてみた。


『ヒマ』


なんとも、簡潔な文章が書かれていた……いや、これはもはや文章ですらないな、単語だ。
わざわざ自分が暇だと言うことを伝えるために、こういった回りくどい手法を使ってきたらしい。
……このまま放置したとしても、俺にはなんの罪も無いと思う。
だが、この後恐らく俺の反応が無かった場合、ハルヒは第2弾、第3弾と投げ込んでくるか、もしくは不機嫌なオーラをかもし出し、挙句の果てには閉鎖空間!なんてこともあり得る。
……冗談じゃない。


『俺にどうしろと?』


この場合、素直にハルヒの相手をしてやるのが俺の身を考えてみた上で最上級の対処法であり、また、最大級の愚策であろう。
結局のところ、俺にはハルヒに関わらないという選択肢は、ずっと昔に消滅していたらしい。
再び出そうになったため息を強引に飲み込んで、俺は書いた紙をたたみ、後ろの席に回した。


『団長の暇の解消も団員の仕事でしょ』


……なんとも勝手な理由付けだな、おい。
完璧に雑用扱いになっているような気がするが、それは確実に気のせいじゃないだろう。
とりあえず、俺はハルヒの暇つぶしに少しだけ付き合うことにした。


『まぁ、確かに暇だからな。だが、特に何も思いつかないぞ?』


これは正直な感想だと思う。
だってそうだろう?唐突に暇つぶししろと言われても、思いつくはずがないし、それが授業中ならなお更だ。


『いいから、何か考えなさいよー』


……俺に拒否権ってものが存在するのなら、いま喜んでその権利を行使するだろうさ。
まぁ、行使したところで、結局のところハルヒには効果なんて見込めないんだが。


『寝ればいいだろう?』


どうせクラスの大半は夢の中だ、それに、お前は普通に聞いてなくても納得したくないがいい点が取れてるじゃないか。


『いやよ、そんな気分じゃないもの』


なんともわがままな理由だな、おい。
お前のその気分によって、俺の睡眠が妨害されていると言う事実に、気づいているのかいないのか。


『なら、特になにも思いつかないな』


実を言うと、しりとりとか簡単な遊びなら思いついていたが、ハルヒと仲睦まじくそんな遊びをする気にはならなかったので言わなかった。


『何よ、役に立たないわね』


結局、この台詞が返ってきた。
……なんというか、不服なことにだいぶ慣れてきたとは言え、わざわざ聞こうなんて考えることすらないんだが。
改めて言われると、やっぱり頭にくる台詞だよな。


『なら、勝手にしろ』


さすがに役に立たないと言われてまで、ハルヒの暇つぶしを考えてやるほど俺はそこまでお人よしじゃないつもりだ。
そう開き直った俺は、最初に襲ってきた睡魔という敵に身を委ねようと、机に突っ伏すことにした。
無返答だと何を言われるかわかったもんじゃないから、内容はともかく、返事だけは返しておいたがな。
さて、おやすみ。






















授業が終了した頃、目が覚めたが、そこにあった光景は異常だったというしかないだろう。


「……なんだ、この量は」


机に腕を組んで、その上に寝ていたわけだが、その腕の隙間にびっちりと、ハルヒとやり取りしていたときと同じくらいの紙が大量に積もっていた。
俺が寝てる間、ずっと投げ込んでいたらしい。
……教師は気づかなかったのか?


「本当に暇だったのか」


後ろを見てみると、ハルヒはどこかに出掛けているのか不在だった。


「……やれやれ」


一応、何が書いてあるか把握するべきかと頭の片隅で考えて、きっちりたたまれているものを地道に広げていく。
書いてあることは単純で、暇から始まり、いつも聞かされてるようなバカだのアホだの、さらにはなんというかエロキョンだの、色情狂だの見もふたもないことまで書かれていた。


「まったく、あいつも暇だな」


呆れながらも、結構な量の手紙をひとつずつ開けていく。
その中に、なにか違和感を感じさせる紙があるのに気づいた。


「……なんだ、これだけ……筆圧が濃いのか?」


書いてあるのは変わらず俺をなじる言葉だったんだが。
触った感触が、紙なら滑らかな表面が少なからずあるはずなのに、どこかゴツゴツとした感じがあるというか……
なんだ、確か昔なんかでこんなのがあったような気がするんだが……?


「あぁ、そうだ、これは確か……」


書いてある文字を消して、シャープの芯を1本取り出し、指の腹で紙の上に押し付けて走らせる。


「お、やっぱりこれであってたか」


紙に文字を書く代わりに、先のある程度細くなっているものでなぞって文字を書くという、どこかの探偵がダイイングメッセージとして発見することの多い手段だよな。


「えーっと、何々……」


たく、こんな回りくどいことしやがって……
そう考えて、俺は席を立った。


「あれ、キョン、どこ行くんだよ?」
「悪いな、谷口。野暮用だ」


まったく、お前のそれに付き合う俺の身にもなれって。


『屋上に来てください、話があります』


だけど、これは行かなきゃいけないよな。
長門の時とも、朝倉の時とも、朝比奈さんの時とも感覚が違う。
俺自身よくわからないが、身体が、気持ちが急げ急げと煽り立ててくる。
その衝動に突き動かされるまま、俺は屋上への階段を駆け上った。


「よぅ」


扉を開けると、どこまでも青く果てしない空が視界に広がった。
そして、そこにただ一人、俺が来るのが分かっていたかのようにフェンスによしかかったハルヒがそこにはいた。


「まったく、わかりづらいことをするな、俺が見逃してたらどうするつもりだったんだ?」


ハルヒの表情は逆行で、こっちからは見えないが、それでも、俺は一歩一歩確実にハルヒの前へと歩いていった。


「さて、それで……話があるんだろ?」


今、目の前にハルヒがいる。
さっきまで逆行で見えなかった表情も、今ではしっかりとこの目に見えている。
そこにいたハルヒは、どこか吹っ切ったような表情で、でもどこか悩んでいるような表情をしていた。


「…………」
「…………」


青く広い空の下、その天気とは裏腹の雰囲気が、俺とハルヒの間に沈黙として現れた。
……てっきり、ハルヒの方から何かを言ってくるものだとばかり考えていたため、今この現状で、俺が声をかけるなんて気の利いたことなどできるわけもなく、ただ沈黙に耐えるしかなかった。


「あー、なんだ、その、ハルヒ……?」
「あぁもう!あたしらしくないわっ!少しはみくるちゃんみたいにやってみようかと思ったけど、あたしにはぜんっぜん合わないわね!」


それも、長くは続かないのは、これはもう運命と言い換えてもいいのではないだろうか?
ハルヒは、何を思ったのか、頭をワシャワシャと掻き乱して、今までの雰囲気を吹き飛ばすかのように声を荒げた。
唐突すぎて、一瞬思考が止まりかけた。
だが、残念なことに宇宙人、未来人、超能力者の面々により、日常ではありえない驚き体験を済ませていた俺は、予想以上に落ち着いてハルヒの行動を見ていられた。


「いい、キョン!一回しか言えないからね、よっく聞きなさい!?」


俺の服の裾を掴み、絶対にハルヒの話を聞き終わって回答を得るまでは逃がさないと言った、猛禽類も裸足で逃げ出しそうなほど力強い瞳。


「確かに昔あたしは言ったわ、恋愛感情なんて一時の気の迷い、精神病の一種だって。でもね、それでも、この気持ちは気の迷いなんかじゃない、病気なんかじゃない。」


瞳は変わらず俺を映し、その力強い輝きは、さらに増しているように見える。


「これはあたしの意思であたしが決めたことよ。」


裾を掴んでいた腕が離れた。 かと思いきや、グイっと、擬音が聞こえてきそうなくらいの勢いで、襟元をネクタイともども引っ張られた。


「あたしに、惚れてくれない?」


俺を見上げる瞳には、俺の答えなんて分かってるといいたいのか、確信に満ちた輝きと、それに隠れるかのように存在しているかすかな不安があった。
まったく、こいつの言動はどこまでいってもこいつらしい。
そんなこいつだからこそ、俺は惹かれたんだろう。


「ふん、悪いな。もうとっくの昔に惚れてる」


そう、俺はとっくの昔からこの涼宮ハルヒという存在に惚れている。
どこに惚れたかなんて聞かれても、こいつがこいつだから惚れた、としか言いようがないだろうさ。


「うん、知ってた」
「……お前なぁ」


にっこりと、何にも変えがたい笑顔が目の前に咲き誇った。
あぁ、だめだ、やっぱりこいつには勝てる気がしない。


「で、キョン」
「なんだよ?」


笑顔の中に、どこかチャシャネコのような雰囲気を滲ませ、ハルヒが口を開いた。














「今のあたし、キスしてもいいかなって気分で待機中なんだけど?」














変わらず、果てしなく、青く、暖かく、広い空の下で。
俺とハルヒの関係が、一歩だけ前に進んだ。














「……なんとも奇遇だな、俺もだ」















 後書き

とりあえず、某会社のゲームの一部から台詞みたいなのを使わせてもらいました。
果たして、それがどのゲームのどの部分か分かる人はいるんだろうか?
分かったと言う人はすごいと思う、これ純粋に。

とりあえずその24でした。
大学始まったために意外に忙しく、どうにもPCつける気力が足りません。
基本的にやっぱり土日で書けたら更新って形になるんでしょうねぇ。

まぁ、それでわ、また、次回作にて。

            From 時雨  2007/04/21