恐らく、きっと今日の俺は疲れがひどいんだろう。
ありえるはずがない、そう、きっとない。


「現実逃避なさるのも結構ですが、現実を受け止める気概も必要になるかと」


黙れ古泉、これを現実として受け入れることが、俺にとってどれほどの苦痛を導き出すかわからんだろう?
これを受け入れるくらいなら、閉鎖空間に取り込まれてあの化け物から逃げ回った方が楽だろうよ。


「そこまでですか……?これはこれで、貴方なら良いと感じるかと思われたのですが」


もう一度言う、黙ってろ。
あり得るはずがないだろう、今の……


「キョ〜ン〜、古泉君とばっかり話してないでよっ!」


やたらと俺に甘えてくるハルヒなんて……





















「で、長門、古泉。何がどうなってこうなったか分かったか?」


普段ならあり得ないが、俺の背中に引っ付いているハルヒをとりあえず意識の外に追いやって、現状の把握が早そうな2人に問いかけてみる。
というか、この2人が分からなかったら、他の誰に聞いても分からないだろうさ。
だが、長門や古泉の反応は予想に反したものだった。


「現状としては不明です、こちらの方でも一応探りは掛けているのですが……」
「こちらも不明、情報統合思念体にも該当データが存在していない」
「八方塞ってことか……」


ちなみに、朝比奈さんはというと、ハルヒの行動に目を白黒させて混乱していられるようだ。
いやぁ、そんな姿も愛らしいです。


「とりあえず、今日は人通りが減ってから帰宅なさるのがよろしいかと」
「……こちらでも現状の解明に努める」
「そうなるか……済まないが長門、頼むぞ?」


本当ならば、今のハルヒと2人にされるのは、非常にどうして良いものかと悩むところではあるのだが、この現状で帰った所を谷口に見つかったなんてことになったら、今度は何を言われるかわかったもんじゃない。


「仕方がない、人が減るまで、待つしかないか……」
「ん?どうしたの、キョン?」


いつもみたいな自信にあふれた勝気な瞳ではなく、穢れを知らない無垢な子供のような瞳で俺を見てくる。
なんだってまぁ、こんなことになっちまったんだ……


「なぁ、一体何があったんだよ、ハルヒ……」
「別にあたしは何もないわよ?いつも通りでしょ、ね?みくるちゃん」
「ふぇっ!そ、そうです……ね!」


こらこら、そこで朝比奈さんに振るんじゃない、余計に混乱が深まっているじゃないか。
と、いうか、長門や古泉に振られるよりマシと考えるべきか……


「それより、キョン」
「ん、なんだ?」


とりあえず、元のハルヒを思い出しつつ、現状のハルヒとのギャップに頭を痛め、頭を押さえていると、服の裾が引っ張られるような感覚があった。


「抱っこ」
「……はぃ?」
「おや……」


なんだ、俺の耳がおかしくなったのか?
それともあれか、どっかから電波でも飛んできて俺が受信してしまったのか?


「……なんて言った?」
「だから、抱っこ」
「……すまん、長門、今の俺の状態はどうだ?」
「……多少の精神の乱れがあるが、それ以外は極めて正常」


っていうことは、ハルヒがさっきから言っているのは事実ということか。


「だからって、なんで抱っこ……?」
「背中じゃ嫌だからよ?」
「おやおや、お熱いですね?」


ええい、今日はもう黙れ古泉。


「それはそれは、失礼しました。お邪魔になりそうですし、僕達はこれで失礼しましょうか」
「そ、そうですね、じゃぁ涼宮さん、キョン君また明日」
「……明日」


ちょっと待て!?
この状況で、俺とハルヒを、二人だけにするつもりか!?
2人にされたらどうなるか、想像が付かないところが恐ろしすぎるだろう……


「ほーら、早く、キョンー」
「……やらないとダメか?」
「ダメ」


どうやら、俺に逃げ道というのは存在していないらしい。
さっきから立とうと努力してはいるんだが、背中に張り付いているハルヒがそのたびに巧みに重心を移動し、俺の行動が殺されていた。
く……やらなきゃダメなのか……


「はぁ……しかたねぇ……のか?」
「ほらほら、観念してあたしを抱っこしなさい」
「誰もいないのが救いか……だが、断る」


なんだろうなぁ、これを受け入れてしまったらなんというか、自分の今まで気づいてきたものが、根本から崩れ去ってしまいそうでな……
それだけは避けろ!と俺の本能が訴え続けている。


「うぅ〜……してくれないなら、こっちにも考えがあるわよ?」
「……聞きたくないが、なんだ、言ってみろ」


恐らく、聞いた後に絶対後悔するんだろうなぁ……


「泣くわ、盛大に、周りの部室に聞こえるくらいの大声で泣き喚いてやるんだから」
「……予想通りというか、こんな予想をした俺を恨むべきというか」


まぁ、今のこいつの状態からして、そんなこったろうとは予想してたさ。
正直なところ他に何するか想像もできなかったのが本音でもあるんだけどな。


「……はぁ、ほら、これで満足か?」


とりあえず、パイプ椅子を少し下げて、膝の上を空けてやる。
すると、背中にへばり付き続けていたハルヒが、嬉々とした様子で俺の膝の上に横座りで乗ってきた。
……こいつ、軽いな。


「んふふ〜、最初からそうすればいいのよ」
「待て、膝に乗るのは百歩譲るが、抱きつくな、しなだれかかるな!顔を擦り付けるなっ!!」


いくらなんでも俺も健康的男子であるわけで、慣れてないこの状況で、しかも突飛な性格を除けば美少女間違いない、このハルヒに抱きつかれて平常でいられる自信はない。
だからといって、その衝動に負けるほど俺は節操無しでもない。
結局、俺はハルヒの成すがまま、固まっているくらいしか出来なかった。


「…………」


なんの拷問だ、コレは。
新手の敵対組織の嫌がらせか?
はたまた情報統合なんとかの急進派とか言うのの攻撃か?


「ふふっ♪」


よくわからないが、どうやらハルヒ自体は大層ご機嫌らしい。
ただ、俺の膝の上に座っているだけなんだが……
だが、これはこれで可愛いような。
って、今なにを考えた、俺も今のこいつの雰囲気に流され始めてないか?


「よし、そろそろ人も減ってきたろうから帰るぞ、ハルヒ!」


出来うる限り早急に、そして迅速に!
人が減ってきたと言え、まだ完全になくなったわけじゃないのは事実、さらにいろんな意味で北高で有名なハルヒだ。
こんな状態を他の奴に見られたらと思うと、やはり自分から進んで閉鎖空間に行きたくなる。
そんな俺の気持ちも露知らず。


「えぇ、もうちょっと」


俺の上の人は、聞く耳すら持ってくれないようだ。


「ほ、ほら、そろそろ帰らないと親が心配するだろう?」
「あら、あたしの両親が今海外に行っていないのは知ってたはずでしょ?」


そんなこと初耳ですが!?


「それに、1人は寂しいのよ……?」


あぁ、そんな耳元で甘えるような声を出すんじゃない。
朝比奈さんとはまた違った艶めかしい感覚が……って、考えるな、俺。


「い、いや、それでも、ほら、そろそろ帰らないとな?」
「……ふぅ、仕方がないわね」


どうやらなんとか納得してもらえたらしい。
ハルヒは俺から降りると自分のカバンを取りに団長席の方へ歩いていった。


「……はぁ、ひとまず落ち着いたか」


早く帰って風呂に入って寝よう……
そう考えて俺もカバンを取って立ち上がったが、唐突にカバンを持つ手とは反対方向に重みが掛かった。


「でも、分かれるまではこうしてるわよ!」


カバンを肩に提げたハルヒが、俺の腕に抱きついてきた。
世間で言うところの腕を組むという、カップル御用達の行動だ。


「なっ!?」
「……ダメ?」


何をしているんだ!と、言おうとした俺の言葉は、下から覗き込んでくるようなハルヒの目線のおかげで、口に出すことができなかった。
くそ……その表情は反則だろう……
まるで、捨てられる小動物のような雰囲気がハルヒから漂っていた。


「……しかたねぇ……分かれるまでだぞ?」
「うん!」


そんな状況のハルヒを無碍にすることも出来ず、結局俺は、ハルヒのしたいようにさせるしかできなかった。
俺は、こいつに甘すぎるのかねぇ……?


「早く早く!」
「分かった!分かったから落ち着け!!」


その後、やたらと甘えるハルヒに負けて、こいつの家まで送り届けることになってしまった。
……勘弁してくれ。























心労の回復も見受けられないまま、次の日は変わりなく訪れるわけで。
問答無用で妹にたたき起こされた俺は、まだ起ききっていない脳を出来る限り回転させ、学校へ向かう準備を済まし、気だるい雰囲気を消さないまま家を出た。


「遅い!」


そして、そこにある光景に、俺の脳は再びフリーズした。


「……なんで、お前がここにいる?」


そこにいるのは誰であろう、SOS団団長にして、世界の命運すら無意識のうちに自由に出来てしまう、涼宮ハルヒだった。
先日見せていた、あの雰囲気はすでに跡形もなく、いつも通りの勝気で、自信に溢れた大きな瞳をコチラに向けていた。


「なんでって……そりゃ、あれよ」
「……どれだ」


今だ俺の脳は、今起きている事態を処理し切れていない。
その為に、対応が若干おざなりになっているが、そこは勘弁していただきたいものだ。


「だから、その……あぁ、もう!いい、1度しか言わないから良く聞きなさい!!」


何が言いたいのか、ハルヒは普段は見せないような赤い顔をして、わたわたと手を慌しく動かしていた。


「き、昨日のことは忘れなさい!」
「……はぁ?」


昨日っていうと、アレだよなぁ……?
その事を言うってことは、こいつ、昨日の記憶はあるのか……


「昨日って……記憶、あるのか?」
「――――っ!?」


ハルヒの顔が、さらに一段階赤くなった。
どうやら、記憶だけはある状態だったらしいな。


「わ、忘れなさい!!」
「まぁ、お前がそういうなら、そういうことにしておくさ」


珍しいものも見れたことだし、これはこれで役得だったと考えておくさ。
そうしないと、いろいろと余計なことまで思い出しそうだ……
ハルヒの身体、小さくて軽かったな……
って、考えるな、忘れろ、俺。


「でも、あれはあれで可愛かったけどな?」
「なっ!?」
「普段が普段だからな、態度の柔らかいお前っていうのも新鮮だったぞ」


そういった後に、自分が言ったことに気づいてしまった。
何を言っているんだ、俺は……
ハルヒは口をパクパクさせて、何を言っていいかわからないといった状態だった。


「た……」
「すまん、忘れてくれ」
「……たまになら、やってあげるわよ」


ん?今、ハルヒは何か言ったか?
うまく聞き取れなかったんだが……


「ん?なんだって?」
「なんでもないわ!ほら、早く学校に行くわよ!!」
「あ、あぁ」


改めて聞きなおしても、ハルヒは教えてくれなかった。
なんだっていうんだ、一体?


「ほら、早く、今日も一日がんばるわよぉ!おー!」






















放課後、結局昨日のハルヒはなんだったのか、というのを朝比奈さんや長門、古泉に聞いたところ、よくわからない返答が帰ってきた。


「昨日の涼宮ハルヒは正常であり、正常ではなかった」
「いやぁ、涼宮さんも変わったアプローチのしかたをなさいますね」
「涼宮さんは、甘えるのが苦手なんですね」


……よくわからないぞ。


「こちらの『組織』や、長門さんの方の介入もありませんでした」

……ということは。

「これは彼女が望んだことだ、と、そう考えてくだされば十分かと」


要するに、ハルヒは、俺に甘えたかったと?


「……その通り」
「……まったく、回りくどい奴だ」
「可愛らしいじゃありませんか」
「本当に、涼宮さんらしいですね」


まぁ……今回だけは同意するよ、朝比奈さん、古泉。
対応に困ったが、確かにあれは可愛いと思えたさ。
だけど、生憎とそう簡単に言ってやれるほど、俺も大胆なわけじゃないんでね。


「今言った事、あいつには、内緒にしておけよ?」
「ふふ、了解しました」














いずれ、機会があれば言ってやるさ。
















あの可愛らしく、愛しい人に向けてな。


















 後書き

長くは書きません、ただやりたかったんです(ぁ
えぇまぁ、こういうのを見てみたくなっただけですよ!!
書いてて痒かったけど面白かったぞ畜生!

と、いうわけで、次も考えてありますので今回はこの辺で。

            From 時雨  2007/05/20