はて、どういうわけか。
何事もなく、平穏であり穏やかな時間が流れている文芸部室内。


「どうかしましたか、集中できてないように見受けられますが」


いや、そういうつもりもないのだが、どういうわけか、今この状態に対して、少なからず違和感と言うのが正しいのか、そんな空気を感じているわけだ。
しかし、見ている限り変化があるようには見えないんだが、お前はどうだ、古泉。


「そうですね……特に感じませんが、『機関』からも何も連絡を受けてはいませんが」


そうか……どうやら俺の勘違いのようだな、悪い、気にしないでくれ。


「そうですか」


……しかし、そうは言ったものの、なんだ、この感覚の隅に引っかかるように残った違和感の正体は……























俺がその違和感を感じたのは、正直な話をすると気だるい早朝強制ハイキングコースを踏破し、学校に到着してからずっと消えずに残っていた。
だが、学校生活自体は普段となんら変わりなく、教師の催眠効果を含んだ声を授業中に聞き、時にその催眠効果に負けるなどしてこなしていたのだが、どういうわけか、深い睡眠に入ることもできず、目を覚ますということが続いていた。
その後も結局、放課後になってもこの違和感が消えることはなかった。


「おっはよー!みんな揃ってるわね!」


今日も元気よく、ハルヒが部室へと足を踏み入れてきた。
掃除当番という面倒極まる大役を文句を言いつつこなしてきたらしい。
これはひとまず、昔と違って結構なことだと思っておこう。


「あ、お茶ちょうだい、あっついのをね!」
「はぁい」


団長席に勢いよく座り、朝比奈さんにお茶を要求する。
まったく、団内公式と貸したマスコットの朝比奈さんは、甲斐甲斐しくも言われたとおりにハルヒにお茶を淹れていた。
最近では、朝比奈さんもお茶に対するこだわりができたのか、自身で販売店に赴き、お茶の葉を選んでいるくらいの凝りようらしい。
腕も等しく上がってらっしゃるのだから、すばらしい方だ。


「ぷはー、また美味しくなったわね、みくるちゃん」
「ほんとですかぁ、それ、新しく買ってみた葉っぱなんですよ」


朝比奈さんの御手が淹れてくれたお茶を一息で飲み干したハルヒは、少々の驚嘆とともに珍しくも素直な賛辞を朝比奈さんへ送っていた。


「おかわり頂戴」
「はい」


その後、俺には理解不能な、いかにも女の子同士、みたいな会話を繰り広げ始めたが、ハルヒにもそういう会話ができるのだなぁと、的外れなことを俺は考えていた。


「暇そうですね、どうです、1勝負しませんか?」
「いいだろう、だが、そろそろ俺に黒星というものを見せてほしいもんだな」
「これでも努力はしているのですが」


壊滅的なまでに弱い古泉と勝負するのは、弱いものいじめをしているような感覚が発生するが、どういうわけか罪悪感というものが生まれないのが不思議だな。
そして、またいつもの空間が形成されつつあったが、どうにも、俺の中のもやもやは消えることがなかった。


「…………」


朝比奈さんは、いつも通り愛らしいお姿で、椅子に座り編み物をなさっている、その網掛けのモノが誰の手に渡るのか非常に気になるが今はおいておこう。
長門は変わらず窓辺で読書をしている、今回はなにを読んでいるんだか……理解しようとしたところで、わからないからいいとするか。


「……ふむ」


古泉は……省略しよう。
やるだけ無駄だ。
そしてハルヒ。


「……ん?」


なんだ……ハルヒに違和感を感じてるのか、俺は?
俺の眼に映るハルヒは、いつも通り半分アヒル口になったまま、サイト巡回しているらしい。
どうやら、ハルヒが探しているような不思議系サイトは見つからなかったようだな。
……それにしても、お茶、飲みすぎじゃないのか?


「ハルヒ」
「何よ?」


すでにハルヒは数杯のお茶を飲み干している。
いくら朝比奈さんの御手が淹れてくれたとは言え、明らかに飲みすぎだろう……?
もしかして……


「ちょっと失礼」
「なっ!?」
「あー……やっぱりか」


ハルヒの額に手を当ててみると、予想通り熱いような感覚があった。
こいつ、このまま終わるまで隠し通すつもりだったのか?


「お前、風邪ひいてるのか」
「そ、そんなことないわよ」


一生懸命否定しているが、一度気づくと、この違和感の正体が分かった以上、放置しておくつもりもないぞ。


「……嘘つけ」


とりあえず、お前は一時的に保健室にでも連れて行くか……
熱止めの薬くらいは確か置いてあるはずだよな。
ほら、さっさと行くぞ。


「いいわよ、これくらい。ほっとけば治るわ」
「ダメですよ、涼宮さん、風邪は怖いんですよ!」


朝比奈さんに同感だ。
お前、前に俺が風邪で倒れたのを忘れたのか。
しかたねぇ……暴れるなよ?


「な、何する気よ」


何を言う、運ぶ以外にやることがあると思うのか?
それとも、ちゃんと自分で行くか?


「じ、自分で行くわよ」


すまん、古泉、勝負はまた今度な。
長門、ハルヒの荷物を簡単で良いからまとめておいてくれ。
ハルヒを保健室に連れて行ったらすぐ戻ってくる。


「了解しました」
「わかった」


さて、行くぞ、ハルヒ。


「分かったわよ……」























ハルヒを保険医に任せ、とりあえず部室に戻る事にした。
やれやれ……なんで風邪だってことを隠すんだかな、あいつは。


「あぁ、お待ちしていました」
「ん、なんだ?」
「いえ、少々お聞きしたいことがありまして」


部室に戻って早々、古泉がそう声をかけてきた。
聞きたいこと?
なんだ、一体。


「何故、涼宮さんの体調不良がわかったのです?僕も、長門さんも気づいてなかったことに」


さぁな、ただ、最初から何か違和感が消えなかっただけだ。
部室に来て、ハルヒが朝比奈さんのお茶を異様に飲んでいたから、行動に移してみただけだ。
風邪ひくと、人によっては喉が渇いて辛いって聞いたことがあったからな。
だが、長門とお前なら真っ先に気づきそうなもんだよな。


「そうですね、僕もそれが疑問に思えてならなかったのです」
「……おそらく、涼宮ハルヒの願望」


……どういうことだ、長門。
ハルヒの願望だって……?
それは、どれのことを指して言っているんだ?


「……貴方だけが気づいた風邪の症状」


それが、ハルヒの願望とどう繋がるっていうんだ?
そもそも、あいつに風邪をひかせるようなウイルスがあること自体驚きだって言うのに、さらにそれが願望の現われだって言うんだから、どう反応しろって言うんだ。


「なるほど、そういうことですか」


って、お前はそれで納得できるのか!?
まぁいい、それで納得したのなら、手短に、分かりやすく、説明することを希望する。


「わかりました」
「あくまで手短に頼むぞ」
「そうですね、簡単に言ってしまえば……心配されたかったのですよ、涼宮さんは」


……はぁ、あいつが?


「その通りです、そして、それは彼女の能力を伴って発現した」
「……効果は、特定人物以外の体調の変化への無対応化、私達はそのせいで変化に気づくことができなかったと思われる」


……ようするに、他の人には気づかれたくなくて、俺だけに気づかれたかったと?


「そう」


なんでまた、俺なんだ?
あいつなら、心配されるよりは、隠し通すことを選びそうなもんだが。


「不器用ながらも、彼女の本心の表れですからね」
「涼宮さん、こういうやり方じゃないと素直になれないんですから、やっぱり可愛いですよね」


可愛いかはひとまず置いておくとして、不器用っていうのには大いに賛同するところだな。
まったく、あいつもそんなことのためにわざわざ平然を装うなんてするなよな、風邪をひいたって聞けば、誰だって心配するだろうよ。


「……それで、貴方はどうなさいますか?」


俺がどうするか?
……そんなもん、決まってるだろ?


「そうですか、愚問のようで、失礼しました」
「それじゃ、悪いが今日の部活はここまでだな」
「涼宮さんをお願いしますね、キョン君」
「……また明日」


朝比奈さんと古泉に見送られ、長門から渡されたカバンをしっかり預かった。
さて、それじゃぁ、素直じゃなくて意地っ張りなアイツを迎えに行くとしますかね。
まったく、毎回毎回、世話の焼けるやつだ、本当に。

























「失礼します」


保健室独特の、薬品の匂いがする空間。
その部屋の中に設置されているベッドの上で、ハルヒは寝息を立てていた。


「あの子、よっぽど辛かった見たいね、薬を飲んだら寝ちゃったわ」
「すいません、お手数おかけしました」
「いいのよ、それが仕事だもの。それより、ちゃんと連れて帰ってあげてね、送り狼はダメよ?」


激しく、余計なお世話です。
そもそも、ハルヒにそんなことをしたら、俺は明日の朝日を拝むことができなくなりますよ。


「そうかしら……?ま、そういうことにしておいてあげるわ」


しかし、良く眠ってるな……
まったく、辛いなら辛いって言ってくれた方がこっちとしても対処しようがあるっていうのに。
……だが、問題はどうやって連れて帰るかだな。


「すいません、タクシー、呼んで貰ってもいいですか?」
「そうくるんじゃないかって、さっき電話しておいたわ。そろそろ校門に来てるはずよ」
「重ね重ねすいません」


予想外の出費になりそうだが、病人を歩かせるよりはマシだろうさ。


「ハルヒ、起きれるか?」
「……キョン?」
「タクシー呼んでもらったから、それで帰るぞ」
「……ん」


布団から上半身を起こす動作だけで、かなりダルそうだというのが見て分かった。
……幸い、この時間まで残ってるような人間は、部活動に熱心な学生くらいか。
それなら……まぁ、なんとかなるか。
最悪、長門に情報操作とやらを頼もう。


「よっと」
「え、ちょっとキョン!?」
「あらあら、若いわね」


……出来れば、何も言わないでいただけるとありがたかったんですが。
簡単に状況説明をしよう。
俺が、ハルヒをお姫様抱っこしている、以上。


「どうせ起き上がるのも辛いんだろ、恥ずかしいかもしれないが、今回だけは大人しく言うことを聞け」


図星だったのか、ハルヒは俺の腕の中で、恥辱で顔を真っ赤にしつつも大人しくなった。
さて……それじゃぁ行くか。


「運転手に住所言ったら、お前は寝てていいぞ」
「悪いけど、そうさせて貰うわ……すごい頭痛い」
「最初から素直にそう言ってれば良かっただろうに……」


その後、言ったとおりハルヒは運転手に住所を告げると、ハルヒは俺にもたれかかるように眠り、家に着くまで眠り続けた。
さすがに、ハルヒの家の中にまで入るわけにはいかず、玄関先までで分かれたが、すぐに携帯にメールが来て、どうやら無事に布団に入ったらしい。


「やれやれ……これでひとまず安心か」
















まったく、風邪なんかであんまり俺達を心配させるなよ。





















我らが愛しい団長(ハルヒ)さんよ。


















 後書き

授業中に、唐突に思いついたこの1本。
とりあえず、ハルヒの能力を存分に使ってみたくなった。

最後が若干駆け足になったような気がしますが……
まぁ、こういった感じなハルヒも良いんじゃないかなぁとか思ってみました。
こんなのはいかがですかね?

それでわ、また、次回作にて。

            From 時雨  2007/05/30