「明日、買い物付き合いなさい」 始まりはいつも突然だ、なんてのに似たような台詞がどっかで使われていたが、今回ばかりはそれを許容していただこう。 何故もくそもない、これはもはや恒例のことになりつつあるな。 「……はぁ?」 「明日開校記念日で休みでしょ、だから、買い物に付き合いなさい、団長命令!!」 とまぁ、そんなわけで、開校記念日という、1年に1度の北高生にのみ許された貴重な祝日を、どういうわけか、俺はハルヒのために消費しなければならなくなったらしい。 ……毎回毎回付き合う俺も俺だがね。 ハルヒに指定されていたのは10時に駅前。 だが、なんというか、ご丁寧にも朝7時頃にメールが来て、遅れたら死刑という無駄にデコレーションが施されたメールが、8時頃に俺が起きるまで送られてきていたらしい。 本当に、ご苦労なことだ。 「……あいつ、一体何時に起きたんだ?」 そんな疑問が頭に浮かぶが、結論は出ない命題として脳の片隅に移動しておいた。 そして、不思議探索に赴くのと変わらないような服装と気軽さで、待ち合わせの場所に向うこと20分。 健気にも。目的地に15分くらいの余裕を持って行った俺だが、相変わらずというか、ハルヒはすでにその場にいて、憮然とした表情をしていた。 視野を少しばかり広げてみると、ハルヒに対して一生懸命声をかけている男の姿も見える。 ――――ハルヒに、気安く声をかけるな――――ー ……なんだ、今、変な感覚があったような。 まぁ、ハルヒは男の話などほとんど聞いていないようだが、男は一生懸命ハルヒに何かを話していた。 だが、なんのリアクションも取れない事に苛立ったのか、ハルヒの腕を掴もうと、男が手を伸ばしていた。 ――――ハルヒに、触るな―――― 例えようのない嫌悪感と共に、ハルヒに手を伸ばした男に対して、言いようのない感覚が俺を襲った。 そして、その感覚の命ずるまま、俺はその伸ばされた手を押さえた。 「よう、待たせたな」 どうやら、男が壁になっていたらしく、ハルヒは俺の接近にぎりぎりまで気づかなかったらしい。 いつ来たんだとでも言うかのような表情をしつつ、俺のほうを見ていた。 「……と、いうわけで連れが来たんだ、あんたの役目はおしまい。他を当たるんだな」 ハルヒの驚いた表情は見ものではあったが、それを観賞するのも程ほどに、俺は男の方へと視線を走らせ告げた。 その時、少しばかり掴んだ手に力を入れていたのは愛嬌と受け取っていただこう。 「チッ……邪魔付きか……」 男は、俺の手を振り払うと、そう一言悪態をついて去っていた。 一体、あの男は何をしたかったんだ? 「知らないわよ、なんかべらべら喋ってたけど、興味なくて全部流してたもの」 「……ある意味、哀れだな」 一生懸命語った挙句、相手はぜんぜん聞いていなかったなんて、少なからず同情心が沸くのも仕方がないだろう。 ――――だが、ハルヒに馴れ馴れしくしていたのは許せない―――― なんとなく、俺の視線がハルヒの手を捕らえた。 あれだけいろいろなことをやっている割には、細く綺麗な手だった。 ――――あんな男が触れるくらいならば―――― 「――――っ!?」 ハルヒの顔が、また驚きに変わった。 一方で、俺の顔もまた驚きの色を見せているんだろう。 自分でもわからない、何かハルヒの手を見ていると無性にモヤモヤした気持ちが鎌首を持ち上げ、その衝動に釣られるがまま、俺はハルヒの手を掴んでいた。 ――――暖かく、柔らかく、小さい手―――― 「……キョン?」 「あ、いや……スマン」 ハルヒが俺の顔を覗き込んできたことで、俺の中の不思議感覚は身を潜めた。 だが、一体何をしているんだ、俺は。 慌てて、手を離そうとすると、逃げる俺の手をしっかりとハルヒが捕まえてしまった。 「……ハル……」 「べ、別に勘違いしないでよね。これはあんたから繋いできたんだから仕方なく繋いであげてるだけなんだからね?」 あさっての方向を向いてはいるが、耳が赤くなっているのまでは隠せていないぞ。 ……まぁ、繋がっている手と手に不快な感覚などなく、むしろ心地よく感じているのが否定できないのだが。 「……とりあえず、行くか」 「そうね、いきましょ」 このまま、動き出さずに手を繋いでいるわけにも行かず、本来の目的である、ハルヒのショッピングをするべく、移動することにした。 ――――早く、気づけ、抑えているこの心を―――― 歩き始めたときに、感じたこの感覚は、気のせいだと思いたい。 ハルヒのショッピング自体は、俺に大した苦労をかける事無く、あまり似つかわしくはないが平穏といっても差し支えはなかったと思う。 増えていく荷物を持たされて、多少の疲労感は否めないところではあるが。 「うん、これで大体買うものは揃ったわね」 「そりゃ良かった、これ以上持てと言われたら、さすがに俺の両腕が悲鳴を上げるところだ」 服だの、本だの、アンティークショップに飾ってあった、ちょっとへんてこなキャンドル台だのと、いろいろな種類のものが袋に入って俺の両手にぶら下がっていた。 一つ一つは軽いのだが、それが纏まってくるとそれなりの重量を持つわけで、今は平然としていられるが、下手をすれば明日は筋肉痛に苛まれることだろう。 「で、これで終りか?」 「んー……そうね、そろそろ懐も危なくなってきそうだし」 よくもまぁ、こんなに体力が続くもんだ。 ものめずらしいものを見つけては、目を輝かせ、誰よりも早く直行していたというのに。 「そうだな……休憩がてらに喫茶店で腹ごなしをすることを提案するんだが」 「……そうね、ちょっとお腹もすいてきたし、行きましょうか」 俺の提案は意外にも、あっさりと受け入れられて、そこら辺にあった喫茶店で休憩を取ることになった。 手軽にサンドイッチとコーヒーを頼んだ俺の向かい側の席で、何を頼もうかと唸っているハルヒがいた。 「よし、これとコレにするわ」 「かしこまりました、少々お待ちください」 結局、ハルヒはサンドイッチとアールグレイを注文したらしい。 注文の品は予想よりもはるかに早く出来上がった。 ……まさか、作り置きしてたんじゃないだろな? そんなことを考えつつも、俺はとりあえずハルヒに重要と思われることを質問することにした。 「で、金がどうのって言ってたが、今日はこれで終りか?」 コレは至極重要なことだと思う。 この後、俺がこの荷物を持って、まだ歩く可能性があるのかどうかを明確にしておかなければならない。 普段は持たないような荷物を持つ場合、少なからず覚悟というものは必要となるのだ。 「んー、そうね。大体必要なものも買ったし」 「……そりゃよかった」 これ以上荷物が増えることはほとんどなくなったと考えてよさそうだ。 横目で、俺の隣に積み重なっている品物の数々を見てそう安堵しつつも、まぁ、これだけ買えば十分な気もするが、と考えていた。 ……考えても仕方がないか。 「どうしたのよ、キョン。変な顔して」 「変な顔ってのは余計です」 人の顔をみたら悪態しかつけないのか、こいつは。 まったく、こいつはいちいち行動が飽きさせてくれないな。 「それで、次はどこに行くんだ?」 「そうね……とりあえず今日はこのくらいにして、帰りましょうか」 そりゃ助かる。 だが、帰るってお前、この荷物を持って帰れるのか? 「何言ってるのよ、あんたが持ってくの!」 「……はぁ?」 って、俺が持っていくって事か!? わざわざお前ん家まで!? 「そうよ、ほら、さっさと立ちなさい、そうと決まれば帰るわよ」 「ちょ、ちょっと待て!本気で言ってるのか!?」 「もちろんよ。それともなに、あたしにその量の荷物を持たせて帰らせるようなヤワな男なの、あんたは?」 ……どうせなら、素直に手伝ってくださいとでも言ってくれた方がまだこっちとしても譲歩出来るというのに。 まぁ、こいつが素直にそんなこと言うなんて想像もつかないところではあるんだが。 「しょうがねぇか……」 毎回毎回、俺はこいつが原因で起こる騒動に、巻き込まれ続けるようだからな。 ため息の1つもつく権利くらいはあるだろうさ。 「な、何よ……あからさまなため息なんかついて?」 だがまぁ、そんな慌しい毎日も慣れてしまえば面白いと感じていることも事実で。 なんだかんだで現状を楽しんじまってる俺が居るわけだ。 ―――――素直じゃないな、俺も、こいつも。 俺のため息がよっぽど気になったのか、ハルヒは若干不安混じりの目でこっちを見ていた。 その顔が普段とはかけ離れすぎていて、ついつい俺は苦笑が表面に出てきてしまった事を感じた。 「なんでもねぇよ、ほら、帰るんだろう?」 ハルヒが何か文句を言ってくる前に、俺は荷物を両手に持ち上げて、首でハルヒの行動を促した。 俺の行動に慌ててハルヒは注文してあった飲み物を飲み干すと、慌しくも俺に続いて来た。 「にしても、お前ん家って結構遠くなかったか?」 「そう?そんなことないと思うけど?」 俺にとってはとんだ休みになったが……まぁ、これも悪くない。 「俺はそのあと自分の家まで戻らなきゃいけないんだ、そう感じてもおかしくないだろう?」 「そうね、でも団長命令よ、大人しく着いて来なさい」 悪くないと思える理由は…… 嫌いじゃない、笑顔全開のこいつが。 「……はいはい」 隣に、いるからだっていうことに、しておこう。 「よろしい!」 今は、まだ……な。 後書き もしかして、スランプ!? そんな気分です、こんばんわ、時雨です。 なかなか数日に渡って1本を書くと、いろいろと頭の中で新設定できて纏まりません。 悪い癖なので直さないといけませんなぁ…… でもそれが消えると俺が俺じゃないような。 まぁ、俺は俺なりにのんびり行って見ますか。 それでわ、また、次回作にて。 From 時雨 2007/06/15 |