長門や古泉と連絡を取った日から、俺は極力違和感無く日常を過ごすようにした。
あの時、あの男と遭遇した後、俺の周りには目に見えて不審者が増えている。


「……勝手な勘違いで、俺への見張りが増えるのか」


このいつでも見られているような感覚は確かに息苦しい。
だが、それはそれで便利な面も持っている。


「まぁ、俺の行動が筒抜けになっているなら、すぐにあの男を引っ張り出せるだろう」


監視が強くなったってことは、俺がハルヒに接触すれば、すぐにあの男が動くだろうってことだ。



















The melancholy of Haruhi Suzumiya

青年に、集う力

Second Story from Sigure Minaduki




























さて……俺の周りの安全は恐らく大丈夫だろうと信じてもいいとして。


「……目下最大の危険にさらされるのは俺だよな」


あくまで俺は一般人と変わりはない。
そりゃあ多少は宇宙人やら未来人やら超能力者なんかと知り合いだったりもするが。
それを抜いて考えたら、俺は結局なんの特殊能力もない一般人だ。


「……バットで、いけるか?」


俺が取れる自衛の手段といえば、単純なところだとバットくらいしか思いつかない。
木刀なんかがあればいいのかもしれないが、残念ながら俺の家には置いてない。


「最低でも、ハルヒは守らなきゃいけないよな……」


接触するということは、ハルヒがその場にいるってことを想定しておかないといけない。
あの男が何をやりだすかわからない以上、ハルヒの安全は確保しなきゃいけない。


「はぁ……結局、自衛手段がないのか」


バットを持ち歩いてもいいかもしれない。
でも、そんなものをもって街中を歩いていたら国家公安の方々に捕まることは目に見えている。


「結局、行き当たりばったりになるのか……」


せめて、相手がそこまで強引な手段にならないように願っておこう。
……あの男の最後の捨て台詞を考えると、無理なような気がするけどな。


「……完成っと」


家に戻った俺がまずやったこと、それはハルヒへの手紙を書くことだった。
ハルヒのことだ、面と向かって誘い出したとしても、その場で言えとか言ってくるかもしれない。
それだと、場所が学校内になってしまうし、ただでさえ面倒ごとに巻き込まれている俺だ。
これ以上周りに迷惑をかけるってのは気が引ける。


「とりあえず、妹が帰ってきたのを確認した後に出してくるか」


恐らくハルヒはいつも通りSOS団の根城にしている文芸部室にいるだろう。
長門や古泉がさりげなくハルヒの安全を確保してくれているだろうから、今のところ問題はない。
あとは、俺がこの手紙があいつに渡った後が、時間制限つきの勝負ってわけだ。


「ただいまー」
「よし……今日も無事だったみたいだな」


そんなことを考えているうちに、どうやら妹も帰ってきたらしい。
声からして、何も問題なく無事に帰ってこれたんだろう。
それじゃ、俺も動くとしますか。


「あれ、キョン君どこ行くの?」


手紙をポケットに入れ、ジャケットを羽織って出かけようとした所、目ざとく妹に見つかった。


「ちょっと散歩だ、それと兄をキョン君と呼ぶのはやめなさい」
「えー、キョン君はキョン君だよー」


いくら言っても、この呼び方を変える気はないらしい。
そんな妹に対して、ため息を一つこぼして、俺はハルヒの家に向けて出かけることにした。
さて、あいつの家は……あっちだったな。




























予想通り、ハルヒは未だ帰ってきていないらし。
たどり着いたハルヒの家は明かりが灯っていなかった。
まぁ、そうなるように見計らって来ているから当たり前なんだけどな。


「……よし、これで後は俺次第だな」


手紙を、ハルヒの家のポストに入れて早々に俺は立ち去った。
そこまで時間を置かないで、ハルヒは帰宅するだろう。
そして、あとは差出人を書いていないあの手紙を読んでくれるのを祈っておくしかない。


「あの男は、どういう行動に出るか……」


今のこの行動もあの男の部下とやらによって監視されているんだろう。
家を出たその時から、俺に向けられる視線が減った感じはしない。
俺から見えない場所で、監視は続いているって考えておくのが無難だろうさ。


「今日から後数日、俺がやるべきことは……」


いざというとき、ハルヒだけは最低でも守らなきゃいけない。
いや……ハルヒと会っているうちにあの男が出てくるっていう確証もない。
だからこそ、俺は今のうちにどんな事態が発生しても対応できるようなシナリオを考えておかなきゃいけない。


「適当にぶらついてから、帰るか」


せっかく散歩と偽ってまで出てきたんだ、もう少し適当に時間を潰さなきゃいけない。
そんな事を考え、とりあえず駅前にでも行くか、と思っていると俺の横に1台の車が止まった。


「ん……?」


窓を開けて視界が通るようになった運転席、そこに座っている顔には見覚えがあった。


「新川さん?」
「お久しぶりです、どうぞ、お乗りください」


古泉と同じ『機関』に所属している、夏の孤島では執事をやっていた新川さんがそこにはいた。
後部座席には誰も乗っていないようだが……
いったい、この人がなんの用で俺のところに?


「もう1人はこの後で合流することになっております」
「もう1人って……古泉か?」
「はい」


どうやら、俺のいる位置が丁度良く近かったために、新川さんは先に俺を拾いに来たらしい。
古泉の名前が出てきた以上、『機関』の人間といえ信用しても問題ないだろう。
俺は多少ためらいはしたが、新川さんに言われたとおり車に乗り込んだ。


「おや、貴方の方が先でしたか」
「よう」


そして、少し走った後、新川さんの運転する車は、古泉を回収した。


「お元気そうで何よりです」
「挨拶はいい、それより俺を呼んだ理由はなんだ?」


相変わらずの仮面のような笑顔で、俺に挨拶をしてくる古泉に、適当に返しながら、内容を問う。
そんな俺の態度を気にした風でもなく、古泉はさらに笑顔を深くした。


「いえいえ、もう少しでまた貴方とボードゲームができると思うと嬉しいだけですよ」
「……それだけのために、お前は俺を呼び出したのか?」


もしそうだとするのなら、金輪際俺は1人の時こいつに会うのはやめようと思った。
……理由はわからんが、なんとなく想像するのもおぞましい。


「では、本題に入りましょう」


表情を切り替え、まじめな顔をした古泉を見て、一気に脱力感が増したような気がする。


「……最初から入れよ」


俺の台詞が、若干力が入っていないものだとしても、それはこいつのせいだ。
断じて俺に責任はない。


「貴方が涼宮さんに会う時、恐らく喫茶店を利用するかと思われますが……?」


こいつらは、俺の書いた手紙の内容まで把握しているんだろうか……?
そう感じずにはいられないくらい、古泉が言った憶測は当たっていた。


「恐らく、皇は当日、喫茶店内に部下を数名配置するでしょう」
「……それで?」


それは、俺も想定していた事態だ。
ハルヒが喫茶店に来た時点で、あの男の関係者が来るのは予想していた。
だからこそ、強引な手段に出にくいだろう喫茶店を選んだわけなんだが……


「貴方がよろしければ、涼宮さんを連れて僕が指定する公園まで移動していただきたいのです」


古泉の口から出てきた台詞は、俺の予想外のことだった。


「理由は……?」
「1つは、喫茶店では行動がどちらも制限されてしまうこと」


それは、確かに納得できる。
だが、俺はそれを前提のものとして喫茶店を選んだ。
俺ができる行動なんてたかが知れているし、あの男の方がデメリットが高いと思ったからだ。


「2つ、喫茶店が舞台になってしまった場合、他のお客さんに迷惑がかかります」


確かに、何も知らない一般人を巻き込みたいわけじゃない。
しかし、俺が行くような場所で、ハルヒを呼べる場所がなかった。


「そして最後に3つ、これは僕たち反皇派とも言える人間の都合が混ざります」
「……どういうわけだ?」
「皇は、狡猾な男で、普段ならば証拠というものを一切残さず行動に出ます」


狡猾な男と言われて、普通に納得できてしまった。
前に俺に接触してきた時も、携帯がおかしな壊れ方をしたにも関わらず、回りの人間は反応しなかった。
これも、前もって何かしらの下準備をしていたんだろう。


「そのため、今回は確固たる証拠を掴む為にも、貴方を利用するという形を取らせていただきたいのです」
「……俺は囮ってわけか」
「もちろん、こちらの方で貴方と涼宮さんの安全は確立するつもりです」


舞台がどこになったとしても、あの男の部下は待機してくるだろう。
そいつらに対して、古泉が言う反皇派っていうのがさらに待ち伏せするという計画らしい。


「つまり、二重の罠って事か」
「極端に言ってしまえばそうなります」


俺やハルヒという存在を餌にして、あの男とそれを信奉する者を捕まえるつもりらしい。
確かに、俺が1人で立ち向かうよりその方が安全性が高くなるか……


「加えて今、皇の方では長門さんによる妨害工作も行われているようで、正常な判断がしにくい状態になっているとのことです」
「……長門が?」


言われてみると、確かに納得できる部分がある。
あの男の携帯の壊れ方は、普通の人間には不可能な細工だ。
そんなことが可能なのは、俺が知る限り長門くらいしかいない。


「結局、貴方の承諾が得られなければ当初の貴方の計画通り喫茶店となりますが……?」


そして古泉は、最終決定権を俺に委ねて来た。
……考えるまでもないよな。


「1つだけ、聞いておく」
「なんでしょう?」
「その、反皇派っていうのは、どこまで信用できる?」


俺からすれば、その反皇派っていうのも同じ穴のムジナという感覚だ。
ただ関わりがその『機関』の中で誰よりも深い古泉だけは、信用しても良いとは思ってはいるが。
それ以外の人間を、どの程度まで信用できるかというのは、重要だと思った。


「そうですね……」


俺の問いに、古泉は真剣に言葉を選んでいるように見えた。
俺が、自分の計画を貫くか、古泉たちの計画に乗るかはこいつの回答次第と言っていいだろう。


「……自惚れかもしれませんが、貴方が僕を信用してくださるくらいには」


古泉は少しだけ考えた後、そう言葉を紡いだ。
その表情と、言葉はこいつの言うことを信用しても良いだろうと思わせる真剣さがあった。


「……わかった、お前の話に乗ってやるよ」
「そう、ですか……ありがとうございます」


俺が拒否することでも考えていたんだろう、古泉は少しだけ大きく息を吐いた。
そして、どういう意味で言ったのかはわからないが、俺へお礼の言葉をかけてきた。


「礼を言うのは俺の方だ……すまないが、もう一迷惑かけるぞ」
「いえ、こちらとしてもご迷惑をおかけしている原因がありますから」


たった1人の迷惑な思想から始まった今回の騒動。
それもようやく終局への道を見せ始めている。
これから、どんなことが起こるかは、俺にはわからない。


「頼んだぞ……古泉」
「お任せください」


でも、きっと何とかなるだろう。
どうやら俺には、頼りになる仲間がついているみたいなんでな。



















キョンが取れる自衛ってのはやっぱりバットでしょうか……?
いやまぁ、それはそんなに重要じゃないんですけどね?

さて、というわけでこっちでも終わりが見えてきました。
最終話のタイトルどうしようかなぁとか意味無いところで悩んでます。
やっぱり、なんかそれっぽいタイトルで終わらしたいじゃないですか?

さーて、どんどんやってくとしますかぁ。
と、いうわけで、次回につづく。

            From 時雨


初書き 2008/01/25
公開  2008/01/26