ハルヒに手紙を出してから、数日が過ぎた。
いよいよ、今日は行動に移る日。
不安がないとは言えないが、今更どう考えたところで俺が取れる行動なんて知れている。


「……準備はよし、一応長門がくれたお守りも持ったし」


なら、俺がどうするか?
そんなもの決まっている。
とりあえず、行くしかないだろう?



















The melancholy of Haruhi Suzumiya

青年を襲う、凶弾

Second Story from Sigure Minaduki




























時間より少しだけ早く、喫茶店に到着した。
俺は、ハルヒの姿がない事を確認した後、コーヒーを注文して、ハルヒが来るのを待つことにした。


「……少なくとも、2人はいるな」


ここ数日、監視の目に晒されているのを自覚しているくらい周囲に過敏になっているらしい。
喫茶店内に、何人か、監視してきていたであろう人物と似たような視線を感じた。
あからさまに見てくるではなく、本当に監視しているといった感じだな。


「……ま、少なくとも今は手を出してくる事はないだろう」


そう時間をおかず、店員が持ってきてくれたコーヒーに口をつける。
程よく口の中に広がる苦味が、俺の思考をクリアにしてくれる。


「珍しいわね、あんたが先に来てるなんて」


ゆっくりと味わっていると、目の前の席にここ暫く、会話すらしていなかった存在が座った。


「よう、久しぶりじゃないか」
「あんた……そんな事を言うためにここに呼んだわけ?」


いつだったか、閉鎖空間から帰ってきた時のポニーテール姿のハルヒが、俺の目の前にいた。


「そんなことのためだけだったら、呼び出したりなんてしないさ」
「で、あんたはなんの為にこのあたしを呼んだのよ?」


前と全然変わらない、自信を体現したかのような姿を見て、不覚にも涙腺が緩みそうになった。
……まだだ、まだ涙腺が緩むには早すぎる。


「そうだな……」


気持ちを落ち着けるために、あえてゆっくりと言葉を選ぶ。
……ふぅ、少しは落ち着けたか。


「説明してもいいんだが、ここで話すような話題でもない。出るが構わないか?」


このまま話を続けていたら、確実に計画に影響が出るだろう。
古泉は罠を張るにはここは行動しづらいと言っていた。
結局頼る形になるのは不本意ではあるが、こればっかりはどうこう出来るものでもない。


「なによ、あたしは来たばっかりなのに」
「まぁ、後でまた来るなら付き合うさ」


不満そうなハルヒを宥めつつ、喫茶店を後にする。
古泉が指示した公園は……ここならそう遠くないな。


「それじゃ、少しだけ歩くぞ」


そう声をかけ、後ろを確認しないで歩き出す。
ハルヒの事だ、アヒル口をしながらも、しっかりついて来てるだろう。
無言で歩いているうちに、目的地である公園に辿り着いた。
……なるほど、そこまで広くもないから、罠を張るにも丁度いいってことか。


「で、大人しく着いてきてあげたんだから、そろそろ本題に入りなさい」
「あぁ、そうだな……」


公園にある小さなベンチにハルヒを座らせ、俺はその前に立つような形で語り始めた。


「まずは確認なんだが……俺がSOS団を離れてから、不審な奴がお前らに接触しなかったか?」
「―――――っ!」


俺が聞くと、ハルヒは目に見えて怯えた様子を見せた。
……あの野郎、直接ハルヒに対して何かしやがったな?


「わかった、喋らなくていい……」


心の中に、怒りという感情がふつふつと湧き出してくる。
……落ち着け、怒るのは構わない。
だが、感情だけは冷静になれ……そうじゃないと、なにか起こった時、対応に遅れる。


「俺も、その不審人物のせいでSOS団を離れざるおえなくなったんだ」


未だ、恐怖という感情を滲ませているハルヒの瞳。
そんな目は……見たくなかった。


「お前が何を言われたかわからない、俺は、家族を人質に取られた……」
「……妹ちゃんが?」
「あぁ、SOS団から離れなければ、妹がどうなっても知らないってな」


驚いたような表情を見せるハルヒ。
そりゃそうだろうさ、人質なんて手段、今時ドラマでだって使われることは少ない。


「仕方なくSOS団から離れた俺は、古泉達と影ながら連携を取って、ある準備をした」


また、今回のことであいつらにはでっかい借りが出来ちまった。
俺が返せるかはわからないが、あいつらに何かあったら俺は惜しみなく協力しよう。


「その準備も終わった……全て、今日で終わらせる。そのために、お前を呼んだんだ」
「え……?」
「少しの間だったけど、離れてて……悪かった」


ハルヒに近づき、片ひざをついて優しく抱きしめてやる。
今、目の前のハルヒから不安の色が少しでも消えることを願って。


「……え、ちょっと、キョン」


近くにいるからこそ、見えないものがあると聞いたことがある。
俺にとっても、それは言えることだったんだろう。
ここ暫く、ハルヒとの関わりがない生活は、色がないように感じられた。


「すまん……もう少しこのままでいさせてくれ」


かけがえのないものになってたんだ、SOS団での生活は……
いや、ハルヒとする何もかもが、俺にとってかけがえのないものだった。
……だから、俺はこんな事態を起こした奴を許さない。


「……すまん」
「……べ、別にいいわよ」


ゆっくりと、抱きしめていたハルヒの身体を離す。
赤くなった顔を隠すかのようにそっぽを向くハルヒ。


「SOS団への復帰、その返事は後で聞かせてくれ」
「……いいわよ」


……さて、これで俺の覚悟は確実なものになった。
始めるとするか、あの男への反逆を。


「……出て来い、どうせ見ているんだろう?」


立ち上がり、周りに聞こえる声量で言う。
ベンチに座ったハルヒは、俺のその唐突な行動に驚いたかのような顔をしていた。


「……見ていると知った上で、行動に出るとは。君はバカなのかね?」


俺たちのいる位置から少し離れた、公園の入り口。
そこに、あの男は立っていた。


「あ……」


その男を見て、ハルヒがまた怯え始めた。
そんなハルヒの頭を、優しく撫でた後、男の方を睨みつける。


「こんな生活を続けなきゃならんくらいなら、俺はバカで結構だ」
「ふぅ……折角私が平和的に済ませてあげようと思っていたというのに……」
「どの口からそんな面白い台詞が聞けるのやら、バカバカし過ぎて涙が出るな」


相手の挑発を、さらに挑発で返す。
恐らく、会話を続けている間も、この公園の周囲にはこの男の部下が準備しているんだろう。
この男の性格を考えると、その準備とやらももうそろそろ終わっているかもしれないがな。


「それで、私の忠告を無視した君は、ここで何をしているのかね?」
「見てわからないか?団員その1が復帰するっていうのを団長様に言っているだけだ」


あくまで、俺の姿勢は崩させない。
もう、この男の脅しに屈する理由なんていうのは、どこにもないんでな。


「……ふむ、それでその団長様とやらの答えは聞いたのかね?」
「さぁな、どっかの野暮なバカ野郎が答えを聞く前に出てきたんでな」
「では、今この場で問おうじゃないか、君の復帰を望むか、それとも私の元に来るかを」


どういう思考回路をしているのか、そう聞きたいくらいズレた事を言い出した。
そもそも、それは選択肢としては成立しかねていると思うんだがね。


「さぁ、選びたまえ。彼を選び、彼の家族を失うか、私の元に来て、彼の平穏な日常を守るかを」


両手を広げ、まるで舞台役者のように言い放った。
未だ座ったままのハルヒは、まるでどちらも選べないと言わんばかりの表情をしていた。
……つくづく、俺の癇に障る行動しかしない男だ。
ハルヒに困った顔をさせようなんて、お前には過ぎた事なんだよ。


「ハルヒ、迷う必要はない。自分が思ったとおりでいい」


ハルヒの肩に手を置いて、しっかりと目を見て言う。
お前があいつを選ぶ必要なんてこれっぽっちも存在してない。
俺の妹も、家族も、日常も……あいつなんかに壊せる可能性は、もうない。


「……キョン」
「そう呼ばれるのも、久々な気がするな」


俺のことを呼んでくれるハルヒがいるのが、嬉しく感じた。
あぁ、こんな場面だっていうのに浮かれそうになるとは、俺はどうかしちまったんだろうか。


「何をしている!早く選びたまえ!!でなければ、これを押さなければならなくなるぞ!!」


未だ動く様子を見せないハルヒに苛立ちを見せたのか、携帯を掲げて見せる男。
その語尾の荒い言葉に、ハルヒがまた無意識にかびくりと震えた。


「キョン……あたし……」


俺の袖のすそを掴み、まるで迷子の子供のような表情を見せるハルヒ。
……もう、俺が限界だ。
これ以上、ハルヒのこんな顔を見ていられない。


「ハルヒ」
「……なに?……ん」


座っていたハルヒを引き起こし、その小さな身体を抱きしめ唇にキスをした。
ほんの刹那、触れ合うだけのキス。
閉鎖空間のことを入れなけりゃ、これがファーストキスって事になるのかね。


「キョン?」
「大丈夫だ、安心してろ」


心なしか潤んでいるように見えるハルヒの目をしっかりと見ながら、俺はそれだけを言った。
そして、またしっかりと抱きしめたまま、俺は男の方に鋭い視線を向けた。


「やってみろよ」
「なんだと……?」


俺の台詞が予想外だったんだろう、男は怪訝そうな視線と共に声を出した。


「やれるもんならやってみろって言ってんだ」
「……そこまで愚かだとは思わなかったよ、せいぜいあの世の妹に詫びるといい」


意思が変わることがないのと気づいたのか、男はため息交じりに携帯のボタンを押し込んだ。


「キョン!?」


俺の台詞に、慌てた様子を見せるハルヒ。
俺が乱心したかのように思っているのかもしれないな。


「……な、なんだ!?」
「え……?」


だが、冷静な俺とは違って、慌てたような声を上げたのは男の方だった。


「何故だ、なぜ連絡が取れない!返事をしろ、貴様ら!!」


携帯を耳にあて、怒鳴り続けている男。
お前が準備している間に、こっちの方も準備なんざとっくに終わってるんだよ。


「だから無駄だって言ってるんだよ」
「……く、小僧!何をした!!」


今までの雰囲気をかなぐり捨てて、男がすさまじい形相で言った。
そんな男に対して、俺は軽く肩をすくめる動作だけを見せ言ってやった。


「とっくの昔に王手がかかってた(チェックメイトだった)のさ、テメーは」
「くっ……このクソ餓鬼がっ!!」


俺の行動に、とうとう堪忍袋の尾が切れたのか。
男が胸元から取り出したのは、鈍色に光る拳銃だった。


「俺の物にならないものなど、もういらん!」


男が持った拳銃は、しっかりと俺たちを捕捉していた。


「神もろとも、死出の旅路を共にするがいい!!」


そして、その拳銃から、人を死へと誘う凶弾が放たれた。
く、今のハルヒを抱きしめている状態から回避しきれるか!?
一瞬が何倍にも感じられるような錯覚。
そんな状態で考えられたのは、ただハルヒを守らなきゃという1つだけの思いだった。


「キョン!?」


そして、ハルヒを庇うように、間に身を滑り込ませた俺に凶弾が突き刺さった。
背中に、鈍い衝撃を感じながら、俺はハルヒを庇い続け、地面へと倒れた。
途切れそうになる意識の中で、ハルヒの無事な姿が見えた気がした。



















バットはどうした(ぁ
いやまぁ、そんなもの持って喫茶店行ったら速攻警察のお世話ですよね。

とりあえず、最終話へ向けてゴーゴーですよー
予定ではあと2話程度で完結させられればいいかなぁと思ってます。
……多分、きっと?

まぁ、やってみなきゃわからなーぃ!
と、いうわけで、次回につづく。

            From 時雨


初書き 2008/01/28
公開  2008/01/29