あの迷惑極まりない男によって引き起こされた事件。
しかし、あれからの時間が過ぎるのは早いもので。
俺たちは、いつものようにSOS団のアジトとなっている文芸部室に集合していた。


「さて、今日は何をしようかしら?」


あれ以来、俺はハルヒと正式に付き合いだした……というわけでもなく。
今までと変わりのない生活を過ごしている。


「なんでもいいが……俺に苦労がかからない物にしてくれ」


だが、その関係をそろそろ変えてみてもいいかもしれない。
あの事件で気づいた時から、漠然と、そう考える事が増えてきていた。



















The melancholy of Haruhi Suzumiya

最終話
物語は、これからも

Second Story from Sigure Minaduki




























「まったく、キョンは毎回毎回不服ばっかりね」


待て、それを言わせるようなことばかりしているのは誰だ。
そもそも、お前がやることなすことに何故俺が被害にあわねばならんのだ。


「まあまあ、涼宮さん。彼も心底嫌がっているわけでは無さそうですから」


……古泉、サポートするつもりなのか火に油を注ぐつもりなのかどっちだ。
そんな微妙な言い方をすると、ハルヒがなんていうか……


「甘やかしちゃダメよ、古泉君!1度SOS団を抜けた罰を与えなきゃいけないんだから」


……ほらみろ、余計に俺に被害が来そうな展開になったじゃないか。
恨みがましい視線を送ってやると、仮面スマイルで誤魔化そうとしやがった。


「涼宮さん、お茶が入りましたぁ」
「あ、ありがと。みくるちゃん」


とても素晴しいタイミングで、朝比奈さんがハルヒにお茶を出してくれた。
そのおかげで、俺は九死に一生を得たらしい。
あのままだったら、本気で何をやらされるかわかったもんじゃない。


「いかがです、一勝負」


お茶と朝比奈さんいじりに方向性がずれたハルヒを横目に、古泉がそう提案してきた。
……まぁ、いつも通り特にやることもないし構わないか。


「構わないが、少しは強くなったのか?」


古泉が手にしているのは、チェスだった。
毎回毎回、俺に白星がつくのは悪い気分じゃないが、弱いものいじめをしているような感覚もある。


「それはやってみなければわかりませんね」
「まぁいい、それじゃやってみるか」


そして、俺たちはまたいつも通り、ハルヒ達の喧騒を耳にしながらチェスを始めた。




























パタン。
そう音を立てて、長門が本を閉じた。
あぁ、もうそんな時間なのか。


「あら、もう時間なの?」
「ふえええ」


朝比奈さんの髪型は、そりゃあもう筆舌しがたい状態になってしまっていた。
折角の綺麗な髪なのに、もったいない。


「それじゃ、今日は解散しましょ」


長門の本が閉じたのと、団長様による解散の宣言で俺たちはゆっくりと帰宅の準備を始めた。
そして、朝比奈さんの着替えの為にいち早く部室から立ち去る俺と古泉。
それに追従するかのように、長門も同時に外に出てきた。


「そうだ、長門」
「……?」


あまり感情を表さないその瞳が、俺の呼びかけに答えて向けられた。
そして俺は、ポケットから穴の開いたお守りを取り出して、顔の横に掲げて見せた。


「これ、ありがとうな。おかげで命が救われた」
「……そう」


僅かに顔を縦に動かしただけで、長門はそれ以上言わなかった。
だが、その雰囲気が確実に安堵を示しているようにも見えた。


「……情報連結解除開始」


何を思ったのか、長門は俺の持っているお守りに手を向けて来た。
そして、俺には聞き取ることができない、呪文のような言葉を口にした。


「……お?」


まるで逆再生映像でも見ているかのように、見る見るうちにお守りの穴が塞がっていく。
完全にその穴が塞がると、長門はゆっくりと手を下ろした。


「あの時ほどの物理的防御効果は無い、でも車との衝突程度までなら防御が可能」


どうやら、お守りを直してくれた上に、また宇宙パワーをかけてくれたらしい。


「そうか……ありがとな」
「……いい」


やる事は終わったとばかりに歩き出した長門の背に向けてお礼の言葉をかける。
すると長門は、少しだけ立ち止まった後再び歩いていった。


「どうやら、照れてらっしゃるようですね」
「……そうなのか?」


一部始終を見ていた古泉が、そんなことを口に出した。
……宇宙人が作った存在も、照れるのかね?
最近になって感情が芽生えたように見えるその背中を見ながら、そんなことを考えてしまった。


「おっまたせー」
「お待たせしてごめんなさい」


長門が去った後も、ボーっとドアの前で立ち尽くしていると、少し経って2人が出てきた。
ところで、なんでハルヒまで中に残っていたんだろうか?


「あ、すいません……古泉君、ちょっといいですか?」
「はい、構いませんよ」
「すいません、お先に失礼しますね」
「それではまた」


心なしか、顔が赤いように見える朝比奈さんが、古泉を連れて去っていった。
……いったい、なんなんだろうか?


「なぁハルヒ」
「な、何よ」


どういうわけか、ハルヒの顔も赤く見えるのは気のせいだろうか?
……いや、夕日が顔に当たってそう見えているだけか?


「部室に残って、お前何やってたんだ?」


朝比奈さんにコスプレを着せるのなら納得できるが、着替える時にこいつが残った記憶は無い。
ということは、中で何かをやっていたんじゃないかと思うわけだが。


「べ、別になんでもないわよ!ほら、良いから帰るわよ!!」


恐らく、何かはやっていたんだろう。
だが、当の本人に聞こうにも、まったく答えてくれなさそうだな。
そう考え、諦めることにした俺は、大股で歩くハルヒに追いつくために、ペースをあげた。


「ほれ、乗れよ」


ハルヒに追いつき、昇降口で靴を履き替え終わった後。 俺はハルヒを連れて、そのまま校舎裏口の方へと脚を向けた。
そこには、今朝苦労して上ってきた俺の自転車が隠して置いてあるのだ。
そして、サドルに跨った俺は、後ろの荷台の部分を軽く叩き、ハルヒに乗るように言った。


「なんでよ、歩いていけばいいじゃない」


だが、そんな俺の苦労も知らず、ハルヒはそう言って来た。


「第一、 荷台に乗るのって結構辛いのよ?」
「そんなもんなのか?」
「あんたはサドルに乗ってるから知らないでしょうけどね」


そう文句を言いつつも、俺の言ったとおり荷台に横座りしてくれるハルヒ。
そんな様子に素直じゃねぇなぁと苦笑しながら、俺はゆっくりとペダルをこぎ始めた。


「大体、どういう風の吹き回し?」
「んー、まぁたまたまだ」


校舎から続くなだらかな坂道を、軽くブレーキをかけながらゆっくりと降る。
顔に当たる風を心地よく感じながら、俺は考えていたことをハルヒに伝えようと思った。


「なぁハルヒ」
「なに?」
「あの時の事なんだがな」


背中に触れていたハルヒの腕に、力が入ったのがわかった。


「一時的ではあるが、SOS団を離れて気づいた事があるんだが、聞いてくれるか?」
「……特別に、聞いてあげるわ」


辛い事を思い出させてしまったのは悪いと思う。
だが、あのことが無ければ、俺は気づかないで通り過ぎていたのかもしれない。


「どうやらな……」


ある程度予想はできていたが、まだ覚悟が足りてなかったらしい。
いまいち上手く言葉が浮かんでこない。
……いや、違うか。
言うのが微妙に照れくさく、怖いのか。


「何よ、言いたいことがあるならはっきり言いなさい」
「……なら言うぞ」


この期に及んで、ハルヒの後押しが無ければ言えないとは情けない。


「どうやら俺は、お前のことが好きらしい」


後押しをもらった上で、俺に言えるのは、この程度が限界だったらしい。
まったく持って情けない。


「……何よそれ、『好きらしい』って、好きなのかそうじゃないのかはっきりしなさいよ」


ごもっとも。
そんな考えが浮かんだが、このまま情けないままもどうかと思い、俺は自転車を止めた。


「……恐らく、こんな事言うのはもうこの先あるかどうかわからんが」


しっかりと自転車を固定して、サドルから降りた俺は、ハルヒの正面に立った。


「…………」


いつもの強気の目が、しっかりと俺を映し出していた。
……まぁ、こんな時くらい、格好をつけてもいいだろう。


「俺は、お前が好きだ」


言い切った後、暫く無言という静寂の時間が流れた。
ハルヒは、俯いて、その顔をうかがい知る事は出来ない。
……どうせら、イエスかノーかはっきり言ってもらいたいところなんだが。
こんな無言の重圧が、ここまで続くと正直とてつもなく息苦しい。


「……か」
「え?」


一瞬、ハルヒが何かを呟いたかのように見えたが、何を言ったのかまではわからなかった。
それを聞き返そうと、ハルヒの方に顔を近づけようとした。


「バカっ!」


だが、ハルヒは唐突にそう言うと、俺の首に手を回して引き寄せ、唇を合わせてきた。
驚きに目を見開いていると、その視界いっぱいにハルヒの顔が映っていた。
いつもは勝気な瞳も、今は閉じられ、その端には涙のようなものが見える。


「……遅いのよ、バカ!!」


どのくらいそうしていたのか、ゆっくりと唇を離すと、ハルヒは感情もそのままに言ってきた。


「変な人のせいで不安だったのに、そんな時にあんたはいないし!」 「…………」 「肝心な時にはあたしの台詞なんて聞かないし!」


俺はただ、ハルヒの言うことを黙って聞くしかできなかった。


「今のだって……ずっと、あれからずっと待ってたのに……ぐす……」


泣き始めたハルヒを前に、どうしたらいいのかわからなくて、両手が彷徨ってしまった。
だが、それも数秒で、ため息一つ、俺はゆっくりとハルヒを抱きしめた。


「……すまん」
「謝ってんじゃ……ないわよ……」
「……そうだな」


縋り付いてくるハルヒを、さらに力を強く抱きしめる。
ゆっくりと、ハルヒの身体から力が抜けていくのを感じた後、俺はハルヒの顔を見た。


「……で、俺としてはしっかり答えが欲しい所なんだが」


そう覗き込んでやると、ハルヒは再び唇を押し付けてきた。
そして、それが離れると同時に、俺の好きな満面の笑みを浮かべて一言だけ言った。


「あたしも、大好きよ、キョン!」


その日から、団長と団員その一の関係は、彼氏と彼女というモノに変わった。
だけど、俺たちは変わらないんじゃないかと思う。












「……まぁ、これからもよろしく頼むわ」












だってそうだろう?












「当然でしょ!離れようたってもう2度と離さないんだからね!!」












それが、俺とハルヒっていう存在なんだから。













- Fin -
















俺としては頑張って走り抜けたんじゃないかと。
これにて、-Unruhe-は閉幕となります。
以降のストーリーは脳内で好き勝手に補完しちゃってください。
俺はこれ以上もうこの作品に手を加える気は、誤字修正以外ありません。


んでもって、最終話の余談をいくつか。
ハルヒとみくるが顔が赤かった理由ですけどね?
察しがいい人なら気づいてるでしょうけど、噂のあのテープを見てたって感じです。
いやぁ、古泉のことだからデータとして保存くらいはやってそうだなぁと。


余談その2ですが、キョンの自転車のことです。
キョンたちの通う北高に駐輪場があったか謎だったので、とりあえず隠していたという事に。
無理やり作ってもよかったんですが、どうせなら隠してた方がいいかなーみたいな?


後、長門の宇宙パワーですけど。
あれはおまけなので、実際キョンがそうなるとかそういうフラグじゃありません。
っていうか、そこまで考えてないで書きましたし。


さて、長くなりました。
と、言うわけで……これにて-Unruhe-終局!
今までご覧くださってお疲れ様でした、そしてありがとうございました!

            From 時雨


初書き 2008/01/28
公開  2008/02/03