珍しくも、不思議探索という、俺の財布からお札様がいなくなっていく傍迷惑なイベントが休みだった日。
天気も良く、陽気に誘われた俺は、CDでも買ってくるかという楽天的な思考に身を委ね、意気揚々と外に繰り出したわけなのだが。


「どーしてこー、狙われているかのごとく、知り合いに遭遇するのかねぇ?」
「それはあたしの台詞よ」


本当に、なんで俺の休日っていうのは、こうも存在しなくなるのか、それを問いただしたい。
頼むから、1日くらいは俺のゆったりとする時間をいただきたいものだ。
























「で、あんたは何やってるのよ、折角心の広い団長のあたしが、休みをあげるって言った日に」
「お前は、俺が買い物すらしないような人間に見えるのか?」


そうだとしたら、大層俺は金の掛からない人間だろうよ。
買い物はすべて親任せなんて、そんな時代はとっくの昔に別れを告げて、今はそれなりに俺の好きなモノを買う程度はしている。


「別にそんなこと言ってないじゃない。それはそうと、何買ったのよ?」


言うが早いか、ハルヒは俺の持っていた紙袋を半ば強引に奪い取ると、遠慮無しに中身の検分に入った。
いい加減慣れてしまって突っ込むのも億劫になりつつあるのだが、ここは突っ込んでやるのも、優しさだろう。


「そんな、団長様の興味を引くようなものは買ってないぞ」
「つまんないわねぇ……何かこう、世界の興味を一身に受けるようなものでも買うなんていうセンスがないのかしら?」


そんなセンス、こちらから丁重に頭を下げて遠慮させていただく。
俺は、普通でいいんだ、普通で。


「あれ……これ、何?」
「ん、どれだ?」


今だ中身を漁っていたのか、という突っ込みはおいておいて、ハルヒは、紙袋の中から1つ、小さな包みに入ったものを取り出した。
ハルヒが包みを軽く振ると、何か硬いものがぶつかるようなチャリチャリという音がした。
それは……あぁ、妹に頼まれたやつだな。


「妹に頼まれたストーンアクセサリーとでもいうのか?それのストラップだよ」


唐突に、俺が買い物に行くと知った途端、妹は俺にこれを買ってきて欲しいと頼んできた。
ご丁寧にも、石を指定してきて。
なんでも、今妹の通っている学校で携帯につけるわけではなく、カバンにつけるアクセサリーとして人気だということだ。
小さいくせに1000円するとは、今の世の中、何事も物価が高い。


「ね、開けてみていい?」


興味が引かれたのか、ハルヒは目を輝かせてその包みを凝視していた。
どうやら、妹という言葉を聞いて、無闇に開けるのはまずいと考えたらしい。
その心遣いを、少しでもいいから俺に対して分けてもらいたいもんだね。


「包みを破かなきゃ別にかまわないぞ」
「そ、ありがと」


まるで俺の答えなんて聞くまでもないと言わんばかりの速さで、包みを開け始めた。
……おい、俺の台詞聞かなくても最終的に開けるつもりだったのか、お前は。
そう突っ込みを入れたい俺を他所に、ハルヒはその行動とは真逆に、丁寧に包みを止めているシールを剥がし、中身を取り出していた。


「……わぁ、綺麗ね」


女とは元来こういったものが好きなのか。
ハルヒも出てきたストラップに魅入っていた。
そのストラップだが、つくり自体はとてもシンプルだと思う。
宝石が中心にあり、その周りを針金……で、いいのか?それで花のような模様を作っている。
簡単な作りに思えるが、これはこれで職人芸とでも言うんだろうなぁ……


「……この中心の宝石、これはオニキスかしら……?」
「お、よくわかるな?」


ハルヒの言うとおり、妹に指定された石はオニキス。
なんでも、これが自分には合うんだそうだ。
俺にはよくわからんかったが。


「妹ちゃんの場合は……そうね、多分人と人の心の絆を深めるあたりかしら。あとは魔除けね」
「……へぇ、お前そういうの知ってるのか」


すまんが、さすがに少し驚いた。
オールマイティーキャラだとは思っていたが、こんなところまで精通してるとは、予想がつかないだろう?


「失礼ね、この程度なら誰だって知ってるわよ」
「……それは、俺が物知らずだと言いたいのか?」
「別に、そんなこと言うつもりもないわ」


だが、目がそうは言ってないぞ。
まったく、誰もが誰も、お前みたいにオールマイティーであると思うなよ。


「あ、そうだわ!」


唐突に、ストラップを見ていたハルヒが何かを思いついたかのように叫んだ。
こういった場合、ほぼ100%の確立で、俺にとってめんどくさいことになるんだが……


「……あまり聞きたくないが、一応聞いておこう。なんだ?」
「今日この後、どうせ暇でしょ?これ買った店に案内しなさい!!」


一瞬、こいつが何を言っているのか、理解しきれなかった。
今、何て言った?
店に連れて行け?
ただでさえ、女の人口の方が多い店に、また行けというのか?


「ちなみに、拒否権はあるんだろうな?」
「そんなもの、あるわけないじゃない」
「……だと思ったよ」


どうして俺はこうも立場が弱いのか、そこん所を一度とことん追求してみたい。
大体、谷口ですらすずめの涙ほどの人権があるのに、どうして俺にはそれすらないんだ。


「さ、さっさと行くわよ、時間は有限なんだから」


とりあえず、これまた恒例となりつつあるのが不満ではあるが、強引に手を取り動き出したハルヒを、俺は案内することになった。
……やれやれ。





















「わぁ!予想より数が多いわっ!」
「……そうかい」


あぁ、周りの目が若干痛い。
若い女性が大半を占めているこの空間に、少数の男の存在。
さらに俺は二度目の来訪と来たもんだ。
疑問なのは……店員の目が、なにやら生易しく見守る的な視線なのはどういうことだろうか。


「アメジスト、ガーネット、ペリドット、ダイヤ、サファイア……スタンダードな所はちゃんと揃ってるのね」
「あぁ……誕生石ってやつか?」


一部、聞き覚えのある石があったが、おそらくそういったものだろうと考えていたが、ついつい言葉になって漏れてしまった。


「あら、これくらいはあんたも知ってたの?」
「……まぁ、聞いたことがあるくらいにはな」


詳しい人間には当然の如く負けるが、多少の知識としてなら知っている。
まぁ、知ってるとは言っても、石の名前だけで、それにどんな意味が込められているかなんていうのはまったく知らないわけだが。


「でも、ホント綺麗……」


ハルヒは、会話もそこそこに、再び展示品へと目を移して、呟くようにぼやいていた。
普段のこいつからは想像も出来ないような、純粋に、それに感動しているというのがわかった。
その姿に、俺は何も言うことが出来なくなって、大人しく、こいつが満足するまでそれに付き合うことになった。


「……うん、満足したわ。そろそろ行きましょ」


少したって、本当に満足したんだろう、満ち足りたような顔をしてハルヒが俺に向かって笑顔を向けた。
そして、未練なんてないとでも言わんばかりに踝を返して、店から出ようとしていた。
俺もそれについていこうかと思ったが、ふと、横目に1つのストラップが光ったかのように見えた。


「…………」
「どうしたのよ、出ないの?」


ローズクォーツ……か。
そういえば、あいつがじっと見ていた宝石も、これだった気がするな……
妹に頼まれた奴よりもシンプルなデザインで、丸くカットされた石の周りを2本の針金がゆったりと巻きつくかのようなものだった。


「……あぁ、少し外で待っててくれるか?」
「え……別にいいけど?早く出てきなさいよ!団長を待たせるなんて重罪なんだから」
「わかったわかった、すぐ行くから」


宝石を見ていたからか、そこまで不機嫌になることなく、ハルヒは俺の言ったとおりに外に出て、待ってくれているらしい。
さて、さっさと済ますか……


「すいません……」
「はい?」


俺に生暖かい視線を送ってくれていた男店員を呼び止めて、俺は、目に留まったストラップを買いたい旨を伝えた。
手馴れているのか、その店員は手早く包むと、会計を済ませた俺に手渡してくれた。


「さっきのお嬢さんにあげるんですか?」
「いや……まぁ、そんな感じです」
「なかなかいい目、してますね。成功することを、祈ってますよ」
「……はぁ、ありがとうございます?」


なにやら、生暖かい目のグレードがアップしているようにも見えるんだが、一体どういうわけだ?
ただ、これが目に留まっただけなんだが……
それに、これは気まぐれだ、そう、それ以外にはない……ハズだ。


「Good Luck!!」


結局、意思疎通もならないまま、やたらといい笑顔の男店員に押し出され、店の外へと追いやられた。
……なんなんだ、一体?


「遅いわよ!」
「あぁ、悪い、ちょっとな」


大した時間待たせたわけじゃないんだが、この団長さんにとってはそこそこ長い時間だったらしい。
店の入り口から俺が出てくるのを見つけたと同時に、一言文句を言ってきた。


「で、一体何してたのよ。妹ちゃんの用事事態は終わったんでしょ?」
「あぁ、それ自体は終わってたんだが、ちょっとコレが目に入ってな」


さっき包んでもらったモノを、ハルヒの目の前に持っていく。
呆けるハルヒに促して、とりあえず両手を前に出させて、物を受け取らせた。


「え、コレ……」
「ま、開けてみろ。ちょっとした気まぐれだ」


包みと、俺の顔をハルヒの視点が行ったり来たりと数回繰り返した後、ハルヒは恐る恐るといった感じで、包みを開けて、中身を取り出した。
まるで、手荒に扱ったら壊れてしまうような繊細なものを触るような手つきで、ハルヒはストラップを見ていた。


「くれぐれも言っとくが、気まぐれだからな」
「……あんた、この宝石の意味知ってるの?」


まじまじと見続けていたハルヒが、唐突に切り出してきた。
……意味?
そういえば、深く考えないで、コレを手に取ったな……


「……いや、知らないが……?」
「……そ」
「なんだ……そんなに変な意味があったのか?」


なんだ、その反応は……
もしかして、ものすごく悪い意味でもあったんだろうか。
内心に焦りを隠しつつ、俺は何気なく意味を聞こうとした。


「別に、なんでもないわ!でも、もう返して上げないからね!!」
「そもそも、お前にやったんだ、いまさら返せなんて言わないぞ」


さっきまでの反応とは真逆に、ハルヒは一転明るい表情になると、大事に大事にと言った雰囲気でストラップを包みに戻した。
……いったい、なんだったんだ、今のは?


「なぁ、ハルヒ。その宝石、意味はなんなんだ?」
「……秘密っ!」


いつかの雨の帰宅路で見せたような、生き生きとした笑顔で、ハルヒは数歩先に駆け出し、振り返って『ベー』と舌を出してきた。
結局、この後何度聞いても、ハルヒは俺の買った宝石の意味を教えてくれなかった。


「……そんな、大層な意味でもあったのか?」





















後日、ハルヒの機嫌は落ちることがなく、さすがに気になって朝比奈さんに聞いたところ、懇切丁寧な説明と共に、トンでもな宝石の意味を教えてくれた。
そして、あの時の、店員の生暖かかった視線の理由が、わかっちまった……
あぁくそ、そうと知ってれば、もうちょっと違った贈り方をしたんだろうに!


「おっはよー!さぁ、今日もミーティング始めるわよー!」


そう言って、元気良く部室に現れたハルヒに携帯には、俺が贈ったストライプがついていた。
その中心には、ローズクォーツの宝石が、小さく光り輝いていた。
















―――――ローズクォーツ

















―――――意味





















―――――真実の愛と美的感覚を育み、恋愛成功の石


















 後書き

宝石言葉なんて知らないので、調べるのに苦労しました。
そのおかげで、一応そんなに意味的には間違ってないはず。

でも、やっぱりキョンは、気づかないうちにハルヒを落としてるよな気がしますよね。
花言葉とか、石言葉とか、知らないけど奇跡的にジャストミートなの選んでたりしそうで。
そういう妄想からそれが発生しました。

それでわ、また、次回作にて。

            From 時雨  2007/06/26