さて、世の中のきんべんたる学生達には、夏にとても重要とも言えるイベントがある。
そのイベントは、人の認識によっては十人十色の様を表し、簡単なところで例えるとするならば、青春をスポーツで満喫するだの、海へ行くだの、旅行へ行くなどのさまざまな事を学校という存在を気にする事無くすることのできる、学生のための時間とも言える。


「とは言ったものの、それが全ての人において等しく与えられるわけじゃないんだよなぁ…」


そう、今の季節は夏。
八月も終り、九月に指しかかろうというというそんなある日。
世の学生達のための長期休業、夏休みの出来事である。






























普段ならば俺がベットの中で存分に睡眠という甘美な時間を味わっている最中、学校があった平日と変わる事無く、その嵐は舞い降りた。


「もしもし、キョン?今日10時に駅前に来なさい、いいわね!」
「……何を寝ぼけたことを言っているんだ、今は夏休みだろう?」
「うっさいわね、これは団長命令よ!わかったわねっ!!」


そう多くない問答を経て、電話の向こう側の主は乱暴に会話を打ち切った。
懸命な諸君にはすでに予測どころか確信までが出来上がっていることだろう。
……そう、隠す気もないが唐突に電話をしてきた犯人、それはハルヒである。
SOS団の活動は、基本的には年中無休と言っていたが、あれはどうやら本気だったらしい。


「さて、今日集まってもらったのは他でもないわ」
「……俺がせっかく安らぎの時間を満喫していたのに、呼び出したのはどういう用件だ?」
「何が安らぎの時間よ、どうせ布団の中で無意味に惰眠を貪ってるだけでしょ」


……間違っているわけじゃないから、どうにも強く切り返せん。


「まぁ、確かにバカみたいに寝ているのは否定しないが、折角の夏休みなんだ、それくらいは許されてもいいだろう?」
「甘いわね、考えても見なさい、キョンがそんな無意味で無駄な行動をしている間に、もしかしたらどこかにミステリーが発生しているかもしれないじゃない!」


それを見過ごすなんて人類にとっての大いなる損失よ!なんて息巻いて言っているが、俺にとって、実際問題どーでもいいことである。
何故なら俺にとってそんな実感のわかないミステリーよりも、現実で簡単に行える睡眠の方が何十倍も大事だからである。
そうは言っても、こいつには通じないんだよなぁ……


「ま、バカキョンのことは放っておいて、今日来てもらった理由を教えてあげるわ」


まぁ、こいつが俺の台詞を聞かないなんていつものことだからいいんだけどさ……


「んじゃ、行くわよ」
「って、おい、理由を教えてくれるんじゃなかったのかよ!」


まったく、こいつの思考回路は斜め四十五度どころか未知の領域までぶっ飛んでるのか。
そう言ってやりたいところではあるのだが、どうにも掴まれた手の力が強くて、俺はなぜか振りほどくことができなかった。
一体、この体のどこにこんな力があるんだ……?


「さ、ついたわ。ここよ」
「……あー、携帯ショップ……?」
「これが携帯ショップに見えないんだったら、あんた、眼科行った方がいいわよ?」


ええい、そこまで俺の視力は悪くない!
と、いうか、お前が今日、俺を、わざわざ呼び出してまで、ここに連れてきた理由は、ここだってのか?
ついつい、一区切りずつ力を込めて言いそうになった。


「最近、あたしの携帯なんだか音が悪いのよ、長く使ってるし、ついでに変えようかなって思ったのよね」
「で、何故に俺が付き合わされなければならんのだ?」
「そりゃぁ……あんたに選んでもらいたい……べ、別にいいでしょ!!」
「すまん、途中がいまいち聞き取れなかったんだが……?」


丁度、風のせいか?なんかで聞こえなくなった。
しかし、随分と赤い顔をしているように見えるんだが、大丈夫か、こいつ。


「まぁ、お前の唐突さは今に始まったわけでもねぇか……」


俺はとりあえずそう開き直ると、目の前にあるショップへと続く自動ドアへと足を運んだ。
ハルヒは、今だなにやらあーだこーだと言っているが、行かないのか?


「あ、ちょっと、待ちなさいよ、キョン!!」
「はいはい、さっさと来いよー?」


まぁ、目的地は目の前なんだ、こいつも思考の海から出てきたら、すぐ来るだろうさ。


「……これはまた、随分と増えたなぁ、機種」
「……っていうかあんた、携帯変えたことあるの?」


……はっきり言って、数回しか記憶にないな。
俺は携帯なんていうのは、着信やメールが出来ればそれでいいと思っているからなぁ。
確かに、男として心踊るようなデザインもなかったわけじゃないんだが、それはなんというか、発売当初で持っている人が少ないだろうという物的価値と、テレビでお馴染みになりつつあるCMの効果から感じられるものだって言うのを理解してしまっているからな。
そう感じてしまうと新品の携帯というのに、そこまで魅力を感じなくなってくるわけだ。


「でもまぁ、変えたいと思わなかったわけでもないんだがなぁ……」
「何よ、なんか言いづらい理由でもあるの?」


俺の散財原因の一端を大いに担っているのに、SOS団の野外活動があると言ってやったらどれだけ気分がいいんだろうなぁ?
だが、それを言ったところで、どうせこいつのことだ。
あんたの金銭管理能力が甘いのよ!とか。
そんだけで尽きるなんて、貯金っていうものないの!?
なんて言われるに決まっているさ。


「何よ、お金がないなんて、あんたには金銭感覚はないのかしら?」
「……ほらな」
「……なによ?」
「なんにも、ほれ、さっさと決めるもん決めちまえよ」


こいつの事だから、多分自分が欲しい携帯くらいのめぼしは付いてるんだろうと思ったんだが、予想に反して、ハルヒは色とりどり、ついでに形もさまざまな携帯を前に、悩み始めた。


「……お前、めぼしいもの見つけてないのに来たのか?」
「う、うっさいわね、あたしだってたまには本物をみて決めるわよ!」


そういうものなのかねぇ?
まぁ、こいつがこういうんだからそうなんだろうさ。
ついでだし、俺も携帯を変えてみるか……
いくら持ってたかな……
一応、ここで変えたとしても余裕はあるかな。


「ん……?」


冷やかし半分、そんな気分で携帯を見ていると、なぜか一つだけ、嫌に目に留まった携帯があった。
とりわけ、他の携帯と違うようなものでもないし、一見すれば、ただの折りたたみ携帯に見える。
だけど、何故だろうか、その携帯が俺の目に自然と留まり、さらに気づけば自然と手を伸ばしていた。


「…………」
「ん、どうしたのよ、キョン」


携帯を適当に選んでいたハルヒが、突然の俺の行動に興味を持ったのか、俺の後ろから手元を覗き込むようにしてきた。


「いや、これがなんか気になってな」


色は三色、基本に忠実な白、恐らく男ユーザーを狙っているであろうメタリックブラック、そして、何色といえば正しいんだろうな……
お、書いてあるな、なになに……パールホワイト。
……白と違うのか?
形は厚くもなく、薄くもなく、折りたたみ式で、横にボタンが付いていて、それを押すとディスプレイが開くタイプらしい。


「お、意外に使い勝手よさそうだな……」


開けたり閉めたり、無意味な動作を数回やった後、若干名残惜しいような気もするが、携帯を元あった場所に戻した。
……でも、これなら変えてもいいかもしれないな。


「ところでハルヒ、お前は決めたのか?」
「え、えぇ……そうね、きょ、今日は日が悪かったから、改めて来る事にしたのよ!」
「……わざわざ、俺を呼び出しておいてそれか」
「いいでしょ別に、変えようと思ってはいたけど、完全に変えるなんて言ってないもの!」


まぁ、そういうなら俺はこれ以上何も言わないけどな。
俺は、どうするかなぁ……


「キョンはどうするのよ?それ、気になってるんじゃないの?」
「あぁ……どうするかな」


若干強引に話を変えてきたように感じないでもないが、まぁそれはそれと割り切っておいた。
そして俺は、長年使っていた携帯を出してみた。
そこそこ大事に使っていたつもりだったんだが、やっぱり大小さまざまな傷跡が残っていた。
そうだな……いつから使っていたかいまいち覚えてないが、そろそろ変えてみるのもいいかもしれないな。


「そう、だな……ついでだし、変えるか」
「ふぅん、んじゃぁ機種はやっぱり……それ?」


ハルヒは、そのまま俺が今さっきまで触っていた携帯を指差して聞いてきた。
他に、興味が惹かれたような携帯もないしな……


「そうだな、これにするよ」


有言実行、とまでは言わないが、決めたのならさっさと手続きを済ましてしまおう。
下手にハルヒを待たせると、へそを曲げかねないからな。


「ありがとうございましたー」


結局、俺は三色の中のメタリックブラックにすることにした。
まぁ、若干重たい感じもするが、なんていうか微妙に心が高揚してるような感じもする。
まさか、携帯なんて変えなくてもいいと思ってた俺が、こんな気分になるなんてな。
悪くは、ないか。


「すまないな、待たせて」
「別にいいわよ、それにしても、あんたの古い携帯、随分ぼろぼろね?」
「いつから使ってたかわからないくらい古いからなぁ」


結局、ハルヒの携帯を変えにきたはずなのに、俺の携帯になっちまったな。
俺はそこそこに満足になったんだが、ハルヒの方はどうなのやら……


「あ、そうだ!」
「ん、なんだ?」
「ちょっと用事思い出したわ!!」


本当に、唐突な奴だな、こいつは。
ハルヒは、よく分けのわからないことを言って、走ってどこかに言ってしまった。
結局、あいつは何がしたかったんだ?
俺は、わけも解らずそのまま帰宅することとなった。
なんなんだ、一体?






























月曜日、俺が学校へ到着すると、なぜかよくわからないが、谷口のうるさいくらいの絶叫から始まった。


「きょーーーーーーーーん!!!」
「うぉ……って、なんだ谷口か」
「なんだ谷口か……じゃ、なーい!コレは、一体、どういうことだ、おい!!!」


どういうことだって、どういう意味だ?
絶叫している谷口はとりあえず押し退けて、俺は谷口が一生懸命指差している方向へと目を向けてみた。
そして、マリアナ海溝よりも深くその光景をのぞき見たことを後悔した。


「えへへ、お揃いだぁ……」
「…………」


そこにいたのは、まぁ通常で考えればハルヒなんだが。
そこにいるハルヒはいつものハルヒと違い、なんていうんだろうな……この場合。
惚けているとでも言えばいいのか?
手に持った携帯を見ながら、物凄くだらしのない顔をしていた。


「えへへ」


こらこら、年頃の娘がそんなだらしない顔をするんじゃない。


「おい、キョン、どうにかしろよ……」
「……俺に、あれがどうにかできるとでも思うのか?」
「うーん、難しい所だね、でも何とかしてもらった方がクラスのみんなとしても助かると思うよ?」
「……国木田、お前もか」


結局この後も、俺にハルヒをどうこうできるわけなく。
ハルヒは授業が終了するまで、そのまま惚けたような空気を回りに振りまき、その前の席である俺に多大なる心労を与えてくれた。
……はぁ、なんなんだ、一体。












だけど、同じ携帯に悪い気がしない俺も、すでに涼宮ハルヒという存在に染められてしまっているらしい。












ハルヒの手に治まっている、パールホワイトの携帯を見て、俺はなんとなくそう感じてしまった。












……まったく、やれやれだ。


















 後書き

と、いうわけでおはこんばんにちわ、時雨です。
やー、上げたいと思っていたのに土日で上げれなくて申し訳ないッス。
悔しかったので、月曜に上げてみます。

とりあえず、キョンはそんなに物欲が強いわけじゃなさそうなので、こういう手段に出てみました。
まー、色をどんなのにしようか悩みましたけどね、とりあえずこんな感じで行こうかで思いつきです。

それでわ、また、次回作にて。

            From 時雨  2007/09/10