人間とは、付き合い始めて初めて知ること、ということがある。
それは、今まで知っていた人物とは違う一面をまざまざと見せ付けられ、人によってはさらにその人物の魅力に魅了されるということがある。
の、だが……


「……俺に、どうしろというんだ」


ハルヒのそれは、俺の予想を遥か斜め上に超え、ついでにいうのなら天に登る竜の如く、天井というものを知らないらしい。

























いろいろと、それはもういろいろと語るに余るようなことが起き、それと同じ数だけ過ぎ去っていったわけなのだが。
その結果というのも妙な話なのだが、俺と、ハルヒはこのたび、めでたく付き合うことになった。
まぁ、主にめでたいと感じているのはSOS団のメンバーだったりするのだが。


「だが、ここまでとは正直思っていなかったぞ……」


俺がこんなことを言うのも仕方がないと思っていただきたい。
それほどまでにハルヒの変化は劇的といっていいものなのだがから。


「キョン、どこ行ってたのよ!!」
「……トイレくらいでそう目くじらを立てるな」


学内にいる時間のほとんどを俺はハルヒと行動を共にしている。
今までと変わらない?
バカを言うな、今までは俺が引きづられる形が少なからずあった。
だが今じゃ、学内で、堂々と、腕を組み、歩くことになっている。


「ま、それくらいは目を瞑ってあげるわ」
「それで、どうしたんだ、そんなに慌てて」
「べ、別になんでもないわよ!」


戻ってきての早々に怒られ、逆に理由を問えばなぜか赤面して顔を逸らす。
一体、こいつは何が言いたいんだろうか?


「それより、ちょっと来て」
「あー、はいはい、どこに行くんだ?」


勢い良く立ち上がったかと思えば、俺の手をとり移動を開始するハルヒ。
まぁ、慣れた行動とはいえ、少しは俺の拒否権というものはないのだろうか?


「……で、なんでまた部室なんだ?」
「細かいことは気にしないの」


連れてこられたのはどういうわけかSOS団が根城にしている文芸部室。
部室の主である長門の姿はない、教室にでもいるのだろうか?
今の時間は学生が楽しみにする時間の筆頭、お昼休みに該当する。
そんな時に長門がここにいないのは非常に珍しいといえる。


「ほら、ちゃっちゃと座る!」
「ん、了解」


とりあえず、言われたとおりハルヒが座っている椅子の横に腰掛ける。
ハルヒはどういうわけか、普段の団長席ではなく、俺たち団員が座っている長机の方のパイプ椅子に座っていた。


「それじゃぁ、ちゃっちゃと食べましょう」
「おぉ……」


ついつい感嘆の声が上がるのも仕方がないだろう。
机の上に広げられた二個の弁当箱、その中身は同じではあるが、いかにも手作りという雰囲気に溢れ、視覚に入る情報は、確実に俺の食欲を刺激するものであった。


「今日も作ってきたのか」
「もっちろんよ、キョンのための特別製なんだからね」


付き合い始めてからだが、ハルヒは毎日と言って差し支えないほどに俺に弁当を作ってきてくれていた。
最初は教室で食べようと言い出したハルヒだが、それは俺が必死にお願いしたことで、場所を人気のない場所に移動して食べることをなんとか納得してもらった。


「……(無自覚で言っているのか?)」
「なによ……あたしの手作りじゃ不満?」


弁当については嬉しいことではあるが、困ることが一つ同時に生まれた。
ハルヒが、場所を選ばずにとてもじゃないが、恥ずかしいことをさらりと言ってのけるようになったことだ。
なんと言えばいいのか、感情を隠すことなくはっきりという……とでも言っておこうか。


「いや、そんなことはない、毎日ありがたいと思ってるくらいだ」


家から弁当を持ってくるより、購買で何かを買うより、それらを上回る味を毎回ハルヒの弁当は出してくれる。
それを拒否するなんてことは、よほどのバカじゃない限りありえないだろうさ。


「それにしても、毎日だと材料費とか大変じゃないのか、やっぱり材料費くらいは出すぞ」
「いいわよ、別に。これはあくまであたしがしたいことなんだし」


聞いたか?
これが、昔は恋愛感情は気の迷いだとかなんとか言ってた奴の台詞だ。


「それより、早く食べましょ、何から食べたい?」
「あ、あぁ……それじゃ……」


内容は……割愛させていただく。
ただ一つだけ言っておこう。
ハルヒが用意してくれる弁当、数は二つあれど、箸は一膳しかない。
これで、まぁ、どうやって食っているかわかってもらえると思いたい。


「お、涼宮夫妻のお帰りか」
「黙れ谷口」


クラスの連中は、すでに俺とハルヒの行動には慣れたもので、今でも冷やかし混じりに声をかけてくるのは谷口くらいだ。
国木田に至っては完全に傍観を決め込んでいる。
まぁ、当然の如く谷口は、その後ハルヒによって蹴り倒されているんだが。


「ほら、ハルヒそろそろやめてやれ」
「あ、キョンこら!離しなさいよ!!」


いまだ攻撃をやめようとしないハルヒの脇を掴んで、強制的に引き剥がす。


「っていうか、キョン、どこ触ってるのよ!!」
「こうでもしないと、お前はやめないだろうが」
「のろけは他所でやれー」
「……谷口、こうなったのはお前が原因だろうが……」


とりあえずハルヒを抑えたまま、谷口にしっかり言っておくのを忘れない。
でもまぁ、こいつのことだ、明日には忘れてることだろう。


「ほら、そろそろ授業が始まるから席に戻るぞ」
「わかったから、離しなさいよ」
「あーはいはい、ほら」


不承不承と、いう雰囲気を振りまいて、ハルヒは一応大人しく席に戻った。
やれやれ、多少は変わったとは言え、こういったところは相変わらずなんだよなぁ……




























と、まぁ……いろいろとハルヒについて言っている俺だが。


「……俺もまぁ十分変わったってことなのかねぇ……?」


そう、思うしかないのではないかと思う。
誰だって、俺とハルヒの今の状態を見れば納得してしまうんじゃないかと思う。


「でね、ここが面白いのよ!キョン、ちゃんと見てる?」
「あぁ、ちゃんと見てるよ」


俺が今いるのは、ハルヒの家だったりする。
どういうわけか、今日の部活はハルヒの鶴の一声によって、休みとなっている。
そして、ハルヒに誘われた俺は、そのまま涼宮家にお邪魔している。


「〜〜〜♪」


まるで鼻歌でも歌いだすんじゃないかと思えるくらい、ハルヒは機嫌がいい。
あぁ、そうだ、現状を説明するのを忘れていたな。
ハルヒの家で、どういうわけかのんびりとテレビを見ているのだが、俺のあぐらの上に、ハルヒが乗っかっているという状態だったりする。
それを俺が後ろから抱えているというか……まぁ抱きしめていると言っても差し支えはないだろう。


「ところでハルヒ……」
「なに?」
「そろそろ足が痺れてきたんだが、せめて足を崩してもいいだろうか」
「なによ……それってあたしが重いって言ってる?」


誰もそうは言ってない。
と、いうか誰でも胡坐をかいている上に長時間座られたら痺れると思うんだが。


「ま、いいわ」
「ん、助かる」


そういって、ハルヒはその場を動く事無く、俺の足だけを開放してくれた。
どうやら、このポジションから動くつもりは毛頭ないらしい。
まぁ……別にそれはそれでかまわんのだが。


「それにしても……人間変われば変わるもんだ……」
「ん?」


相変わらず俺の前にいるハルヒを軽く抱きしめ、さらさらと目の前で揺れる髪に顔をうずめる。
ハルヒの髪からは、いい匂いがした。


「いや、なんだかんだで今に馴染んでいる自分に驚いてるだけだ」
「ふーん……」


抱きしめられたハルヒは、軽く身じろぎすると、落ち着く場所を見つけたのか、逆に俺に体重をかけるようにしてよしかかってきた。
なんていうか、人のぬくもりが心地いいと感じるのは、久々だ……


「……キョン?」
「……んー……スマン、少し……眠くなってきた」
「いいわよ、少し寝てたら?」
「……適当に、起こしてくれ」


――――おやすみ。
そう優しく呟いたハルヒの声が、まどろみに落ちる俺の耳に届いた気がした。


「……ん」


どのくらい寝ていたのだろうか。
だが、そんなことよりも、目が覚めて、まず最初に見えた光景に驚いた。


「あ、起きた?」
「…………」


目の前に、ハルヒの顔と、天井が見える。
この状態はまさか……膝枕されてるのか!?


「っ!スマン、すぐ起きる!」
「いいわよ、別に」


起きようとしたところ、ハルヒに額を押さえられ、起き上がることができなかった。
抵抗しても力が緩む気配がないので、仕方なくそのままハルヒの膝に頭を戻す。


「いつからだ?」
「ちょっと前からよ、あんたが寝てて、体勢が崩れたから仕方なくね」


さすがに、座ったまま寝続けるなんて器用なことはできなかったらしい。
悪いことをしたな。


「あたしは全然いいんだけどね、キョンはこの後、大変かもしれないわ」
「……どういうことだ?」
「母さんに見られたわ」
「……っ!?」


そりゃそうだ、学校が終わってからハルヒの家によって、そのまま眠ってしまったんだ。
一般家庭だったら親が出掛けてても帰ってくるくらいの時間はゆうに過ぎているだろう。


「しまった……」


思わず、顔を手のひらで覆ってしまうのも仕方がないだろう。
確かに何度か顔をあわせたことがあるとはいえ、この姿を見られたというのはさすがに恥ずかしい。


「ま、夕飯に誘われるだろうから、その時に言うことでも考えておくことね」
「……夕飯、食ってかなきゃダメなのか?」
「別に、断ってもいいけど、母さん悲しそうな顔するでしょうね〜」
「……く……」


まだ誘われると確定しているわけじゃないが、ハルヒの口ぶりからするにすでに俺の参加は確定事項なんだろう。
まったく、俺もなんであんな時に寝ちまったんだろうな……


「あ、そうだ」


自分の中のいろいろな感情がせめぎあっている時に、ハルヒが唐突に声を上げた。
何を思いついたのかと思って、顔をハルヒの方に向けて見ると、そこにあったのはハルヒの顔のアップだった。


「……ん」
「…………」


思考が、全面的に活動停止した。


「えへへ、おはようのキス」
「…………」


参った、本当に俺はこいつに敵わない。
でも、それもまぁいいか。
そう考えている俺は、本当に変わったと思う。














もちろん、いい意味でな。


















 後書き

書いてる途中、数回消したくなった。
いやまぁ、趣旨はとりあえず「べたべたさしてみよう」だったわけで、問題ないといえばない。
でも……ここまでやってよかったものかどうか?
ま、いいか。
次は何を書こうかなー?

それでわ、また、次回作にて。

            From 時雨  2007/12/02