さて、最近になって考える事というか、やりたい事が出来た俺は、比較的騒がしいながらも充実した日を送っている。 ……送っていると思いたい、むしろ思わせていただきたい。 そうじゃないと、俺のやわな精神など薄氷で作った橋の如く、早々に決壊を迎えるだろうからだ。 「……でもまぁ、やって悪いことじゃないからな」 そう、悪いことじゃない。 だからこそ、俺はこうして、苦行とも言えることをこなしているのである。 「おら、にいちゃん!ぼーっとしてねぇでしっかりやれ!」 「は、はい!すいません!!」 今は、12月も真ん中…… そう、考えている事とは、クリスマス・イブのことである。 「最近、あんた何してんの?」 「顔を見て第一声がそれか」 ふらふらな身体を鞭打って、気合と言う、俺に存在していた事が意外なモノをフル活用して、ハイキングコースを踏破した俺に待っていたのは、労いの言葉ではなく、言葉のナイフだった。 「なによ、学校に来ただけで随分疲れてるじゃない?」 「……疲れているように見えるのなら、それ相応の対応をしてくれてもいいんじゃないか」 「何言ってるのよ、自己管理は自分でやってこそでしょ?」 それを人に頼るなんて100年早いわ!と、ハルヒは腕を高々と上げて宣言した。 あまりの自信に、周りで聞き耳を立てていた数人が小さく拍手をしたように見えた。 ……頼むから、ハルヒに聞こえるような音量で間違っても拍手しないで頂きたい。 ハルヒは絶対調子に乗って、ロクでもないことをしでかすに決まっているんだから。 「で、話を戻すけど、あんた何やってるわけ?」 「……黙秘する」 こいつに言ったところで、メリットが増えるわけでもなく、むしろデメリットの方が増えそうだ。 それに、今はこの問答ですらなかなかに俺の残り少ない体力を消費していってるわけで。 だからこそ俺は、早々にハルヒの脇を通り抜け、自分の席というある種の聖域で、力尽きた。 「あ、こらちょっとキョン!」 ハルヒが何かを叫んでいるのを遠くで聞きつつ、俺の意識は強制的に暗転した。 もう、限界。 「……きろ!バカキョン!!」 「うぉ!?」 盛大な衝撃音と共に、自分の身体が揺れた。 揺れたというよりは、落ちたと言った方が正しいのかもしれない。 唐突の衝撃で軽く寝違えたような痛みを帯びた首を撫でつつ、元凶の方へと目をやり…… 「なによ」 瞬時に逸らした。 その時、首がさらにグキッというよろしくない音を出したような気がするが、今はそんな些細なことを気にしている暇は毛頭ない。 「な、なぜ怒ってらっしゃるんでしょうか?」 ついつい、敬語になったが、それほどまでに俺を蹴り起こしたハルヒの怒気はすさまじいものがあった。 と、いうか下手したら本気で殺されそうなくらい。 「別に、それよりお昼になったから起こしてあげただけよ」 「あ……あぁ、スマン、ありがとう」 どうやら、油断して寝ている間に昼休みに突入してしまったらしい。 ハルヒに対してお礼だけは忘れないようにしながらも、立ち上がる。 今日は不幸なことに飯を購買で買わなければならない、そのために購買へ行こうと立ち上がったつもりだったんだが、どういうわけか、俺の手はハルヒにつかまれていた。 「……急がないと食えるものが売り切れるから、できれば離してほしいんだが」 「うっさい!いいから、こっち来なさい」 どういうわけか、不機嫌なハルヒに手をつかまれたまま、俺は教室から引きづられて出て行く羽目になった。 その時、谷口が何かを叫んで、国木田がにっこりと手を振っていたのが気になるが……とりあえず、戻ったら谷口を一発殴らせてもらおう、それはもう力いっぱい。 「……で、なんでここなんだ?」 やってきたのは恒例と言っても差し支えのない階段の踊り場。 季節柄、若干寒いような気もするが、ハルヒにとってはそこまで気にならないようだ。 「ほら、座んなさいよ」 「あ、あぁ……」 階段にそのまま腰掛けたハルヒが、隣をぺしぺしと叩いて座るように促してくる。 仕方なく俺はハルヒの隣に腰掛けると、どこから取り出したのか、ハルヒは足の上に弁当箱らしき包みを二つ取り出した。 「……ん、二つ?お前そんなに食うのか」 と、いうかお前は食うものがあるのに、俺は食うものがないとはこれはなんのいじめだ。 そう考えていると、ハルヒは片方の包みを俺に突き出してきた。 「ん」 「……ん、ってこれ、くれるのか?」 「それ以外ないでしょ」 「あ、あぁ……すまん、ありがとう」 手渡された包みを解くと、中からハルヒが食うには大きすぎるであろう弁当箱が出てきた。 渡されたことから考えると、最初から俺にくれるつもりだったらしい。 「……いただきます」 「はいどーぞ」 食ってるシーンなんて些細なこととして、割愛させていただく。 とりあえず美味かった、とてつもなく。 それだけはしっかりと言っておく。 「ごちそうさまでした」 「はい、お粗末様でした。……で、あんた最近なにしてんのよ」 「……またその話題か」 まぁ、ここに引き連れられた時点で、なんとなく予想は付いていたんだが…… 「そうだな……弁当も貰ったし、一つだけ教えてやろう」 「なんか偉そうね……」 「ま、そういうな……とりあえず、24日、楽しみにしとけよ?」 ぽかーん、と擬音の付きそうな間の抜けた顔で、ハルヒは絶句した。 年頃の若い娘が、そんな口を馬鹿みたいにあけた状態で呆けるんじゃない。 ふと、今まで忘れていたが、思い出した事があった。 幸い、ハルヒもここにいるし、ついでだから済ませてしまおうか。 「ハルヒ、少しの間動くなよ?」 「え、え、え?」 ハルヒの両肩を掴んで、しっかりと目を見て言う。 なぜかわからんが、ハルヒは慌てたように顔を赤くしていた。 ん、なんだ、熱でもあるのか……? 「まぁ、とりあえず、動かないでくれると助かる」 そういって、肩を掴んでいた手を離し、ハルヒの顔の方に近づけると、ハルヒは何かを決したかのように目を瞑っていた。 「――――っ!?」 「……ん、こんなもんか」 目を瞑ったハルヒを好都合として、そのまま両手の親指と中指で輪を作り、ハルヒの首周りを測る。 予想していたが、こいつ、細いな…… 「な、な……」 「おし、覚えた、さんきゅーな」 しっかりと頭の中に長さを叩き込み、ハルヒを開放する。 「な……なっ!!」 「な?」 開放されたハルヒと言えば、目をこれでもかというくらい見開いて、さらにさっきより赤くなった顔で何かを訴えようとしていた。 「なにしてんのよ、ばかぁ!!」 「ぐぉ!!」 そして、ハルヒの一言とノータイムで放たれた蹴りの一撃は、的確に俺というか……男の当ててはいけない場所に大ダメージを与えた。 無様にも崩れ落ちかける俺と、真っ赤な顔をして逃げ出すハルヒという奇妙な絵が出来上がった瞬間だった…… ……しかし、猛烈に痛い!! あの一撃から早くも数日がたち、気づけば街はすでにクリスマス色一色といった感じだった。 結局、あの後のハルヒは、俺から声をかけようとしても逃げる有様で、どういうわけか避けられてしまったらしい。 不機嫌そうにも見えたので、古泉に閉鎖空間の発生を聞いてみれば、なぜかそれは発生していないらしい。 ……どういうわけだ? 「とりあえず、目的の物は大体手に入ったんだが……肝心の本人に避けられた場合、俺の苦労は水泡と帰すのか……?」 だとしたら、とてつもないくらい泣きたいんだが…… 短期で、時給のいいアルバイトを夜間で数件掛け持ちし、必死に溜めたお金で買ったささやかなSOS団員へのクリスマスプレゼント。 これを渡したとき、あいつら……特にハルヒがどういう反応をするのかが楽しみで、ガラにもなく頑張ったというのに…… 「……誰一人連絡がつかないとはどういうわけだ?」 そう、携帯に連絡を入れても、電波が届かないところにいるか、電源が入っていないという無機質なコンピュータ音声しか返ってこなかった。 ……最悪、このまま渡せないで終わるっていう悲しい結末まで見えてきたんだが、どうしたものか。 み、み、みらくる、みーのるんるん!!み、み、みら…… 「……なんだ?」 唐突に、不可解で意味不明な音楽が鳴り響いた。 だが、残念なことに、俺にはその音楽に心当たりがあった。 前にハルヒが俺の携帯を弄り回していたときに、SOS団員からの着メロにこれを設定していた気がする。 ……そういえば、直していなかったのか。 「……なになに?」 受信したメールを見ると、予想外なことに、長門からのメールだった。 内容は、本当に完結で、『私の家で待つ』とだけ書かれていた。 ……要点もなにもあったもんじゃないな、これは。 「とりあえず……行くしかないか」 ようやく連絡が取れた一人だ。 これを逃す手はないだろう。 「長門、俺だ、開けてくれ」 ガー、と音を立てて、オートロックセキュリティの扉が開いた。 あれから、荷物を持ったままの俺は、その足で長門の家に向かった。 迷う事無く長門の部屋へと向かい、インターホンに指をかけた。 「……入って」 「……お邪魔します」 相変わらず口数の少ない長門に促され、電気を消しているのか暗いと感じる部屋へと足を進めた。 そして、俺が居間への敷居をまたいだ瞬間。 パンパンパーン!! 『ハッピーメリークリスマス!!』 「――――っ!?」 クラッカーの盛大な音と共に、明りが点され、世界が光で満ちた。 「な……これは?」 「あんたが何を企んでたか知らないけど、それならあたしも大人しくしてるつもりなんてないわ!あんたに内緒で、サプライズパーティーを企画したのよ!」 どうやら、その通りらしい。 古泉の方へと視線を向ければ、何がおかしいのかいつも通りの胡散臭い笑顔で肩をすくめてみせ、朝比奈さんへと視線を移せば、どこか申し訳なさそうながらも、楽しそうな雰囲気が伝わってきた。 長門はいまいちわかりずらいが、部屋を提供している限り、少なからず思うところがあるんだろう。 「……は、ははは」 「ふふん、あんたの思うようになんて簡単にいかないのよ」 驚かすつもりが、驚かされていたなら世話がない。 だが、それはそれで悪い気がしないのは、一体なんでだろうな。 「参った、俺の完敗だ。まぁ、それじゃぁこれは、驚かしてくれたお礼ってことで、俺からだ」 そう言い、珍しく用意していたカバンから、それぞれのモノを取り出す。 「どうぞ、朝比奈さん」 「え、え、いいんですか?」 もちろん、貴方のために買ってきたんです。 そういう思いを込めて、茶色のティディベアを渡す。 買うのは恥ずかしかったが、予想通り可愛らしい雰囲気にぴったりだった。 「ほれ、古泉。勿体無くもお前にだ」 「おや、僕にもですか……?それは光栄ですね」 お前も一応世話になってるからな。 男に何をやっていいかわからなかったから、とりあえず俺のセンスでも悪くないと思ったサングラスを渡す。 似合うかどうかは、知らんがな。 「長門は……これだ」 「…………」 わざわざ言う必要もないが、こいつには何度も命の危機を救われている。 朝倉に殺されかけた時もこいつがいたから助かったしな。 その感謝を込めて、長門にはブックカバーと栞を渡した。 「それで、最後は……ハルヒにはこれだ」 長方形で、深緑色をした、箱のようなものを取り出して、ハルヒに手渡す。 直感でだったが、こいつには似合うような気がした。 「開けていい……?」 「あぁ」 恐る恐ると言った手つきで、ハルヒは丁寧に箱を開封していった。 そして、最後に蓋を取ると、中から出てきたのはネックレスだった。 時期のシロモノではあるが、ネックレスの先端には、雪の結晶をあしらったものが付いている。 「……綺麗」 このネックレスは、長さが数種類あって、少しだけ余裕を持ってつけるのが一番いいつけ方だと、店の人に聞いていた。 だからこそ踊り場で、ハルヒには悪かったが、首周りのサイズを測らせてもらったんだ。 おずおずと、ハルヒはネックレスをつけると、俺に向かって似合うかどうかと、聞いてきた。 「うん、見立てに間違いがなかったらしい、良く似合ってるぞ」 「……ありがと」 ハルヒは聞こえないように言ったつもりだったんだろうが、しっかりと聞こえてしまった。 だが、それを俺は表面に出す事無く、みんなを見回すと、俺ができる精一杯の笑顔で、大きく告げた。 「俺の方が、後になっちまったが……Happy Merry X'mas!!」 ハルヒを筆頭にしたみんなは、それぞれが顔を見合わせると、一様に笑顔を俺に向けて、もっと大きな声で言ってくれた。 『Happy Merry X'mas!!』 そんな暖かい雰囲気が漂う、SOS団のクリスマス・イブの一幕。 その笑顔を見られただけで、頑張った甲斐があった気がした。 ―――――俺みたいなヤツが頑張る理由なんて、それで十分だろ? 後書き とりあえず、時期早いですが、クリスマスモノを投下してみます。 クリスマス期間にばっちり更新できるかわからんので(ぁ もしかすると、クリスマスはクリスマスでなんか書くかもしらんですがー ま、いいか。 さてさて、今回はこれまで、また、次回作にてお付き合いください。 でわでわ。 From 時雨 2007/12/16 |