「……あ?」


目の前一杯に近付く床、自分の身体が自分の物ではないような感覚。
身体に走る痛み、まるで全身を何かで殴られたようにズキズキ痛む。


「キョン!?」


自分の意識とははるか遠くに聞こえる誰かの声。
……俺を呼んだのは……誰だ?
お前か……ハルヒ。
それとも、別の誰かだったんだろうか?




























……知らない天井だ。


……いや、こんなボケはいいとしておこう。
言ったところで理解されるとも思えないし、何より俺らしくない。


……さて、ここはどこだ?


人間、焦っていてもいい答えなど見つけられるはずがない。
……とまぁ、カッコいいことを考えていても、結局俺にだって焦ることはあるんだが。


……保健室、でいいんだよな?


なんというか、よく見渡してみると、どこか見覚えのある空間だった。
何度かお世話になっている、保健室……だよな?
はて、俺は何故こんな所にいるんだろうか?


「なんでここにいるのか、って顔をしてるわよ?」
……なんで、俺の言いたい事がわかるんだ?
「なにボケた顔してるのよ」


いや、ボケたは余計だ。
と、いうか俺の質問に答えていただきたいところなんだが。


「……何黙ってるのよ、起きたんならなんか言う事があるでしょ?」
……誰が黙っているって?さっきからお前とこうして喋ってるじゃないか。
「誰が口パクしろって言ったのよ、なに?ケンカ売ってるの?」


……そんな命知らずなことをした記憶は一切ないんだが。
っていうか、待てよ?
口パク……誰が?


なぁ、ハルヒ、聞きたいことがあるんだが。
「だから、口パクじゃあ何いってるかわからないって言ってるの!」


……ふむ、俺としては喋っているつもりだったんだが、どうやら声が出ていないらしい。
と、なると、ハルヒから見ればおちょくられてるように見えるかもしれないなぁ。


とりあえず、書く物と紙をくれないか?
「……何……紙とペン?」
あぁ、出来れば早急に。


どうやら、ジェスチャーで何かを書く真似をしてみたところ、理解していただけたらしい。
助かった、これで通じないとなったら、俺自身何か書く物を探さなきゃならん。


「はい、そこの机の上にあったメモ帳とボールペン、これでいい?」
あぁ、十分だ。


受け取って早々、感謝の言葉を書き、ハルヒに見せる。
ついでに、先ほどからの俺の状態を続けて書く。


落ち着いて聞いて欲しいんだが、どうやら声が出ないらしい。
「……はぁ?」
理由はわからん、だが俺としては声を出してるつもりだ。


俺の耳までおかしくなったのかはわからないが、自分で喋っている声は聞こえている。
いや、聞こえてるだけなのかもしれないがな。


「それで、さっきからアホみたいに口パクしてたのね」
アホみたいは余計だ、それに、俺としては喋っているつもりと言っただろう?
「あたしから見れば口パクだもの、アホみたいで十分よ」


ええい、ああ言えばこう言うのか、お前は。
この場にいるんなら、どうせなら奇病に掛かった幼馴染を心配するような態度は取れないのか。
そんな無駄なことをそこまで考えて、ふと気づいた。


お前、授業は?


俺が倒れた正確な時間は覚えていないが、確かまだ授業中であったはずだ。
保険委員というのがウチのクラスにいたかどうか定かではないが、普通ならそいつが俺を運び、用事が終われば早々に教室に戻るものだろう。
さらに言うなら、ここが保健室であるなら、ここの主はどうした。


「今はそうね、大体昼休みが終わって50分くらいたったかしら?」
おぃ、ってことはお前授業に出てないのか。
「別に、学校の授業なんて予習と復習を怠らなければなんとでもなるわよ」


その台詞、日本全国にいる学生に対してケンカを売っている自覚はあるか?
お前みたいな事ができるなら、現代の教育システムは大幅な改善が必要だろうよ。
まぁ、そんなことは今はどうでもいいとして……


一言物申したいところではあるが、置いておく。教室に戻れ。


ハルヒの成績がこんな様子でも上位をキープする様な物だとする。
だがしかし、学校という日本の教育は成績だけを見られるわけではない。
内申というものが存在するとおり、普段の生活態度も見られるのである。


ただでさえ奇抜な行動で目をつけられてるんだ、これ以上教師に不信感を抱かせてどうする。
「…………」


ハルヒの奇行はもはや学校全体に浸透していると言ってもいい。
部活勧誘のバニーガールから、文化祭での突発ライブ……いや、これはいいのか。
さらに昔のことを言うなら校庭落書き事件か?


幸いなことに、俺は声が出ないだけで他に影響はなさそうだから戻れ、な?
「……うっさい」


どうやら、俺の心を込めた説得は、ハルヒという名の巨木、その一葉すら動かす事ができなかったらしい。
それはそれで大いに悔やまれるところではあるんだが……そんなことはどうでもいい、今はとりあえず地道な努力をしてみるとしよう。


いいから、戻れ。
「イヤよ」


……おいこら。
三文字で片付けるんじゃない。


戻れ。
「イヤ」


……こいつは。
普段から俺の言うことなんてさっぱり聞かないとは思っていたが。
ここまで意地を張る理由が一体どこにあるというのだろうか?


なんでそこまでここにいるのにこだわるんだ?
「別に、理由はなんだっていいでしょ」
まさか俺がここにいるつもりなら、お前も残るのか?
「……そうね、それもありかしら?」


……どうやら、俺が教室に戻るなり、帰るなりしないとこいつも動きそうにない。
はぁ、やれやれ。
とりあえず身体に影響はなさそうだし、保険の先生も見当たらん。
勝手に教室に戻ったとしても問題はないだろう。


そうか、なら俺が戻るならお前も大人しく戻るわけだ。
「……ちょっと、身体の調子は?」
問題ない、恐らくだがすこぶる健康だ。
「……声が出てないくせに何書いてるのよ」


……確かに、それは言えている。
だがしかし、それも些細なことだ。


まぁ、声以外は問題ないんだ、ほれ、教室に戻るぞ。
「仕方ないわね……でも、ふらついたりしたらまたここに引き摺ってくわよ?」
引き摺られるのは勘弁して欲しいな、制服が汚れるし、伸びる。
「それがイヤなら別に大人しくここで寝てればいいじゃない」


このままハルヒと筆談を続けていても、いたちごっこではないだろうか。
……それもあるが、そろそろ筆談するにも手が疲れてきたんだが。


いいから、行くぞ。
「あ、ちょっとコラ!待ちなさい!!」



























とりあえず、教室に戻ったのはいいんだが。
ついた頃には空しくも授業は終了を向かえ、教室は休み時間へと突入していた。
そして、戻ってきた俺は、谷口や国木田に囲まれ……


「なぁ、キョン、ホントに声でねーのかよ?」


見世物扱いされるのはいかがなモノなのだろうか。
他人の不幸はミツの味と言う言葉を聞いた事があるが、こいつほど嬉しそうにしているのはあまり見た事がない。


出ないな、なぜか。
「ちょい、試しに声出してみろよ、ほれ、わわわーって」


とりあえず、谷口に言われたとおりにやってやる。
しかし、やはり声は出ず、俺は口パクだけで終わった。
っていうか、なんだ、わわわって。


「へー、ホントに出ないんだね……倒れた後からでしょ?」
あぁ、倒れる前に自分で何か言った記憶があるからな。
「そうだね……とりあえず、病院でも行ってみたらいいんじゃないかな?」
やっぱりそう思うか?
「うん、それに、早く治さないときっと後ろの人も文句がありそうだしね?」


……後ろ?
国木田に言われ、後ろを振り向いて、後悔した。
そこには、ジト目で不機嫌ですというアヒル口をしたハルヒがいた。


……なんだ、何か文句でもあるのか?
「別に」
別に、って言う割には、不満が爆発しそうだな。
「なんでもないわよ、バカキョン」


誰の目から見ても、ハルヒは不機嫌だとわかるだろう。
これでわからないのなら、そいつは眼科に行くべきだ、きっと目が悪くなっているに違いない。


「そうだね……キョン、ショック療法とかで治るんじゃない?」
……ショック療法?
「あぁ、頭打って声出なくなったんなら、また叩きゃ良いってことか?」
「それもあるけどね、他には驚かせて見るとか、びっくりした時って声が出るだろ?」


あぁ、確かにすごい驚いたりすると、自然と声が出たりすることがあるな。
それと一緒で、きっかけさえあれば、また声が出るかもしれないってことか。


「……それって、驚かせ方はなんでもいいの?」
「あ、うん、本人が驚けばなんでもいいんじゃないかな?」


国木田は、ハルヒにそう声をかけられ、驚いた顔を見せながらもそう返した。
まぁ、気持ちはわからなくもない。
ハルヒが自分から声をかけるなんてあまりないことだからなぁ。


「そう……キョン」
ん、なんだ?


ハルヒに呼ばれ、振り向いてみると、俺の目の前にはハルヒの顔が一杯まで広がっていた。
唐突に顔を抑えられ、同時に感じる唇へのやわらかい感触。


「うひょー!!」
「わぁ……大胆なことをするね、涼宮さん」


ワー、キャーと、唐突なことに教室の空気が一変する。
谷口が何かわからない事を口走っている気がした。
だが、俺の頭は混乱中で、閉鎖空間の神人にも負けない大暴れっぷりだった。


「……な、な、何をするんだ!お前は!!」
「あら、声、出たわね?」


そういえば、そうだな……
ハルヒの奇行から出るようになったが……
この場合、喜んで良いものか、泣いておくべきか。


「って、そういう問題じゃないだろうが!!」
「べ、別にいいでしょ、それともなに、あんたイヤだったの!?」


話がズレかけたが、とりあえず何故こんな事をしでかしたのかを聞こうとしたのに。
どういうわけか、ハルヒは顔を真っ赤にしつつも逆にそう叫んできた。


「イヤなわけあるか!だけどな、少しは場所とかそういうのを気にするもんじゃないのか!」


そんなに赤い顔をするくらいなら、こんな事をしでかすんじゃない。
そもそも、よりにもよって何でキスなんだ。


「なに女みたいなこと言ってるのよ!っていうかその台詞はあたしが言うもんじゃないの!?」


クラスには他のヤツがいるにも関わらず、ギャアギャアと言い合いをする俺たち。
だがしかし、他の連中も一時的に騒ぎはしたものの、どういうわけか俺たちの言い合いをいつもの事とでも言うかのようにそれぞれの話題に戻っていった。


「大体な、お前はどうして恥とかそういったものが抜け落ちてるんだ!」
「抜けてるわけないでしょ、あたしだって恥ずかしいものは恥ずかしいわよ!!」


そんなことも気づかないで、俺とハルヒは結局先生が来るまで大声で叫んでいたらしい。
後で聞いた話だが、他のクラスのヤツも見学に来てたとか。


「なら、なんでそういう行動ができるんだって聞いているんだろうが!」
「あんたがイヤならやんないわよ!!」


なんとも恥ずかしいことをしてしまったものだ。
穴があるなら喜んで入りたいくらいだ。


「大体ねぇ……―――――!」


国木田が言い出したショック療法。
それはもう大した成果も効果もあったさ。
でもな、今度からはもうちょい違った方法でやって欲しいもんだ。
あぁくそ、恥ずかしい。


























「王子様のかかった魔法、それを解いたのは、お姫様のキスって所かな……まるで逆白雪姫だね」


国木田、誰がそんなことを言えといった。


















 後書き

どうして俺はこういうことばっかり書くんだろうかと悩んでます。
とりあえず、結局はこの二人がこんな感じならいいなぁって感じですね。

あ、珍しくそういえば古泉が出ていない。
俺の中で説明役に使えるけど……まぁ、今回は出番が作りようないか。
とりあえずー、そんなに深く考えないで作りました。
原因も書かないで結果だけ書くずるい時雨でした。

それでわ、また、次回作にて。

            From 時雨  2007/12/27