さて、みんなに聞きたいことがある。


「……うし、行くか」


ふと唐突に、旅に出たくなったことはないだろうか?
携帯も、生活も、なにもかもを置いておいて。
手持ちのお金で電車に飛び乗り、そのまま知らない土地へと行く。


「とりあえず、駅の端まででいいか」


その行動に理由なんてものはなく……ただ、思いついたから。
たまにはそんな行動を取る事があったって、構わないだろう?




























とりわけ路線図も見ること無く、飛び乗った電車。
その車窓から眺める風景は、小1〜2時間もしたあたりから、海辺のモノへと変化していた。
その風景を綺麗だと思いつつも、俺を乗せた電車は止まることなく線路を走り続けた。


「…………」


その代わり映えのしない風景に、眠気が襲ってきたとしても仕方がないだろう。
そして俺の意識は、夢の世界へと旅立っていった。
夢と現実の狭間に行くとき、いろいろな出来事が、頭の中に流れてきた。


『まったく、何してんのよあんたは。この程度の問題くらい解きなさいよね?』
『そうは言ってもな、俺としても頑張っているつもりなんだが……』


それは、高校時代の出来事で……
浮かんでくるもの全てに、ハルヒの姿があった。


『キョン、まだ食べたい?』
『そりゃまぁ、くれるなら』


過去に弁当を忘れた時に、俺に弁当を分けてくれたハルヒ。
その後の「あーん」ブームは大層恥ずかしかったが……


『えへへ、お揃いだぁ……』
『おまえなぁ……』


わざわざ俺と同じ携帯に変えて、珍しくも頬が緩んでいたハルヒ。
あの時は、周りの連中の反応が騒がしくて大変だったな。


『や、約束だからね?』


どっかの甘味処ができたからって、食いに行く約束をした時のハルヒ。
あの時の上目遣いは極めて反則じゃないかと思ったもんだ。
そして……


『……遅いのよ、バカ!!』


俺が告白した後に、泣きながらそう叫んだハルヒ……
そして俺は、それ以上の記憶を見る前に、完全に意識が落ちた。
……あの後のハルヒは、なんて言ったんだっけかな。


「……もしもし、お兄さん?」
「……ん?」


肩をゆすられているような感覚、そして誰かに呼ばれているような気がした。
ゆっくりと閉じていた目を開けると、駅員の制服を着たおじさんが俺の前に立っていた。


「終点ですよ、降りてください」
「え!?あ、すいません」


どうやら、寝こけている間に終点に辿り着いてしまったらしい。
すでに車内に人影はなく、俺と駅員の2人しかいなかった。
慌てて荷物を掴んで、電車から降りる。
そして俺の目に入った世界は、一面の海を望む、小さな駅だった。


「んー!」


椅子の上で固まった筋肉を、伸びをすることで弛緩させる。
筋肉が引っ張られる感覚と共に、深呼吸で入ってきた空気が思考をクリアにしてくれる。


「よし、とりあえず……泊まれる場所でも探すか」


駅員に切符を渡し、駅から出ると気持ちの良い日差しが俺に降り注いだ。
街中とは違う、車があまり走っていないからこその空気を感じられた。


「商店街っぽいのは……あっちか」


持ってきたわずかな荷物が入ったショルダーバックを肩にかけ、商店街らしき場所に向けて歩き出す。
少し歩いたところで見えた八百屋で、おじさんが働いているのが見えた。


「すいません、この辺で泊まれる場所、ありませんか?」
「おう、なんだ兄ちゃん、観光客か?」
「まぁ……そんなもんかもしれません」


理由なんて無かった、あえて言うなら旅に出てみたかった。
それだけをおじさんに伝えると、それなら気が向くまで手伝いをしてくれと言われた。


「もちろん、その間ウチに泊まってくれていいからよ」
「……それなら、お世話になります。ありがとうございます」


そして俺は、この八百屋のおじさんのお世話になることになった。






























このおじさんのお世話になってから何日が経っただろうか。
そろそろ、おじさんに悪いと思い、俺はこの八百屋を出る事にした。


「――――と、いうわけで、今まで、お世話になりました」
「そうか、明日行くのか」
「はい……」


おじさんは、特に引き止めるでもなく、冷たく突き放すのでもなく。
淡々と、俺が行ったことに対して頷いただけだった。
転がり込んだ俺のことも、細かく聞かないで接してくれた、このおじさんの優しさが、嬉しかった。


「ほらよ」


そして出発の日、俺が準備を終えて家から出ると、おじさんが何かを放ってきた。
おじさんが俺に渡してきたものは、お金の入った封筒だった。


「数日の間、結構手伝いしてもらったからな」
「でも……」
「良いんだよ、若いうちは親父からの小遣いはありがたく受け取っとけ」
「……ありがとうございました」


それ以上は何も言わず、おじさんは家の中に戻っていってしまった。
その後姿に、お礼を一つしてから、俺は再び駅の方に向かって歩き出した。


「駅は……あっちか」


駅に向かって歩き出したとき……ふと、最後に海でも見ていこうかと思いついた。
そう考えると行動とは早いもので、すでに足は海に向かって歩き出していた。


「……結構、すごいな」


日差しは昼ごろを現すかのように高く。
その光を反射する海が、俺の目の前に広がっていた。


「よっこいしょ」


管理が行き届いているのか、俺が見た記憶がある砂浜よりも綺麗なこの場所に、腰を下ろす。
そして、無駄に時間をかけて、ゆっくりと海を見つめ続けた。
だけど、目の前に広がる海に、なんの感慨も抱けなかった。


「ふぅー……」


手持ち無沙汰になって、ポケットに入っていたタバコに火を着け、ゆっくりと肺に満たす。
一口でもういらなくなり、取り出した携帯灰皿の中に火をもみ消して捨てた。


「いったい、俺は何をしているんだろうな……」


自分でも、なぜこんな行動に出たのかもわからない。
携帯は家に置いてきた、もしかすると誰かから連絡が入っているかもしれない。
そんなことも気にならない程、俺は今無気力と言って差し支えのない状態だった。


「み、つ、け、たぁ!!!」


だが、そんな俺の耳に、聞き覚えのある大声が聞こえた。
いや、大声なんて優しいものじゃないな、怒声と言い変えてもいいだろう。


「…………」


声のした方向に振り向いてみれば、少し伸びた髪をお馴染みのカチューシャで括った……
記憶より、ほんの少しだけ大人になった、涼宮ハルヒがそこにはいた。


「言いたいことなんてのは山みたいにあるんだけどっ!!」


ズカズカと、俺が歩いてきた道と同じところを、俺に向かって歩いてくるハルヒ。
その姿を見つめながら、俺は何故ハルヒがここにいるのかを、考えていた。


「とりあえず、歯、食いしばんなさい!!」
「え……?」


そう言われて、歯を食いしばる時間なんてのは、ほとんどなかった。
自分の疑問の声と同時に感じられた、頬への痛み。
俺は、ハルヒにビンタされたらしい。


「いって……」
「まったく、どんだけ探すのに時間がかかったのか分かってる!?」


未だ呆然とし続けている頭の中。
だが、そんな俺の頭の中を知るはずもないハルヒは、剣呑な視線を俺に送っていた。


「どうして、俺のいる場所が……?」
「あんた、それこそ喧嘩売ってるの……?」


誰にも告げず、ただ駅の端だったからという理由でここに来た俺。
そんな俺を追ってきたらしいハルヒ。


「あたしが、何年あんたと一緒にいると思ってるの?」


そして、俺の疑問をハルヒは、何を当たり前な事をという風に答えた。
その姿を見て、今まで考えていた事が全てバカらしくなった。
俺は、何から逃げていたんだろうな……?


「……すまん」
「謝ってんじゃないわよ、バカ」


記憶に残っているアヒル口で、ハルヒは文句がありありという顔をした。
その表情に苦笑しながら、俺はハルヒを抱き寄せると、耳元で静かに言った。
素直でまっすぐな俺の感情を。


「……迎えに来てくれて……さんきゅ」


俺の言葉を聞いて、初めてハルヒの表情から険が取れた
そして、抱きしめている俺の身体を、優しく抱き返してくれるハルヒ。


「うん……探したんだからね……」
「あぁ」


寂しい想いをさせてしまったんだろう。
ハルヒはまるで会えなかった数日の空白を埋めるかのように徐々に抱きつく力を強くした。


「後で、有希や古泉君にお礼言っときなさいよ」
「……そうか、あいつらなら俺がどこにいるのかすぐにわかるか」
「それでも、あんたがこんなとこまで来てるなんて思わなかったらしいんだから」


そのハルヒの力に合わせて、俺も少しだけ抱きしめる力を強める。


「最終的には、あたしがここだって思ったんだけどね」


いったい、俺は何をしていたんだろうか。
ハルヒを悲しませて、長門や古泉に迷惑をかけて……


「で、なんであんたは今この大事な時期にこんな所に来たのよ」
「それが……俺にもわからん」


大事な時期なのは、分かっていたはずなのに、なぜか俺はここまで来てしまった。
まるで何からか逃げるように。


「……で、答えは出たの?」


そう言われて、今まで考えていたことが全て吹っ飛んだのが分かった。
俺はいったい今まで何を考えて、何を不安に思ってこんな所に来たんだろうか。
もうすぐ、大事な出来事があるっていうのに。


「さぁ、それはわからないが……とりあえず1つだけは、出たな」
「それは何?」


1人でいても、何か物足りなかった。
さっきまで見ていたこの海も、何の感慨も抱けず。
晴れ渡る空に対しても、ただその事実しか見ることができなかった。


「……やっぱり、俺にはお前がいないとダメらしい」


でも、ハルヒと会った瞬間、それらの色が変わったように見えた。
セピア色だった世界が、色を取り戻したかのような錯覚。


「……ふん、当然でしょ!」


俺の台詞にきょとんとしたハルヒは、すぐに笑顔を全開にして自信たっぷりにこう言い放った。


「あたしは、あんたの奥さんになる人なんだから!」


その笑顔は、今まで見た中で一番輝いているように見えた。
そして俺たちは、遠くに見える水平線をバックに、静かにキスをした。






















そして1週間後。
住んでいる街にある、小さな教会で。



















「まぁ、これからもよろしく頼む」
「当然、ずっと面倒見てあげるから……幸せにしなさいよ!」



















俺とハルヒは、結婚する。


















 後書き

はて、なんでこんな文章に?
っていうか、なんとなくで書いてたらこんな感じになってました。
思いつきまま書き綴る、それが時雨クオリティ。

なんだかんだで続けれそうなものが出来上がりました。
下手したら新しい連載として成立するかもしれません。
あー、でも名前が必要なオリキャラとかはこれ以上出したくねーなぁ……
とりあえず、そうなったらそうなったとき考えますかー
続きにしてーって意見あったら考えよう。

それでわ、また、次回作にて。

            From 時雨


初書き 2008/02/03
公 開 2008/02/06