そりゃあな、古泉には借りがなんだかんだであるし。
俺自身、普段のことは置いといて、それなりに友人関係も成立してると思ってるさ。


「……さすがに、これはやめときゃよかったか」


だがな、さすがにこれはやりすぎってもんだろう?
そう考え、迂闊について来てしまった俺を呪いつつも。


「いやぁ、お似合いじゃないですか」
「黙ってろ」


事態は勝手に進んでいくんだよなぁ……

































事の始まりは、古泉の何気ない一言から始まった。


「涼宮さん、今度の不思議探索の事なんですが……」
「あら、どうしたの?」


古泉は、いつも通りみんなから少しだけ遅れて部室に顔を出した。
そして、ハルヒに向かってその一言を放った。


「宜しければ、みなさんにご協力いただけないかと思いまして」


この時、俺が断固として反対してても、きっと無理矢理連れてこられてたんだろうなぁ……


「協力って……何かあったの?」
「えぇ、知り合いの写真家がモデルを探していまして、僕の方で誰か適役はいないか、と」


どうせまたハルヒを退屈にさせない為に、『機関』とやらが動いたんだろう。
俺は、そう言う風に思考をまとめてしまった。
それが、なんのモデルであるかも、何故写真家という話題が出たのかと言うことも考えなかった。


「それで、あたしたちなら適役になれるってこと?」
「えぇ、バイト代の方もしっかり出すと言うことですので、ご協力願えませんか?」
「まぁいいでしょ、古泉君は我がSOS団の名誉ある副団長なんだし、協力するわ!」
「ありがとうございます」


結局、俺が古泉に何かを聞く前に、ハルヒによる鶴の一声で、俺たちの休みの予定が決まった。
何度も思う、あの時なぜ内容を詳しく聞かなかったのかってな。
そして、数日が過ぎ、約束の日になった。
古泉を抜いて集まった俺たちは、その古泉の知り合いという写真家の場所に向かったわけなのだが。


「……ここ、か?」


目の前に広がる光景に、俺は誰ともなしに問いかけていた。


「……ここ、みたいね」
「わ〜、綺麗ですねぇ」


俺たちSOS団の目の前にそびえ立つ建物。
それは、恐らく知らない人はいないであろう、名前を教会と言った。


「……場所、間違ってないのか?」
「何よ、古泉君がくれた地図は、しっかりここって書いてあるわよ?」


古泉から預かったという地図で、案内役を買って出たのはハルヒだった。
そして、ハルヒに導かれるまま辿り着いたのがここだったと言う訳だ。


「地図、見せてくれ」
「はい」


未だハルヒの手に握られていた地図を借り受け、書かれた文字と絵を凝視する。
そこには確かに、目的地がここであるという事を明確に書き記していた。


「……凄まじく嫌な予感がする」


そもそも、『機関』が絡んでいる出来事に、俺が平穏で終わった記憶が殆どない。
今になって、俺の中の不安感と言うモノが、着実に成長していた。


「何ぶつくさ言ってるの、ほら行くわよ」


そんな俺の不安感など知るはずも無いハルヒは、その教会に向かって歩き出していた。
それに黙って追従していく朝比奈さんと長門。
何故だろうか、神聖であるはずの教会が、今の俺には魔窟にも見えるのは。


「古泉君、いるー?」


ノックもなし、遠慮もなしで扉を開けたハルヒは、中に入ると開口一番そう言ってのけた。
……もう少し、遠慮と言うものを覚えて欲しかった。


「あぁ、お待ちしてました」


教会の一番奥で、談笑でもしていたのか。
古泉がハルヒの声を聞きつけて、入り口まで迎えに来た。
だが、その格好を見て、俺から自然と言葉が漏れていた。


「……古泉、なんだその格好は?」


古泉の格好は、簡単に言ってしまえば真っ白なタキシードだったのだ。
俺から見ても美形の部類に入るだろう男が、白いタキシードを着ている姿は確かに様になっていた。


「先日申し上げたとおり、写真家のモデルのお手伝いになりますが?」
「……まさかとは思うんだが、そのモデルっていうのは」


さすがに、この場所で、そんな格好をしている以上、俺にだって予測はつく。
だが、どうしても聞かずにはいられなかった。


「えぇ、ブライダルのモデルになります」
「……だと思ったよ」


今になって、のこのこついて来たことに凄まじい後悔が生まれた。
そんな気落ちしている俺とは裏腹に、ハルヒ達のテンションは、上限を知らないように上がっていた。


「カッコいいじゃない、古泉君」
「わぁ……格好良いです」
「ありがとうございます、涼宮さん方にも衣装の方が用意されてますよ」


ほめ言葉をにこやかに受け流し、古泉はハルヒ達の服も用意されていることを伝えた。
そして、その言葉を待っていたかのように、近づいてくる女性が数名。


「後はあちらの方にお任せしていますので、準備の方をお願いします」


どうやら、この教会にいた女性スタッフらしい。
服を着るための手伝いや、あとは化粧なんかもやってくれるということだ。


「じゃぁ、あたしたちはついて行けばいいのね?」
「えぇ、お願いします」
「わかったわ、それじゃまた後でね」


ハルヒに半ば引きずられるように朝比奈さんと長門も扉の奥へと姿を消した。
そしてその場に残される俺と古泉。


「……まさかとは思うが」
「恐らく、考えられている通りかとは思いますが、なんでしょう?」


私服の俺と、白いタキシードに身を包んだ古泉。
未だ消えない嫌な予感と共に、古泉に一筋の希望を持って問いかけてみたが……


「俺も、着るのか」
「えぇ、もちろんです」


そんな希望も、一刀の下に切って捨てられた。


「……マジか」
「もちろんです、それでは、お願いします」


肩を落とす俺と違い、マイペースに誰かに向かって呼びかける古泉。
それと同時に、落としていた肩が浮き上がるような感覚。


「……って、ホントに浮き上がってるし!」


捕獲された宇宙人のように、俺は体格のいい男性によって、両脇を固められ、持ち上げられていた。
そして、抵抗する間もなく、俺は男性用控え室と書かれた部屋に詰め込まれた。


「……はぁ」
「いやいや、貴方もお似合いじゃないですか」
「黙れ古泉、しばらく喋るな」


いつもはそのまんまの髪も、あれよあれよと言う間にセットされ、俺の着ていた服装は、古泉と同じ白いタキシードへと変貌していた。


「まぁまぁ……それでは彼女たちをお迎えに行きましょう」
「もう、勝手にしてくれ」


力なく、古泉が示す先について行くと、女性用控え室という部屋の前に連れて来られた。
そして数回ノックをしてみると中から声が聞こえた。


「あ、古泉君たち来たみたいね。いいわよ、入ってきて」
「はうぅ〜……恥ずかしいですよぉ」


どうやら、中の方ではもう準備が終わっているらしい。
ハルヒの了承を得た古泉は、少しだけタイミングを取るかのように間を空けてから扉に手をかけた。


「失礼します」


古泉の次に部屋に入った俺は、目の前に立っている人たちが、一瞬誰だかわからなかった。
淡い青色を基調として、腰のあたりからスカートが広がるようなデザインの衣装を着ている長門。
派手ではない、大人しい感じを受けるピンク色のスマートな衣装を着た朝比奈さん。
そして、純白の衣装に身を包み、髪を上げ、黄色い花のような飾りがついたヴェールをつけたハルヒがいた。


「…………」


すぐに思った感想は、綺麗という2文字だけだったが、それは、口から出ることはなかった。
いや……口に出せなかったの方が、正しいんだろか。
普段とは違う姿を見て、俺の口は声を出すことをやめてしまった。


「ちょっと、何か言うことはないの?」


俺の沈黙をどう取ったんだろう。
今までが幻想だったんじゃないかと思えるくらいに、いつも通りのハルヒへと戻った。
情けないことに、きっと俺はそれがなかったら今もアホみたいにボーっとしていたかもしれない。


「……すまん、見とれた」


ようやく出てきた声は、とてもじゃないが素直すぎるくらいに俺の感情を語った。
お世辞でもなんでもない、本当に俺は見とれていた。


「……ま、まぁそれはそうよね!みくるちゃんも有希もこんなに綺麗なんだから!」


心なしか顔が赤くなったような気がするハルヒが、早口でそうまくし立てた。
その台詞に納得するところも多々あったんだが、いったい何を考えていたのか、俺の口からは予想外の一言が出た。


「確かに、長門も朝比奈さんも綺麗なんだが……ハルヒ、お前が一瞬別人に見えた」


今度こそ、ハルヒの顔が真っ赤に染まった。
……同時に、俺の顔も恐らく今は赤いだろう。


「……照れてますね?」
「黙れ古泉、埋めるぞ」


その後の撮影とやらは、悪いが一切覚えていない。
ただ、1つだけ覚えていることは……


―――――ばーか
そう一言だけいって、いつも以上の笑顔を見せてくれた、いつもとは違う姿のハルヒだけだった。






「…………」


いつも通りで、いつもとは違うSOS団のアジト、文芸部室。
珍しく長門も来ていない部室で、俺は呟くようにただ一言だけ漏らした。


「……勿体なかった気もするな」


どうして写真家とやらが、焼き増ししてくれると言った時、俺は遠慮したんだろうか。
いや、正直なところ、白いタキシードに包んだ自分の写真なんかは見ていられなかったわけだが……
でも、長門や朝比奈さん、ハルヒが一緒に写っているのなら、貰っておけば良かったかもしれない。


「おっはよーう……って、キョンだけ?」
「よう」


いつか壊れるとしたら、それはハルヒのせいだと言える勢いで、扉を開け放ってハルヒはやって来た。
それに片手をあげるだけの簡単な挨拶をすると、俺の後ろを通ってハルヒは団長席へと向かう。
その一瞬、ハルヒのカバンから何かが滑り落ちた。


「……ん、ハルヒ。なんか落としたぞ?」


その落ちたものを拾い上げてみると、それはハルヒの学生証だった。


「―――――っ!」
「あっ!バカキョン、見るな!」


拾い上げたその学生証から零れ落ちたもの、それは……


「それ……あの時の、写真か?」
「……そうよ、悪い?」


すぐに奪い返されたが、残念なことに、俺の目はしっかりと落ちた写真を見ていた。
あの時の、驚くくらい綺麗な笑顔のハルヒと……
自分でも信じられないくらい、穏やかな顔をしている俺が写った写真だった。


「…………」
「…………」


奇妙な沈黙が、俺とハルヒの間に出来上がった。


「あー、その……なんだ」


写真を見て、あの時のハルヒの姿がフラッシュバックしてきた。
俺たちの年齢じゃ、まだウエディングなんてものは、縁が無いようにも思える。
だけど、そんな事も関係ないくらい、あの時のハルヒは綺麗だと思えた。


「……なぁ、ハルヒ」
「何よ」


俺から奪い返した写真を、大事そうに胸に抱えているハルヒを見ていて、小さな願望が生まれた。


「お前が良ければあの姿、また見せてくれないか?」
「え?」


俺の予想外の一言に驚いて聞き返してくるハルヒ。


「ダメか?」
「だ……ダメじゃないけど……」


顔を赤くして、小さく口篭るようにして何かを呟いているハルヒ。
だが、俺に聞こえてきたのは、遠まわしな拒否のように聞こえた。


「そうか……残念だ」


どうやら、俺は自分で思っているよりも拒否されたことに落ち込んでいるらしい。
確かに、あの衣装はそういう場所でちゃんと借りたりしなきゃいけないんだろう。
それを考えると、ハルヒの拒否は納得がいく。
小さなため息と共に出た声は、驚くくらい平坦だった。


「べ、別にダメって言ってるわけじゃないわよ!」
「……どういうことだ?」


俺の諦めに対して怒ったような口調で返してくるハルヒ。
だが、俺には何故そんな風に返されるのか、それの理由がわからなかった。


「それは……その……」


視線を彷徨わせて、何かを言いづらそうにしていたが、頭を押さえるような動きを見せた後、弾かれたように口にした。


「……あぁもう!ああいうのは相手がいないと意味がないじゃない!!」


相手がいないと意味がない……
なるほど、ウエディングドレスを着るのなら、相手がいるのは当たり前か。


「……その相手、俺だとダメか?」
「……え?」


きっと、部室に俺とハルヒしかいないからこそ、自然と言えてしまったんだろう。
言ってしまった後に、冷静に考えてみて俺は何をバカな事を言ったんだと思ってしまった。


「……すまん、忘れてくれ」


どうやら俺は今、正気じゃないらしい。
普段なら言うことはないこんなバカなことが言えてしまうくらいだ。


「頭、冷やしてくる」


座っていた椅子から立ち上がり、ハルヒの方を見る事無く扉の方へと足を進める。
今のハルヒがどんな顔をしているのかは、分からない。
驚きか、それとも嘲笑か。
そのどれも見たくなくて、だから俺は足早に部室から出て行こうとした。


「……待ちなさいよ」


だが、それも俺の服のすそを掴むハルヒによって止められてしまった。


「言いたいことだけ言って、逃げるなんてあんたそれでも男?」
「…………」


返す言葉もないってのは、まさにこんな状態なんだろう。
俺は、ハルヒの言葉に何も言えず、ただ黙るしかできなかった。


「キョン、こっち向きなさい」


だが、ハルヒはその沈黙を良しとせず強引に俺の身体を反転させた。
それにバランスを崩した俺と、俺の目の前に広がったハルヒの顔のアップ。
そして、気づけば俺の唇に柔らかいものが触れていた。


「……自分で言ったことには、責任取りなさい。少なくとも、あたしが好きになったのはそういうキョンよ」


今、何が起きたのか頭がついていけなかった。
言ったこと……責任……好き……?
誰が、誰を好きだって……?


「……お前」


俺が何かを言う前に、ハルヒは持っていた写真を俺に見せてきた。


「悪いけど、あたしは好きでもなんでもない人の前でこんな笑顔にはなれないわよ」


ものすごく、説得力があった。
確かにこいつなら、嫌いなやつには表情1つ崩すことはしないだろうさ。


「……くく、確かにな」


そのせいか、ついつい笑いが零れてしまった。
だが、珍しくハルヒはそれに対して何も言わず、ゆっくりと手を俺の頬へと伸ばして来た。


「それで、キョン。あんたの答えはどうなの?」


伸ばされた手が、俺の頬に触れたときに、気づいた。
ハルヒの手は、微かに震えていた。
……ったく、不安なら素直にそれを見せて欲しいもんだ。


「なんとなく、わかってるんじゃないのか?」


不安に震える手を、少しだけ強く握って、俺は逆に問い返した。


「……それでも、言葉で聞きたい時だってあるわよ」
「それも、そうだな」


そこまで言われたら、ちゃんと言ってやらなきゃならないよな。
俺は軽く頭を振って、今まで考えていた雑念を捨てると、ハルヒに向き直った。


「俺に、もう一度あの姿を見せてくれ」
「……それだけ?」


続きの言葉を期待するかのような、ハルヒの瞳。
それをしっかりと見据えて、俺は最後の一言を告げた。


「いつか……俺の、隣に立って」


全てを聞き終えたハルヒは、写真と変わらないくらいの笑顔でシンプルな返答をくれた。


「約束だからね!」


どうやら、古泉が言うところの『機関』が起こす出来事も、悪いことばかりじゃないらしい。
俺に抱きついてきたハルヒをしっかりと抱きとめつつ、俺はそんなことを考えていた。
まぁ、それはそれでありってことか。


















 後書き

なんとなくNo.50から引っ張ってきたような感じになりました
まぁ、いっそのことNo.50の前の話みたいな感じでも言いかなー(ぁ
予想以上に長くなったのがびっくりでしたが。

とりあえず、何個かネタは仕入れたので、のちのち書いていこうかと。
まぁ、ハルヒになるかどうかはわからんのですがw

それでわ、また、次回作にて。

            From 時雨


初書き 2008/02/15
公 開 2008/02/16