いつからだろうか。


「ねぇねぇ、今度は何をしたらいいと思う!?」


あいつの声を聞かないと物足りないようになるようになったのは。


「あー……まぁ、好きにやればいいんじゃないか?」


いつからだろうか。


「なによキョン、少しくらいは有力な意見ってものを出しなさいよね」


あいつに呼ばれることが、悪くないと感じるようになったのは。































それに気づいたのは、つい最近だったのかもしれない。


「なぁおいキョン」
「ん?」


ある日、谷口に呼ばれたときに、なにかはわからないが、違和感のようなものを感じた。


「今日、涼宮はどうしたんだよ?」
「……なんで、俺に聞く?」


今日、ハルヒは家の都合がどうとかで、学校を休んでいた。
詳しくは知らないが、団員に送っているであろうメールで、俺はそのことを知ったのだ。


「だって、なぁ?」


誰に問いかけているのか、谷口はそう疑問を口にした。
だが、ここで予想外だったのは、その谷口の疑問に答える人間がいたのだ。


「そうだね、クラスの認識じゃ、もうキョンは涼宮さんとセット扱いだからね」
「ぶっ!」


恐らく谷口の後ろから来たんだろう、国木田がそう答えた。
あまりにもな答えだったために、ついつい吹き出してしまった。


「お前らがどう思っているか、わかった……だが一言言っておく」


すでにクラス中の認識という意見に、物申したい気持ちは大量にあった。
それを押しとどめ、俺はとりあえず目の前にいるやつらの認識を正そうと試みた。


「俺はハルヒに巻き込まれた被害者だぞ?」


恐らく、あの時の好奇心で俺がハルヒに声をかけることがなければ、俺もまた違った日常を送っていたかもしれない。


「…………」
「…………」


しかしどういうわけか、谷口と国木田は納得がいかないと言わんばかりの表情をした。
まるで、俺が行ってる事が妄想夢想であると言わんばかりに。


「でもよぉ、クラスで涼宮の事を下で呼んでるの、お前だけだぜ?」
「他のクラスでも、涼宮さんを下で呼んでる人は見たことないなぁ」


……確かに、俺もハルヒの事をそう呼んでいるやつは見たことがないな。
そもそも、奇抜な行動をすることで有名なハルヒに関わろうとするやつ自体が少ない。


「ま、本人がどう言おうがこの認識はどこも共通だ、諦めるんだな」


納得しかねることを最後に言って、谷口と国木田は去っていった。
あいつらはこれを言うためだけに、わざわざ来たというのだろうか。


「……だとしたら、ご苦労なこって」


とりあえず、今まで言われた事をそう切り捨てて、俺はいつも通りへの日常へと戻ることにした。
……割と無理だったけどな。


「さてと、帰るか」


表面上、冷静を装いつつ、なんとか学校終了の時間まで辿り着いた。
荷物をまとめると俺は自然とSOS団の部室へと足を運んでいた。
そして、いざ取っ手に手をかけたとき、今朝届いたハルヒのメールを思い出した。


「……そうか、今日は休みだったな」


団長のハルヒ直々にメールが来たくらいだ。
恐らく今ここには誰もいないだろう。
まぁ、長門くらいならいるかもしれないが。


「……なんてな」


そう考えつつも、手をかけてしまったついでと言わんばかりに取っ手をひねる。
すると、予想していた抵抗感はなく、すんなりと扉は開いた。


「あら、キョンどうしたの?」


そして、その中にいたのは、家の用事で休んでいたはずのハルヒがいた。


「……それは、こっちの台詞だと思うんだが」


ついつい、かけていたカバンがずり落ちるのも仕方がないだろう。
学校を休んだ張本人がどうして放課後に部室にいるんだろうか。


「別に、案外早く家の用事が終わって、暇だったから来てみただけよ」


どうやら、最後の授業が終わるくらいに学校に到着したらしい。
来たのはいいが、クラスに顔を出す理由がなくなったためにここに来たらしい。


「……ホントにお前も暇だなぁ」


ついつい、そんな言葉が漏れてしまった。
失言したか、と言った後に後悔しかけたが、気を悪くした風でもなくただ外を眺めていた。


「……なんか、見えるのか?」


ハルヒが見入るほど、面白い光景なんてあっただろうか。
そんなことを考えながら、とりあえずカバンを机に置き、ハルヒの方へ近づいてみる。


「そうね、面白くはないわよ?」
「……なんだそりゃ」


窓の外に見える光景は、変哲もない北高の生徒が帰宅していくのが見えるだけだった。
普段の俺なら、すぐに興味を無くすはずだった。
だが、何故か俺もハルヒと一緒に、その光景をただ眺め続けていた。


「ねぇ、キョン」
「ん?」


唐突に、ハルヒが声をかけてきた。
何か用があるのかと思って、声を返したが、ハルヒからは考えもしない言葉が飛んできた。


「今日、あたしがいなくてどうだった?」
「はぁ?」


言われて、今日1日の事を考え直してみる。
普段より、心なしか静かな教室で、特に面白くもない授業を受ける。
何かが、物足りないような感覚が、あった気がする。


「……どうしたんだ、突然」
「いいから、どうだった?」


何故そんな質問をしてきたのか、問い返してみても、ハルヒは答えてくれなかった。
視線は相変わらず、外に向けたまま、ハルヒは何か考えているようにも見えた。


「……そう、だな」


的を得ない質問だが、ハルヒのこの表情から真剣に答えなきゃいけないような気がした。
だから、俺は少しずつ言葉を選んで、答えることにした。


「……退屈、だったんじゃないか?」
「どういうこと?」


俺がそう言うと、ハルヒはようやく視線を俺の方に向けて来た。
その目は、いつか遮断機の近くで見た時のものに、似たように感じた。


「どういうこともなにも、そのままさ」


真意がつかめないのか、ハルヒは怪訝そうな目を隠す事無く向けてきた。
それを真っ向から受けつつも、俺は肩をすくめて言葉を続けることにした。


「なぁ、ハルヒ、知ってるか?」
「何を?」


俺が、これから言うことは、今日まさに谷口に言われたこと。


「クラスでの認識でな、俺とお前はセット扱いされてるらしいぞ?」
「はぁ、何よそれ?」


一気に表情が変わって、呆れたような顔を見せるハルヒ。
ころころと変わるその表情を少しだけおかしくて、笑いそうになってしまった。


「まぁ、俺も似たような感情を最初は持ったわけなんだが……」


あの時は、考えないようにしてはいた。
だが、どうしても一度でも頭に入ると、考えてしまうもんだよなぁ。
それで、気づいてしまった。


「どうやら、俺はそれが悪くないと感じたらしい」


視線をハルヒから外し、シンプルにそう答える。
ハルヒがどういう行動に出たかはわからない。
だけど、俺はハルヒの方は向かなかった。


「……キョン」


呟くように呼ばれた、俺のあだ名。
それを聞いたとき、俺はにやけそうになるのを抑えるのに必死だった。


「あぁ、やっぱりしっくり来るな」


結局、それを抑えきれずに俺はハルヒの方に向き直った。


「他の誰でもない、お前にそう呼ばれるのが、悪くないって思えるようになっちまったらしい」


俺の視界に入るハルヒの顔は、赤くなっていた。
そりゃもう、リンゴと例えても申し分ないくらいに。


「な、な……」
「どうした、顔が赤いぞ?」


意地悪く、そう聞いてやると、ハルヒは顔を背けるようにまた視線を外へと向けてしまった。
腕を組んで、こちらの顔を見ようとしない。


「ば、バカじゃないの、あんた」


これは、照れ隠しのつもりなんだろうか。
でも、どもって言っているとまったく説得力はない。


「あんたじゃねぇよ」


だから、俺はもう少しだけ意地悪をしてやろうと思った。


「え?」
「また、いつもみたいに呼んでくれよ『キョン』ってな」


弾かれたように、俺の方に視線を戻すハルヒに、笑ってそう言ってやった。
するとハルヒは、陸に上がった魚のように数回口を開けたり閉じたりしていた。
少しだけそうしていたかと思うと、下を向いて俯いてしまった。


「……?」


やりすぎたか、そう思って声をかけようとしたが、それはハルヒの行動によって止められた。
俺の上着のすそを、弱々しく掴んできたからだ。


「……バカ、キョン」


そして、微かに聞こえた声。
ただ聞いただけじゃいい意味じゃないかもしれない。
でも、俺にはそれが、なんとなく嬉しかった。


「サンキュ」


未だ俯いたままのハルヒの頭に手を置いて感謝の言葉をかける。
多少余分な言葉がついたが、確かにハルヒは俺を呼んでくれたんだから。


「あんたも……」
「ん?」


置いたついでにと、ハルヒの頭を撫でていると、ハルヒが何かを言ったように聞こえた。
上手く聞き取れなかったから、聞き返してみた。
するとハルヒは、相変わらず赤い顔をしたまま、はっきりと言った。


「あんたも、あたしの名前……ちゃんと呼びなさいよ」


―――――あたしだけなんて不公平だわ。
そんなハルヒらしい言い分に、また笑いがこみ上げそうになった。


「あぁ、確かにそうだな」


でも、今は笑う時じゃない。
撫でる手はそのままに、俺はゆっくりと言った。


「……ハルヒ」
「……もっと」


どうやら、1回では満足してもらえなかったらしい。


「ハルヒ、ハルヒ、ハルヒ……」


ご要望に答えて、頭を撫でるペースに合わせながら何回もハルヒの事を呼ぶ。
その1回1回をしっかりと聞き終えたハルヒが、落ち着いたのか、少しだけ笑った。


「ふふ、そんなに連続で言ったら馬鹿みたいよ?」
「なんだと?」


言わせたのはお前だろうが。
そう切り替えそうと思ったが、続けて言ったハルヒの台詞に俺の言葉は続くことがなかった。


「……でも、ホント……悪くないわね」


……俺も同じ事を思ったさ。
その言葉は、俺の中にだけ留めておく事にした。
わざわざ、言う必要も、ないだろう?


















 後書き

……キョンじゃねぇ!
いや、なにやら随分積極的なキョン君が出来上がりました。
そして乙女ハルヒ再降臨。
書き手を無視して動き出す2人には脱帽します、ホント。

いや、でも名前で呼ばれるのって、なんかいいですよね。
そういうことってないですか?
そんな感じで書き上げてみました。

それでわ、また、次回作にて。

            From 時雨


初書き 2008/02/16
公 開 2008/02/20