久々に平穏と言うものを感じ取れるくらい、何も起きなかった日。
このまま終わってくれるなら、俺としては諸手を挙げて喜ぶところなんだが……


「大変たいへんたいへんへんたいにょろ〜!!」


放課後という、後は帰宅するだけで、カバンを背負ったその時に嵐は舞い込んできた。


「……若干聞き捨てならない言葉があった気もしますが……どうしたんですか?」
「は、は……ハルにゃんに……」


息を整えながら俺の所に来た鶴屋さんは、ものすごい威力の爆弾を投下してくれた。


「ハルにゃんに子供が出来てたさ!!」
「な、なんだってー!?」































考えてみて欲しい。
1学年上の、それも美人の先輩が唐突に走りこんで来たと思ったら、爆弾発言をする光景を。


「やっぱり子供の父親はキョン君なのかなっ!お姉さんはそれが知りたくてついつい走ってきちゃったさ!結婚式はいつかなっ!やっぱりハルにゃんなら和式より洋式かなっ!?」


固まっている俺たちクラスなど目に入っていないのか、鶴屋さんは爆弾発言を続けていた。
……ハルヒに、子供? 結婚? 誰が?


「……ちょっと待ってください、鶴屋さん?」
「何かな!やっぱりご祝儀は多い方がいいよねっ!もしなんだったらウチが全面協力しちゃうにょろよ!」


ダメだこりゃ、すでに会話が成立していない。
はたして鶴屋さんはどういうビジョンを描いているのか。
台詞の節々に、なにやら未来妄想図が描かれている気がするのだが……


「えーっと、落ち着きましょう。それで、俺の疑問に答えてくだ……」
「きょおおぉぉぉぉん!!!」


とりあえず鶴屋さんを宥め、会話を続けようと試みた。
だが、それも横から現れた物体によって強制的に妨害されてしまった。


「……なんだ谷口、今忙しいから後にしてくれ」
「一体どういうことだそれは!!」


襟元を掴まれ、手加減無く前後に振られる。
おかげで俺の頭の中は存分にシェイクされてしまった。
……そもそも、それは俺が聞きたいくらいだ。


「落ち着きなよ谷口、そんな状態じゃキョンの言い訳すら聞けないよ?」


冷静に且つものすごく不本意な台詞と共に、国木田が俺たちの所までやってきた。
言い訳って……俺とハルヒがそういう関係なのはもはや前提条件なのか?


「それでそれで、結局真相はどうにょろよ、キョン君!」


国木田のおかげで解放されたのはいいものの、目をキラキラさせて聞いてくる鶴屋さん。
それに対して、肩を落としながら、俺は心底疲れたような声で答えた。


「真相も何も、妄想夢想、完全フィクションですよ……」


未だ納得しきっていない様子のクラスの面々。
帰り支度すら放棄して、こっちの会話を興味津々に眺めている。


「あれれ、でもハルにゃんが随分様になってたからすっかりそうだと思ったにょろ」
「やっぱりてめぇ、そうなのかぁ!!」


鶴屋さんの台詞に悪い意味で復活を果たした谷口が、再び襲い掛かってくる。
それを軽く蹴り倒して、谷口を踏んだまま会話を続ける。


「……それで、鶴屋さんはどこでそれを見たんです?」
「うおおぉぉ、離せぇ、キョン〜!」


何か騒いでいるような谷口は放っておくとして。
なにはともあれ、そのハルヒが連れているらしい子を見ないことには始まらない。
今まで授業があったから、鶴屋さんがハルヒを見たというのは学校かその近隣で間違いが無いはず。


「えーっと、帰る途中だったから、校門の所にょろね」
「……わざわざ、一緒に来たっていうんですか?」


なんでわざわざ学校を休んだ奴がこっちに顔を出すんだ?
そもそも、その正体不明の子供を連れて来る理由はなんだ?
そんな疑問が頭の中に生まれてきたが、それより先に事態の方が俺の方にやってきた。


「キョン、まだいる?」
「おや、噂をすれば影って感じだねっ!」


本当に鶴屋さんが言ったとおり、女の子の手を引いたハルヒが現れたのだ。
そして、さらにその子供はどういうわけか、ハルヒの手から離れると迷わず俺の所に向かって来て。


「おとーさん」


そう言って、抱きついてきましたよ。
……はい?


「な、なんだってー!?」


再び、クラス中に響くような絶叫が俺の口から出た。
子供の台詞を聞くと同時に、再び騒ぎ出すクラスメイト。
「すでに子持ちか」とか、「やっぱりか」とか聞こえた気がするが、気のせいだと思いたい。


「キョン……俺の目を見て正直に言え……やっぱりそうなのか!?」
「うーん……それにしては年齢が合わなくなるよね?」


いつの間に足の下から抜けたのか、両肩を痛いくらいの力で掴んでくる谷口。
そして、冷静に現状を見続けている国木田。
……待ってくれ、そもそも俺の年齢でこのくらいの子供がいたら、犯罪になるんじゃないか?


「ほら、やっぱりキョン君が相手だったのっさ!これで言い逃れなんてできないにょろよ〜」


そして、鶴屋さんがさらに目を輝かせて俺に迫ってくる。
……一体何がどうなってこの地獄絵図は形成されてしまったんだ。
とりあえず、僅かな望みをかけて、連れて来た張本人の方へと歩み寄る。


「……ハルヒ、どういう訳か説明を求める」


妹よりも若干幼いように見える女の子を無理に引き剥がす事もできるわけが無く。
片足に貼り付けたままハルヒに向かって問いかける。
とりあえず、周りの喧騒は強制的に意識の外へと弾き飛ばしておいた。


「…………」
「……ハルヒ?」


だが、どういう訳かハルヒの方は反応を見せず、目の焦点が合っていないように見える。
俺がハルヒに近づいていくと、その子供は俺の足から離れ、ハルヒの方へと向かって行き。


「おかーさん」


そう言って、ハルヒの足に抱きついた。
そして、また教室の時間が止まったように感じられた。
……勘弁してくれ。


「子供が認めたっさ!やっぱりキョン君とハルにゃんの子供だったにょろね!」


鶴屋さんの妙に嬉しそうな声と共に、クラスが爆発した。
こうなってしまったら、収拾をつけるのはまず不可能だろう。
ここは、戦略的撤退を即座に選択する俺だった。


「……ハルヒ、ちょっと来い」
「あ、ちょっとキョン!?」


ひとまずハルヒの足にくっ付いている子を片手で抱え上げ、ハルヒの手を取って走り出す。
このままクラスにいたら、明日から俺は学校に来れなくなる様な気がしたからだ。
ハルヒが何か文句を言おうとしていたが、後で聞いてやる。


「キョーン!!逃げるなぁ!!!」
「おぉ、愛の逃避行にょろ!」


背中にかかる、見当違いな台詞に答えることなく、俺は走るペースを上げた。


「……はぁはぁ……ここまで来れば大丈夫だろう」


結局、どこへ行っても騒動に巻き込まれそうな予感がした俺。
そんな俺が辿り着く事が出来たのは、いつの日か連れて来られた階段の踊り場だった。


「まったく、唐突に走り出さないでよね」
「おとーさん、もっと!」


息が切れている俺とは違い平然としているハルヒと、今までの爆走が楽しかったのか喜んでいる女の子。
そんな2人に答えることも出来ずに、俺は制服が汚れるのも構わずに階段に腰掛けた。


「で、説明してくれるんだろうな?」


また抱き上げてくれとせがむ女の子の頭を撫でてやりながら、教室でしたのと同じ質問をする。
ようやくハルヒはまともな起動を果たしたのか、事の経緯を説明してくれた。


「要するに、この子を親戚から預かって学校を休んだはいいが、暇になったから来たと……」


ハルヒから出てきた結論は、傍迷惑極まりないものだった。
暇になったからって言って、わざわざ子供を連れて学校まで来るのか?


「いいでしょ別に、どうせもう授業なんて終わってるんだし」
「……そう言う問題じゃないだろう、大体なんでこの子は俺をお父さんなんて呼ぶんだ?」


ちゃんとした両親がいる以上、俺がそう呼ばれるのはおかしいだろう。
大体、なんで俺が父親で、ハルヒが母親なんだ?


「あたしが母親って呼ばれるのは、この子を預かった時に叔母さんがそう言ったからだと思うんだけど」
「それじゃ、俺が父親呼ばわりされる理由になってないだろう……」


撫でられて気持ちよさそうにしている子を見てみると、視線が合った。
そして、にぱっと笑うと、俺の膝の上に乗って背中を俺に預けて来た。
邪険に扱う事も出来ず、結局俺はその子のしたいようにさせてやるしかなかった。


「それはあたしにもわからないわよ。唐突にあんたの方に行ったと思ったら言い出したんだし」


―――――大方、父親にでも似てるんじゃない?
そう言って、ハルヒは人事のように笑ってきた。
そのせいで、俺は鶴屋さんや谷口にいらないくらい絡まれたんだが……


「……まぁ、それはひとまず良いとしよう……いつまで預かるんだ?」
「夕方には引き取りに来るって言ってたし、携帯に連絡くれるらしいわ」
「……そうか」


それからそんなに時間が経たずしてハルヒの携帯に連絡が届いた。
最後まで女の子が俺から離れてくれず、俺も一緒にお迎えすることになってしまった。
まぁ、部外者と言う事でそこまで表立って何をするわけでもないからと、それくらいは了承した。


「おとーさん、おかーさん、またね!」


母親に抱き上げられて、嬉しそうにしながら手を振って去っていく親子。
それに軽く手を振って返していると、この騒動が『終わった』事を急に実感した。


「……寂しい?」
「……は?」


姿が見えなくなると同時に、ハルヒが俺の顔を覗き込んできた。
寂しい……か、確かに言われて見ればそんな気もするな。


「そう、かもな……」
「あの子、妙にあんたに懐いてたもんね」


確かに俺に随分懐いてくれていたし、騒動そのものはいただけないがあの感覚は悪くなかった。
子供が嫌いなわけじゃないから、なお更そう感じたんだろう。


「子供っていいわよね、ああいう子ならちょっと欲しいって思っちゃうわ」


軽く伸びをするような行動をとった後、ハルヒがわざわざ俺に聞こえるように言った。
それに対して、俺は肩を竦めて見せながら言葉を返す。


「お前の目に適うような相手はいるのか?」
「さぁね〜」


こっちを向いて、舌を出しながらはぐらかすような表情をするハルヒ。


「……そうかい」


苦笑しながら、そう返してやると、ハルヒはくるっと回って前を向く。
そして、今度は聞こえるか聞こえないかの音量で、何かを言った。


「いざとなったら、団長命令であんたに命令しちゃうんだから……」


その台詞はしっかりと風に乗って俺に届いた訳だが……
俺はあえて、聞こえないフリをする事にした。


「……なんか言ったか?」
「なんにも!」


その方が、俺たちらしいと思ったんだ。
だってそうだろう?


「それじゃ、帰るとしますか」
「そうね」


夕日のせいだけじゃなく、赤くなっているハルヒ……
それ以上に、赤くなっているだろう俺の顔なんて、こいつには見せたくないじゃないか。





























― オマケ ―





喉元過ぎれば熱さ忘れる……
昔の人は、本当に上手い言葉を残したもんだと思う。


「きょーーーーん!結局昨日のはどういうことなんだ!!」
「あれから谷口を抑えるのが大変だったんだよ?」
「鶴にゃんも真相が知りたいっさ!!」


クラスを含め、鶴屋さんまで混ぜた尋問大会……
その事が、すっかり抜け落ちてしまっていたんだから……


「……やれやれ」


さて、この現状をどう収拾したもんかね。


















 後書き

友人提供のネタの元、制作してみました。
似たようなのは書いたことがあるけど、あれとはまた違ったアプローチですね。
とりあえず、キョン巻き込まれた感全開で(笑

日常生活だと谷口が頑張って、SOSメインだと古泉が説明してます。
なんかスタンスが確立してるのが数名。
俺からしたら使いやすい事この上ないですが。

それでわ、また、次回作にて。

            From 時雨


初書き 2008/03/03
公 開 2008/03/06