その日は、何か俺が余計なことでもしたんだろうか?
……いや、そんなはずはない。


「……で、何故に今こんな状態なんです?」


今俺がいる場所、それはハルヒに良く連れてこられる踊り場でもなく。
ついでに言ってしまえば学食や教室でもなく。
何故か、SOS団のアジトである文芸部室だったりするわけで。


「あははは、そんな細かい事は気にしちゃだめにょろ!」


さらに、何故か目の前には朝比奈さんの同級である鶴屋さんがいた。




























事の成り行きを説明させていただこう。
こういった説明は本来古泉あたりの役目だと思うんだが、今この場にいないのでそれも不可能だ。
まったく、余計な時には出てくるくせに、肝心なときに姿を見せないとは。


「それで……唐突にクラスに来たかと思えば、今日は一体どういうわけです?」


昼休みと言う、学校生活唯一のオアシスのような時間になった直後。
教室の後ろのドアを盛大に開けて現れた鶴屋さん。
そして、俺が何を言うよりも先に拉致され、連れてこられたのがここだった。


「いやぁ、最近ちょろんと家の方でやらされてることがあってねっ!みくるには何回か頼んでるんだけどたまには別の人の意見を聞いてみる必要があるんじゃないかと思ったのっさ!」


鶴屋さんが家でやらされているというのが何かはわからない。
だが、朝比奈さんを巻き込んでいる以上ハルヒのような無理難題ではないだろう。


「まぁ、俺で手伝えることなら手伝いますが」
「そうかい? そりゃあ助かるっさ! それで、これなんだけどねっ!」


鶴屋さんが取り出してきた物。
それは俺の目が悪くなっていなければ、弁当箱のように見える。


「……弁当、ですか?」
「そうにょろ!」


どうやら家の方でやれと言われているのは、料理ということらしい。
鶴屋さんの説明を掻い摘んで言ってしまえば、花嫁修業という男にはわからないものだ。


「それで、これを頂いていいんですか?」
「もちろんにょろ、そのためにキョン君を連れてここまで来たんだからねっ!」


幸いな事に、昼休みすぐに拉致されて来たためパンを買ったりする暇が無かった。
さらに授業の疲れからくる空腹感を感じている俺は、ありがたく弁当を頂く事を選んだ。


「それじゃ、頂きます」
「ご賞味あれっ!」


開けてみた弁当は、そこら辺のコンビニ弁当の何倍も美味かったとだけ記しておく。
ついでにいうのなら、普段俺が食べる事がないであろう食材が入っていた。
……至福至福。


「ご馳走様でした」


たいした時間をかけることなく、その味の良さにつられるままに箸が動いた。
気づけば弁当の中身は空になり、それを綺麗に片付けながら鶴屋さんに弁当箱を返した。


「お粗末様にょろ!それで、どうだったかなっ?」
「いや、文句のつけようがない味ですよ」


これに文句がつけられる奴はぜひとも名乗り出てみて欲しい。
俺の愛の鉄拳をお見舞いしてやろう。


「そうかい? それはそれで嬉しいけど、できるなら細かい所とか教えてほしいっさ!」


やはり料理する以上そう言ったところは気になるらしい。
今さっき食べた味を反芻しながら、気になった点はないか考え直す。


「そうですね……あえて言わせてもらうとすれば、もうすこし冷めても大丈夫なものを入れるとか?」


中身の全てが夕飯としても遜色ない物だった。
だけど弁当の宿命か、冷めてしまっていて味が変わっているんじゃないかと思えるものがあった。
この程度は購買のレンジでも使えば十分なんだろうけどな。


「ふむふむ……それは考えてなかったさ!」


それから、いくつかの思いついた事を挙げると、鶴屋さんはありがとうと言って去っていった。
……腹も膨れたし、そろそろ教室に戻るか。


「何やってたの?」


教室に戻り、自分の席に座った途端に後ろのハルヒからかかった声がこれだった。
折角この満腹感のまま睡眠でもしようかと思っていたんだがな。


「鶴屋さんに誘われてな、弁当の味見をしていた」


ハルヒをスルーして眠ってしまってもいいが、そんなことをすれば後がどうなることか。
しぶしぶと身体を起こし、ハルヒの方に身体を向けて答えてやる。
すると何故かハルヒは不機嫌を表すアヒル口をしたまま、それ以上何も言ってこなかった。


「…………?」


こいつにしては珍しく会話がすぐ終わったな。
……まぁ、いいか。
























翌日、俺は微かな期待を胸に学校へと足を運んだ。
昨日の今日ではあるが、また鶴屋さんが尋ねてくる事はないだろうと思ったわけだ。


「ま、そんな事あるわけないか」


一瞬でもそんな甘い考えを持った自分に苦笑しながら、昼飯の調達に向かおうと席を立つ。
そして、いざ教室を出ようとしたその時、俺の襟を掴むような感覚があった。


「……ハルヒ?」


首だけを回して力のかかる方向を見てみれば、俯いていて表情が見て取れないハルヒがいた。


「ちょっと来なさい」


どうせ拒否権なんてないんだろうが。
そう言いたい俺の心情などハルヒが知るはずもなく、俺はまたしても強制連行される羽目になった。
神よ、俺が一体何をした。
……この場合、神ってのはハルヒになるのか?


「……で、ここに連れてきた理由はなんだ?」


先日も鶴屋さんによって連行されてきたSOS団のアジト。
半ば俺の固定席になったパイプ椅子に座らされると、ハルヒはその正面の席に座った。


「ん」


そして、そっぽを向いたまま差し出されて来た物。
これもまた昨日と展開が被っているように見えるのは気のせいだろうか。


「……どうしたんだ、これ」


ハルヒから差し出された空色の布で包まれた物体。
それは間違いなく弁当と言われる物だった。


「た、たまたま多く作り過ぎちゃったから、あんたパンばっかりだし団長としては分けてあげようとか思っただけよ!」


そう言いながら、もう1つ桜色の布に包まれた物を取り出してくる。
多く作りすぎたって割には、しっかりとした重量があるようにも思うんだけどな。


「べ、別に食べたくないならいいのよ!」


俺がなんの反応を示さないもんだから、そっぽを向いたまま弁当を回収しようとするハルヒ。
だが、その手が弁当を引っ込める前に俺は弁当を受け取った。


「折角団長様が自ら作ってきてくれたんだ、食わなきゃ罰が当たるだろう?」
「ふん、最初からそう言いなさいよね」


笑いながら言ってやると、顔を赤くしながら自分の弁当を広げ始めた。
それに続くように俺も弁当の包みを解き、中身を取り出してみる。


「おぉ……なんかすごいな……いただきます」


開いた弁当は、俺の目から見ても十分に味覚を刺激するような彩だった。
弁当についていた箸を取り出し、両手を合わせるようにして言う。
そして、中身を口に運んだ瞬間、舌の上には弁当の味が広がった。


「……どう?」
「……美味いな」


心配そうに聞いてくるハルヒに、素直な感想を返す。
鶴屋さんの弁当も美味かったが、これはまたなにか違う感じがする美味さだ。
自然と箸のスピードも速くなり、自分でも驚くくらい早く平らげてしまった。


「ごちそうさまでした」
「はい、お粗末様でした。で、どうだった?」


さっき聞かれたような気がするが……
まぁ、食べている途中と食べ終わった後で感想が変わるとで思ったのか?


「あぁ、驚くほど美味かったぞ……でもそうだな、もうちょい塩味が効いていても良かったかもな」
「なによ、折角分けてあげたっていうのに、キョンのくせに!」


前の反省点を自分なりに生かした答えを返したと思う。
だが、どうやら相手によってはおきに召さない場合もあるという事か。
今後覚えておこう……覚えていられたら。


「ま、いいわ。それじゃ、教室戻りましょ」


見た目では不機嫌といった様子だが、どうもそこまで不機嫌というわけではないらしい。
その証拠に、ハルヒはアヒル口になっておらず、心なしか顔が赤いようにも見える。


「あぁ、そうだな……ハルヒ」
「何よ?」


弁当を片付けて、席を立ち教室に戻る前に、大切な事を言い忘れていたことに気づいた。


「わざわざ弁当作ってくれて、ありがとな」
「別に、作りすぎちゃっただけだからお礼を言われるような事じゃないわ」


俺の前を歩いているからどんな顔をしているかはわからない。
でも、こればっかりは本心だから、どういう反応が返ってこようと構わないさ。


「それでも言いたかっただけだ」
「そ……それじゃ戻るわよ」
























その日から、どういう訳かハルヒは毎日弁当を持ってきてくれるようになった。
毎度作りすぎたからと言われたが、さすがに何回もうっかりをするような性格じゃないだろう。
さらに、毎回持ってきてくれるたびに俺好みの味になっていっているんだからなお更だ。
さすがにこれで気付かないほど俺も鈍感ではないと思う。


「……花嫁修業としては、もう十分だろうなぁ」
「ふん、当然じゃない」


俺の素直な賞賛に、頬を赤くして答えるハルヒ。
それを見ていると、自分の中にむくむくと悪戯心というものが沸いて来た。


「あとは、相手を見つけるだけか?」
「……そうね、でも今のところそう言った相手ってのはいないわ」


俺の投げ込んだ布石にものの見事に釣られてきたハルヒ。
にやけそうになる頬を精神力で押さえつけながら、俺は次の言葉を放とうとした。


「そうかぃ、ならお前が貰い手を見つけられなかったら……」


そこまで言って、一気に思考が冷静になった。
……俺は、今一体何を言おうとした?


「……そ、そうね……キョンに相手がいなかったら、あたしがあんたを貰ってあげるわ」
「なっ!」


だが、俺が悪戯心で言おうとしたことをハルヒが拾うかのように言ってきた。
自分で言おうとしてしまったことにも驚きだが、ハルヒからそんな言葉が出るとは思ってなかった。


「だ、団長として相手も見つけられない哀れな団員を心配して言ってあげてるだけだからね!!」


顔を真っ赤にして、捲くし立てるかのように言ってくるハルヒ。
それを見ていると、不思議とそれも悪くないんじゃないかと思えてしまった。


「……あぁ、そうだな。その時はよろしく頼むわ」


その後のハルヒの顔は、筆舌しがたいくらい貴重なものだったと思う。
……まぁ、これくらいはいいんじゃないか?
毎日弁当を作ってきてくれる、こんないい人は他にはいない。
























そうだろう?



















 後書き

過去にやった弁当とはまた違うアプローチになりますよー
ツンデレなハルヒを書くってより、思ったまま妄想全開です、変わりません(ぁ
いやまぁ、それが俺流なんで変えようがないんですがw

最近鶴屋さんが増えてるような気がしないでもない。
騒動の塊っぽぃから出しやすくなってるのかなぁ……?
まぁ、結局のところ行き着く先はキョンハルな訳ですがw

それでわ、また、次回作にて。

            From 時雨


初書き 2008/03/14
公 開 2008/03/16