そんなに昔という訳でもないが、人形を使った芸人がいたのをご存知だろうか?
人形とは言っても、ティディベアなどの中身が詰まった人形ではない。
むしろ、中は空洞であり、そこに手を入れて動かすといった人形の事だ。


「……取れたのが、よりにもよってこれか」


今はもうそういう人形は、ゲームセンターでは置いていないという印象があった。
だが、どういう星の巡り合わせか、俺がたまたま遊びに訪れたゲームセンターのこれがあった。
その人形は、パペットと言うらしい。
































「まさか、あっさり取れるとは思っていなかったな」


所持していた硬貨数枚なら構わないかと、投入してあっさりと取れてしまった。
取れたら取れたで浮かび上がってくる問題……それは。


「これ、どうするかな」


高校生にもなった男が、人形を片手に歩いていたら、周りからどういう目で見られるだろうか。
そう考えてしまっただけで憂鬱になる。
仕方なく、妹にでもあげてしまえばいいだろうと、カバンに押し込んでおく事にした。


「さて……他になんかやる物がないか見てくるか」


そして、その後ゲームについつい熱中してしまい、カバンの中に入れた存在を忘れていた。
家についてすぐに思い出せば良かった、つくづくそう思う。
人とは、後悔を重ねる生き物なんだろうか。


「うぃーっす」
「よう、珍しく早起きなんだな、谷口」


朝の、何気ないいつもの登校シーン。
通学中に学友に会って、無駄話をしながらも学校へと向かう。
教室に着いたら着いたで、団長殿が俺に対して挨拶してくるのを待っている。


「……相変わらず、無駄に朝が早いんだな、ハルヒ」
「何言ってるの、朝早く来ればそれだけ不思議に遭遇できる可能性が高くなるじゃない?」
「そうかい……まぁ、身体を壊したりしない程度にな」


そこでも他愛も無い話をしながら、俺は自分の席に座る。
カバンを机にかけた後、最初の授業の準備をする訳なんだが……


「っ!?」


教科書を取り出すために開いたカバンを、俺は自分でも驚く速度で閉じた。
カバンを開けて顔を見せたのが、昨日ゲームセンターで取った人形だったからだ。


「…………」


非常にまずいというしかないだろう。
このままもしも、誰か―――そうだな、谷口あたりとでもしておこうか――にバレたとしたら……
俺は、高校在学期間中、人形を持ち歩く男と言った不名誉な名前がついて回る事だろう。


「どうしたのよ、キョン。なんか顔色悪いように見えるけど……?」


きっと誰の目から見ても俺の行動は挙動不審の一言に尽きるだろう。
だが、俺は否定するしか方法を持ち合わせていない。


「なんでもない、気にするな」


もし、この人形を朝比奈さんが持っていたとしたら、大層可愛らしいことだろう。
この際だ、ハルヒや長門でもいい。
偏見が混ざるかもしれないが……
人形を持っているのが男であるか、女であるかという事は、空と海ほどの距離がある。


「落ち着け、落ち着け俺……」


現実逃避し過ぎるのもこの場合は正しいとは言い切れない。
俺が考えなければいけないこと、それは人形をどうやって気付かれる事無く隠し続けるかだ。


「怪しいわね……カバンの中に変なものでも入ってるの?」


こういう時の、このハルヒの感の良さには頭が下がる。
出来れば、このまま何事も無く流してくれれば、なお更嬉しいんだがな……


「……なんでもないから、本当に気にするな」
「変なキョンね」


その後の授業というのは、毎回が格闘の連続だったと言ってもいいだろう。
授業が終わる毎に、普段以上の早さで教科書を片付け、次の授業の準備をする。
気分としては、プロボクサー級の速度は出せたんじゃないかと思うね。


「……ようやく、ここまで来たか」


残りいくらかで、最後の授業が終わりを告げる。
そうすれば、後はカバンを開くなんていう事はしなくて済む。
後一回、乗り切ってしまえば俺に不名誉な名前がつく事なく、無事に帰れるのだ。


「……よし」


思わず、小さくガッツポーズをとってしまうのも仕方が無いだろう。
それだけ、普段使わないくらい精神というモノを消耗した気分だ。
……いや、消耗してしまっていたからこそ、俺の後ろで目を細め、意味深に笑っている存在に気付けなかったんだろうな。


「さて……今日のSOS団の議題は……」


強引に、事実引きずられながら足を運ぶ事になったSOS団のアジト、文芸部室。
俺を定位置に放り出すと、ハルヒは団長席に立ち上がって、周りを見渡した。
珍しく俺たちより早く揃っていたメンバーが、何事かとハルヒに視線を向けた時。


「持ち物抜き打ち検査よ!!」


我らが団長殿は、そう……声も高らかに告げてくれた。


「な、なんだってっ!?」


つい、反応を返してしまった。
なんだってこんなタイミングでこんな事を言い出すんだ……


――――――まさか、こいつに見られたのだろうか?


細心の注意を払っていたはずだった。
だが、本当に俺はこいつの方にまで注意を払っていたんだろうか?
そんな不安が頭を過ぎり、僅かな希望を込めてハルヒへと視線を向けてみれば……


「…………」


不敵に、だが妙に楽しそうな表情を俺へと向けるハルヒがそこにはいた。
その瞬間、俺の不安は現実の物であると本能的に悟ってしまった。
いつかまではわからない、だが、確実にハルヒに見られていた。


「ほーらほら、各自カバンを机の上に置きなさい!」


団長の特権、絶対強権にモノをいわせた強引さで、それぞれのカバンを机に提出させるハルヒ。


「団長たる者、団員の持ち物も把握しておかないとね!」


ハルヒらしい理由をつけてはいるが、目的がわかっている俺からしたら迷惑この上ない。
さらに、ハルヒはわざわざ俺に遠い、長門のカバンから確認を始めた。


「あら……有希のカバンって予想よりあっさりしてるわね」
「……必要最低限あれば問題ない」
「ま、それもそうね……特に問題ないわ、次、古泉君ね」


俺のカバンを暴く事が最大の目的なんだろう。
長門のカバンが本当に簡素なものだったのか、あっさりと次に行くハルヒ。


「どうぞ、たいしたものは入ってませんが」
「9組って、確か特進クラスよね……見たことない教科書があるわ」


古泉のカバンを覗き込むハルヒが、ひょいと1つの教科書を取り出した。
……特進クラスっていうのは、そんなものもやるのか。


「えぇ、内容は通常の授業とそう変わりありませんが」
「そうなの? まぁ、あたしは特進じゃないから別に覚える必要もないわね」


教科書を古泉に返し、足も軽やかに朝比奈さんの方へと詰め寄っていく。
朝比奈さんのカバンの中身か……失礼ながら、俺自身も多少の興味がある。


「えーっと……何々、美味しい紅茶の淹れ方100選?」
「最近、また新しい紅茶を見つけたので、淹れて見ようかと思って……」


照れたようにはにかみ笑いを見せてくださる朝比奈さん。
あぁ、そんな表情も大変グッドです。


「それじゃ、次の紅茶の時は成果に期待しようかしら」
「はい、頑張りますね!」


このSOS団での給仕活動を、なんだかんだで楽しんでいるようだ。
ハルヒの言葉を受けて、朝比奈さんの笑顔がより一層素敵なモノになった。


「それじゃ、最後はキョンね」


そんな幸福も長く続く事は無く、神は鎌を構えて俺の元にやって来た。
古泉が言う神が、今の俺には死神にも等しく見えるな。


「……はぁ、勝手にしてくれ」


こうなったら、教室でバレるより、何倍もマシだと思っておこう。
例え朝比奈さんや長門から失笑を買おうと、古泉の苦笑いが深くなろうと。
ハルヒが俺を笑いものにしようと、この人数くらいなら耐えれるだろう。


「あ〜ら、キョン。これは何かしら?」


ハルヒは俺のカバンを開けると即座に目的の物を取り出してきた。
わざわざ振って見せなくてもいい、それが何かは俺が一番わかっている。


「わ〜、可愛いですね〜」


失笑でもなんでも来いと、そう心構えしていた俺の予想とは裏腹に、喜色の混じった声が聞こえた。
……朝比奈さん?


「ウサギさんですよー、ほら、長門さん」


ハルヒが持つ人形を、嬉しそうに見つめる朝比奈さん。
長門も、心なしか目線が人形を追っているように見える。


「ま、キョンのカバンも面白そうなのはこれくらいね……」


ハルヒが思い描いていた絵とは違うのか、少しつまらなそうに人形を俺へと戻した。
流れでなんとなく受け取ってしまったが、これを受け取っても俺にはどうしようもないんだが。


「さて、特に問題なかったみたいだし。今日はこれで解散にしましょ」


2回手を叩いて、ハルヒが解散を告げた。
人形を手で転がしながら、俺は先ほど、ハルヒから人形を受けとった時の事を思い出していた。


「それじゃ、帰りましょ」


人形を手放す一瞬、ハルヒが名残惜しそうな表情をしたような気がしたのだ。
朝比奈さんと同じような、少女のような視線で……
それに考えがそれていた為に、受け取ってしまった訳なんだが……


「……なぁ、ハルヒ」


俺の考えが間違いであれば、ハルヒは否定するだけで終わるだろう。
もし、それが正解だとすれば、俺が持っているよりもこの人形も浮かばれるだろう。


「なによ?」
「俺が持っていてもどうしようもないから、この人形貰ってやってくれないか?」


カバンから取り出して、ハルヒに向かって差し出してみる。
俺と人形を交互に数回見つめたハルヒは、似つかわしくないくらいおずおずと手を伸ばした。


「……いいの?」
「さっきも言ったが、俺が持っていてもどうしようもない」
「……それじゃ、このパペットが可哀想だし、あんたがそこまで言うなら貰ってあげるわ」


顔を横に背けあらぬ方向を見ながら、しっかりと人形を受け取るハルヒ。
それがおかしくて、俺はついついハルヒから視線をそらして笑ってしまった。


「キョン」


だが、すぐに俺を呼ぶ声が聞こえて、笑いを収め、ハルヒの方を視線を戻そうとした時。
俺の頬に、何かが当たるような感覚があった。


「……ハルヒ?」


当たった物が何かを確認して、すぐにそれがなにかわかった。
人形を手にはめたハルヒが、俺の方に向かって手を伸ばしていたからだ。
今のは……人形で俺の頬に……?


「……人形の、お礼よ」


そう言って、顔を赤くしたハルヒは、走り去ってしまった。
置いていかれた俺はと言えば……


「……反則だろう、それは?」


そう、呆然と呟くしか出来なかった。
あぁ、それ以外にも1つだけあったな。












―――――それは、あのハルヒが、可愛く見えたって事だ。












ハルヒの知られざる一面も知ったことだし、機会があればまた取ってきてやるのもいいだろう。
そう思いながら、俺の足は自然とゲームセンターへと向かっていた。



















 後書き

なんでかしらんがパペットマペットを思い出しました。
うしくんうしくん、なんだいかえるくん? のアレです。
今思えば、アレの何が芸人なのかがいまいちわからない……
まぁいいや。

書きたかったのは最後の方の一文だけです(笑
○茶だかのCMにあったような気がしますが、気のせいです。
気にしちゃいけないんです!

それでわ、また、次回作にて。

            From 時雨


初書き 2008/03/23
公 開 2008/03/25