ここ日本には、四季折々という言葉が存在する。
その言葉の通り、四季という巡る季節の中で、様々な風景や天気を及ぼしてくれるわけなのだが……

「……こうも続くと、さすがに気が滅入ってくるな」

無くてはならないと理解はしているが、あまりにも続くと困る時期というのがある。

「早く、やむといいんだけどな」

そう、季節は春も終わりが近い晩春。
毎年訪れる、梅雨の季節である。





















俺の記憶が改ざんされたり、別世界に来ているなんていう突拍子もない話でなければ、かれこれ一週間以上は晴れた天気というモノを見た記憶がない。

「いよう」
「よう、谷口」
「いやぁ、こう毎日続くと湿気っぽくて参るよなぁ……」

梅雨というのは、日本に訪れる雨季の一種であり、雨足の強くない雨が長期に渡り続くものを指して言う。
北の地方のように雪が多く降るわけでもなく、南の地方のように台風が通過したりするわけでもないこの地方では、貴重な水資源の確保に重要な役割を持っている。
だが、それは広義的な意味合いで考えた場合であり……

「たまには晴れてくれた方がいいんだがなぁ」

一個人の考えからすると、もうちょっと、多少くらいはお日様を見たいというのが率直な感想だと思う。

「ま、結局の所空の気分次第なんだ、俺らがどう言ってもしょうがないさ」
「……だな」

谷口とバカな話を繰り広げながら教室へと入る。

「……なんだありゃ」

入ってすぐに、俺からそんな言葉が漏れるのも仕方が無いだろう。
見慣れた窓際の俺の席、その後ろにいるはずの存在は……

「なんで、体操着なんか着てるんだ?」

体育も無い日のはずなのに、体操着に身を包んだハルヒがいた。
いつもいつも突拍子も無い事をしでかすハルヒだが、今日のは唐突だなぁ。

「ようハルヒ」
「…………」

どうやら、今日はいつも以上に不機嫌のようだ。
普段なら、声をかけたら反応くらいは返ってくるもんなんだがな。

「……制服は、どうしたんだ?」
「……来る途中で傘が折れて、濡れちゃったから保健室で干させてもらってるわ」

―――――これだから安物の傘は。
そう、小さく呟くのが聞こえた。

「そうかい、そりゃ災難だったな」

それ以上会話を続けることも出来ず、俺は自然と周りの流れに流され、時間が過ぎていった。




「さて、本日の授業はここまで」

岡部のその一言で、今日の学校という拘束時間の終了が告げられた。
……さてと、今日はこれからどうしたもんかな。

「なぁ、ハルヒ……って、もういねぇ」

俺の後ろで一日中不機嫌オーラを撒き散らしていたハルヒの方を向いてみれば、いつの間にいなくなったのか、すでにその姿は見えなかった。
……一体、いつの間に?

「仕方ない、とりあえず部室の方に顔出してみるか……」

毎日のように足を運んでいる習慣からか、何をする前にまず部室へ向かうようになった。
これも立派な反射の行動だよなぁ……なんて思いながら、俺はお馴染みの文芸部室へと足を向けた。

「あ、こんにちわぁ」
「どうも」

扉を開けてすぐに、俺に全てを魅了する天使の声がかけられた。
もはや部室の給仕を完璧にメイド姿でこなす朝比奈さんがそこにはいた。
俺が席に座ると、そう時間をおかずに朝比奈さん謹製のお茶が差し出される。

「あ、ありがとうございます」
「今日は、ダージリンに挑戦してみたんですけど……」

不安そうな表情で俺がお茶を飲むのを見てくる。
朝比奈さんの淹れてくれたお茶なら、どんな味だろうと甘露以外にはなりませんよ。
そう思いながら、俺は淹れたてのお茶に口をつけた。

「えぇ、おいしいですよ」
「ホントですか、良かったぁ」

ほにゃっと緊張に強張った表情が崩れる。
その笑顔を見ただけで、今までの雨のせいで憂鬱になっていた気分が吹き飛ぶようだ。

「おや、涼宮さんと長門さんはいらっしゃらないんですね?」

静かな時間を満喫していると、扉を開けて入ってきたのは古泉だった。

「あぁ、長門はどういう訳か今日は見てないな」
「長門さんでしたら、お隣にお呼ばれしてるみたいですよ? なんでも新しいプログラムがって言ってました」

コンピ研は、懲りずに新しいゲームの制作に入っているのか……
また変なものを作って、ハルヒの関心を引かなければいいんだが……

「さて……どうですか、一勝負」
「……ま、やる事はないしそれもありか」

どうやら、今日もまたここでのんびりと時間を潰す事になりそうだ。
古泉が取り出したチェスをのんびりとやりながら、そんな事を考えていた。
着実に俺の戦績に白星を重ねながら。

「あー、もう最悪!」

暫く古泉とボードゲームに興じていると、扉が壊れるんじゃないかという勢いで開かれた。
もちろん、その扉を豪快に開けた犯人といえば、一人しかいないんだが……

「今度はなんだ……?」
「わざわざ保健室まで制服取りにいったのに、乾いてないのっ!」

時期が時期だけに、肌寒いとは感じるかもしれないが、暖房をつけるまでもないだろうしな。
そう考えると、乾ききっていないのも納得がいく。

「……仕方ないだろう、天気もよくないんだから」
「乾くまで暖房をつけるくらいの心遣いは見せて欲しいもんだわ! みくるちゃん、熱いお茶ちょうだい!」
「は、はい」

ぶつくさと文句を言いながら、部室のハンガーに制服をかけている。
保険医も、わざわざ一人のために暖房をつけるなんてしないよなぁと思いながら俺はそれを見ていた。

「まったくもう……あれ、有希は?」
「長門なら、隣に協力要請が出て出張中だとさ」

チェスの盤面から目を離さないようにしながら、ハルヒの問いに答えてやる。
む、またポーン兵が取られたか……

「あ、そう……あら、美味しいわね、このお茶」

そして、長門を欠いたいつも通りのSOS団としての時間をのんびりと過ごす。
外は相変わらず雨だが、こんな風に静かに雨音を聞いているのも悪くないかもしれない。そう思えるようになってきた。









「さて……そろそろ解散しましょうか」

結局俺に黒星がつく事もなく、部活動終了の時間になったらしい。
弱い弱いとは思っていたが……ここまで弱いのか、古泉。

「最後は勝てると思ったんですが……」
「俺が最初にポーンの数を半分にしたってのに、なんで負けれるんだ、お前は」

余りにも負ける古泉が哀れに思えて、俺は自分からポーンの数を減らしていた。
それでも、何故か結果は俺に白星が増えるという状態。
……本気で、ボードゲームに向いてないんじゃないか?

「次こそ、勝てそうなゲームを探しておくとします」
「そうしてくれ、このまま白星が付くのは構わないが、お前が哀れに思えてしょうがない」

軽口を交えながら、ゆっくりと帰り支度をしていく。
そして、片付けるものを片付けた俺たちは、部室から一足先に廊下へと出た。
そうしないと、朝比奈さんが着替えられないからな。

「……しかし、やむ様子が欠片も見れないな」
「梅雨ですから仕方が無くもありますが、さすがにこうも続くのは遠慮願いたいものです」

廊下から見える外の景色を眺めながら、ただ無言で待ち時間を潰す。
隣にいるのが古泉というのがなんとも物悲しくもあるが、まぁ言っても仕方がない事だろう。

「さ、帰りましょ」
「お待たせしてごめんなさい」

そんなに時間が経たないうちに、部室の扉は開かれて、制服に着替えた二人が出てきた。
……ハルヒの奴、制服を着ているのはいいが、乾いたのか?

「ちょっとジメジメして気持ちが悪いけど、体操着で帰るわけには行かないのよ」
「それもそうか……」

歩きながらも他愛無い話をしていたが、それも昇降口に来た時に自然と止まった。
それぞれ下駄箱が違うんだ、それも自然な流れと言う奴だろう。

「それでは、また明日お会いしましょう」
「それじゃぁ、私も失礼しますね」

靴を履き替えた後、それぞれがそう口にして帰っていった。
それを見送りながら、俺はハルヒが今朝言っていた事を思い出してしまった。

―――――来る途中で傘が折れて……

確かに、ハルヒはそう言ったはずだ。
それならば、どうやって帰るつもりなのだろうか?
ハルヒの性格から考えて、折れた傘は早々に役目を終了させられたと考えていいだろう。

「……おい、ハルヒ」
「何よ」

いつまでも動き出す様子の見えないハルヒを見て、俺はとりあえず考えた事を口に出す事にした。

「お前、どうやって帰る気だ?」
「……別に、これくらいの雨なんてどうって事無いわ」

なんて事はない、とあくまで表面上は言っている。

「……また教員用の傘を持ち出す気か?」
「…………」

どうやら、図星だったらしい。
前に一度そんなような事をやっていたから、もしやと思えば……

「……はぁ、仕方ねぇ。ほら、行くぞ?」

どうして、俺も気付かないで古泉や朝比奈さんと一緒に帰らなかったのかね……
そんな後悔にも似た感情が生まれて来た。
だが、きっと俺のことだ。
ハルヒの傘のことに気付いていないかもしれないのに戻ってきちまったかもしれないな。

「……え?」

傘を広げて、ハルヒを手招きしてやる。
そんな俺を鳩が豆鉄砲を食らったかのような表情で見つめるハルヒ。

「え、じゃなくて、帰らないのか?」

幸い、俺の傘はコンビニで売っているようなものではなく、二人くらいなら余裕で入れるくらいの大きさがある。
最初に母親から渡された時にはでかくて邪魔だとも思ったが、とりあえずは感謝しておこう。

「……仕方ないわね、そんなに言うなら入ってあげるわ」
「はいはい。それじゃ、行くぞ」

いつもは気付かなかったが、ハルヒの歩くペースは、俺のそれより遅い。
ハルヒが気付かない程度に、俺は歩く速度を緩めてペースを合わせた。

「ほら、もうちょっとこっちに傘向けなさいよ、濡れるじゃない!」
「まったく、入れてもらってずうずうしいこと言ってるんじゃない」

雨が傘を叩く音を聞きながら、俺とハルヒは普段よりゆっくりと、帰り道を歩いていった。
……まぁ、たまにはこんなゆっくりとした状態も、悪くないだろ?



















 後書き

倉庫漁ったら、恐らく梅雨時期に書いたであろうファイルを見つけた。
もう雪降りそうな時期なのに、気にしないで乗せる愚か者です、はい。
季節感? そんなの関係ねぇ!
はい、嘘です、さーせん。

なんとなく、すげー平凡な終わり方した気がしますが。
まぁ、これはこれでということで。
気にしたら負けなんですよ!

それでわ、また、次回作にて。

            From 時雨


初書き 2008/06/23
公 開 2008/11/24