先日の異形との戦いの翌日、とある村にて………

「………ミスった………」
「調子に乗って『力』なんか解放するんじゃなかった………」
「どうすんだよ…これ……」


















少年、相沢祐一がその事実に気づいたのは『スノウ・シティー』に向かっている途中に寄った村の宿だった。

「どおりで何か村に入った途端にじろじろ見られていると思った………」

いまの祐一の姿は『力』を解放したとき、つまり異形を倒すときにのみ変化する銀髪紅眼の戦闘モードだった。

「翼が出てないのが唯一の救いかな……」
「どっちにしろ目立つのには変わらないか………はぁ………」


−−−−−『紅眼の魔剣士』


この名を知らない者は大陸中を捜しても見つけられないだろう。
相沢祐一の世界での『通り名』である。
しかし、名とは裏腹にその姿を見た者はいないと言われている。
なぜなら異形が現れた場所にのみその姿を現し、戦闘が終わると忽然と姿が見えなくなるのだ。
噂が噂を呼び、その姿は大男だの、角が生えているだの。
それらの尾ビレ、背ビレがついた状態なのである。
ところが実際は、年齢にして16〜7歳の男がその異名を持っているとは誰にも想像がつかないだろう。

「どうにかして誤魔化したほうがいいよな……目立つのはゴメンだしな。」

一方で祐一は悩んでいた。
先日の異形との戦いで、ついつい『力』を普段よりも強く解放してしまったのだ。
何とか翼は消したり出来るモノの、銀髪と紅眼がそのまま後遺症として残ってしまったのだ。

「髪は染めればいいけど、目は………無理…だよな?」

実際に村に入ったときに見られていたのには理由が2つある。
まずは銀髪紅眼というのが村の人にとって珍しかった、と言うのが1つ。
そしてもう1つは、祐一は認めないだろうが彼の容姿のせいでもあったのだ。
はっきり言って祐一は美形という分類の上位の方に位置することの出来る容姿が備わっている。
しかし、本人からしてみれば昔から変わっていないと考えているのでそのことを全く理解していないのだ。

「そうと決まればさっさと染めるか。宿の主人に言えば用意してくれるよな?」

そんなことには気づかないキング・オブ・鈍感。
それが古の知人達による祐一のもう1つの『通り名』であるのは、祐一には知らされていない………

「お〜い、オッサン。髪染めたいんだけど準備頼めるか?」
「んぁ?おぉ、構わないぞ。払うもんさえ払ってくれればな。」
「そんなことはわかってるって。色は茶色で頼む。」
「わかった。2時間後には用意できるようにしとくぜ、それまで寝てるか何かしてたらどうだ?」
「ん〜、なら寝てるわ。準備できたら起こしてくれな。」
「あいよ。ちなみに言っとくが俺はまだ22だ。」
「マジか!?わりいわりい。んじゃ俺は戻るわ。」

かなり人当たりの良さそうなオーナーであった。
祐一には特にやることも無かったので、自分の装備している大剣ともう一方の刀を磨き始めた。
大剣の銘は『デストロイ』、異形を倒すために作られたと言われる破邪の効果を持つ大剣である。
大きさは祐一より約30pくらい短い(祐一は180p以上)大きさである。剣の横幅だけでも20p以上はあるだろう。
周りから見てもかなりの大きさがあることがわかる。

もう一方の刀の銘は『空絶』、刃渡り90pほどの日本刀に似た刀である。
大剣だけでは重くて不便だと、祐一の剣技の師匠である『空戒』が普段の野党や、雑魚の異形などの退治のためにと鍛え上げた刀である。(実際は中の上級レベルの異形も仕留められる。)
しかし、この空絶はただの刀ではなかった。

「でっかい方はめんどいから空絶からはじめるかね。」
「(………主よ)」
「ん?なんだ?」
「(何故髪を染めるなどと突然言い出したのだ?)」
「目立つのが嫌だからに決まってんだろ?」
「(そういうモノなのか?)」
「そういうものなんだ。」

そう、空絶は自分の意志を持っているのだ。
まだ幼かった頃の祐一の話し相手にと空戒が禁術で刀に魂を吹き込んだのだ。

「(ところで、その『スノウ・シティー』と言う街にはいつたどり着くのだ?)」
「ん〜………後半日くらいの距離じゃねぇかな?」
「(その街には知り合いはいないのか?)」
「俺の実家と親戚の伯母さんがいたと思ったけど?」
「(文を出しておけば街に着いたときすぐに迎えが届くのではないか?)」
「おぉ、それもそうだな。一応出しといた方がいいか?」
「(出して置いた方が賢明であろう)」
「そっか。んじゃあ、磨き終わったらかいとくか。」

こうして昔から祐一と空絶は友人として、時には家族のように暮らしてきたのだ。
心の底から信頼できる祐一のパートナーでもある。
雑談を終えると祐一は黙々と空絶とデストロイの磨きを終え、そのまま手紙を書き上げる。

「やばい……またやることが無くなった………」
「お〜い、起きてっかぁ?若いの。」
「あぁ、起きてるぞ。」
「準備できたから下降りてこい、俺のカミさんがやってくれるってよ。」
「マジか?」
「おぉ、マジだぜ。さっさと来いよ。」
「わかった、今行く。」

まるで計ったようなタイミングであったが、暇にならなくて済んだのだから祐一にとってはどおでも良いことだった。

「んじゃ、行って来る。留守番頼んだぜ、空絶。」
「(あいわかった。)」
「……(大昔の侍かよ)」

祐一の性格がひねくれているせいなのか、空絶は刀とは思えないほど【な・ぜ・か】語彙が豊富なのだ。
その中には文献で読んだような昔の言葉まで含まれていた。
そんな空絶天然の台詞になれているが、やはり少しは調子が狂う。
そう思いながら祐一は再び宿屋のカウンターの顔を出した。

「オッサン、どこ行った〜?」
「俺はまだ22だ!……まあ、とりあえず奥に来い。」
「わかった。」

言われるままに奥に進むと普通の家庭の居間に行き着いた。
その奥の台所では、茶色い長めの髪の女性が何かを準備していた。

「おう、来たな。一応自己紹介しとくか。俺は折原浩平だ。」
「俺は相沢祐一だ。」
「それは知っている。客の名前くらい調べてあるさ。」
「準備の良いことで………」
「浩平〜、降りてきたの〜?」
「おう、もう居間にいるぞ。」
「……初めまして、相沢祐一です。」
「はい、初めまして。私は折原瑞佳だよ。」
「あんたがやってくれるのか?」
「そうだよ。じゃあ、始めようか。」
「頼む。」
「ククク……間違って金髪に染めんなよ、だよもん星人。」
「そんなことしないもん!それに私はだよもん星人じゃないもん!!」
「………(しっかりだよもんって言ってるぞ)明るいんだな、あんたら。」
「まぁな、昔から瑞佳とはこんな感じだしな。」

そんなこんなでオーナーである浩平とその妻瑞佳と雑談しながらしっかりと髪を元の色に染めてもらった。
さらに、祐一は、ちゃっかり夕飯に預かっていた。

「………それにしても祐一ってよ……」
「ん?なんすか?」
「な〜んか『紅眼の魔剣士』に特徴が似てたよな……いま髪は茶色くなったけど……」
「………(ギクッ)そ、そんなわけないだろ。」
「そうだよ浩平、祐一君が『紅眼の魔剣士』なわけないよ。こんなにまだ若いのに。」
「………ま、それもそうか。」
「そうそう。(危ね〜……)」

結構鋭い浩平であったが、祐一がしらばっくれたのと、瑞佳の天然のボケ具合で上手いことその話題から逃れることに成功した。
この後はのんびりとした会話をしながら、穏やかな時間を楽しんでいた。

「そろそろ寝るわ。あ、あと髪の件はどうも。」
「いいってことよ。どうせやったのは俺じゃねぇし。」
「そうだよ。気にしなくても良いよ。」
「その代わり代金は精算の時にしっかり頂くからな。」
「あぁ、わかったよ。んじゃあ、面倒ついでにこの手紙を『スノウ・シティー』の水瀬家に出してくれないか?」
「ん?その手紙を出しとけばいいのか?わかった。出しといてやるよ、サービスでな。」
「助かる。」

しっかりしているところはさすが商人であった。
こうして祐一は部屋に戻るとすぐにベットに倒れ込んだ。
すぐに睡魔が襲ってきたので夢の世界へと祐一は旅立っていった。






− ○ − ○ − ○ −






「(主よ、そろそろ起きる時間だぞ)」
「ん〜、今何時だ?空絶。」
「(朝の5時半だ。鍛錬の時間ではないのか?)」
「宿に泊まっているときは鍛錬はしないって言ってあっただろ……」
「(………すまぬ、忘れていた)」
「ま、どっちにしろ今日中に『スノウ・シティー』に行く予定だったな。気にするな……と言いたいが、まだ寝るわ。」

だてに祐一との生活が長いわけじゃない、空絶は祐一の目覚ましの代わりをたまにしている。
祐一は今日は鍛錬の必要性を感じなかったために二度寝し、そのきっかり3時間後に空絶に起こされていた。

「さてと……出るか。オッサン!いるか?」
「だから俺はまだオッサンじゃないって言ってるだろうが!
「あ、祐一君おはよう。」
「おはようございます、瑞佳さん。」
「すぐ準備するから待っててね。」
「あ、すぐに発とうと思いますからおにぎりだけで良いです。」
「わかったよ。」

そう言って慌ただしく台所へと消えていった。
取り残された2人は特にすることもなくボーっとしていた。

「なぁ、祐一。」
「ん?なんすか?」
「これからの予定ってもう決まってんのか?」
「あぁ、これから『スノウ・シティー』に向かう。いろいろ片付け無くちゃいけないんでね。」
「そうか………まあ、暇が出来たらまた泊まりに来い。お前みたいな愉快な奴なら歓迎するぜ。」
「それまでに潰れてなかったらな。」
「お、言いやがったなこのやろっ」
「お待たせ、4個包んだけど足りるかな?」
「充分です。どうもお世話になりました。」
「マジでまた来いよ。」
「またいらっしゃい。」
「ありがとう。」

出る頃には気分の良くなる宿。
祐一は素直にそう感じていた。
それと同時に銀髪紅眼だった自分に変な目を向けず普通に扱っていてくれたことが祐一にとって何より嬉しかった。

「さて、さっさと『スノウ・シティー』に向かうとするか!」
「忘れもんはねぇよな?空絶。」
「(大丈夫だ。全て持ってきてるぞ。)」
「うし、じゃあ飛ばすぜ!」
「(おう。)」

祐一はこの村でまた新しい友人を作ることが出来た。
それは『紅眼の魔剣士』と呼ばれ、孤独と戦い続けていた祐一の心の傷を少しばかり癒す結果となった。
これからの道は誰にもわからない。
しかし、運命の歯車に祐一は一歩ずつ確実に乗り始めていた。
自分でも気づかないうちに………







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