『しっかり捕まってねーと、落ちるぜ』
「落した瞬間、てめぇの翼切り取ってやる」
『おぉ、こわ……それじゃ、行くぜ』
「安全飛行でな」


はぁ……出発からこれなんて、本当に大丈夫か、3週間も。
俺の気分とは裏腹に、みんなは空の旅を楽しむ腹積もりらしい。
……たくましいこって。









































『ほら、着いたぞ、さっさと降りろ』
「ん、ご苦労さん」
『もう移動手段なんかのために呼ぶんじゃねーぞ』
「やなこった」


――――てめぇ!やっぱ今コロス!
とかなんとか言っていたように聞こえたが、それはさらりと無視して逆召喚して元の場所に還した。
用が済んだ以上、出してても煩いだけだ。


「ってことで、点呼とるぞー、全員いるかー?」
「それって点呼じゃないでしょう、相沢君」
「まぁ、気にするな、人数確認さえ出来ればいいんだ」


大体、出発前に番号付けなんてした記憶はない。
なら全員いるかどうか聞くのは普通だろうさ。


「まぁ、とりあえず全員いるようよ?」
「ん、ならまぁとりあえず山に入る前に、全員に言っとくことがある」
「なにかしら?」
「絶対に、油断するな。一人になるな。もしなったら必ず誰かと合流する」


これだけは、最低限覚えておいてもらわないとまずい。
万が一なんてことは、考えたくもないが、ないとも言い切れない。


「俺や久瀬とかから離れなければ、まず大丈夫なんだけどな」


しっかりとみんなが頷いたことを確認した俺は、とりあえず山に入ることにした。
異形山と言われてるだけあって、誰も踏み入れたりしていないのか、入り口らしい入り口は見当たらない。


「さて、やっぱりここは……」
「切り払うのよね?」
「……うん、もちろん」
「何よ、その間は?」


いや別に、普通に焼き払ってやろうとか考えてるだけだぞ?


「んじゃ、北川、先頭よろしく」
「え、俺!?」
「だって、俺と久瀬は殿だし?」
「いや、なんで疑問系!?」
「それじゃ、私が行くわ」


そう言って香里が剣を抜いた。
おー、やる気満々だなぁ……いいことだけど、悪いことだ。


「香里、俺の言ったこと覚えてるよな?」
「えぇ、もちろん」


歩き始めた香里の服の裾をつまんで、動きを止める。


「……相沢君?」
「それじゃぁ、もちろん、そこのすぐ傍にある植物が毒をもってるってのもわかってるんだな?」
「え?」


香里の傍に生えているのは、そこらの公園でも見かけられそうな小さな花が咲いているだけだった。
だが、良く見ると、公園で咲いている花と比べて葉の形が違うのがわかるはずだ。


「……即効性の高い痺れ毒を持った花ですね」
「天野、正解。危なかったなぁ、香里。そのまま行ってたら速攻でダウンだぞ?」
「……やられたわね」
「って、おい相沢、お前俺をいけにえにしようとしたな?」


はっはっは、人狼の耐久力があるなら軽く痺れるだけで行動には支障ないだろう?
そう見越しての俺の神がかった判断だよ。


「おい、シカトすんなおい!」
「と、いうわけで焼き払った方がこの場合は正解ってことだ。真琴、入り口に丁度いい範囲で焼いちゃってくれ」
「わかったわよぅ……邪炎・狐火!」


さて、入り口からこんな毒草が生えてるあたり、十分危険な山っぽぃなぁ……
まぁ、それぐらいの命の危険がないと、サバイバル訓練にはならないか。


「さんきゅーな、真琴」
「あぅー」


仕事を終えた真琴の頭をぐりぐりとちょっと乱暴に撫でてやる。
迷惑そうな声を出しつつも、どこか嬉しそうな真琴だった。


「さて、それじゃ、ルナ・フォース探しにしゅっぱーつ」

























……はぁ。


「……まったく、なんでこうなるかね」
「……ごめんなさい」
「申し訳ありません、私がついていながら……」


現状を簡単に説明しておこうか。
今、この場にいるのは俺、真琴、天野の三人。


「まぁ、すぐに俺が気づいて追いかけられたからまぁ良しとしよう」


上のメンバーには舞や久瀬、北川がついてるんだ、そう簡単には全滅なんてことにはならないだろう。


「それにしても、なんで滑って落ちるんだ、お前は?」
「あぅー……」


途中までは、大した異形に遭遇することもなく難なく撃退していたわけだが。
道の途中で谷の壁に道を作ったような場所があった。


「ま、あんまり端を歩かなきゃ大丈夫だろう」


地盤の確認はしっかりしたつもりだったんだが、どうにも端っこっていうのは他が強くてももろくなっている場合が多い。
それの上に足を置いてしまったばかりに足場が崩れ、真琴がまず落ちた。


「あぅっ!」
「ま、真琴!?」


そして、続いて真琴を助けようとした天野が、真琴を支えきれずに谷底に落ちた。


「チッ!しまったっ……久瀬、後は頼んだ!!」
「あ、おい!祐一!」


そして、続いて俺が谷底に飛び降りた、というわけだ。
落ちていく二人に追いつくと、先に魔法を使って落下地点の岩盤をすべて細かい砂の粒子に変えたから、ほとんど衝撃という衝撃はない。


「に、しても……随分落ちたなぁ……」
「ですね……」


みんなで落ちてきた方向を見上げる。
とてもじゃないが、登っていける距離じゃない。
俺一人なら難しくもないが、それでも多少は力を使うことになる。


「なら、仕方ないからこのまま歩いて合流できる手段を探すしかないか……」
「そうですか……」
「あぅ……ごめんね、美汐」
「気にしないでください、真琴」


ま、怪我もなかったんだ、とりあえず合流を目指しておけばあとは適当に久瀬もあわせてくれるだろうさ。
なんだかんだであいつも強いからな。


「……っ!」


ち、こんな距離まで気づけなかったか……
だいぶ俺もなまってるらしいな。


「天野、真琴……戦えるか?」
「え、あ、はい、問題ありません」
「……敵っ!」


流石だが、少し遅いぞ、真琴。
数はそんなにじゃないが……めんどくさいか……


「来たぞ……あれは、サイクロプス、か……?」
「そう見えますが、どうにも様子がおかしいように感じられますが……」
「サイクロプスって、一つ目のはずじゃないの?」


そう、今こっちに向かってきているサイクロプスは、単眼の巨人ではなく、複眼の巨人に見える。
だが、持っている武器はサイクロプスと同じだ。
複眼の分、見た目が気持ち悪いな……


「五体か……真琴、天野は無理せず一体ずつ相手をするんだ、いいな?」
「ですが、それでは相沢さんが四体相手をすることに……」
「ま、これでも自称だが、引率だ。そのくらいやってやるさ」


複眼のせいで、どの程度の力があるかわからない。
もしかすると、未確認の亜種かなにかかもしれないな……
まったく、未知の相手と戦うのはラクじゃないんだが……
隠し技とか持ってないことを願おう。


「それじゃ、無理は絶対するなよ、危なくなったら俺の方に構わず逃げて来い」
「……わかり、ました」
「……わかったわよぅ」
「よし、いい子だ……行くぞっ!!」


とりあえず、俺が先行して、やつらの気を引く。
突然向かってきた俺に一瞬ひるんだサイクロプスどもは、動きが止まりかけたが、すぐに立ち直ったのか手にした棍棒で殴りかかってきた。


「……(遅いな)」


攻撃速度はそこまで大したことがなさそうだ。
だが、俺がサイクロプスの周りを走っていると、一つ気づいた。


「(複眼の意味はこれか……)」


俺の動き事態についてきているわけではないが、複眼の恩恵で、やつらは俺が移動した先にすぐに方向を転換してきた。
ようするに、回りが油断なく見えているために、止まった瞬間そちらに向くことが可能ということだ。


「……めんどくさい」


今の俺は、デストロイと空絶を装備しているために、そこまで機動力はない。
っていうか、デストロイ重すぎ……


「火の神よ、我が声に答え召喚に応じよ!式符『炎』!」
「行っくわよぅ!!邪炎・狐火!!」


五匹が思い思いに攻撃してくるのを、とりあえずは回避に専念する。
俺から手を出してもいいが、それじゃ真琴たちのスキルアップにはならない。
一匹だけでもいいから、倒すことができれば、それが少しずつ自信に繋がっていくはずだ。


「……よし、上手いこと一匹だけ行ったな……」


真琴と天野の火の攻撃を顔面に食らったサイクロプスが、俺への攻撃をやめて、そっちの方へ向かったのを確認した俺は、一時的に大きく距離を取った。


「おら、かかってこいや。まとめてぶっ潰す」


グオオオオ!と、耳障りな大声を上げて、残ったサイクロプスどもが俺に突進を仕掛けてきた。
どうやら、複眼っても知能は単眼のサイクロプスと大差ないらしいな。
それならそれで好都合だ。
まとめて、沈めてやる。


「これは、久瀬の得意の魔法なんだが、略式でも問題ないだろう……」


目を閉じて、精神を集中させる。


「左に深き碧、右に暗き朱、眼前にて混じり集う……全てを飲み込む暗黒となり、闇の力を生み出さん……さぁ、眠りの刻だ……食らい尽くせ『ブラック・ホール』
『ガアアアアアアアアア!!!』


耳障りな断末魔の叫びを残して、複眼のサイクロプスは姿もなく消え去った。
ふむ……耐久力は若干上がってたみたいだな……
一瞬で消滅するはずが、意外にもレジストされたようだ。


「さて……天野たちの方は……」


予想より、善戦していた。
すでに複眼のサイクロプスの目はいくつか潰され、片腕は焼け落ちていた。
この調子なら、そう時間は掛からないか……?


「大邪炎・焔狐!!」
『ガアアアア!!』
「これで、終わりです……全てを飲み込み、食らえ『アース・クエイク』


局地的に発生した地面の揺れ。
それに巻き込まれ、そして天野の起こした魔法に飲み込まれていくサイクロプス。


「……よう、お疲れさん」
「あ、相沢さん……もう終わったのですか?」
「まーな、あれくらいは大したことないさ」
「どうよ、真琴たちの実力は!!」


真琴が胸を張ってそう言って来た。
うん、普段ならからかうところなんだが、あの耐久力を見た以上、あそこまで傷つけられるのは対したもんだ。


「まぁ、よくやったじゃないか」
「当然よ!」
「ふふ、真琴ったら」


だが、この時の俺はすっかり実戦の感がなまっていたんだろう……
真琴に構っていて、美汐の背後から這い出てきたモノに気づくのが遅れてしまった。
その遅れは、生死の境で戦う者には致命的な、隙。 そして、そんな俺よりも早く、その危険に気づいたのは、真琴だった。


「っ!危ない!!美汐!!!」


天野の魔法で死んだはずのサイクロプス……いや、死んだと勝手に思い込んでしまっていた俺が悪かったんだ……
瀕死ではあるが、確かにまだ生きているそいつが、地面から這い出て、天野に向かって棍棒を振り下ろしていた。


「……え?」


ガッ!


「あ……ぅ……」


サイクロプスの一撃は、防御もなにも取れない、無防備の真琴を吹き飛ばした。


「ま、真琴……?」
「真琴!!くそっ、てめぇ!!!!」


―――――空海流、抜刀術『射』


不可視レベルまで速度を上げたまさに神速の抜刀。
死に掛けのサイクロプスに対処できるはずもなく、一刀のもと、俺は首を刎ねた。
そして、すぐに吹き飛ばされた真琴の方に走った。


「ま、真琴、目を開けてください!真琴!!」
「あぅ……美汐、大丈夫だった?」


そこでは、すでに天野が真琴の手を握って、必死に呼びかけていた。
手の辺りが光っているところを見ると、回復魔法をつかっているらしい。


「えぇ、私は大丈夫です!それより、真琴が!!」
「えへへ……美汐が無事でよかった……」


真琴は頭から血を流し、はたからみてもいい状態とはいえなかった。
……くそ、よりにもよって頭部か!
止血できるもの……服でなんとかなるか?


ビリビリッ


着ていたシャツを脱いで、止血用の包帯代わりになるように破り、真琴の頭に応急処置で巻きつけた。
それでも、真琴の頭からは絶えず血が流れ出て、このままじゃ、出血のショックでやばいかもしれない……


「くそっ!こんな時俺も回復魔法が上手く使えれば!!」


天野が、慣れない聖属性の魔法である回復をかけてくれているが、そこまで効果が見て取れない……
くそ……このままじゃ真琴が……


「なんか……寒くて眠くなってきちゃった……美汐……」
「だ、ダメです、寝たらダメです!!真琴!!」


落ち着け、祐一……考えろ、真琴を助ける手段を考えろ!!
お前が戻ってきたのは、みんなを守るためだろう!
こんなところで……こんなところで……大切なヤツを失っていいのか!!


「……ちょっと、寝る……ね、心配……しないで……美……汐」
「だ、ダメです……待って、真琴……死なないで……」
「真琴!俺の声が聞こえるか!真琴!!」
「あ……祐一……真琴が、寝てる間……美汐を……よろしくね……」
「ダメだ、寝るな!!」
「……また……ね……」
















そして、真琴の手が、力なく地面へと落ちた。






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