「……ちょっと、寝る……ね、心配……しないで……美……汐」
「だ、ダメです……待って、真琴……死なないで……」
「真琴!俺の声が聞こえるか!真琴!!」
「あ……祐一……真琴が、寝てる間……美汐を……よろしくね……」
「ダメだ、寝るな!!」
「……また……ね……」


そして、真琴の手が、力なく地面へと落ちた。









































「死なせない!お前は絶対!!俺が、助ける!!!」


力なくたれた真琴の手。
頭からは今だ鮮血が流れ続けてる。
今は天野の魔法のおかげで若干症状の悪化が防げているとはいえ、このままだったら、確実に、真琴は死ぬ。


「……天野、少しの間、真琴を……頼む」
「相沢さん……?」


どんな手段を講じようとも、それで、どんなリスクが俺にあろうとも、絶対に真琴は助ける。
だから……絶対に、死ぬな……真琴。


「……っ!」
「相沢さん!?何を!?」


持っていた空絶で、両方の手のひらに傷をつける。
そして、手のひらから流れ落ちる血を使って、俺を中心とした魔方陣を描く。


「……我が名は相沢祐一……」


詠唱を開始すると同時に、描いた順番に血の魔方陣が光っていく。


「……全ての超常を、理を持って統べる煉獄の智の化身なり……」


完成した魔方陣がすべて光ったのを確認した後、余計な感情を一切破却する。


「……我が力と我が内にいずる存在の名において、相沢祐一が命ずる……」


光っていた魔方陣が宙に浮き上がり、俺の周りを回転し始める。


「……集いて、形となせ……」


そして、回転が収束し、俺の手のひらに集まって弾けた。


「……前世を呼び起こす力の欠片『ロスト・ピース』


俺の手のひらの傷はすでになく、その手のひらの上には、琥珀色をした石のようなものがあった。


「……成功、したか」


これは、ルシファーの知識だけが知っている製法だ。
万物因果があり、流転し、前世を持たぬものなどはいないとされる。
そして、その前世の力を呼び起こすことが出来る特殊なアイテムの製造の呪文だ。
ルシファー単体ならば問題なく作れるんだろうが、力を完璧に使いこなせていない現状で、俺が製造に成功する確率はかなり低かった。


「天野っ!真琴は!!」


石と呼ぶには柔く、ゼリーのような感覚があるそれをしっかりと持ち、急いで真琴たちのところに戻る。


「血が止まりません……私の力じゃ症状の悪化を遅らせることしかできないんです……」
「十分だ、ありがとう……あとは、俺に」
「は、はい……」


魔法をずっと使い続けて疲れたんだろう。
天野は魔法を止めると同時に荒い息を吐いた。
それだけ、治癒魔法に専念していてくれたらしい。


「真琴、俺の声が聞こえるか!!少しでいい、起きてこれを飲むんだ!!」
「…………」
「……くそっダメか!!」


ボヤボヤしてる時間はもうなさそうだ。
すでに昏睡状態になっているように見える……
もう、飲み込む力もなさそうだ……


「仕方ねぇ、後で、文句言うなよ、真琴……」


創ったロスト・ピースを、口に咥えて、真琴に口移しで飲ませる。
そのままじゃ飲み込めないかと考えて、一応俺の方で若干噛み砕いて飲みやすいようにしてやった。
すると、真琴はゆっくりだが、それを飲み干していった。


「……後は、真琴の力を信じるしか、ないか……」


できるだけ、俺も回復魔法を使ってみよう。
反属性の魔法が、どれだけ効果が出るかわからないが……


「絶対、戻って来い……真琴!」

























―Side Makoto―


暗い、暗い、暗い……
どこを見ても暗い空間……
その中を、真琴はただ漂っている。
今、自分がどこを向いているのかもわからない。


「あぅ……ここ、どこ?」


寒い、寒い、寒い……
この空間で、自分の感覚は正しいのだろうか?
ただ、寒いと、そう感じた。


「あぅー……美汐ー……ゆういちー……」


心細い。
世界に自分が一人だけの感覚。


「寂しいのはやだよぅ……」


この空間に対するせめてもの抵抗で、体を小さく丸めて孤独に耐える。
そうすること以外、今できることは、思いつかなかった。


「……あぅー……」


だが、小さく丸まり、孤独の中で耐えていると、ふと耳に、微かに響く音があった。


「……こと……」
「……せな……ける、ぜっ……」
「あぅ?」


それは、懐かしく、暖かい感じがした。
覚えがある……


「真琴、目を覚まして!!」


いつも、自分の隣にいてくれる優しい少女……


「死ぬな!頼む……目を開けろ……真琴……」


そして、いじわるなことをしても、絶対に自分のことを見捨てたりしない……


「お前は、俺の隣にいろ!真琴!!!」


自分の大好きな存在の、声だった。


「美汐……祐一……」


闇の中に、光がさした。
真っ直ぐに伸び、しっかりとした道を示している。
その道の示すまま、精一杯に走りだそうとした。


「……っ!誰!!」


だが、その道の途中、誰かが立ちふさがっていることに気づいた。
自分はどこかでこの気配を知っている。
だが、その正体がわからないことに、言い知れぬ恐怖を感じた。


『ワタシは貴女、貴方はワタシ』
「あんたなんて知らない、真琴は真琴よ」
『怯えないで、私……ワタシは私の敵ではない』


『敵じゃない』という台詞に納得したわけじゃない。
だが、その存在に対して、最初に感じた恐怖感は少しずつ消えていた。
そして、その姿がゆっくりと見えてくると、驚愕した。
目の前にいる存在の姿が、自分と瓜二つだったからだ。


「……貴方は、真琴のなに?」
『ワタシは貴女……そして、貴女の力、貴女の前世』
「力……前世?」
『そう、ワタシは妖狐……妖狐の王である玉藻御前の力の記憶……貴女の前世……』


自分が妖狐であるというのは知っていた。
でも、それは人化する前のことであり、前世のことなどは自分が知るはずもない。


「真琴、前世のことなんて知らないわよぅ……」
『それは誰しも同じこと、ただ、貴女は知るきっかけを貰っただけ……』
「……あぅ?」
『大丈夫……今は解らなくて、すぐに解る……貴女がワタシを受け入れてくれるのなら……』


そう言って、記憶と名乗った存在は、手を差し出してきた。
取るべきか、取らぬべきか。
その判断がつかないのか、どうしていいのかわからないような態度を取った。


『ワタシを受け入れてくれるなら、貴女は力を得る……それは、貴女の大切な存在に近付くことが出来る力……』
「……祐一に?」
『祐一……ルシファーと契約し力を得た青年……だけど、過ぎた力を持つものは常に孤独……貴女は、彼の支えになりたい?』


そういわれて、祐一のことを考える。
帰ってきて、力のことを教えてくれた祐一。
その時の辛そうな表情を思い出す。
自分がもし、同じような力を手に入れられたのならば、祐一はあんな表情をしなくなるだろうか。


「……ホントに、祐一の力になれる?」
『貴女がそれを望むのならば……力は、使い手の思いに忠実に答えるだけ……』


それならば、悩む必要はない。
自分が望むのは、美汐を守ること……
そして、祐一の隣に立ち続けること。


「……いいわよ、貴女の力……真琴が受け取ってあげるわ!」
『……ありがとう』


受け入れることを決め、もう一人の自分と共に手をとり、光の差すほうへと歩きだした。
歩いている途中で気が付いた。
もう一人の自分の姿は、金髪の自分とは違い、銀色で。
そして、瞳の色は自分の空色とは違い、金色だと言うことに。


「真琴と似てるけど、姿が少し違うのね」
『そうね……同じでも、ワタシは前世だもの。もしかすると、ワタシを受け入れてくれた貴女も、ワタシの姿が影響するかもしれないわ……』
「え、真琴、真琴じゃなくなるの!?」


予想外の言葉に、少なからず慌ててしまった。
だが、もう一人の真琴はその反応がおかしかったのか、口元に手を当ててくすりと微笑んだ。


『大丈夫……貴女は貴女、それは変わらないわ』
「あぅ……よくわかんなぃ」
『ふふ、貴女は貴女らしくあればいいのよ……そうね、彼と近くなるんじゃないかしら?』


少し考えるようにして、もう一人の真琴はそう言い出した。
祐一と近くなるとは、どういうことなのだろうか?


「祐一と?」
『えぇ、彼は……確か銀髪紅眼だったかしら?』
「うん」
『じゃぁ、ワタシの影響が出たとしたら、瞳は違うけれど、髪の色はおそろいね?』


そう微笑まれて、自分でその姿を想像し、少しだけ赤面した。
どこか、祐一と本当に近くなれたような気がして嬉しかったのだ。


『そろそろ行きましょうか……貴女の大切な人たちが心配しているわ』
「……うん、それじゃぁ行こう……もう一人の私」
『……えぇ、これから、よろしくね……』
「こちらこそ!」


そして、二人の視界に、光が溢れた。
























―Side Yuichi―


「……真琴……頼むから……目を覚ましてくれ……」
「……真琴、私たちはここですよ……帰ってきてください」


ロスト・ピースを飲ませてしまった後は、俺たちにやれることはなく。
後は真琴が目覚めてくれることを信じて呼びかけるしかない。


「……俺の隣で笑ってろよ……いつもみたいに……」


常に戦いに身をおいていたと言っても過言じゃない俺だ、人の生き死になんて見慣れてると思ってた。
だけど、真琴の手が力なく地面に落ちたとき、世界がモノクロになったような気がした。


「……目を……覚ませ、真琴……」


生き死にに見慣れてると思っていただけだったんだ。
俺は、ただそうやって目を背けようとしてただけなんだ……
無くしかけてからそのことに気づくなんて、俺は……何をしていたんだ。
何がみんなを護るだ!結局俺は何もできていない!!


「相沢さん、真琴の様子が!!」


天野に言われ、慌てて真琴の方を見ると、うっすらと真琴の体を光が包んでいた。
光は徐々に強くなり、真琴の姿が見えなくなっていく。
予想外の出来事に思考が止まりかけた。


「……まこ……と?」


呆然と漏れた言葉は、俺か天野か、どちらからだったのか……
光がゆっくりと治まっていくと、そこにはあったはずの傷もなく、静かに横たわる真琴がいた。


「……相沢さん、これはいったい……」


天野がそういうのも仕方がないだろう。
傷が治っただけじゃない。
真琴の綺麗な金髪は、今はなぜか俺と同じ、銀色をしていたんだから。


「…………ん」
「!? 真琴、おい、俺の声が聞こえるか!!」
「……ゆう、いち……?」
「真琴!」
「みし……お?」


ゆっくりと、閉じられていた目が開いていく。


「お前……目が……」


開いていく真琴の目は、元の空色ではなく、金色だった。


「えへへ……ただいま、祐一、美汐」
「……おか、え……りなさ、い……真琴」


あぁ、でも今は……そんなことはどうでもいいか。
真琴は、戻ってきてくれたんだ。
俺たち元に。


「……おかえり、真琴」


今は、それでいい。
それだけで、十分だ。





















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