あぁ、でも今は……そんなことはどうでもいいか。
真琴は、戻ってきてくれたんだ。
俺たち元に。


「……おかえり、真琴」


今は、それでいい。
それだけで、十分だ。









































―Side Takashi Kuze―


人間、さすがに咄嗟という状況下で迅速に行動できる者など少なく。
僕自身もそれなりに緊急事態に対処できる人間だと思っていたのだけど……


「……やれやれ、僕もまだまだ修行が足りないな」
「って、ちょっと久瀬君、そんな悠長なこと言ってる場合なの!?」
「少しは落ち着きたまえ、美坂君。抜けてるし、馬鹿だし、礼儀知らずだし、平然と失礼なことをやらかす祐一がついてるんです、そこまで大事が発生することはないでしょう」


確かに、この集団での要は祐一です。
その祐一が崖の下に落下したことで、混乱するのは致し方ないことかと思いますが……


「他の皆さんも、落ち着きなさい……祐一があの程度で怪我をすると思いますか?」


どんな時でも思考を冷静にするのが、サバイバルの基本ということです。
慌てている人たちはまだまだ実戦経験が少ないのでしょう、これを機に学んでいただこうかと思います。


「で、でもよぉ……」


人狼ハーフの北川君と言いましたか……?
彼がまだ何かを言い渋ろうとしていましたが、それより先に足元に落ちていた石を拾い、彼の後ろの茂みに投擲する。


「でも、ではありません、あちらの状況より、今はこちらの状況の方が危ういということを認識していただきたい」
『ギャアアアアア』
「――――っ!?」


気配を殺し、少しずつ迫っていた異形を投擲した石が貫く。
攻撃されたことで殺気が開放されたのか、辺りから複数の気配が大きくなりましたね。


「……まさかとは思いますが、人狼の危機探知能力は完全じゃないのですか」
「……めんぼくねぇ」


頭をかいて、申し訳なさそうにしていますが、それよりも早く戦闘態勢に入っていただきたい。
僕一人で相手しても問題ありませんが、それだと健二さんや祐一の目的の達成にはなりませんから。


「……御託は後、来る」
「その通りです、とりあえず迎撃してしまいましょう、この程度、余裕でしょう?」


敵を察知できたと同時に、皆さんは円陣を組み、互いが互いの背後を守れるような状況を作りました。
……戦略としては、及第点と言ったところでしょうか。


「さて、戦闘のついでに祐一に変わって講義でもしましょうか」


出てきたのは、ガルーダという中級程度の異形でした。
特徴としては、飛行能力があり、姿は神話のグリフォンに似ていますが、若干小型で機動性が高いと言うことでしょうか。
気配を小さくして近付いてくることや、群を成して行動するのは初めて知りましたが。


「おい、そんな悠長なこと言ってる場合か!」
「言ってる場合なんですよ、僕にとっては」


最初に目を潰したガルーダが、僕に狙いをつけているのか、無謀にも一匹で向かってきました。
講義の邪魔ですね……


「ガアアアア」
「五月蝿いですよ」


一瞬で抜刀し、双剣の片割れで、向かってきたガルーダの首を刎ねる。
時が止まったかのように首と胴が離れ、その後すぐに血が吹き出してきました。
まぁ、僕が相手をするのはこの一匹で十分でしょう。


「では、襲い掛かってきたら油断なく、そして皆さん迎撃しながら、聞いてください」
「さすがは相沢君の友達なだけあるわね……ムチャクチャ言ってくれるわ。栞、離れないでよ」
「わ、わかりました、お姉ちゃん」


大変素晴らしい姉妹愛かと思いますが、あまり距離を取りすぎるのはオススメできません。


「まず最初に、ガルーダの攻撃手段ですが、フェザーと呼ばれる翼手部分から射出される遠距離攻撃がメインとなります、ですから、接近戦を挑むようにしてください」
「早く言いなさいよ!!」
「……斬る」
「いきますよー!」


剣士としては上位の腕を持つ川澄さんと、その川澄さんの後ろに隠れるように倉田さんが突撃していきました。
勇猛果敢なのはいいことですが、その突撃癖はなんとかした方がいいかと常々思うんですがね。


「フェザーを防ぐには接近戦ですが、敵も接近戦対策は当然してあります。ガルーダ系の翼を持つ異形は空高く飛ぶことで、近距離物理攻撃の無効化を図ります、まずは足止めを第一としてください」


特殊な攻撃手段を持たない水瀬君や美坂君たち姉妹は、僕の言うことを聞いてくれたのか、魔法での牽制、その後近距離攻撃に移っていましたが、ここには予想外の存在がいました。


「……問題ない」
「ですよ〜!ライトニング・アロー!!
「どういう跳躍力をしているんですか……」


身体強化の魔法でも使ったのか、あり得ない飛距離を跳び、一閃で切り伏せてしまいました。
剣閃ですでに絶命寸前だったガルーダを、トドメとばかりに魔法で完全に吹き飛ばすオマケ付きで。
……とりあえず、この二人は大丈夫そうですから、他の方の援護にでも回りましょうか。


「ここは、北川君と、水瀬君ですか……」
「おい、見てないで援護くらいしてくれ!!」
「そーだよー、動きが早すぎて当たらないんだよー!」


機動性の高いガルーダに翻弄され、水瀬君は無駄に魔法を連発しているようですね……
若干息切れに似たような状態になりつつあります。
それにしても、人狼種のハーフである彼まで翻弄されているのはどういうことでしょうか……?


「水瀬君、落ち着いて見なさい……早いとは言っても所詮移動している時は一直線です」


確かにガルーダはグリフォンに比べると飛躍的に高い機動力を持っていますが、その代償として自由に動き回るという制空権のメリットが削られました。
直線スピードは確かにそれなりの速度がありますが、曲線の動作はそこまで速くない。


「落ち着いて、ガルーダが移動する方向に面状に魔法を放って、一箇所だけ手薄になる場所を作って上げてください」
「わ、わかったよ。いくよー、コルドブリット!!
「北川君、君は魔法の薄い箇所に突撃してください」
「おっしゃ、行くぜぇ!」


水瀬さんが魔法で作った面の攻撃、その攻撃が弱い部分を本能的に感じ取ったガルーダは迷わずそこに直進してきました。
……このガルーダの命運は、これでチェックメイトです。


王牙破砕撃!
「ガアアアア!!!」


耳障りな断末魔の叫びを残して、ガルーダは塵へと還りました。
水瀬君は秋子さんの娘なだけあり、保有魔力量は高いようだ。
そして、北川君の突撃時の加速は、さすがは人狼と言うところでしょうか。
さて、次は美坂君たち姉妹ですか。


「栞!右に攻撃魔法を打って!」
「わ、わかりました。水の力よ、形を成せ!!アクア・ブリット!!」
「っせい!!」


妹さんが牽制の役割をして、美坂君が攻撃なのは確かに前衛後衛がはっきりしていてわかりやすいんですが……
お互いがお互いを過信しすぎている感じが見受けられますね。


「お互いのフォローが甘いですね……もう少し相手がどうして欲しいか考えてから戦うべきでしょう」
「それが、できるなら……とっくに……やってるわ!!」
「えぅぅ……は、早くて追いつけません」
「追いつけないのは、敵だけを点として捕らえているからですよ、空間を面として認識していれば、自ずと移動箇所が読めるようになるはずですよ」


確かに、人間が三次元空間を一つの面として認識するのは多少難しいですが、これは訓練次第でどうとでもなるものです。


「点じゃなくて……面で……」
「えっと……そこです!アクア・ブリット!!


さすがに、学年が一つ下ですが主席を取っているだけありますね。
理解と共に、応用力が高いようです。
そして、妹さんも確実に同じ血を受け継いでいるということでしょう。
たった一言で、二人ともガルーダの動きの予測ができるようになってきているようです。


「ガァ!!」
「やああ!!」


妹さんの魔法でひるんだ異形は、次の瞬間には美坂君に引き裂かれ、断末魔をあげきる事無く塵と還りました。


「さて、皆さん撃退完了したようですし……一時的に反省会を始めましょうか」


とりあえず戦闘が終了し、各自回復や治療に当たっていたが、大体完了した頃を見計らって全員を呼び集めました。


「まだ道が長い上に、戦闘後のこの場に留まるのはよろしくないので、移動しながらの僕が気づいた点をお話しましょう」


戦闘後の空間とは、奇襲するならば、この上とない戦略ポイントとなります。
気が緩んだ一瞬のスキに、他の異形が襲ってくるなんていうのは珍しくありません。
よほど周囲の探知に自信があるか、もしくは強力な結界魔法でも発動できるのでしたら、その場にいても問題は少ないんですがね。
祐一達とはぐれている今、できるだけ先に進み、合流を目指した方が得策でしょう。


「まずはみなさん、よくできました……と言いたいところですが、僕から見た感想をまず言わせて頂きましょうか」


別に、説教するわけではないですよ。
あくまで、参考として聞いていただければ十分です。


「皆さん、個々人の力は大したモノです。ですが、連携がどうしても甘い……」


個人プレーでの強さは折り紙つきと評価してもいいのですが、どうしても連携と言う一面を含んだ瞬間、力がほぼ発揮されない状態になりました。
これでは、少しでも強力な異形が現れた時に対処が遅れるでしょう。


「学園じゃ、連携を組む授業なんてやってないから……どうしてもね」
「美坂君の言うことももっともです……今後生徒会の方から連携をカリキュラムに組み込むように進言しておきましょう」


戦闘職に付く人が大半というわけではないですが、これでは個人プレーに走り命を落す人が将来出るかもしれません。
そういったことを防ぐためにある学園なんですから、しっかりと指導していただきたいものです。


「あと、冷静さも足りません。何を焦っているのか、状況が見えていないように思えます」
「で、でも、冷静って言われても、戦闘中じゃ難しいよぉ」


おずおずと言った感じで、水瀬君が僕にそう言って来ました。
確かに、戦闘中に落ち着くのは難しいでしょう、命の危険があるのですから。


「戦闘中に大事なのは冷静さを失わないことです。ただし、冷静と冷酷は違いますから、そこを間違えないようにもしてください」
「えっと……どういうことかな?」
「そうですね……川澄さん、わかりますか?」


僕が全て答えたとして、それが彼らの力になるかと聞かれるとわからない。
答えは与えられるものではなく、自身が見つけ、糧としなくてはいけないのですから。


「……冷酷は、味方ですら犠牲にすることを厭わない気持ち、それは冷静ではなく、暴走」
「まぁそんなところですね、では冷静とはなんですか、妹さん」
「えぅ!私ですか!」


それぞれに話を振りかけると、指名された人は、歩きながらも云々と唸りながら考え込んでいます。
その間も、僕は周囲への警戒は怠らないようにしておかないと、祐一の大切な人たちを傷つけるのは、僕の本意ではありませんから。


「冷静っていうのは……相手の特性や弱点を見つけられるようにするってことですか?」
「そうですね……それもありますが、相手の情報だけではなく、味方の状態、それぞれの立ち位置、全てを頭に入れ、それを的確に運用できるようにすることです」
「でも、それって言うが易しってことにならないかしら?」
「そうですねぇ……佐祐理もそこまで自信はないです」


確かに、それだけの情報を考えながら行動していたら、恐らくその人はスキだらけになるでしょう。
ですが、そんな状態ではまだその人が冷静になれているということにはなりません。


「確かに、言うのは簡単です。ですが、この依頼で、最低でもその程度ができるようにはなってもらいます」
「そこまで出来るようになると思うか、俺たちが」
「できるできないではなく、すると言い換えても構いませんが?」


残念なことに、僕は祐一ほど甘くありません。
ですから、せいぜい祐一の大切な人たちが戦闘で傷つかないように、命を落さないように鍛え上げさせていただきます。
祐一と共に戦いたいという人がいるのなら、最低でもその程度こなせないなら半日も生き残れないでしょうから……


「祐一と合流できるまで、僕の知る知識を皆さんには実戦式で吸収していただきます」
「はぇ〜……久瀬さん、スパルタです」
「いえ、倉田さん……この程度スパルタでもなんでもありません」


実際に、健二さんや祐一、その他プロの一部、戦闘職の方は難なくできることです。
ですが、これを不可能と感じるような人たちならば、今からでも遅くありません、街に戻っていただきましょう。
わざわざ、命を散らせる危険を背負わせるわけにはいきませんから。


「さぁ、ここで帰るか、先に進むか……どちらを選びますか?」


先に進んだ人が、力を手に入れられるかどうか……
それは、貴方たち次第ですよ。





















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