実際に、健二さんや祐一、その他プロの一部、戦闘職の方は難なくできることです。
ですが、これを不可能と感じるような人たちならば、今からでも遅くありません、街に戻っていただきましょう。
わざわざ、命を散らせる危険を背負わせるわけにはいきませんから。


「さぁ、ここで帰るか、先に進むか……どちらを選びますか?」


先に進んだ人が、力を手に入れられるかどうか……
それは、貴方たち次第ですよ。









































―Side Chihiro Aizawa―


まったく、兄さんも久瀬さんも……
大抵のことは笑ってこなすか、あとは黙々とこなすような性格のくせに。


「実妹を忘れていくなんてどう思う?」
「……まぁ、祐一と隆ならしょうがないんじゃない?」


兄さん達が谷に落ちた後、とりあえず私は久瀬さんの方についていってたんだけど。
途中で、ミリアムが何かを見つけたので、そっちの方にずれた。
いや、そこで勝手に行動するのが悪いって言われたらそれまでな気がするけど。


「それでも!久瀬さんは気づいてくれてもいいと思うんだけどなぁ!!」
「まったく、我が侭な子に育っちゃったわねー」
「我が侭じゃないもん!っていうか、ミリアムが余計なこと言わなきゃ問題なかったんだよ!!」


そうよ、ミリアムがあっちになんかあるって言わなきゃ、あたしは普通に久瀬さんの方についてくだけで良かったのに!


「まぁまぁ、だって気になったんだから仕方ないでしょ?」
「気になるのは否定しないけど……」


そういえば、結局何を見つけたんだろうか。
ミリアムがそういうからには本当に特殊なものかもしれないけど……
でも、こんな異形山に落ちてるものって……何?


「薬草かなにか?」
「ん〜、この感じからすると、使い切りって感じじゃないわね、少なくとも」


使いきりじゃない物って何!
っていうか、ミリアムの言い方この頃兄さんに似てきたわね……
ワザと遠まわしに言ったりするようなところなんて特に。


「それはそれで面白い気もするけど、やっぱり祐一と同じってのはイヤね」
「こっちからしたら、兄さんが増えたみたいで疲れるわよ……」
「気にしない気にしない、あ、そこ右ね」


先導されるとおりに、歩いていくと、途中で空気が変わったような気がした。
……違う、これは空気が変わったんじゃない、違うものが混じったんだ。


「……腐敗臭だよね?」
「そうね、それもかなり時間が経っているようだけど……」


空気の変わった原因、それは腐敗臭だ。
あまり嗅ぎたくないけど、この匂いを頼りに先に進む。
先に進むにつれて、呼吸をするのも辛くなるような強烈なものに変わっていった。


「これは、人間にはキツそうね……」
「うん、ちょっと限界……空気よ、風よ、我に纏いて壁と成せ『エア・カーテン』


匂いを元に辿っていたから、使うのを我慢していた魔法。
このままだと、たどり着く前に倒れるような未来が予想できた。
……倒れるよりは魔法を使った方がいいよね。


「ま、匂いを辿らなくて、もうそれらしき物は見えてるわね」
「え?」
「ほら、あの先の白いの……あれじゃないかしら?」


そう言われた先を見ると、林の隙間に確かになにか白い巨大なものが見えた。
……あれは、一体なに?


「……これ、竜の死骸ね」


見上げた先にあったもの。
それは、白骨化した何かだった。
ところどころに腐肉がついているところを見ると、ここで息絶えたのかな。


「竜……?兄さんのバハムートと同じ?」
「バハムートとはちょっと違うわ。竜って言うのは……精霊界が生み出した最強の幻想種」


精霊界って……精霊王がいるところの世界のことよね?
その世界が生み出した?最強の幻想種?
精霊界は精霊以外にもいるってこと?


「精霊界も、精霊だけが住んでいるわけじゃなくてね、当然煉獄の馬鹿な子が精霊界(そっち)に侵攻することもあるのよ」
「もしかして……」
「そう、その時に精霊界を守る守護者……それが竜よ」


じゃぁ、なんでその竜が精霊界じゃない、この人間界で朽ち果てているんだろう?
精霊界を守っているんだったら、この場にいる事っておかしいじゃない。


「……さすがに人間界(こっち)に来た理由はわからないけど、恐らく死因は魔力不足ね」
「精霊界や煉獄に比べて、こっちの魔力は薄いから?」
「体を維持するには相応の魔力が必要だったでしょうに……」


きっと、身体を維持するだけの魔力も集められなくて……
襲ってくる異形もいたからそれを撃退するために魔力を使って。
命を繋げていられなかったんだね。
……目を瞑り、目の前に朽ちた竜へと黙祷を捧げる。
きっと辛かったよね、苦しかったよね……


「……千尋、竜骸の下」
「……え?」


黙祷を捧げ終えた後、目を開いたときにミリアムがそう言った。
言われた方を探してみると、竜の骨の下に何か丸いものが見えた。
……あれって、卵……だよね?


「……えっと、生きてるのかな?」
「さぁ……?」


見ているだけじゃ卵が生きているか死んでいるかなんてわからないよね。
とりあえず、近付いてみて、心の中でごめんなさいをしながら骨の下から引っ張り出す。


「……生きてる」


抱いた卵は……暖かかった。


「……位置的に、守ってたのかもしれないわね。それを」
「かな……ここから動かなかったのは魔力不足だけじゃなかったみたいだね」
「子供を守るために、自分の命も犠牲にすることを厭わない……どこの世界も親は強いって事かしら」


卵を守るために、ここから動かなかったのなら……
この竜の意思を……継いで上げたいと思った。


「ねぇ、ミリアム……」
「ま、言わなくてもわかるわよ……でも竜なんて育てたことないわよ、私」


それはあたしも同じだよ。
そもそもバハムート以外の竜なんて初めて見たんだから。


「人間界で生まれた卵なら……もしかすると人間界の魔力に適応してる可能性があるわね」
「そういうもんなの?」
「だって、この竜の身体に比べて、この卵、小さくない?」


言われて見れば、確かに見える竜の骨からすると、この卵は小さすぎるような気もする。
でも、そういうもんなのかなぁ?


「とりあえず、この卵は持ってこ、久瀬さんに聞けばわかるかもしれないし」
「……隆はいつからベビーシッターを兼業したのかしら」
「だって久瀬さんって物知りだし」


卵をしっかりと両手で抱え、落さないようにする。


「竜さん、子供はあたしが責任持って育てるから……安心して眠ってね」


そう竜の死骸に声をかけ、頭を下げる。
白骨化してしまった竜を埋葬してあげることはできない。
だけど、せめて……子供を心配することなくゆっくりと眠れるように。


「千尋!?」
「……え?」


ミリアムの驚いた声に顔を上げる。
そこにある光景は、まさに精霊界が生んだ幻想と言えるものだった。


「竜が……光の粒子に変わってる?」


竜の骨が、端から徐々にだが、光の粒子となって風に乗って消えていっていた。
まるで、自分の役目を終えたのを知ったかのように。


「本当に……卵を守っていたのね……」
「綺麗……」


少しずつ消えていく。
そして、最後まで残っていた部分が消える時、光の粒子の動きが変わった。


「……え、え?」


卵の方に光が飛んでくると、そのまま卵に吸収されるかのように、同化した。
吸収され終わったと同時に、卵の中の気配が、大きくなった。
大きくなっただけじゃない、殻にヒビが入り、割れる!?


「千尋!」
「わ、わ!」


パリパリという音と共に、殻が破られる。
産まれるにしても、あんなにでっかいのが産まれてきたらあたしつぶれちゃうよ!?
だからと言って、手を離すわけにもいかず、そのまま持ってアワアワとしていると。


「キュー」


中から出てきたのは、白い体躯に翼を持った……小さな竜だった。


「……へ?」
「あら、可愛い」
「キュ?」


えーっと……?


「キュー」
「わ!」


目の前にいる、生まれたての白い竜。
その子が小さな翼で羽ばたくと、あたしの首に巻きついてきた。
あ、予想より柔らかい……


「懐かれたわね、千尋……っていうか、これってもしかしなくても刷り込みかしら?」
「刷り込みって……あの鳥とかの?」
「多分ね、目の前にいるの千尋だけだもの」


確かにミリアムはあたしから出てきてないし……
この小さな竜の前にいるのはあたしだけなんだけど……


「別に懐かれても問題ないでしょ、育てるって言ってたし」
「それはそうなんだけど……」
「キュー?」


相変わらず首に巻きついている竜を見る。
視線が合うと、竜は小さく首を傾げた。
……あ、ちょっと可愛い。


「とりあえず、名前でも付けてあげたら?」
「キュー」


頭を撫でてあげると、嬉しそうに目を細めてくれる。
あぁ、なんか和むなぁこの子。


「……名前かぁ……白い竜だから白竜とか?」
「祐一のこと、馬鹿にできなくなるわよ、そんなこと言ってると……」
「う……それを言われると……」


でも、そんなに突然考えろっていわれても、思いつかないよぉ。
うーん……とりあえず、今は白竜で、後で落ち着いたらちゃんとした名前考えてあげようかな。


「ってことで、とりあえずは白竜ね。家に帰ったらちゃんとした名前考えてあげる」
「キュー」
「……どんな名前を思いつくのかしらね」


兄さんみたいなセンスの名前じゃなくて、ちゃんとした名前考えるから大丈夫よ。
だからミリアム、そんなニヤニヤした感じで見てるんじゃないわよ。


「それじゃ、とりあえず隆たちと合流するようにしましょうか?」
「うん、そうだね。行くよ、白竜」
「キュゥ」


さてさて、みんなの所に追いつくまで、あんまり戦闘がないといいなぁ……
一人で戦うのって、めんどくさいんだよね。


「それじゃぁ、ひとっ走りしますかぁ!」
「キュー!」





















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