「それじゃ、とりあえず隆たちと合流するようにしましょうか?」
「うん、そうだね。行くよ、白竜」
「キュゥ」


さてさて、みんなの所に追いつくまで、あんまり戦闘がないといいなぁ……
一人で戦うのって、めんどくさいんだよね。


「それじゃぁ、ひとっ走りしますかぁ!」
「キュー!」









































―Side Jun Kitagawa―


このままじゃいけない。
それは解っている、でも、一体俺は何をやっているんだ。
久瀬に言われた言葉が、俺の頭の中で何回も回っている。


――――人狼の危機探知能力は完全じゃないのですか


確かに俺は相沢の拷問というなの特訓である程度、隠してきた人狼としての力を取り戻した。
……いや、取り戻したつもりだったんだ。
本来、戦闘の勘というのは、実戦でのみ習得できる。


「……本当に、このままじゃいられねぇよな」


誰でも手に入れる事がかのうな一種の奥義だ。
だからこそ、野生と言う世界から程遠い俺にはそれが圧倒的に足りていない。
久瀬たちと行動している今、俺にそれが手に入るんだろうか。


「さて……行軍も一旦休憩にしましょうか」
「あら、あたし達はまだ平気よ?」


久瀬が休憩を提案した所、すかさず美坂がそれを否定した。
だけど久瀬はそれを聞かず、周りの草を切り払って座れるスペースを作っていた。


「ちょっと、久瀬君?」
「美坂君が平気なのはなんとなくわかりますが、妹さんの方はそうもいかないようですが?」


そういって指差した方では、すこしだけ息が上がり始めている栞ちゃんがいた。


「栞!?」
「だ、大丈夫です……ただ、ちょっと疲れちゃいました」


確かに、このまま進んでいたら途中で栞ちゃんは限界を迎えたかもしれない。
だからこそ、久瀬は美坂の一言を聞かず、休憩の準備を始めたのか……


「ですが、休憩する上で問題があります」


相変わらず、俺たちに講義するかのような口調で話す久瀬。
しかし、言っていることは確かだ。
ここは何を言うのか聞いて見ようと思った。


「いつ襲撃があるかわからない以上、見張りの役割をする人材が必要です」


確かに、ここは異形が大量に住んでいることで有名な異形山だ。
休憩する以上、そういった警戒は必要ってことか。


「そこで……北川君、君が回りの偵察に行ってください」
「おう……って、俺ぇ!?」
「半人狼状態になれるのなら、少なくとも同等の速度は出せるでしょう?」


や、そりゃあ人狼の力持ってるから、それなりの速度は出せる自信があるけどよ。
でも、さすがに俺一人で行けるほど自信はねぇぞ。


「でもよ……」


そう言い淀んだ瞬間、久瀬の姿がブレた(・・・)
気づけば久瀬は、俺の目の前にいて、俺は首元を捕まれて持ち上げられていた。


「言ったでしょう……僕は祐一ほど甘くないと……」
「ぐっ……」
「久瀬さん!?」


倉田先輩や他のみんなが久瀬を止めようと近付いてきた。
だが、それは川澄先輩によって止められていた。


「舞!?」
「川澄先輩……?」
「……久瀬に、任せて」


なんで……止めるんだよ、川澄先輩。
そんな思いを持ったが、それを口に出す前に久瀬の言葉が俺に届いた。


「それに、今、君は僕の姿をおぼろげながらも見えていた。違いますか?」
「……それは」


そう、ブレたように見えたのは、人間としての俺の視点だ。
人狼としての俺の力は、久瀬がこっちの方に向かってくるのを解っていた。
……解っていながら、俺は動けなかった。


「君は、人狼としての力を使いきれていない……むしろ、今も恐れている」
「……そんなこと」
「ない、とは言わせません」


有無を言わせぬ目が、俺の前にあった。


「確かに君は受け入れられた、ですが受け入れてくれたのは、結局は他人なんですよ」
「……黙れ」


そんなこと、わかっている。


「自分の力を信じられないようならば、その力は結局持て余し続けるだけです」
「……黙れよ」


今だって、みんなに受け入れられて嬉しい俺と感じている俺。
だけど、自分の力を出し切るのを不安に感じている俺がいる。


「自分が信じられない力で、誰かを守れるとでも?だとしたら、それは大した自惚れだ」
「……うるせぇ」


過去に会ったフェンリルのように、人狼は本来凶暴性が高い。
だからこそ、俺は自分の力を限界以上に使った時、その力に呑まれる事を恐れている。


「……誰かを……守りたい人物を、その手にかけることを怯えている」
「五月蝿い!!」


我慢できなくなって、俺を掴んでいた久瀬の手を弾く。


「お前に俺の何が解る!人狼の凶暴性に怯えながら、その力を物にしようとしている俺の何が!!」


弾かれた手を見ることなく、俺を見続ける久瀬。
その目が、俺の悩みを知っているとでも言いたげに見えて、語気が荒くなる。
そう、俺のこの辛さを知るはずがないんだ。


「……わからないはず、ないでしょう。僕も祐一も……闇に生き(さげすまれ)てきた人間なんですから」


だが、その久瀬の言葉を聞いた瞬間、俺を不安に与えていた何かが、崩れた。


「君のその守りたいと思った気持ちは、人狼の凶暴性に呑みこまれる程度ではないのでしょう?」
「…………」
「だからこそ、力を求めてこの依頼について来た。そうでしょう?」


ゆっくりと、俺の肩に置かれる、久瀬の手。


「それに、今この場で、君が力に呑まれようと、彼女達がそう簡単にやられるように見えますか?」


そう言って、久瀬は苦笑した。
確かに、俺が人狼としての力に飲まれたら…… ……あっさり、川澄先輩や倉田先輩、そして美坂にボコられそうだ。


「だから、君はこの依頼の中で、自分の力を最大限に使えるようにならなければいけない」


確かに、人狼の力を完全に使えれば、川澄先輩以上の速度で動くことだってできる。
さっきの久瀬の行動だって、見えていたと思う。
力を物にする為の、力を使う必然性、それは修行以外には、実戦しかない。


「……そのための」
「そう、一人で周囲の警戒を任せるんです。それに人狼とは鼻がきくでしょう?」


馬鹿な俺でも、警戒を任された理由は、少なからず納得できる。
でも何故、久瀬が嗅覚の話題を出してきたのかがわからない。


「まぁ……他のヤツよりは」
「先ほど移動中に気づいたのですが、どうやら千尋君が別行動しているようなのでね」
「――――っ!そういえば!?」


途中から、誰か足りないような気はしていた。
でもそれは相沢達のことだと思って、勝手に結論付けていた。


「美坂!お前達は気づいていたのか?」
「……全然、相沢君たちの方で気を取られて気づいてなかったわ」
「はえー……千尋さん、いつの間に別行動を取ってたんでしょうか」


みんな、千尋ちゃんが別行動を取っていたことに気づいていなかったらしい。
そりゃそうだ、久瀬がさっき気づいたくらいだ。
俺たちが気づける方がすごいってことか……


「その捜索を含めたからこそ、君に任せるんですよ」
「俺の鼻で千尋ちゃんを探せって事か」
「その通り、人狼形態になってしまえば力の制御、千尋君の捜索の両方ができるでしょう?」


俺は、任されたのか。
美坂たちが安心して休めるように、そして千尋ちゃんがちゃんと合流できるように。
その気になれば、久瀬がそれをやることだって可能なはずなのに。
その大事な仕事を、俺に。


「君が思っているであろう通り、僕が行くことも可能です」
「……でも、それじゃあ」
「そう、君はいつまでも力に怯えるだけでしょう」


気づけば、久瀬の言い方は、まるで弟に接するような感じだった。
……一人っ子で、兄貴なんていなかったから、妙な感じだな。


「こちらは僕が責任を持って守りましょう。……だから、行って来なさい」
「……しゃーねぇな、そんな風に言われたら、行くしかねぇじゃねぇか」


久瀬がそう言った以上、こいつはみんなを守ってくれるだろう。
なら、俺は俺で、力を物にする為に……
守りたいと思った存在を守れる力を手に入れる為に、この程度の事、やってやろうじゃねぇか。


「……北川君、あたしも行きましょうか?」


そう気持ちを高ぶらせたとき、美坂が俺に言ってきた。
確かに、美坂が来たら戦いは楽になるかもしれない。
でも、いざというとき美坂を守れるとは限らない。


「いや、俺一人で行く」
「でも……」
「大丈夫だって、相沢や久瀬に出来て、俺だけが力に呑まれるなんてそんなバカなことねぇよな」


不敵な笑いを見せて、美坂と久瀬のほうを見てやる。
その表情を見た久瀬は、また苦笑混じりに言ってのけた。


「ええ、君も祐一に負けず劣らずの馬鹿だ、その程度の事、笑ってやってみなさい」
「ケッ、相沢に似て口の悪い野郎だ」
「君も、大概でしょう?」
「……違いねぇ」


美坂は、まだ何かを言いたそうな表情をしていた。
だけど、これ以上何を言っても無駄だと悟ったんだろう、俺の方に近付いてきた。


「途中で死んだりしたら、地獄でもう一度殺すわよ?」
「おぉ、こわ。精々そうならないようにするさ」
「なら、しっかり行って来なさい!」


バシン、と俺の背中をはたく。


「死なないでよ……」


不意打ちで涙が出そうなくらい痛かった。
だけど、その直後に囁かれた言葉……
その言葉だけで、俺の身体に力が漲ってくるような気がした。


「あぁ、それじゃ……行って来るぜ」


みんなを見回してみると、しっかりと頷いてくれる。
そうだ、俺が人狼の力なんかに負けるはずがねぇ。
みんながいる、守りたい存在(美坂)がいる。
それが、何よりも俺を強く支えてくれる。


「頼みましたよ」


久瀬が代表するかのように、声をかけてきた。
それに頷いて答え、俺は自分の力を解放する。


「我が内に眠りし力、其の全てを解放し顕現する『プロテクト・オール・リリース』」


解放と同時に襲い掛かる人狼としての本能。
全てを砕き、破壊し、滅ぼせと語りかけてくる。


「ぐっ……」


徐々に内側から押しつぶされそうになった時、美坂の声が聞こえた。


「……北川君!」


そうだ……俺は、みんなを……美坂を守る!
そう、あの日誓ったんだよ!!


「うおおおおおおお!!!!」


誓いを込め、魂を乗せた、俺の叫び。
破壊だけなんてそんなちっぽけな本能に、この俺の想いが負けてたまるか!!
その気迫に屈服するかのように、徐々に鮮明になっていく俺の感覚。
五感の全てが、完全に自分の手中に治まって行く。


「……サンキューな、美坂」


お前の声が聞こえたから、俺は、誓いを思い出せた。
やっぱり、お前は俺が惚れた女だよ。
そして、俺は頼まれたことを実行するために、力を込めて空へ飛び上がった。


「……もう、これで君は大丈夫だ」


飛び上がる直前、久瀬のそんな呟きが聞こえたような気がした。
……感謝するぜ、お前にも相沢にも。
俺に、本当の力をくれたことを。





















={Return to KANON SS}=