……自信、なくなってきたよぅ。
再び出来上がったご飯もどきを前にして、ボクの決意は早くも崩れそうになった。


「もうちょっとなのよね」
「……頑張るもん」


こんな調子でやってて、本当にボクは名雪さん以上の魔法使いになれるんだろうか。
……今は、秋子さんを信じて頑張ってみよう。
なんとか、なるよね。









































―Side Yuuichi Aizawa―


「身体の調子は、大丈夫なのか?」
「うん、もう全然。逆に調子が良いくらい」


生死の境を彷徨って、そこから帰ってこれた真琴。
だが、俺が与えたロスト・ピースがまずかったのか、真琴の身体に少なからず影響が出ていた。


「それにしても、綺麗な色ですね……」
「えへへ、祐一とおそろいになったのよぅ」
「……それで済ませていいのか?」


金色の髪は銀色に、空色の瞳は金色に変わっていた。
表面上の変化と言ってしまえばそれまでだが、前の綺麗な髪の色が変わってしまったのは惜しいと思った。


「真琴がいいって言ってるんだからいいのよ!」
「ま、それもそうだな」


もう少し、真琴の様子をしっかり調べて見たいが、残念ながらそうも言ってられない。
魔法による地震、サイクロプスと真琴の血のニオイに引かれてそれなりの量の異形が接近してきている。
俺単体で殲滅は可能だが、また真琴たちを危険な目に合わせるわけにはいかない。


「真琴の身体を詳しく調べるのは後にして……移動するぞ」
「あぅ?」
「そうですね、これ以上ここにいても敵に襲われるだけでしょうし」


さすがに天野は状況把握が早いな。
真琴とのコンビがいい感じになるのも頷ける。


「そういうこと」
「わかったよぅ」


みんながいる方も心配ではあるけど、今、俺ができるのは真琴たちを守る事だ。
散漫な意識は自分も危険に晒す可能性がある。
だからこそ、今は切り替えて先へ進むことだけを考えよう。


「それにしても、なんかすっかり俺と似たような感じになっちまって……」


とりあえず山頂の方へ向けて、俺は後ろを警戒するために2人より後ろを歩いていたんだが。
真琴の銀髪が、どうにも目に付いてついつい呟いてしまった。


「ん、祐一今何か言った?」
「いんや、なんも。それより後ろ見ながら歩いてないで前を見ろ。転ぶぞ」
「転ばないわよ!」


俺の言葉に面白いくらいに反応して、前を向き直る真琴。


「……来るな」
「……っ!」


向き直ったと同時に、再び人あらざる者の気配が、どんどんこっちに向かって来るのを感じた。
それにしても……かなり探知範囲を広げてあるのに、今、同時に真琴は反応したよな……?


「真琴、今お前……?」
「……中級が1体に、下級が5体……猟犬(ハウンドウルフ)タイプのようね」


俺でも、近づいてくる気配を判断するのが精一杯なのに、数と種類まで言った。
……身体の変化だけじゃなく、中まで変化しているのか?


「真琴、天野……下がってろ、出てきた瞬間吹き飛ばす」
「はい……すみません……」


どの程度能力に影響が出ているかわからない真琴や、真琴の回復のために力を使い続けていた天野に戦わせるのは危険だ。
そう考えて、戦闘なんて物をこなさずに、先手必勝で吹き飛ばそうとした。


「祐一、ワタシがやるわ」
「え……あ、おぃ!?」
「真琴!?」


2人の前に立って、魔法を詠唱しようとしたところで、何故か真琴が隣に立っていた。


「まだお前の能力の影響がわかってないんだ、今は俺に任せろ」
「真琴、相沢さんには申し訳ありませんが、今はまだ休みましょう」


そう言っても引かず、俺の隣で、異形が来るであろう方向を睨み続けていた。
なんだ……雰囲気が、いつもの明るい真琴とは、違う?


「大丈夫、ワタシには何の影響もないわ」
「……お前、言葉使いが?」


俺が感じた違和感の原因がわかった。
真琴は普段自分の事を『真琴』という、それなのに今は『ワタシ』と言った。


「祐一がくれた生きる道筋、そこで真琴はワタシに会った」
「……『ワタシ』?」


俺があげたものと言えば、ロスト・ピースしか考えられない。
……話には聞いていたが、前世の自分と本当に対面したっていうのか?


「前世って、ワタシは言ってた。玉藻御前の力の記憶って」
「玉藻だって!?」
「相沢さん、玉藻御前とは……?」


それが本当だとしたら、真琴の潜在能力はとてつもないものじゃないか。
俺の驚きとは別に、天野は知らなかったのか、俺に問いかけてきた。


「……いわゆる伝説上の大妖だ、実在していたのも驚きだが、力だけなら俺の中のルシファーに匹敵するはずだ」
「相沢さんと契約した異形と同レベルなんですか!?」


実際、ルシファーと玉藻が戦った場合、どちらが勝つかはわからない。
もしそんなことが起きれば、その戦闘の余波で、近くの街は吹き飛ぶだろう。


「……まさか真琴がその生まれ変わりだとはな」


もうすぐそこまで、異形の気配は近づいていた。
だが、そんなことを気にすることはなく、俺は真琴の行動に目を光らせていた。
そして、右手をかざすと同時に、その方向から異形が飛び出してきた。


「……吹き飛びなさい……蒼狐炎(そうこえん)・斜陽


数も、種類も、本当に言ったとおりだった……
飛び掛ってくる異形に対して、怯む事もなく淡々と呪文を詠唱した。


「っ!?」


呪文が発動する一瞬、とてつもない高温な火球が真琴の手に現れた。
その温度の高さに、余波の危険を感じた俺は、天野を引き寄せ、防御魔法を無詠唱で展開した。


「……あれ?」


だが、予想に反して、その火球は俺や天野、周りの植物に一切の影響を与える事無く、異形だけを焼き尽くした。
断末魔どころか、灰すら残さないのか……


「力は、その使い手の思いに答えるだけ……ホントだね、もう1人の『ワタシ』」
「真琴、お前に影響は!?」


アレだけの火球を俺が生み出したとしたら、同時に防御魔法を展開しなければ自分にも被害が及ぶ。
そう考えて、真琴の手を取って調べてみると、火傷はおろか、汚れすらついていなかった。


「大丈夫だよ、祐一。ワタシの力は真琴を傷つけたりしない」
「……そう、か」


今になって、ようやく真琴の変化の意味がわかった。
簡単に言ってしまえば、俺と同じなんだ。
強大な力を持つルシファーと契約することで、力を得た俺。
過去の自分と会うことによって、その可能性を引き出した真琴。


「……おつかれさん」
「あぅー」


見た目や、力は変わっても真琴は真琴だ。
それだけは、俺と同じで変わらないんだろう。
そうじゃなかったら、今こうやって頭を撫でて、いつも通りの反応なんてするはずないんだから。


「まるで、相沢さんのようですね」


ぐりぐりと、真琴の頭を撫で回していると、天野がそう呟いた。


「……は?」
「あぅ?」


なぜそんな事を言ったのかわからなかったから、天野の方を変な声を出して見てしまった。
そんな俺に釣られて、真琴も天野の方を見る。
その行動がおかしかったのか、天野はくすくすと笑いながら俺たちの方を見ていた。


「いえ、髪の色といい、その能力といい。まるで相沢さんが増えたかのように感じたもので」
「あぅ?真琴、祐一みたい?」


天野の台詞が嬉しかったのか、真琴は尻尾があれば振っているかのように聞き返していた。
そんな真琴を撫でながら、天野が優しい笑顔で答えていた。


「えぇ、とても良いパートナーのようですよ」


パートナーと言う言葉に、俺は2人に気づかれないように動揺した。


「やったぁ!」


人として、過ぎた力を持ちすぎた俺……
その力のせいで迫害されることも少なくなかった。
そんな俺と同等に近い力を持ってしまった真琴。


「祐一、祐一。真琴パートナーみたいだって!」


真琴も、このままだと俺と同じく迫害されるのではないだろうか。
そんな危惧が、俺の中で生まれてしまった。


「相沢さん」


ただ、無邪気に喜ぶ真琴を前にして、俺はどういう表情を取ればいいのかわからなくなった。
そんな俺に気づいたのか、天野が声をかけてきた。


「っ!……なんだ、天野」


できるだけ、平静を装って返事をしようとしたが、多少反応が遅れてしまった。
だが、それを気にした様子も無く、天野は俺の方をじっと見続けていた。


「相沢さんの危惧する事も、理解できますが……大丈夫ですよ」
「…………」


いったい、何が大丈夫なんだろうか。
最初は友好的に接してきてくれた人たちが、俺の力を見て追い出そうとしてきた事だってある。
どうなるかわからないこの世界で、何が大丈夫と言えるんだろうか……


「あぅ?」
「私たちは、相沢さんを恐れませんでした……それと同じで、真琴を恐れる理由がありますか?」


まるで聖母の様な眼差しで、俺と真琴を見る天野。
俺の中の危惧が、ゆっくりと消えていくように感じた。


「真琴は肉まんが好きで、漫画が好きで……私に懐いてくれている真琴に変わりがありませんよ」
「……つくづく、お前に真琴を預けたのは間違いじゃないって思えるよ」


最初、妖狐であることを教えたときも、天野は優しい表情のまま預かると言ってくれた。
その時と、全然変わってないんだな、この2人の関係は。


「それは光栄です」
「あぅー、祐一のバカー!」


改めて、心の中で感謝していると、なぜか真琴に足を思いっきり蹴られた。


「いてっ、なんだよ!」
「美汐とばっかり話してないで真琴をほめなさいよぅ!」


どうやら、俺が天野とばかり話している事が気に入らなかったらしい。
……はは、やっぱりこいつは真琴だな。


「悪い悪い、それじゃぁ、先に進むか」
「あぅー」


また、ぐりぐりと頭を撫で回してやると、目を細めて気持ちよさそうな顔をする。


「そうですね、急がないとあちらの方も気になりますし」
「久瀬や舞がついてるから、早々負けることはないとは思うけどな」


とは言っても、この森の中だとさすがにどっちにみんながいるかわかりづらいな。
俺の気配察知でも、みんながいる方向がいまいち掴めないし……


「そうだ、真琴。みんながいる方向、わかるか?」
「んーっと……あっちの方からみんなの気配がするわ」


周りを見渡した真琴が、みんながいるであろう方向を指差した。
試してみるつもりだったが、どうやら気配察知は、俺以上みたいだな。


「なら、行って見るか」
「えぇ、参りましょう」
「戦闘はワタシがする、祐一と美汐は休んでていいわよ」


……とりあえず、真琴のこの喋り方の変化には慣れないといけないな。
戦いが関係するときは、どうやら前世の方に近くなるみたいだし。
そう考えていると、気づけば真琴の顔が俺に触れるくらい近くにあった。


「ワタシは、これからも貴方と一緒に」


そして、俺の耳元で囁かれた言葉と、頬に触れる暖かな感触。


「なっ!」
「ほら、美汐、行こう!」
「あ、待ってください。真琴」


それだけ言い残して、まだ呆然とする俺を置いて天野を連れて先に行ってしまった。


「……参ったな」


どうやら、俺には本当に力強いパートナーが出来たみたいだ。
喜んでいいんだろうけど……
そんな事考えたこともなかったから、どう反応していいのかわからないな。


「待てよ、真琴、天野!!」


とりあえず、この依頼を終えたら、少しだけ真面目に考えてみようと思う。
俺の気持ちも、真琴の気持ちも。
















あとがきっぽぃもの


ヒロイン、確定。


初書き 2008/01/26
公 開 2008/01/28



={Return to KANON SS}=