北川さんの口から出てきたのは、まさに、人狼としての存在を納得させる咆哮だった。
……ようするに、ものすごい馬鹿でかい声を、私の周りに向かって叫んだのだ。


「耳がいたーい!!」


当然、耳を塞ぐ余裕の無かった私は、それを直撃したわけなんだけど……
北川さん……恨むよ。









































―Side Jun Kitagawa―


俺の咆哮を聞いた後、どうやら千尋ちゃんは耳が痛くなったらしい。
そりゃあ、手加減無しの咆哮だったから、そうなるのも仕方がない。


「うぅ……耳がビリビリする……アレ?」


でも、その手加減無しのおかげでレイスの姿は予定通り見えるようになった。


「お、成功したらしいな……聞いてただけだったから、できるかわからなかったんだが」
「え、何したの!?」


相手が見えるようになった以上、千尋ちゃんが回避に専念する必要がなくなったわけだ。
答えるてもいいけど、こいつらを片付けるのが先決だろう。


「とりあえず、教えるのはそいつら片付けた後ね」
「それもそうだね……さぁ、お礼をしてあげるんだから!!」


姿が見えた後は容易いもので、千尋ちゃんも余裕を持ってレイスを殲滅した。
そして、確実に殲滅が終わったのを確認した後、千尋ちゃんが寄ってきた。


「それで、北川さんは何をしたの?」
「えーっと、俺の爺さんに聞いた技なんだけど……」


人狼って種族は、一応『闇』属性の扱いをされている。
でも、その中には亜種と呼ばれる特殊な存在がいるらしい。
その亜種が使える技は、『闇』属性以外の効果があるそれぞれの特殊能力がある。


「で、俺が過去に契約した人狼が使えたのが、今のってわけだ」


俺が契約した人狼、それは反属性を有する『聖』属性の力を使用できる亜種だった。
まぁ、出会い方はめちゃくちゃアホっぽかったんだけど……
人に手を貸す異形ってのは、どうやらひょうきんなのが多いらしいな。
相沢と契約したルシファーがひょうきんって言えるか微妙だけど……


「じゃぁ、あの咆哮は……」
「あぁ、一応あれだけは『聖』属性って扱いになるかな」


爺さんから話を聞いた時は、半信半疑だった。
でも、今の効果を見る以上本当に効果はあるらしい。
うまく使えば、効果を増強したりできるかもしれないな。


「……さて、さっきの咆哮で他のが来ても厄介だしそろそろ合流しよう」
「あ……忘れてた」


千尋ちゃんを見つけた以上、このままこの場にいる必要なんてものはない。
そう思って移動を促すと、千尋ちゃんは何かを思い出したかのように言った。


「北川さん、ちょっと向こう向いてて。こっち見たら……ちぎるよ?」


何をちぎられるのかわからなかったが、ものすごく男の尊厳に関わるような気がした。
……いや、むしろ早々に行動に移らねば、相沢の妹だ、本当にやりかねん。


「……わかった」


言われたとおり、千尋ちゃんに背を向ける。
俺の力が安定するようになってから、意識を向ける範囲も自分で選べるようになった。
その意識の範囲から、千尋ちゃんの周囲を除外しておく。


「……いいよ、出といで白竜」
「キュー」
「……りゅう?」


なにやら、後ろからものすごい単語が聞こえたような気がする。
りゅう……考えられるのは、竜……しかないよな?


「も、いいよ」
「……それ、本物?」


許可が出たので、千尋ちゃんの方を向いてみれば、そこにはホントにちびっこい竜がいた。
いや、実物を見たことがないから、確証はないんだが。
それでも神話や教科書に載ってるような姿をしていた。


「キュー」
「うわ、鳴いた!」
「いや、そりゃ本物だから鳴くよ」


うわー、すげぇ、竜なんて俺初めて見たよ!
そんな感動に包まれている俺に、千尋ちゃんはなかなかに無情な一言を告げた。


「どうやら、異形はこの子を狙って襲ってくるみたいなの」
「……は?」
「竜に関わる不死身の神話、聞いたことあるでしょう?」


千尋ちゃんの口を借りたミリアムが、そう言ってきたので、ない頭を搾り出す。
……確かにそんな神話を授業で聞いたような覚えがあるな。
夢の世界に足を踏み入れかけてたからものすごく曖昧だけど。


「……なら、なおさら早々にここから逃げて合流する方がいいな」
「そうしたいのは山々なんだけど……さっきからずっと戦いっぱなしでさすがに疲れたよ」


実際、山に入った時と比べて、千尋ちゃんは疲れているように見えた。
……なるほど、この子竜に会ってから、襲われ続けてたって所か。


「おい、ちびっこ」
「キュ?」


子竜に向かって声をかけると、しっかり俺の言葉を理解しているらしく、首をかしげた。
なるほど、人語はある程度理解できるものと考えてもよさそうだ。


「今から結構早い速度で移動するけど、耐えれるか?」
「キュー」


竜とは言え、動物に話しかける変な男と見られなければいいんだが……
そんな余計な事を考えている俺とは裏腹に、子竜は長い首を縦に振ったように見えた。


「うし、いい返事だ」
「北川さん、速い速度って……今の私じゃ結構辛いよ?」


別に千尋ちゃんに走らせるつもりはなかった。
だが、その事をまだ伝えてないからか、横からそう声をかけてきた。


「辛そうなのはわかるからね。ほら、乗って」


俺はハーフ状態から人狼状態になると、千尋ちゃんにその背中を向けた。
人狼状態なら四足走行も可能だから、上に乗って貰えばいいだろう。


「うわ……なんか妙な感じ」


おずおずと言った感じで、俺の上に跨った千尋ちゃんが、そうこぼした。


「……言わないでくれ、俺自身そう思ってる」


小さな頃、近所のガキんちょにお馬さんごっこってのをやらされたが……
まさかこの年になって似たような感覚に陥るとは思わなかった。
……人助けだと思って、諦めよう。


「しっかり掴まっててくれよ」
「あ、うん。白竜、しっかりくっついててね」
「キュー」


千尋ちゃんが、しっかりと俺のたてがみを掴んだ感覚を感じ取り、四肢に力を込める。


「行くぞ、振り落とされないようにな!」


そして、俺はその込めた力を一気に解放した。
ゼロから一気にトップスピードまで。
まるで周りの世界を置いてきたかのような感覚に陥る程の急加速。


「わきゃ!」
「キュー!」


走り出したその瞬間、千尋ちゃんの驚いた声と、子竜の嬉しそうな鳴き声が聞こえた気がした。
……この子竜、すげぇ肝が据わってるな。


「……見つけた!」


向かってくる異形を人狼の最速を持って置き去りにしていく。
このスピードについてこれるのは、同じ人狼種かそれに順ずるモノくらいだろうよ。


「ご苦労様でした、無事に戻ってこられたようですね」


千尋ちゃんを乗せたまま、暫く走り無事に久瀬たちに合流することができた。
まるで俺が来るのが分かっていたかのように、久瀬が平然と言ってのけた。


「あぁ、オマケがついてきてるけどな」


千尋ちゃんが俺の背中から降りたのを確認した後、ハーフ状態に戻る。
初めて、本当の全力疾走ってのをやった割りに、身体は軽いな。


「オマケ……ですか?」
「あぁ、千尋ちゃんが連れてる、アレ」


そう言って、千尋ちゃんの方を指差す。
正確には、千尋ちゃんの首に巻きついている子竜を。


「……竜ですか。幻想種は僕も始めて見ますね」
「すぐわかるあたり、本当に始めてか疑わしいけどな」


竜を見た瞬間に言ってのけたこいつに、ドンだけ知識の宝庫だと突っ込みを入れたくなった。
それをとりあえず飲み込んで、千尋ちゃん達の方を見直すと。


「わ、ちっちゃくて可愛いよぉ」
「……意外に、柔らかいのね」
「うわー、お姉ちゃん、竜ですよ竜!」


水瀬は猫を見た時のように反応し、美坂は恐る恐る触って、栞ちゃんは純粋に喜んで。


「……かわいい」
「良かったですねぇ、舞」


千尋ちゃんの首から移動して、川澄先輩の首に巻きついた竜を撫でている川澄先輩。
そして、その川澄先輩と竜を微笑ましそうに見ている倉田先輩。
どうやら、子竜は一気にこのパーティーの人気者になったらしい。


「あ、久瀬さん。聞きたいことがあるんだけど」
「なんです?」


子竜が川澄先輩の首に移った後、千尋ちゃんが久瀬の方に来た。


「この子、異形に狙われるみたいなんだけど……対策方法とか知りません?」


確かに、久瀬なら手段を知ってそうだが……
それにそのことをしっかり対応策をとっておかないと俺たちに連戦が発生する可能性が高い。


「竜の血……不死身の象徴ですか」
「やっぱり初めてってのは嘘だろう、あんた」
「失礼な……この程度の知識、誰でも持ってますよ」


残念ながら俺は持ってないから早々にその定説は崩れるわけだが。


「そうですね……条件付けで何とかできるでしょうか」
「条件付け?」


久瀬が言った言葉を、千尋ちゃんがオウム返しのように聞き返した。
それは俺も聞き返したいと思っていた所だ。


「さりげなく質問をしてこなかった彼にも分かるように説明すると……首輪のような物ですよ」


どうやら、首輪とは言うが、異形や敵対する物からは認識し難くする方法があるらしい。
でもな……お前、やっぱり性格が相沢の友達だと納得できるぞ。
余計な事を言うところなんかが特にな!!


「首輪って……そんなの持ってないですけど」
「僕もそんなものは持ち合わせていませんが……創れる人がいるでしょう、そこに」


そういって、久瀬は間違いなく俺を指差していた。
……って、俺ぇ!?


「え、それってもしかしなくても俺か!?」
「……君以外に、今ここで錬金術の行使が可能な人材はいないでしょう?」


呆れたような目で見てくる久瀬。
あー、そういえば錬金術齧ってるの俺だけか……


「でも、さすがに首輪にできそうな材料なんて持ってないぞ?」


皮製品か、鉄でもありゃ構築事態は簡単にできる。
武器を素材に使ってもいいが、それじゃ丸腰になっちまってこっちに危険が及ぶ。
皮製品は防具として着けているけど、それもまた無くす訳にはいかないものだ。
それに、俺じゃあ材料だけだと単なる首輪しか創れない。


「条件付けは僕の方でやります、とりあえず……材料をどうしたものか」


竜種につける首輪なんて、どんな材質で作ればいいのか想像がつかない。
成長する事を前提に考えれば、材料にゴムでも混ぜれれば伸縮性に優れたのが創れるんだが。


「千尋君、素材は鉄と皮、どちらがいい?」
「え、私が決めるの!?」
「その子竜の飼い主は君なんでしょう?」


いつの間にか、川澄先輩の首から千尋ちゃんの首に戻ってきていた子竜を指差して久瀬が言った。
確かに、飼い主っていうなら千尋ちゃんだよなぁ……


「うーんと……じゃぁ皮……かなぁ?」
「わかりました……なら、材料はこれでいいでしょう」


そして、久瀬が渡してきたのは、双剣を下げるのに使っていたベルトだった。


「……これで練成してもいいけど、お前双剣どうするんだよ?」
「別に構いませんよ、手で持って歩けばいいだけの話です」


平然と言ってのける久瀬だったが、その行動は確かに千尋ちゃんのためだと言うのがわかった。
……仕方ねぇな、ここは俺が一肌脱いでやるか。
















あとがきっぽぃもの


男キャラが格好いいのが、好きなのですよ。
もちろん、女キャラは大好きな訳ですが。


初書き 2008/02/06
公 開 2008/02/10



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