そして、久瀬が渡してきたのは、双剣を下げるのに使っていたベルトだった。


「……これで練成してもいいけど、お前双剣どうするんだよ?」
「別に構いませんよ、手で持って歩けばいいだけの話です」


平然と言ってのける久瀬だったが、その行動は確かに千尋ちゃんのためだと言うのがわかった。
……仕方ねぇな、ここは俺が一肌脱いでやるか。









































―Side Takashi Kuze―


双剣を持って歩く事自体は、大した労力にはなりません。
実行可能なくらいには自身を鍛えてありますし、それ以上に皆さんにかかる負担は少ない方がいい。


「手っ取り早く、はじめて下さい」
「あいよ」


そう言うと、北川君は木の枝を拾い、地面に対して紋様を書き始めた。
……ふむ、物質の分解と再構成を円という物に見立てている訳ですか。
循環……とでも例えればいいでしょうか。


「……よっと」


バチッと音がし、光が走ったかと思うとベルトは見事に首輪へと変質していた。
……ですが、微妙にデザインセンスがおかしいのは気のせいでしょうか。


「……北川君、なんかデザイン変じゃない?」


どうやら、そう思ったのは僕だけではないらしい。
美坂君も同じ事を考えたのか、北川君にそう言っていた。
確かに着けるのは子竜ですが……
バックルの部分にわざわざ竜のレリーフを目立つように入れる必要はないでしょう?


「そうか?」


ですが、北川君はコレが普通だと思っているらしく逆に質問を返していました。
……やはり、祐一の周りには微妙に感性のズレた人が集まるのでしょうか?


「北川さん、さすがに私もこれはちょっとと思うよ……」


千尋君がおずおずと言い、遠まわしな言い方ではあるが他の女性陣も意見は同じらしい。
北川君はそう言われた後、若干背中に哀愁を漂わせつつも、普通の首輪を練成し直した。


「はい、これならいいだろ?」
「では、後は僕がやりましょう」


出来上がった首輪を預かり、左手に乗せたまま右手のひらをかざす。
暫く条件付けなんてものはやっていませんでしたから、鈍っていなければいいのですが。


「……理を持って事象を成す」


詠唱を始めると、左手から首輪が浮き上がった。
……まぁ、この程度でミスするようならば後で祐一に笑われてしまいますか。


「……我が選びしモノに超常の付加を」


皮特有の茶色だった首輪が、僕の詠唱に合わせて徐々に色を変えていく。
……そうですね、色は黒でも問題ないでしょう。


「……制約はここに成される、『ファンクション・リミテーション』


詠唱が終わると、また再び左手に収まる首輪。
茶色かった色が黒へと変わっただけで、それ以上の変化は見られないように見える。


「……終わったのか?」


余りにも違いが少なすぎるために、北川君がそう問いかけてきました。
言外に失敗したのか?と聞いているのがありありとわかります。


「えぇ、後は白竜の首につけるだけで十分でしょう」


そう言って千尋君に首輪を渡す。


「あら……すごいわね」


白竜の首に首輪をつけてやると、ミリアムが驚いたような声を上げた。


「どうしたの、ミリアム?」


千尋君がそう問いかける。
他の皆さんも何が起こったのかはわからなかったのでしょう、興味津々と見ている。
そして、ミリアムは今起こった出来事に対しての説明を始めた。


「一応異形である私にも白竜の気配っていうのかしら?存在位置がわかってたんだけど……」


白竜は、作ってもらった首輪が気に入ったのか、北川君の頭に乗っかっていた。
……北川君の髪の毛の飛び出た一房で遊んでいるように見えるのは気のせいでしょう。


「今はほとんどわからなくなったわね……敵対してないからこそ分かるって感じかしら」
「へぇ……その魔法って私にも使えたりするのかしら?」


説明を聞き終えた後、美坂君がそう聞いてきました。
そうですね……実力的には不可能ではないかもしれませんが……


「少々難しいかもしれませんね」
「やっぱり、上級の魔法って事ですか?」


僕の解答に対して、率直な疑問を浮かべて来たのは栞君の方でした。
この魔法は確かに上級の部類には入りますが……
僕が難しいと言った理由は他にあります。


「美坂君は確か属性は『炎』でしたね?」
「えぇ、そうよ」
「『炎』と『水』属性には、残念ですがこの魔法は向いていないのですよ」


何故かは分かりかねますが、この2属性にこの魔法は向いていない。
過去に試していただいた事がありますが、魔法自体は使えるものの、その能力は低いものでした。


「……そう、残念ね」


何に使うつもりだったのかはわかりませんが、美坂君は残念そうに引き下がっていかれました。


「……なんだろう、俺、すげぇ助かった気がするんだけど」


美坂君が引き下がった後、北川君がこっそりと僕に言ってきました。
……確か、彼の人狼モードは美坂君になかなか好評のようでしたね。
もしかすると彼女はそれが目的だったのでしょうか……?


「それでは、白竜の方の問題も解決しましたし、先へ進むとしましょうか」
「ちょーっと待った!」


地面に預けていた双剣を両手に持ち直し、出発を促したところ、北川君から声がかかりました。


「……何か?」
「ほらよ、これ持っておけ」


北川君が放って来たモノ、それを瞬時に受け取る。
そして何を投げてきたのかと見てみれば、先ほど僕が練成材料に差し出したベルトに似ているものでした。


「……これは?」


受け取った物を、北川君に対して問いかけてみる。
すると北川君はいたずらが成功した子供のような笑顔を見せた。


「考えてみりゃ、俺の武器はもうこの状態なんでな」


武器を身体に装着するタイプの北川君は、すでに武装している。
当然、武装解除している時にしまうモノがあるのだが、それを練成し直したらしい。
……いつの間に、練成したのでしょうか?


「街までずっと装備してりゃ、お前と違って両手が塞がることもないし」


――――だから、使ってくれや。
そう言って、明るく笑って言われました。
……祐一はいい友人に恵まれているようですね。


「……では、お言葉に甘えるとしましょう」
「おう、前のやつよりは双剣つけてても邪魔にならないはずだぜ」


先ほどまで着けていたベルトよりも、双剣が下げやすいデザインになったそれを装備する。
これならば、抜刀する時の初速がさらに上げられそうですね……


「感謝します」
「なぁに、お互い様だろ」


僕がお礼を言うと、北川君は頭を掻き、若干照れたようにそう言いました。
そして、それを誤魔化すかのように伸びを一回すると、周りを見渡して一言。


「んじゃま、さっさと行くとするか」
「そうね、あの魔法は後々自分のものにしてやるわ」


僕がベルトを着け終わったのを確認した後、周囲警戒を怠らず出発しました。
……最初に比べると、随分と周囲警戒のやり方が良くなってますね。


「それでは、行きましょう」


連戦していたという千尋君は回復する為に中心部分に。
そして主に魔法戦闘を得意とする倉田さん、栞君、水瀬君を中心として配置。
近接戦闘に長けた北川君、川澄さん、美坂君を先頭。
そして、どちらでも行動可能な僕が殿を勤める。


「ねぇねぇ、栞ちゃん」
「なんですか、名雪さん?」
「考えたんだけど、私と栞ちゃん……」


移動しつつ、祐一たちの気配を探していた僕の耳に、何か会話が流れて来ました。
……水瀬君と栞君が、何かをやろうとしているようですね?


「それはいい考えです!」
「いけるかな?」


細かい部分は聞き取れませんでしたが……


「祐一さんは発想の転換で可能だって言ってましたし、不可能じゃないと思いますよ」


祐一の名前が出てきたことに、少々の引っ掛かりを覚えますね……
いつも突拍子もない事を言う祐一に、彼女たちは感化されているのでしょうか。


「それじゃ、やってみようよ!」
「はい!」


結局、試す事で結論がまとまったのか、水瀬君と栞君が僕達を一時的に止めました。
そして、2人を中心としたまま、動かないでいるようにと言われました。


「……癒しを司る水の力よ」
「……万物を運ぶ風の力よ」


2人は、向かい合うようにして両手を合わせ、交互に魔法を詠唱していきました。
……術者2名による合成魔法、ですか。


「……望みし者に、水の祝福を」
「……願いし者に、風の祝福を」
『我らの想い、顕現せよ!『クイック・モーション!!』


2人の呪文が完成した時、一番最初に驚いた声を上げたのは、千尋君でした。


「あれ……身体が、軽い?」
「言われて見れば……確かにそうね」


2人が放った魔法の光、僕達の身体にはそれによって薄らと包まれていました。
これは……見事としか言いようがありませんね。
どちらも回復や補助の魔法に長けているからこその合成魔法ですか。


「やった、成功したね」
「はい!」


成功したことを喜び合う2人。
どうやら……祐一の突拍子もない事でも何かを生み出すには足るということですか。
このような効果を及ぼす魔法は僕も見たことがありません。


「ありがとー、名雪ちゃん、栞ちゃん!」


千尋君も連戦の疲労がだいぶ回復する事が出来たのか、喜びの余り2人に抱きついていました。
先ほどまで垣間見えた疲労の色も、すっかり見えなくなっていますね。
これならば、多少早いペースで移動しても問題なさそうですか。


「この魔法は非常に助かります、効果が続いている間にいち早く祐一たちと合流しましょう」
「はちみつくまさん、あの子達が心配」
「そうですねー、結構な時間が経っているようですし」


僕達年長者の言葉を聞いて、喜びもそこそこに再び移動を開始しました。
さて、後目的地まではどの程度の距離があることやら。
さっさと合流して、皆さんを安心させなさい、祐一。
それまでは、出来うる限り、僕が護って見せますから。
















あとがきっぽぃもの


出番の無かった2人がちょっと頑張った。


初書き 2008/02/10
公 開 2008/02/16



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