俺より気配察知が高い真琴が、近寄っていた異形に気づかないくらい疲れていたんだろう。
草むらからは絶命した猟犬型の異形が数体倒れてきた。
投擲した木の枝は全て、異形の脳天に突き刺さっている。


「今くらいは、ゆっくり休んでくれ」


異形を排除した俺は、真琴の頭を撫でてやりながら、みんなが合流するまでのんびり待つ事にした。
ま、普段見れなさそうな2人の寝顔を見たってのは役得としておくさ。









































「……〜♪」


真琴たちが眠った後、余りにも暇なのでついつい子守唄なんてものを歌ってしまっていた。
……うーん、こんなの他の奴らにゃ見られたかねぇな。


「……〜〜♪」


と、言いつつ歌を止めない俺だったりする。
自分では下手ってまでは行かないと思うんだが……どうなんだろうなぁ?


「……っと、来たかな」


のんびり歌いつつも、気配察知だけは緩める事無くしっかりとみんなの気配の位置を調べていた。
そして、すぐそこにまで気配が近づいてきた時、俺は歌うのを止めた。


「あぅ……?」


それと丁度いいタイミングで、真琴が目を覚ました。
……俺の歌、聞かれてないよな?
そんな余計な事を考える小心な俺がいたのは内緒だ。


「真琴、みんなが来るぞ。天野を起こしてくれ」
「あぅー……わかった」


寝ぼけているのか、少しだけふらふらとしながらも天野の方に近寄って起こし始めた。
眠りがそんなに深くなかったんだろうか、天野もすぐに起きて軽く頭を振っていた。


「すいません、相沢さん。私たちはどのくらい寝てましたか?」
「そうだな、まぁ20分ちょっとってとこか?」


時間なんて計ってないから、体感で適当に答える。
誤差は出るだろうが、そこまで大きな誤差にはなってないはずだ。


「20分も……相沢さんは休まなくて良かったんですか?」


さすがは人を立てる大和撫子の天野だ。
起きてすぐ人の心配をできるとは天晴れ。


「大丈夫だ、移動もしてないし、魔法も使ってなければ俺は勝手に回復するしな」


――――それに、お前らの寝顔なんて貴重なもんも見れたしな。
言われて寝顔を晒したことに気づいたんだろう、天野の顔が一気に赤くなった。
真琴はなんともないのか、平然としているが。


「……祐一、何をやっているのですか?」
「おう、遅かったな」


天野の赤くなった顔を真琴と2人で眺めていると、聞き覚えのある声がようやく到着した。
その声の方を向いてみれば、予想通りというか、全員が揃っていた。


「まったく、感じ慣れた『闇』魔法が前方に展開されたかと思えば……休憩中ですか」
「あぁ、どうやらそっちより移動速度が速かったみたいでな」


手馴れたと言わんばかりに、絶界の中に入ってくる久瀬。
そして、最初は真琴が座っていた岩にあっさりと腰掛けた。


「あ、おい。これ……入っても大丈夫なのか?」


他のみんなは、あまりにもあっさりと久瀬が入ったはいいが、見た事ない魔法に戸惑っていた。
一方久瀬はというと、すでにどこからともなくオレンの実を取り出して、口に入れていた。
……この野郎、合流したからって説明全部俺に押し付ける気だな?


「あぁ、これは俺の結界魔法だから、敵意がなけりゃ問題なく入れるよ」
「そうは言ってもなぁ……」


やっぱり、見慣れない闇色の壁に恐怖心でも浮かんでいるのか、みんな入ってこようとしなかった。
……やれやれ、たまには度胸も必要だぞ?


「しゃーない……『開』
「お、サンキュー、相沢」


一部だけ、闇色の壁を消し去る。
すると、ようやくみんな中に入ってきた。


「うし、全員入ったな……『閉』


全員が入った後に、再び闇色の壁を出現させる。
さて、これで当分この中は安全だな。


「……で、千尋。お前の肩にいるソレはなんだ?」


向き直ってすぐに、千尋に問いかける。
……どうみてもそれ、精霊界にいる竜だよなぁ?


「あ、白竜(この子)はね。卵から孵ったばかりなんだよ」
「いや、そんなこた聞いとらん。なんで竜がこんなところに?」


竜の息吹(ドラゴンブレス)は煉獄の炎ですら霞む威力を持ってるはずだ。
そんな物騒な最終兵器(げんそうしゅ)がなんで人間界に?


「それは、私が説明してあげるわ、祐一」


千尋から出てきたミリアムが、大体の事を教えてくれた。
なるほど……精霊界から堕ちて来たって所か。


「で、そいつの名前は?」
「うーん……とりあえず帰ってから名前付けてあげようかなぁって」
「ふーん……でもそれだと不便だろ?」


俺の一言に、周りで何人かが首を縦に振っているように見えたが、気のせいにしておこう。
それに、しっかり育てるつもりなら、名前をつけてやった方が成長も早いはずだ。


「そうなの?」
「あぁ、本来なら孵化させる時に正式な手順で名前をつけてやれば、お前と竜の間に魔力のやり取りができるようになるんだ」


昔会った『金』属性の精霊から、そんなような話を聞いた記憶がある。
あのじーさんだいぶボケてるっぽいから何回も同じ事言ってたしなぁ……


「じゃあ、もう遅い?」
「いや、その竜もお前を親として認めてるみたいだし、名前付けてやれば大丈夫だろ」


孵化してからの名付けに手順がいるかどうかは聞いてないが、まぁなんとかなるだろう。
最悪の場合、俺が強制的に魔力を通すラインを作ってやればいいだろうし。


「でも……名前……」


さすがに、名前ってのは親が付けてやってなんぼだ。
それに関して俺は何も協力してやれない。


「イチゴ!」
「いえいえ、名雪さん。白いからアイスですよ!」
「ええい、黙ってろフードジャンキー共」


……いや、1つだけ協力できる事があったな。
この特定の食物中毒者を抑えるって役目が。


「……さりげなく舞も牛丼とか言おうとするなよ?」
「…………ぽんぽこたぬきさん、そんな事しない」


その間はなんだ!
もしかしてマジで考えてたのか。


「……それじゃぁ……『ライト』ってどうかな?」


竜の顔を覗き込みながら、千尋が呟くようにそう言った。
『ライト』……照らす者、って感じか?


「いいんじゃないか?どうやらそいつも気に入ってるみたいだぞ?」
「キュー」


名前が決まったことが嬉しいのか、竜は千尋の顔に自分の顔を擦り付けていた。
……やっぱり、孵化の時にやらなきゃラインは成立しねぇのか。
名前をつけたと同時に、魔力の流れを見ていたが、残念ながらラインは成立しなかったらしい。


「……千尋、少し痛いかもしれんが我慢できるか?っていうかできなくてもしろ」
「ちょっと兄さん、それって強制って言わない!?」
「だまらっしゃい」


問答無用で千尋の指先を、少しだけ切って血を出させる。


「ほら、ライト。コレ舐めろ」


唐突に親を傷つけられて怒ろうとでもしたのか、ライトが口を広げているのが分かった。
ちっこいなりでも竜は竜だ。
さすがに竜の息吹(ドラゴンブレス)を食らうのは遠慮したい。


「キュー?」


千尋の指先をライトの口先に持っていくと、ライトは俺の言う事を理解したのか指先の血を舐めた。
それを確認した俺は、すかさず詠唱を開始した。


「……血の制約は成された、ここに契約を行う『コントラクト』


詠唱が完了した後、もう一度魔力の流れを見てみたが、どうやら成功したらしい。
自分でやるのは何回かあるが、さすがに他人の分までやった事はなかったからなぁ。


「千尋、分かるか?」
「あー、うん。魔力がちょっとだけライトに流れてるね」
「ならおっけーだ。これでこいつが魔力切れで死に掛けることはねぇよ」


まだ親竜が生きているうちに、俺が発見できれば、なんとかそいつも救えたかもしれないが……
手遅れだったのは仕方がないと諦めるしかない。
その代わり、こいつにはしっかりと生きてもらおう。


「……で、だ。久瀬、オレンの実はまだ余ってるか?」


やる事はやったから、とりあえず休憩させようと思ったわけだが。
余分に採取しておいたとはいえ、さすがに全員にオレンの実を上げたら在庫がなくなる。
今後行動が分断されるなんてのは考えたくねぇが、最低限の予備は必要だ。


「そうですね……」


久瀬も俺のように暗闇を作り出すと、そこに手を入れて複数個のオレンの実を取り出した。
……俺が取ってるのより、多くねぇか?


「まぁ、進軍中もいくつか見つけて採取しておきましたからね」


抜け目のない奴だなぁ、相変わらず。
どうせこいつのことだから気づかれないように一瞬だけ拾いに行ってたんだろうさ。


「まぁ、そんだけあれば十分だな」
「相沢君、それ何?」


腹が空き始めているせいもあるんだろうが、みんながみんな集まってきた。
丁度いいので、久瀬から貰ったオレンの実を、あえてクコの実をあげないでみんなに渡す。
真琴たちは最初クコの実無しで食ったんだ、それじゃ不公平だもんな。


「……兄さん、顔が悪人になってる」


顔に出さないようにしていたつもりだが、どうやら漏れたらしい。
小声で千尋が文句を言ってきた。


「何を失礼な事をいう、マイシスター」
「私が、この実のこと知らないはずないでしょ!」


俺も小声で返しながらも、バレている千尋にはクコの実を渡しておく。
首を伸ばしてきたからついでにライトにもクコの実を食べさせた。
一生懸命食べているところを見ると、どうやら気に入ったらしい。


「すっぱいおー!!」
「〜〜っ!」


どうやら、千尋と会話している間に、みんなオレンの実を食べていたらしい。
慣れている俺たち以外は、全員が口を押さえていた。


「……祐一、相変わらず悪人ですね」
「さりげなく黙ってたお前には言われたくねぇな」


久瀬がやれやれと首を振りながら、俺の方に歩いていってきたので、しっかりと返しておく。
だが、久瀬は肩をすくめると、ある方向を指差した。
その方向に視線を向けてみれば……


「あはは〜おいしいね、舞」
「はちみつくまさん」


なぜか、平気そうにオレンの実を食べている舞と佐祐理さんがいた。
……何したんだ?


「倉田さんたちにはオレンの実の酸味を減らしてあるものを渡したんですよ」


――――おかげで僕自身はそのままの物を食べることになりましたけどね。
そう軽く笑いながら久瀬は言った。


「それに、祐一も川澄君の攻撃は遠慮したいでしょう?」
「へ?」
「後ろで、みなさんお待ちかねですよ」


唐突に背後に感じたさっきに振り向いてみれば。
そこにはオレンの実をなんとか飲み干したのか、鬼気迫る表情で俺を睨んでいる方が数名。


「相沢君……覚悟はいいわね?」
「ひどいよ祐一、さすがに許さないんだよ!」
「相沢ぁ……てめぇ……」


……うーん、すぐにクコの実を渡すつもりだったんだが、どうやら千尋達と話している間に機を逃してしまったらしい。


「すんません」


早々に白旗をあげて、俺は降伏した。
しっかりと全員がクコの実を持っていったのは、言うまでもないだろう。


「……自業自得です」
「祐一のおばかー」


……ごもっともで。
















あとがきっぽぃもの


合流完了。
さぁ、Next Stage!


初書き 2008/02/18
公 開 2008/02/26



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