早々に白旗をあげて、俺は降伏した。
しっかりと全員がクコの実を持っていったのは、言うまでもないだろう。


「……自業自得です」
「祐一のおばかー」


……ごもっともで。









































「……ところで相沢?」
「なんだ、北川?」


全員がオレンの実を食べ、そして一部の強硬派が俺からクコの実を奪っていった後。
北川が、視線をある方向に向けながら、そう聞いてきた。


「沢渡、一体どうしたんだ?」


その視線の先には、天野に撫でられて気持ちよさそうにしている真琴がいた。
そう言われ、ようやく他の連中も気づいたのか、全員の視線が真琴たちに集まる。


「あぅ?」
「あー……なんて言えばいいんだろうなぁ」


とりあえず俺は、真琴の命が一時的に危険になった事。
その命を救うために、ロスト・ピースを飲ませたら、こんな風に変化してしまった事。
俺から説明できるこの2つを伝えた時、黙って聞いていた久瀬が、近づいてきた。


「……祐一、わかっていますね?」


内容は言わず、ただ確認だけをする。
俺も久瀬も、それだけで考えている事はわかっていた。


「あぁ……」
「おい……相沢、久瀬?」
「……では」


立ち上がり、目を閉じる。
北川たちは何をするのか、という事がわかっていないようだった。
だが、すぐにわかっただろう。
俺が、思いっきり久瀬のパンチを顔面に貰った事で。


「覚悟が足りない、油断が過ぎる……君らしくないですね」
「あぁ……油断し過ぎた、鈍ってたんだ」


俺の力を認めていたからこそ、行動が分断された時に無理に合流するという手段を取らなかった。
それなのに、その久瀬の期待を、俺は最悪な事態と共に裏切りかけていた。


「ゆーいちは悪くない!!」


だからこそ、素直に俺は殴られた。
自分の意識をしっかりと改め直すために。
そんな俺を庇うかのようにしながら、真琴が久瀬に威嚇していた。


「命の危険に晒されたのは君でしょう? 祐一が本気を出せば、そのような事態は起きるはずが無い」


炎すら纏いそうな真琴を前にして、平然と答える久瀬。
脅しが通じないとわかった真琴が、実力行使に出ようとしたが、それを抑えるように天野が出てきた。


「油断があったのは私たちも同じですから、一概に祐一さんを責める事はできませんね」


久瀬は、これ以上俺に手を挙げる気はないと、元座っていた場所に戻りながら、言葉を続けた。


「……油断をするなとは言いません。
 ですが、祐一と僕に限っては、それが命取りになるということを知っていたはず。
 それなのに、そんな事態に陥るというのが許せないんですよ」


俺には返す言葉がない……それだけ、久瀬が言っている事は事実に変わりないから。
だが、真琴と天野はそうは思っていないのか、僅かに微笑を見せながらも言葉を返していた。


「ですが、真琴は相沢さんに助けられました。命を失っていなければ、次で挽回すればいいでしょう」
「真琴は、もう二度と油断なんてしない!」


今まで無表情だった久瀬の顔が、一気に緩んだ。
普段は見せないような笑顔を見せると、久瀬は苦笑を混ぜながらも言ってきた。


「これだけ言われて、同じ事をするような馬鹿ではないでしょう?」
「あぁ、もう二度と、傷つけさせたりはしない」


これは、俺の覚悟であり誓いだ。
もう二度と、俺の仲間の誰も、命の危機に晒すような真似はしない。


「なら、それに期待しましょう」


そう言って久瀬は、話は終わりと言わんばかりに絶界の片隅に移動すると、寝転がった。
微かに寝息が聞こえる所を見ると、本格的に休息を取るつもりのようだ。


「……なんか、お前らの会話に取り残されてた気がするんだが」
「結局、真琴ちゃんはどういう状態なのかしら?」


呆然としながら、俺たちのやり取りを見ていたみんなが、話を戻すかのように聞いてきた。
あぁ、そうだな……そういや説明終わってないか。


「ゆーいち、痛くない?」


殴られた頬に手を当てて、真琴がそう聞いてきた。
それに笑って返しながら、俺は真琴に説明できるかどうかを確認してみた。
すると、真琴は少し考えるような表情をした後、一瞬だけ目を閉じた。


「……説明は、ワタシがするわ」


そして、ゆっくりと目を開けたときには、その存在感が桁違いに上がった。
……前に言っていた、真琴の前世の意識か?


「ワタシが真琴と一緒になる前、ワタシは玉藻御前と呼ばれていた妖」
「玉藻御前って……相沢君、本当にあの伝説の大妖怪は実在してたってこと?」


……さすがにそういった知識は人並み以上あるな。
瞬時に聞き返してきた香里へ、心の中でそう賞賛を贈りながらも頷いておく。


「命の危機に落ちた真琴は、祐一がくれたキッカケでワタシに会った」
「それで、その力を目覚めさせた時に、強引に蘇生させたって訳だ」


真琴の頭にぽんっと手を置いて、そう話を締めくくる。
仕方が無かったとは言え、真琴にキッカケを与えた方法がバレるのは得策じゃない気がした。


「うーんと、でも……それっておかしくないですか?」


説明を終わらせて、後はもう休憩に入ろうと思っていたんだが……
だが、伏兵は意外なところから現れた。


「栞……? 何かおかしい事ってあったかしら?」
「特に説明漏れもしたとは思わないんだが?」


栞は何かが納得いかないのか、説明を頭の中で反芻しているようにも見えた。
……できれば、何事も無かったかのように流して欲しいんだけどなぁ。
そんな願いも、栞には届く事無く、何かが判明したのか手を打つ動作をすると栞は声を上げた。


「あ、わかりました!」
「栞ちゃん、一体何がわかったの?」


さりげなく冷や汗が流れる俺と、なんとなく予想が付いた天野。


「わからないんですか、名雪さん!」


そんな俺らは意識に入っていないんだろう。
栞はわかってない連中に対して指を一本立てると、探偵のように話を始めた。


「いいですか、まず真琴さんは、生死の境を彷徨うような状態になったんですよね」
「あぁ、そう沢渡自身が言ってたな」


うんうんと、他のメンバーも頷いて返す。
それを確認した栞は、大きく頷くと、言葉を続けた。


「そんな状態の時に、祐一さんはロスト・ピースっていうモノを飲ませたって言いました」
「あ、なるほどね……」
「あははー、佐祐理にもわかっちゃいました」


さらに冷や汗の流れる速度が加速する俺。
この時ばかりは、栞が香里と同じ血を引いているとイヤでも納得させられる。
軽く腰を浮かせて、いつでも逃げれるような体勢を取ろうとしたが……


「祐一、逃げるのは良くない」
「……後生だ、舞……離してくれ」
「ぽんぽこたぬきさん」


いつの間にか俺への間合いを詰めていた舞が、立ち上がろうとした俺の肩を抑えていた。
しかも、ものの見事に俺が重心をずらして避けようとすれば、それに対応してくる。


「固形か液状まではわかりませんが……意識が無い人間に物を飲ませる手段と言えば……」


周りの空気が、違った意味で変質したような気がした。
まるでグールのようにゆっくりと、顔を俺に向けて目を怪しく光らせる数名。


「祐一……?」
「祐一さん……?」
「な、なんだ……名雪、栞」


舞に掴まっているせいで、逃げ場の無い冷や汗だらけの俺。
そんな俺とは対照的に、その場面を想像でもしたのか、うっすらと顔が赤い真琴。


「祐一の口から聞きたいなぁ……どうやって、真琴にソレを飲ませたの?」


口調はとても穏やかに、表情は笑顔が張り付いて……
なのにどうしてそこまで目が笑ってらっしゃらないんでしょうか!?


「祐一さん、日も暮れて来ましたし、さくさく答えていただけると助かりますよ?」
「……あー、とだな……その、なんというか。緊急事態だったんだから不可抗力と言いますか」


たじたじで、先に俺に他意がない事を伝えてみようと思ったが……


「口移しで飲ませた後、真琴から告白されてましたね、相沢さんは」


さっきのオレンの実の仕返しのつもりなんだろうか。
天野はさらりと爆弾を投下した。


「へぇ……そんな事があったんだ……」
「命を救った相手へ、救われた人からの告白……素敵ですぅ!」


予想していたような阿鼻叫喚の祭りが発生する事はなく。
何故か名雪や舞、栞が真琴にこっそりと耳打ちすると、元の空気が戻ってきた。


「……助かった、のか?」
「さぁ、俺にはわからねぇけど……まぁ、良かったんじゃねぇか?」
「そう、なんかなぁ?」






















結局、あの時の空気の正体がわからないまま、今日はこのままキャンプをする事になった。
一部的に絶界を解除し食料の調達や、水の補充、焚き木集めなんかをする。


「……全員寝るなら少し狭いか?」


結局、結構な人数がいるから、最初に張った絶界だと寝るには狭いと感じられる。
だからって、今の注いである魔力量だと、大きくしたら効果が弱るしなぁ……


「なら、少し大きくすればいいだけでしょう?」


あの騒動の間に仮眠を取り終えた久瀬が、軽く首を回しながら近寄ってきた。
っていうか、よくあの騒動の中で寝てられるな。


「でも、壊れない限界までは魔力を流してあるんだが」
「問題ないでしょう、僕の力も混ぜてしまえば、範囲くらいはどうにでもなりますよ」
「まぁ、お前がそういうなら協力してもらうか」


結局、15畳分くらいの広さを1箇所と、5畳くらいの大きさの場所2つを作った。
なんでわざわざ分けたかって……?
一応年頃の娘さんたちがいるんだ、男とは分けた方がいいのは基本だろう?


「とりあえず、念には念をいれておくか……」


後は、絶界の中にテントを張るなりすれば、寝床としては問題ないだろう。
わいわいとみんなで食材を選別しているのを見ながら、俺と久瀬はさりげなく対異形対策を仕掛けていた。


「北川ー、お前これ覚えとけよ」


ついでと言わんばかりに、焚き木を運んでいた北川に声をかける。
すると、俺と久瀬が仕掛けた罠を見ながら、北川は呆れたような声を出した。


「……こんな古典的な罠で、大丈夫なのか?」


何を言う、落とし穴だって木のトラップだって、十分威力は見込めるんだぞ?
仕掛け方次第で仕留める事だって可能なんだからな。
















あとがきっぽぃもの


合流完了。
さぁ、Next Stage!


初書き 2008/02/27
公 開 2008/03/01



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