ついでと言わんばかりに、焚き木を運んでいた北川に声をかける。
すると、俺と久瀬が仕掛けた罠を見ながら、北川は呆れたような声を出した。


「……こんな古典的な罠で、大丈夫なのか?」


何を言う、落とし穴だって木のトラップだって、十分威力は見込めるんだぞ?
仕掛け方次第で仕留める事だって可能なんだからな。









































誰しもが眠りについて、世界が静寂に包まれる時間。
だが、その静寂の中に僅かに感じる殺気に反応して、俺は目を覚ました。


「……俺にだけ、殺気を送ってるみたいだな」


ここで恨みを買ったような記憶はいまいち無いが、ここまで明確な殺気が送られてきているんだ。
おそらく俺に対して何らかの恨みがあるんだろう。


「『解』」


硬くなった身体を軽く解しながら、結界を一部だけ解除して外に出る。


「『閉』」


俺が動き出しても、誰も気付いていない事に安心して、結界を再び封じる。
さて……蛇が出るか鬼が出るか……
ゆっくりと気配を小さくしながら、俺は殺気がする方へと足を運ぶ事にした。


「…………」


拠点として結界を張った場所から暫く歩いた先、そこの世界を見て俺は眉をしかめた。
もはや慣れてしまった血の匂い、そして月明かりに照らされて見える屍の数々……
理由なんて無く、ただ虐殺された傷痕。


「……どういうつもりだ……貴様」


大地に死が満ちている中、そこより高い位置に存在していたモノに声をかける。
複数ある木々の中の、ひときわ高いその木の上にいる存在……


「ククク……再開ノ挨拶ハ気ニ入ッテ貰エタカネ、我ガ怨敵ヨ」


俺とルシファーが追っていた異形、グランテューダがそこには悠々と俺を見下ろしていた。


「最悪な気分だな、意味も無く生態系を荒らしやがって……」


屍の中には異形だけではなく、小動物や鳥の存在もあった。
こいつが何かを殺すのに理由なんてない、ただ気に食わないから殺す。
そう言う事をする奴だっていうのは、俺が良く知っていた。


「愚劣ナル生物ガ我ト同ジ空間ニ居ルノガ気ニ食ワナカッタダケヨ、何ヲ怒ル必要ガアル?」
「てめぇみてぇなクソ野郎には一生わからねーだろう……な!」


無動作から跳躍し、グランテューダに向かって斬りかかる。
動くようなモーションを見せなかったにも関わらず、俺が斬り裂いたのは木の枝だけだった。
だが、そんなもの予想の範疇だ。


「そっちだっ!!」


斬った木の枝を足場にして、もう一度飛び上がる。
瞬時に上空へと飛び上がっていたグランテューダに追撃をしかける。


「ク、ワンパターンダナ!」
「てめぇに言われたかねーんだよ!!」


追撃もあっさりと回避され、俺は重力によって地面へと落下する。
それでも、視線はグランテューダから外す事はしない。
外せば、奴は好機とみなして俺に攻撃をしてくるだろう。


「風よ、纏いて我が風鎧となり、襲い来る全ての衝撃を受け流せ!プロテクト・ウィンド!」


人が着地できる限界以上の高さからも、音1つ立てずに地面に降り立つ。
空対地、絶対的ではないにしても、俺と奴の距離は遠すぎる。


「今日ハ挨拶程度ダ、我ガ怨敵。我ガ悲願成就ノ為、貴様ハ必ズ殺シテクレル」


巨大な翼を羽ばたかせ、俺を眼下に見下ろしてくる。
それに対して、隙があればいつでも攻撃できるように身体を少しずつ動かしておく。


「させねーよ……てめぇは絶対に俺が消してやる」
「ククク……クハハハ!オ荷物ヲ抱エタ貴様ニソレガデキルカ!!」


大きく旋回するような動作で、大空を滑空していたグランテューダが、唐突に翼を広げた。
……嫌な予感が、する。


「貴様ノ張ッタ結界ナド、児戯ニ等シイ。今、貫ケバ眠リニツイタ貴様ノ連レハドウナルカナ!?」
「な……んだと?」


そして、その翼から不可視の速度で何かが放たれた。
あの威力は……絶界じゃあガードしきれない!?


「クハハハ! 間ニ合エバイイナ!!」
「くっ!」


いつもなら逃げ回るだけの奴が、妙に俺の前で悠々と飛んでいると思えば……
それを最初から考えに入れて俺の前に姿を現したって事か。
今相手にすれば仕留められるかもしれないってのに……


「精々足掻ケ、我ガ怨敵!!」


あっちには久瀬たちがいるが……
さすがにこの距離じゃ気付いても動きが遅れる可能性がある。
どうすれば、いいんだ……


「……甘いわね……でも、それは嫌いじゃない甘さ」


俺がやって来た方向から、鈴と響くような声が聞こえた。


「蒼狐炎・下弦の月」
「ナンダト!?」


グランテューダの放った不可視の速度のモノが、一瞬で焼き払われた。
これの魔力は……真琴の?


「狙っている敵に対して、躊躇するのはよくないわよ、祐一?」
「……なんで、ここに?」


暗闇からゆっくりと歩いてきたのは、みんなと一緒に寝ていたはずの真琴だった。
しっかりみんなが寝ているのを確認してから来ていたはずなのに……?


「祐一が動いた気配がしたから、ついて来てみただけよ」


なんてことはないという風に笑って見せた後、厳しい視線を上空に運んだ。
ゆっくりと真琴から感じられる殺気の質が増してきた。


「あれが、祐一の敵ね? なら話は簡単じゃない……燃え尽きろ、蒼狐炎・斜陽」
「グガアアアア!!」


指差しただけで、その先にいたグランテューダの翼が一瞬で消し炭になった。
機動力が落ちた!?


「っ!!」


恐らく、真琴は戦力外とでも見ていたんだろう。
だからこそ、姿を見せた時に逃げるという選択肢が発生しなかった。
この隙を逃す手は、ない!


「空海流剣術・翔龍剣!!」


俺の放った斬撃が、確実にグランテューダを捕らえた。
だが、確実に刎ねたはずの首以外が、地面に落ちると共に燃え尽きた。


「……妙だな」
「どうしたの?」


今までしつこく逃げていたはずなのこいつが随分とあっさり倒せた。
手ごたえがなさ過ぎるような気がする……


「ク……クカカカカ!! 愚カナリ我ガ怨敵、我ガ不用意ニ貴様ノ前ニ現レルト思ッタカ!?」
「!?」


唯一燃え尽きなかった首が、唐突に声を高らかに笑い出した。
瞬時に武器を構えて、その首の方に向き直る。


「コノ体ハ我ガ魔力デ作リシ偽リノ物! 本体ハココデハナイ場所デ眺メサセテモラッタワ!!」


やっぱり、こいつは偽者だったのか……


「マタ逢オウゾ、我ガ怨敵!!」


最後まで言い切ると、残った首も燃え尽きて、その場には何も残っていなかった。
操っていただろう魔力の行方を探ってみたが、途中で途切れてしまった。
くそ、偽者を消した時に同時に逃げたか。


「また逃げられたか……」
「あれ、偽者だったの?」
「そうみたいだな……今まで見たことのない方法を使ってきたようだ」


最低でも今までは、直接本体が俺の前に姿を現していた。
だが、今回はこんな回りくどい方法を使ってくるなんてな……


「人がいるのを不利と感じたか、違う力を身につけたか……」


どちらにしろ、奴を追う手間が増えたってのだけは確実になってしまった。
本体と偽者を見つけられる方法を、どうにか考えないといけないのか……


「祐一」
「……ん?」
「とりあえず、みんなの所に戻りましょう? ここは、匂いがきつくて辛いわ」


変わらず、俺たちがいる場所はグランテューダによって殺された屍に満ちている。
殺すのに、血を浴びる事に慣れてしまった俺とは違って、真琴にはきついんだよな。


「そうだな……とりあえず、戻ろうか」


確かに、今回も殺すタイミングは逃してしまった。
でも、悪い事ばかりじゃない。
奴が、この近くに居たという事がわかっただけでも、十分だとしておこう。


「次にあった時は……必ずお前を殺してやる……」


空に静かに浮かび上がる月を見つめながら、俺はその誓いを新たにした。
それが、ルシファーと俺の約束だから……
そして……みんなに害をなすことしか考えない、奴を許せない俺の意地だ。


























「……それで、白状してもらおうかしら、相沢君?」


無残にも殺された小動物たちを埋葬し、本格的なやり方なんてわからないから簡単な供養をした。
その後に拠点となっていた場所に戻ってきてみれば……


「……あのう、美坂さん、何故に俺はこんな体勢を命じられたのでしょう?」


何故か、眼を覚ましていたみんなに正座を命じられて、まるで判決を待つ囚人になっていた。
……俺、なんも悪い事なんてしてないよな?


「あら、わからないの?」
「さっぱり、まったく、全然」


俺に向けられた殺気に目を覚まして、行って見れば狙っていた敵がいて……
真琴に手伝って貰いながらも撃退して、ちょっと埋葬とかに時間がかかっただけだと思うんだが。


「じゃぁ、教えてあげましょう。1つ、こんな夜中に2人だけで何をしていたのかしら?」
「何って……戦ってたんだが」


まるで、犯人のアリバイを崩す探偵のように、香里は俺がこうなっている原因を上げていった。


「2つ、久瀬君が途中で教えてくれたんだけど、長距離狙撃されそうだったらしいじゃない?」
「あー……それは、申し訳ない」


どうやら、久瀬はすぐに気付いてみんなを起こしてくれていたらしい。
それはありがたいんだが……


「3つ、なんでそんな危ない事に1人で行ったのかしら?」
「いや……みんな寝てるのを起こすのは悪いかなぁ……って……」


俺としてはみんなを気遣ったつもりなんだけど……
もしかして、墓穴掘った……?

















初書き 2008/03/23
公 開 2008/03/24



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